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蝶豆(チョウマメ)昨日の大相撲名古屋場所の千秋楽でそれまで12勝2敗でトップに立っていた安青錦は本割相撲で熱海富士に敗れて12勝3敗になり、同じ12勝3敗力士の熱海富士、霧島と安青錦の3力士の巴戦で優勝を争うことになった。最も体重があり、気力も充実して波に乗っている熱海富士は、本割で安青錦を破って、決定戦でも霧島を破り、後は安青錦を破れば優勝というところまでこぎつけた。勢いのある熱海富士がそのまま一気に安青錦を破って初優勝を飾るのではないかと思った人が多かったと思う。安青錦は数日前から左足首を痛めており前日の試合でさらに右足首を痛めており、熱海富士の馬力に一気に押し出されてしまうのではないかと思われたが、下から潜って熱海富士に勝ってしまったのである。そして続く霧島にも勝って自身3度目の優勝を飾ったのである。本割で熱海富士に負けた試合後も足が痛そうでその後の優勝決定戦に出れるかどうかも難しいと思っていたが、本割で敗れた熱海富士を破り、霧島にも勝った根性には呆れてしまった。痛みはあっても、絶対に勝つとの一念で決定戦に臨み、死に物狂いで戦って優勝してしまったのである。出身国はウクライナでロシアと戦争している最中である。そのような中で遠く離れた日本で、その国の国技、大相撲で最高賞を取ったのだから凄い。国民栄誉賞があるならそれを貰う価値がある。本物の力士で、双葉山にも匹敵する近年で最高の力士だと思う。
2026.07.27
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金魚草昨日は滋賀県に住む息子が関東方面への出張があり、東京に勤めている孫と新宿駅で合流して一泊二日で山梨の我が家に来てくれる予定だった。妻は布団を干したり買い物したりその準備におおわらわだった。昨夜8時11分に甲府駅に着くとのことで私が迎えに行って来たが、客人を乗せて自宅に着いたら妻はご馳走を並べ始めてくれていた。ビールを飲んだり手作り料理を食べながら談笑した。「おとうさんピアノ発表会どうだったの」と聞かれたので、「リポビタンDを飲んで記憶が飛んだり指が動かなかったりして散々だった」と答えたら「ただ下手だっただけではないの?リポビタンDのせいだなんて聞いたことがないよ」と笑われた。信じてもらえるか否かは別としてその時の状況と心の動きを書いて置こうと思う。今年運転免許を返納することにしたので、それに伴い発表会出場も最後と決めていた。曲目は「美しき青きドナウ」の易しく編曲されたものだ。今年最後だからと、特別な思いで1年間、寸暇を見つけて練習してきた。7月12日の発表会に向けて、6月に入ってからは楽譜を見ないで何百、何千回と練習してきた。繰り返しの個所が2か所あり、1回目か2回目かが分からなくなることがあり、その2か所の繰り返しの所は特に念入りに練習した。先生からも褒められてまあまあの自信はついてきた。そして会場への出発直前に、少しでも頭がシャープになって上手に弾けるようにとリポビタンDを飲んで出かけた。そしてリハーサルに臨んだ。少し弾いたら何百回も弾いてきた曲なのにつかえてしまい前に進めない。すごく焦ったが、本番になればなんとかなるだろうと思った。しかし本番ではリハーサルの時よりさらにひどくて、いっぱい練習してきた繰り返しの所など一回も弾けない状態で、茫然自失してすごすごと舞台を降りた。有終の美を飾ろうと必死で練習してきた結果がこの結末で、落ち込みの極だった。「あれだけ練習してきたのにこの結果とは」と完全に自信を無くしてしまった。「家ではあれだけ弾けていたのに何てこと!」と家族も呆れてしまい、二の句がなかった。あんな状態になってしまった原因を色々な方面から調べてみたら、結構よくあることのようだった。緊張状態にある人が、カフェインを摂取すると相乗効果で交感神経が過緊張の状態になり、腕や指の筋肉がガチガチにロックされてしまい、脳では記憶が飛んで覚えていたことがが出てこない時があるとのことだった。リポビタンDには無水カフェインが50mg含まれており、その症状を引き起こすには十分な量と思われた。感受性の問題があり、必ずしもすべての人にこのような症状が起こるとは限らないが、発表会前のような極度の緊張状態にある人は、カフェインは避けた方が良いとは以前から注意喚起されていたとのことだった。1年間の集大成である発表会が終わった今、すこし心が落ち着いてきた。緊張しすぎの原因が分かってほっとしている。