【日記】 見えない力への質問~実は、自分が答えてる~ by三宅勇

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2009.08.18
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カテゴリ: 小説




 夏休みの一日、朝から図書館が閉まるまでの間、『論語』に関する書籍三冊
をまとめました。

 一冊目は、『論語物語』(下村湖人・著)、二冊目は、『論語に学ぶ』
(安岡正篤・著)、三冊目は、『何のために論語を読むのか』(孔健・著)
でした。

 特にお薦めなのが、『論語物語』です。東大の文学部を卒業した下村湖人
は、一生涯を論語研究に捧げ、孔子の教えを愚直に実践した人でありました。

 他の「論語」に関する解説書にもない、創造力豊かな物語は、読むものを

が流れています。



■ 「論語」は、合計512の章(詩)から構成されています。


『論語物語』は、この中から20の章を、湖人がその章(詩)の背景を想像
し、物語にしたてています。

 今回私がまとめたのは、第一章からの40の章でした。

『論語物語』には、第一章からは3つの物語が紹介しています。

 その中で、今の私に通じる・・・もしかすると読者の皆さんにも通じる、
大変意味深い物語がありましたので、今朝は、その紹介を通じてメッセージ
としてゆきます。


 その章は、「論語」の最初の篇「学而」の十五番目にあります。

「子貢曰。貧而無諂。富而無驕。何如。子曰。可也。未若貧時樂。富而好

(おご)るなきはいかん。

 子(し)曰(のたまわ)く、可なり。いまだ貧にして楽しみ、富みて礼を
好む者にしかざるなり)

 日本語訳をすると、『子貢がいった、「貧乏であってもへつらわず、金持
ちであってもいばらないというのは、いかがでしょうか。」


であって礼儀を好むというのには及ばない』となります。



■ ただ、『論語物語』以外の解説を読んでも、その漢字の意味であったり、
通り一辺な語訳でしかなく、全然イメージが湧いてこないのです。


 しかし、湖人はこんな物語に仕立てているのです・・・

「子貢は、相当にお金儲けには自信があった。孔子先生の第一の門人である
顔回や、ナンバー2の子路にも、お金儲けなら負けない自信があった。

 子貢は、“今日こそ先生に自分の存在を意見として認めてもらおう“と
勢いづいて、先生の自宅へ向っていた。

 貧乏な家に生まれた子貢は、人一倍努力し、誰にへつらうこと無しに、
今の位置に上り詰めたのだ。

 今日の先生の話は短く終った。子貢は、ここぞとばかりに先生に質問した、


『私は、このごろ貧富に処する道について、多少考えもし、経験も積んで
きたつもりでありますが、貧にしてへつらわず、富んでおごらないという
のが、その極致で、それが実践できれば、その方面にかけては、まず人とし
て完全に近いものではないかと存じます』



■ すると先生は言った。


『お前が、ここまで誰にもへつらわず、お金を手にしてもおごることがなかっ
たのは、私が一番知っているよ。でも、お前が、へつらうとかおごるというこ
とに意識を向けているのは、まだお前の中に、へつらう心や、おごる心が残っ
ているからではあるまいか?』

 子貢は、もう孔子をまともに見ることができなかった。

『最高の状態は、結局は「貧富」を超越することなんじゃよ・・・
貧富を超越するのは、貧富を天に任せて、ただ一途に道を楽しみ、礼を好む
ということなのだよ・・・

 顔回(がんかい)にはそれができる。彼はさすがに賢者だなぁ。
そこまで行くと、貧にしてへつらわないとか、富んでおごらないとかいうこと
は問題ではなくなるんだよ』」

 孔子が2500年も前に、子貢を前にした言葉にできない情景が、ありあり
と浮んできませんか?



■ 私がまだ「お金」に執着を持つことや、「正しさ」に固守するのは、私の
中に考え方としての「貧しさ」があり、行動において間違いがあるのだと、
感じました。


「私、私、私・・・」、「正しい、正しい、正しい」、「お金、お金、お金」
・・・

 私や正しさやお金が悪いのではありません。
あることに、私が気づいていないことが問題なのです。

「あること」とは何か?

 それは、“私の意識がそこに固定されて、心から今を楽しんでいない“とい
う事実です。

 それに気づきさえすれば、それが「気づき」であり、その気づきこそが、
「本当の私」なのです。

 すると、私とそれまでの私の間に、小さなスペースができるのです。

 これが「意識する」です。
私が「私」と呼んでいたもの、また私が「正しい」と思ってきたこと、そして
私が「お金儲け」に固守していたことの間に、溝ができるのです。



■ この瞬間、私のそれまでの価値観が一枚だけはがれて、私は身軽になる
のです。


 “身軽になろう“と思っても駄目なのです。今の私と向き合い、「私は正し
にこだわっている」とか、「私はお金にこだわっている」と認めることから始
めなくてはいけないのです。

 「私」という核の上に、意識という思考が重なり、私が勝手にそれと一つに
なっているだけなのです。

 子貢であれば、「私は誰よりも勝っている」という意識は、核である「私」
に乗った思考であるから、それを意識できれば、それ以降は固守せず、今を
楽しみ、自らを磨いてゆこう!、と身軽になることができるのです。

 私がこれからの勉強を『論語』にしたのは、偶然かもしれませんが、とても
良かったと想いました。

 まだまだ私の中には、固守する私があるし、それを指導してくれる師が居
ないからです。また、今日から『論語』を師として、実践をしてゆきます。

 「論語読みの、論語知らず」とは、学問として「論語」を身に付けて、
人の為に使わない愚か者を指します。

 そんな愚か者にならないように、今日を一所懸命、楽しみながら、一歩づつ
前進をしてゆきます!


 「何によって、私を磨くのか?」。

 それは、今日の実践です。
実践が、私にとっての~生きる教科書なのです。

(8月18日 執筆)





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Last updated  2009.08.18 07:02:11
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