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《恩納河原に避難中の住民に対して、思い掛けぬ自決命令が赤松からもたらされた。「こと、ここに至っては、全島民、皇国の万歳と、日本の必勝を祈って、自決せよ。軍は最後の一兵まで戦い、米軍に出血を強いてから、全員玉砕する」というのである》(『沖縄戦記 鉄の暴風』(沖縄タイムス社)、p. 34)
これは一体「誰目線」の記述なのだろうか。このように書けるのは、本来その場にいた人間である。が、それが誰なのかが示されてはいない。つまり、誰も責任を負わない体(てい)で書かれているのだ。この文章は、謂(い)わば「神の視座」で書かれているということになる。が、人間は神ではない。「神の視座」で書かれたとすれば、それは「偽りの神」でしかない。だとすれば、『鉄の暴風』は、事実に基づく「ルポルタージュ」ではなく、事実を装った「創作」と言うべき代物(しろもの)でしかないということだ。
《この悲壮な、自決命令が赤松から伝えられたのは、米軍が沖縄列島海域に侵攻してから、わずかに5日目だった。米軍の迫撃砲による攻撃は、西山 A 高地の日本軍陣地に迫り、恩納河原の住民区も脅成下にさらされそうになった。いよいよあらゆる客観情勢が、のっぴきならぬものとなった。迫撃砲が吠えだした。最後まで戦うと言った、日本軍の陣地からは、一発の応射もなく安全な地下壕から、谷底に追いやられた住民の、危険は刻々に追ってきた。住民たちは死場所を選んで、各親族同志が一塊(ひとかたま)り塊りになって、集まった。手榴弾(しゅりゅうだん)を手にした族長や、家長が「みんな、笑って死のう」と悲壮な声を絞って叫んだ。1発の手榴弾の周囲に、2、30人が集まった》(同、 pp. 34-35 )
滑(なめ)らかな筆致である。が、滑らかすぎやしないか。人の記憶とは、どこかぎこちないところがあるものだ。が、この文章にはそれがない。それがあまりにも不自然なのだ。
《住民には自決用として、32発の手榴弾が渡されていたが、更にこのときのために、20発増加された。
手榴弾は、あちこちで爆発した。轟然(ごうぜん)たる不気味な響音は、次々と谷間に、こだました。瞬時にして、――男、女、老人、子供、嬰児(えいじ)――の肉四散し、阿修羅の如き、阿鼻叫喚の光景が、くりひろげられた。死にそこなった者は、互いに棍棒で、うち合ったり、剃刀で、自らの頭部を切ったり、鍬で、親しいものの頭を、叩き割ったりして、世にも恐しい情景が、あっちの集団でも、こっちの集団でも、同時に起り、恩納河原の谷川の水は、ために血にそまっていた。
古波蔵村長も一家親族を率いて、最後の場にのぞんた。手榴弾の栓を抜いたがどうしても爆発しなかった、彼は自決を、思いとどまった。そのうち米軍の追撃砲弾が飛んできて、生き残ったものは混乱状態におち入り、自決を決意していた人たちの間龍、統制が失われてしまった。そのとき死んだのが329人、そのほかに迫撃砲を喰った戦死者が32人であった。手榴弾の不発で、死をまぬかれたのが、渡嘉敷部落が126人、阿波連部隊が203人、前島部落民が7人であった。
この恨みの地、恩納河原を、今でも島の人たちは玉砕場と称している。かつて可愛い鹿たちが島の幽遠な森をぬけて、おどおどとした目つきで、水を呑みに降り、或は軽快に駈け廻ったこの辺り、恩納河原の谷間は、かくして血にそめられ、住民にとっては、永遠に忘れることのできない恨みの地となったのである》(同、 pp. 35-36 ) 【続】
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