緊張を取ろうとコーヒーを飲んだりリポビタンD(カフェイン含有)を飲んで失敗た事例として今後の教訓になればいいと思う。本番では失敗したが、家では「美しき青きドナウ」もそれなりに弾ける。落ち込みから立ち直り、今はユモレスクを練習している。老人の最後の大きな夢は粉々に打ち砕かれたが、時間が経てばそれ程のことでもなかったと思えてきた。発表会の為でなく、楽しみとして気楽にピアノを弾いていこうと思っている。息子とその娘はその後寝室の天井の壊れた蛍光灯の取り換えや浴室の天井の掃除など大活躍してくれて本日の午後7時45分の電車で滋賀に帰る予定である。私は高い所の作業は殆ど無理になってきているので2人に心から感謝している。
2026.07.26
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1/18から始まった県立美術館の書道展で目にした金子みすずの詩を書にしたもの。金子みすずは大正末期から昭和の初めに活躍した詩人で26歳で夭折した。宮沢賢治の二つ違いの妹トシは、鈍重な兄と違って利発で可愛く成績優秀で誰からも愛されていたが、日本女子大学卒業後代用教員などしていた頃、結核にかかり賢治達に見守られながら24歳の生涯を閉じた。賢治は妹についていくつもの詩を読んでいるが 無声慟哭 永訣の朝 の冒頭部分を紹介する。けふのうちにとほくにいってしまうわたしのいもうとよみぞれがふっておもてはへんにあかるいのだうすあかくいっそう陰惨な雲からみぞれはびちょびちょふってくるあおいじゅんさいのもようのついたこれらふたつのかけた陶椀におまえがたべるあめゆきをとろうとして わたしはまがったてっぽうだまのやうにこのくらいみぞれのなかに飛びだした蒼鉛いろの暗い雲からみぞれはびちょびちょ沈んでくるああとし子死ぬといういまごろになってわたくしをいっしょうあかるくするためにこんなさっぱりした雪のひとわんをおまえはわたしにたのんだのだありがとうわたしのけなげないもうとよわたしもまっすぐにすすんでいくから(あめゆじゅとてちてけんじゃ)・・・・・・妹というより恋人のように思っていたトシの死は悲しくて2年間は何も書く気力も無くなってしまった。家の宗教は浄土真宗で南無波阿弥陀仏、賢治は法華経で南無妙法蓮華経、兄賢治に勧められて唯一南無妙法蓮華経を受け入れてくれた妹だった。親友保阪嘉内でさえ宗教の問題では拒絶して絶交になってしまった難題、実家でも政次郎はじめ兄弟親せきに法華経の素晴らしさを語ったが、誰も応じてくれる人はいなかった中で唯一人トシだけが同調してくれたのだ。結核を病んでいたトシは離れの一軒家で常時お手伝いの心優しい細川キヨさんに面倒を見てもらい臨終の時まで面倒を見てもらっていた。賢治も病状が悪化したころは二階に泊まり込みでトシの看病にあたっていた。ところが時々二階から降りてきてトシに手を合わせて南無妙法蓮華経と唱えることを強制する賢治を見てキヨさんは何と無神経なお兄さんだろうと思った。こんなに弱っているトシさんに無理やり手を合わせて何妙法蓮華経を唱えさせることは益々弱らせることになるのではないかと思ったそうである。恐らく賢治は信仰の力でトシが病気を克服できると確信していたからだと思うがキヨさんには理解できなかった。亡くなった後火葬して遺骨を収集する時、政次郎達は代々浄土宗なので当然すべての遺骨を集めようとしたら賢治が「法華経に帰依していたから法華経側で頂く」と言い出して、結局遺骨を半分ずつに分けたとのことである。気が弱かった賢治だが、こと信仰に関しては一歩も譲らない強靭さがあった。美人薄命とよく言われるが、気だてがよくて美しい人は早く亡くなってしまうものなのだろうか。悲しい現実だと思った。
2023.01.21
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こぼれ種から庭のあちこちに咲いているペチュニア7月17日が医学論文の締め切りで当日の17日に直接医師会本部の受け取りポストに投函してきたことは当日のブログに書いたが、その後本部からメールがあり、原稿は受け取ったがこれから査読に入るに際し、原稿と図表をメールで送って欲しいとの要請だった。今時は原稿を一々読まずにパソコンの中で査読していくのだろうなと思い、本日は海の日で休日だったので野菜畑の中の草を取る予定だったが、急遽原稿送りを優先して取り組んだ。論文は直ぐ送れたが、写真を送るのは少し苦労したがこれも何とか遅れた。問題は表である。コピーしてヤフーの送信画面に貼り付けると表の線が消えてしまって文字だけがずらずら並ぶ形になってしまい表は3枚だけだったが3時間が過ぎ5時間が過ぎ7時間も過ぎてしまった。