【日記】 見えない力への質問~実は、自分が答えてる~ by三宅勇

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2009.08.21
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カテゴリ: 小説




 昨夜、名古屋で『論語』の巻第一に関する勉強会を実施し、論語512の
章(詩)の内、40の詩を学んできました。

 今朝は、その名から現代に活用できるエッセンスをご紹介してゆきます。


 孔子は明確に、「学ぶ」と「考える」を規定しています。

 まず「学ぶ」は、周王の道を師から教えを請う。
また、書籍を通じて研究することです。

「考える」は、自分の頭で、自発的に思索することです。


ゆくんだよ“と教えています。



■ 孔子の代七十五代末裔である「孔健」という方の書籍で、現在の中国経
済界のリーダーの勉強熱心は尋常ではない、と紹介をしていました。


 日本人の「学ぶ」は、大学入試、また大学・専門学校の卒業までです。

 しかし、私も含めてですが、本当に学んだ知識を活かすのは、社会に出て
からです。

 本番は社会に出てからですから、本気で社会に出ていたら、更に疑問や壁
に出くわすわけです。

 すると、更に考えて、悩む。

 だからこそ、社会人になればそれ以上に現場からの危機感が伝わり、それ





■ 私も例外ではないのですが、現在の私たち日本人は、毎日の忙しい勤め
に圧倒され、それを紛らすための他愛ない娯楽以外には何も考えなくなって
しまっているのではないでしょうか?


 「会社を良くするには?」、「社会を良くするには?」などを、真剣に考



 もう10年も前のことですが、私は資格試験の学びを一生懸命、行った時
期がありました。

 現在も一部には熱心に学んでいる人もいるのは事実ですが、その学びが
「知識」の学びで止まっています。

 これは、学校進学の知識となんら変わりがありません。

 大切なことは「資格を取る」ことだけではなく、その知識を社会に活かし、
活用してゆくことです。


■ 「論語読みの、論語知らず」

 孔子は、人間の本質や人格の見分け方を教えています。

 それは、「相手の行動をみて、その行動の原因を知って、その行動を支え
る信念が分かれば、人の本質は見分けられる」、と教えています。

 孔子は74歳で他界するまで、「実践の人」でした。

 コンサルタントにありがちな、言葉だけで有能さを示す「弁舌の徒」では
なく、率先垂範、有言実行の人であったのです。

 そして、やったことを言葉にしたのです。

 私たちが孔子のような聖人になることはできませんが、それに近づくこと
はできるはずです。



■ それには、「一つに通じること」=一つを極めることです。

 孔子は、周の国の忠義と礼楽を学び続けたのです。

 是非、皆さんにおいても、“やること“は何でもイイですから、何か一つ
を極めて下さい。

 孔子は30歳のとき、「礼」に関する知識が無いことと、それが活かされ
ていないことに気づき、10年間一日も欠かさず、「礼」の一点を学び、
自己を建設してきました。

 すると40歳でようやく迷わなくなったのです。

 そして10年が過ぎると、天命というものを知っていることに気づきまし
た。そして、魯の国の政治に携わり、指導を続けてきました。

 しかし、魯の天子は人の目ばかりを気にしてとうとう変らなかった。



■ 孔子は魯の国を去り、諸国遍歴の旅に出ました。そこで、あることに気づ
いたのです。

 それは、自分が信念と思っていたのは、実は信念ではなかったという事実で
あった。

 自分で、“信念、信念”などと言ってたのは、信念をまだ自らの外側で意識
している証拠だったのです。

 真の信念とは、それを口に出さず、それと一体となったときの状態であると
分かったのです。

 すると、一切がありのままに自らの心に映り、孔子はこれを「耳に順
(したがう)うの境地」と呼びました。

 孔子は60歳にして、天地人、過去現在未来を誤りなく捉えうる境地に達
したのです。

 しかし、まだまだ無駄があり、一歩一歩に自我が宿っていることが分かり
ました。

 それから10年、意識をして自然に振舞い続けました。
すると、もう無駄も誤りもなくなった状態になりました。



■ それは70歳を超えた時点だったのです。


 これが「矩(のり)をこえず」という状態なのです。

「こえず」とは、もう考えずに、のびのびした心の自由と一体になる状態を指
します。

 孔子は天才ではなかった。努力の人でありました。

 不遇の幼年期を過ごし、15歳から自ら進んで学びだし、実践の後に言葉を
創る生き方を一日も欠かさず貫いた人であったのです。


 「一つを貫くこと」


 何でもイイから、今日からまず一歩を踏み出すことです。
そして、それに集中し、その習慣と一体になるのです。

 それには、一日、1回づつの積み重ねをおいて他には答えは無いのです。

 いつ来るか分からない~一生涯のゴールを、今日の悔いない実践で燃やし尽
くしてゆきたいのです。



■ 「一つを極めるとは?」


 それは、今を感じ、今、目の前の事柄に全力投球することです。

 過去を顧みず、未来を憂えず、ただ今に集中する・・・

 それが、私が極められた状態・・・
「今、ここにある」なのです。

(8月21日 執筆)





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Last updated  2009.08.21 07:53:19
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