照千一隅(保守の精神)

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「照千一隅(しょうせんいちぐう)」(一隅を守り、千里を照らす)は伝教大師・最澄の言葉。本を読み、考えたことをこのブログに書いて参ります。ご意見、ご感想など御座いましたら是非お寄せください。

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2026.05.14
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カテゴリ: 時事問題

They are not skilful considerers of human things, who imagine to remove sin by removing the matter of sin. -- John Milton, AREOPAGITICA

(人事を考察するのが巧みでない人は、罪因を取り除くことで罪を取り除こうと企(たくら)む)―ジョン・ミルトン『言論の自由―アレオパヂティカ』

 日の丸を傷付けることに罰則を設けようとする人達は、人間の行いというものがよく分かっていない。

Though ye take from a covetous man all his treasure, he has yet one jewel left, ye cannot bereave him of his covetousness. Banish all objects of lust, shut up all youth into the severest discipline that can be exercised in any hermitage, ye cannot make them chaste, that came not hither so; such great care and wisdom is required to the right managing of this point. Suppose we could expel sin by this means; look how much we thus expel of sin, so much we expel of virtue: for the matter of them both is the same; remove that, and ye remove them both alike. – Ibid.

(たとえ貪欲な人間から全財産を奪い取ったとしても、まだ大切なものが1つ残っている。貪欲さは奪い去ることは出来ないのだ。あらゆる欲望の対象を排除し、すべての若者を、いかなる隠遁所でも行えるこの上なく厳しい訓練の中に閉じ込めたとしても、もともと貞潔でなかった者を貞潔にすることは出来ないのだ。この点を正しく扱うには、多大なる配慮と知恵が求められる。仮にこの方法によって罪を追い払えたにしても、罪を追い払う分だけ、美徳もまた追い払われる。というのは、両者の原因は同じだからである。原因を取り除けば、両者は等しく取り除かれてしまう)―― 同

 日の丸を傷付けることを厳しく罰すれば、日の丸を傷付ける人間はいなくなるのかもしれない。が、同時に、日の丸を大切に思う機会もなくなってしまう。

Why should we then affect a rigour contrary to the manner of God and of nature, by abridging or scanting those means…both to the trial of virtue and the exercise of truth? It would be better done, to learn that the law must needs be frivolous, which goes to restrain things, uncertainly and yet equally working to good and to evil. And were I the chooser, a dream of well-doing should be preferred before many times as much the forcible hindrance of evil-doing. For God sure esteems the growth and completing of one virtuous person more than the restraint of ten vicious. – Ibid.

(では何故我々は、神と自然の在り方に反してまで厳格主義よろしく、美徳を試しもし、真実を実践もする…手段を制限しなければならないのか。むしろ、不確かなまま善にも悪にも等しく作用するものを抑制しようとする法は、必然的に無意味なものだと知った方がよいだろう。もし私に選択権があるならば、強制的に悪行を阻止するより何倍も優先して善行を切望する。というのは、神はきっと10人の悪人を抑制するよりも1人の高潔な人間の成長と完成を重んじられるからだ)―― 同

 日の丸を傷付けようとする人達には、日の丸を傷付けたくなる感情がある。この感情を抑え込むために国旗損壊罪を創設し罰しようとするのは「愚策」であろう。なすべきは、彼らの悪感情を抑え込むのではなく、悪感情を取り除くことである。

 例えば、戦前軍国主義よろしく亜細亜を侵略した日本を許せないとする悪感情が日の丸を傷付ける行為に顕(あらわ)れているのだとすれば、行為を抑え込むのではなく、悪しき歴史認識こそを変えることであるべきだ。かの戦争は「侵略戦争」だったのか、「自衛戦争」だったのか、はたまた、「亜細亜解放戦争」だったのかという歴史認識の齟齬(そご)を埋めるべく努力することこそが求められるのではなかろうか。

 戦後教育は、かの戦争を否定的に捉えてきた。したがって、多くの日本人が日本はかの戦争において亜細亜に多大なる迷惑を掛けたという認識であるに違いない。これを放置したまま、日の丸を傷付けることを抑え込んだとしても何の問題の解決にもならないということだ。【続】






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Last updated  2026.05.14 12:24:22 コメントを書く


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