今日やる予定だった野菜畑の草取りは諦めることにした。AIに聞いたらヤフーメールは線が苦手で線なしでぐちゃぐちゃになることが多いとのことだった。それでもAIは熱心に色々教えてくれたが駄目だった。それなら添付ファイルで送ればいいのだと気づいて添付することにしたがワードやエクセルは添付ファイルとして選択できなくてマイドキュメントに保存されていなければダメだった。マイドキュメントに保存できるようになるまでに数時間かかってしまった。論文送信作業を始めたのが1時半位で無事全部遅れたのが8時半位で7時間位かかってしまった。本日は祝日休日で色々やりたいことが沢山あったがパソコンとにらめっこで惨めな悲しい午後から夜にかけての時間だった。明日は勤めである。今日の時間の無駄使いは忘れて頑張ろうと思う。
2026.07.20
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マーガレットコスモス大河ドラマの「豊臣兄弟」が前回と今回でクライマックスを迎え、信長が織田家の重鎮明智光秀に京都本能寺で討たれる場面が放映された。信長を慕っていた秀吉、小一郎兄弟の驚きと悲しみは想像を絶する状態だったが最終的には秀吉の主君を思う気持ちが光秀の正義心より勝って光秀は討たれてしまうが、光秀の果たした役割も大きかったと思われる。歴史の大きな転換機だったが、光秀がもう少し用意周到に計画していたなら簡単に秀吉に敗れなかったと思われ、信長の光秀への扱いにかっとなって起こした行動が自らを破滅に導いたともいえる。史実によると1582年(天正10年)5月上旬信長から中国攻め(毛利との戦い)の総司令官に任命されたが、5月中旬信長は家康を京都観光に招待してその供応役を光秀に命じた。家康の接待は大変なことで、強度のストレスにさらされたと思われる。そして5月下旬に家康が京都を離れた後には、再度中国攻めの軍事侵攻を命じられ、その準備のために亀山城に入った時に信長討伐を決断したと思われる。その原因は5月上旬に中国攻めの総司令官に任命され、その準備に悩殺されていた最中に家康の接待役を命じられ、最高度のストレスの中でその業務をこなしてほっとしたのもつかの間、再度中国攻めを命じられ、神経質で几帳面な性格の光秀が「やってられないよ」と爆発したのではないかとみられているが、それまでの信長への積もり積もった不満の鬱積も関係していたのではないかと思われる。
2026.07.19
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紫のシランと白いシランパーキンソン病は指定難病でわが国の2020年調査で約29万人と報告されており、1000人に1.5人、65歳以上では100人に一人罹患しているとされており、全国パーキンソン病友の会もあり、身近にも同病の方がいたりして関心が高まっていると思われる。歩き方が小刻みになったり手が震えたりして思うような活動ができなくなり、内臓障害その他の合併症が加わったりして寿命は10年から15年と言われてきた。最近ではiPS細胞を使っての移植手術で根本的治療への道も開かれつつあるが一般的治療になるまでにはまだ時間がかかると思われる。昨日の新聞に55歳の時医師からパーキンソン病と告げられ、現在75歳の男性の方の経歴が載っていた。病名を告げられた時には人生が終わったような気がして落ち込んでしまった。でも奥さんから「病気なら仕方ないでしょう」と明るく励まされて元気をだして頑張って生きてきたとのことである。薬は1日4回服用し、卓球やグランドゴルフ、模型のログハウス作りにも挑戦し、通信制大学を6年で卒業したとのことである。畑仕事も再開して、震える体で鍬をもち、収穫した野菜で近所との交流も深めた。読んでいてすごく感動した。奥さんが凄いと思った。落ち込んだ旦那と一緒に落ち込んでいたなら、きっと今のような境涯でなく苦しみながらもっと早くお亡くなりになっていたと思う。奥さんが「仕方ないでしょ」と明るく励ましてくれた結果が大学卒業であり、野菜を通じてのご近所との交流だと思う。他の病気と同様、パーキンソン病にも病状や寿命に個人差があり、明るく生きるか、死線をさまよいながら苦しんで生きるかは、本人の自覚と配偶者など周りの人の心の支えで違ってくるものなのだなと改めて思った。
2026.04.29
