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マルキシズム系の文書だけではなく、いわゆる進歩的学者諸氏の著書を読んでいると、「天皇制ファッシズム」「軍部ファッシズム」「右翼ファッシスト」などという用語がふんだんに出てくる。日本にもムッソリーニ・ヒットラー流のファッシズムが存在していたこと、その主力は軍部と右翼であり、その頂点に天皇が位し、日本国民をあざむき、強制して「無謀な戦争」に巻きこんだということを、これらの進歩人諸氏はほとんど先験的に信じこんでいるようだ。(林房雄『大東亜戦争肯定論』(番町書房)、p. 225)
進歩的文化人たちがどうして「ファシズム」という言葉を呼号するのかと言えば、日本はファシズム国であったというのが戦勝国側の公式見解であり、それに棹差すのが一番安全で戦後日本社会に受け入れられ易かったからであろう。学術的に突き詰めて、日本がファシズム国家だったと結論したわけではなく、それをただ「無謬(むびゅう)の前提」としているだけだ。
イタリーにおいてムッソリーニの政党が、ドイツにおいてヒットラーの政党がそれぞれ政権を獲得していわゆる全体主義国家をつくり、日本がこれと三国同盟を結び、「大東亜戦争」を遂行したことは事実である。だから、日本もイタリーとドイツと同じファッシズム国家であったという論理はきわめて俗耳に入りやすい。
と言っても、進歩的学者諸氏がこの俗説の発明者であるとは私は思わない。発明者はアメリカーイギリス、ソ連を始めとする当時の連合国側であり、第二次世界大戦は彼らによって「ファッシズムと民主主義の戦争」だと規定され、後者の当然な勝利によって終結したと説明され、理論づけられている。
日本の進歩学者諸氏はこの連合国側の俗耳に入りやすい戦争イデオロギーまたはスローガンをそのまま受入れただけであって、要するに、優秀な俗耳の持主はまず彼ら進歩学者諸君であったということになる。(同、 pp. 225f )
日本は、ドイツやイタリアと同様の「独裁国家」ではなかったし、ソ連やシナは、英米同様の「民主主義国家」でもなかった。第2次大戦が「民主主義」と「ファシズム」の戦いであったというのは、戦勝国側の勝手な理屈でしかない。
にもかかわらず、日本は「ファシズム国家」だったと言って憚(はばか)らないとすれば、それは学者としての矜持(きょうじ)を失ってしまったと言うしかない。戦後日本を闊歩(かっぽ)する進歩的文化人たちは、無残にも、戦勝国側の言いなりの御用学者に成り果ててしまったということだ。
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