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「公共の福祉」とは何かについては、まさに「百家争鳴」の状態にあり、他にも取り上げるべき論者論説があるやもしれないけれども、佐藤幸治・京大名誉教授の説を取りとしたいと思う。
《「公共の福祉」の内容について,従来「社会連帯の原理」とか「配分的正義の理念」とか,あるいは「社会生活を営む成員多数の実質的利益」とかいわれたが,それ自体抽象的にすぎ,また,多数者に抗して自己を主張することを可能ならしめるところに基本的人権の存在理由があるといえるから,一般的に成員多数の実質的利益を「公共の福祉」の内容とすることはできない。もとより,基本的人権には各種のものがあり,その制約についてもそれぞれの特性に応じた各別の考慮が必要であって,抽象的論議は必ずしも有意的とはいえない。
ただ,そのような抽象論のレベルであえて確認すべきことがあるとすれば,上述のように,「公共の福祉」は,本質的に個人の基本的人権と対立する実体的な多数者ないし全体の利益を意味するものではなく,ミルのいう「他者加害原理」を基礎とするということである》(佐藤幸治『日本国憲法論』(成文堂)、 p. 134 )
<他者加害原理>とは、「他者に危害を加えない範囲の自由」ということであるが、この<他者>を拡大すれば、「社会に迷惑を掛けない範囲の自由」ということ、すなわち、<公共の福祉>というものになるだろう。
《「公共の福祉」の内容としてまず考えられるのは,基本的人権相互の矛盾・衝突を公平に調整するという消極目的のための最小限の秩序である。上述の内在的制約とはこのことを内実とするものであり,「自由国家的公共の福祉」(宮沢俊義)といわれるものも同様の趣旨と解される。もっとも,ここにいう「基本的人権相互の矛盾・衝突」については,一定の幅をもって理解する必要がある。すなわち,ある基本的人権の規制に導く対抗利益が厳密には基本的人権といえない場合も含めて観念する必要がある。そして,規制の正当化事由に関し,規制の目的および手段の両面にわたって厳密に検討することが求められる。
次に,「他者加害原理」を,人間の経済活動の領域で考えた場合,それ特有の考慮要素はないであろうか。日本国憲法は生存権等の社会権を保障しているが,そこには実質的公平性の確保といった観念が含まれてはいないか。これが肯定されるとすれば,外在的(政策的)制約,あるいはいわゆる「社会国家的公共の福祉」(宮沢俊義)といったことも考えなければならないことになる》(同、 pp. 134-135 )
が、自分の自由だけに気を取られ、他者にも同じ自由を与えることで、自らの安全が脅かされるということも考えられるのであってみれば、自由と安全を平衡されることこそが大切になる。が、その平衡点は社会状況や時代状況によって一定とは言えず、成文化することは出来ないだろう。成文憲法の限界性がここにある。【了】
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