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かって英会話教室に通っていた頃、受講生に飛び抜けて美人の婦人警官がいた。彼女はミヤンマーに魅せられて何度もミャンマーに行き、村人達と交流を深めていて、多くの写真を見せてくれた。世界一貧しい国と言われているが、人々の心は世界一美しい。日本にいてもミヤンマーのことを思えば懐かしさで心がいっぱいになり、又行きたくなるというほど惚れ込んでいた。そのミヤンマーで、今仏教僧が立ち上がり、イスラムとの争いが各地で起こっているという。上述した、ミヤンンマー大好きの美人婦警の話ではミヤンマーには争いもその火種も全く感じられなかったとのことだが、国内事情としては大きな問題があったようだ。ミヤンマーは仏教国である。しかし近隣諸国同様イスラム勢力に次第に占領されてきて、仏教徒たちが虐げられてきている現状があり、仏教僧が立ち上がり、イスラムに席巻されるなと説教したり活動を開始したのが原因らしい。争いを好まない仏教僧としては極めて異例のことである。インドネシア、パキスタン、バングラデッシュ、インド、とイスラム化の波は止まらない。かっての仏教国はことごとくイスラム優勢国になってしまった。仏教僧達にはミヤンマーもその轍を踏むのではないかとの不安がある。イスラムは一夫多妻も許されており、人口はどんどん増加している。しかも布教活動は活発で場合によっては他宗を攻撃したり武力を用いたりして勢力を増やしてきた。対する仏教は悟りが根本で、禁欲を説くこともあり、他宗や他人と争うことは好まず、積極的な布教活動は行ってこなかった。その結果、世界でイスラム勢力は急増しており、仏教勢力は衰退している。布教活動が活発か否かによって現在の勢力地図は出来上がったものと思われる。ミヤンマーのイスラム化をせき止めて、仏教を護って行こうとする彼らの活動に声援を送りたい。
2013.08.14
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先月は大阪で、今月は埼玉で我々医師仲間からみても最高レベルの先生二人が患者又はその家族に殺されてしまった。そんな不条理があっていいのかと思った。二人とも患者さんに寄り添い本当に親身の診療をしていた。埼玉の先生は365日24時間休みなしの対応で患者さんに尽くしていた。ある人は親身すぎたことがこの悲劇に繋がったのではないかと論評していたがそうかもしれない。「俺は医者だ、お前は患者だ」と垣根を作っておけば簡単に医者側に土足で入ってこれなかったかも知れない。二人の医師にはそれが出来なくて患者も医師も同じ、同じ仲間だとの認識だったので彼らの自殺の道連れにされてしまったのかも知れない。ところで訪問診療については近年高齢化が進み国の方針もあって、自宅で最期を迎えたいという人の希望を叶えてやる形で、在宅診療専門の医療機関が出現してきた。訪問診療では日常の食事摂取状況や経管栄養、心臓、血圧管理、大小便の管理、点滴の管理などが主な日常業務だと思うが最後の重大な業務に死亡認定がある。最期を迎えるまでの間、家族に見守られながら楽しく安らかに暮らして頂くのが主な目的だが、今度のケースでは息子さん(犯人)は92才の母親を何が何でも生かせと医師に請願していた。人の命は永遠ではない。寿命があり、いつかは尽きるものである。自宅で一緒に住みながら介護したい気持ちは尊いが必要な場合には入院しなければならないこともある。死期が近づいた人には苦痛を与える救命処置で苦しめるより静かに見守ってやった方がよいという常識もある。今度の場合それが通じない相手だったことも悲劇だった。母親が死亡してしまうと母親の年金が途絶してしまって生活に困るという問題もあったかもしれないが、市に相談すれば生活保護の道もあったと思う。独りよがりで自分勝手で暴力的な患者家族とかかわりあわなければならなかった先生のご冥福を心よりお祈り申し上げる。
2022.01.31
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今バラク・オバマ元アメリカ大統領が若い頃書いた「父からの夢」を読んでいる。もう何年も前から読み始めたのに時間がなくてまだ読み切っていないが、全体で442ページあるうち416ページまでは読んだ。 今読んでいる所はオバマさんが自分のルーツを求めてアフリカのケニアに渡り、父のことやお祖父さんのことを聞き取りしている所である。お祖父さんのオンヤンゴが青年時代に白人達がアフリカの地にやってきて勝手に住居税を黒人に請求してそのお金は白人の貨幣で支払わなければならず、白人達が切り開いた農場で働いて得たお金で住民税を払うシステムを押し付けられた。 村人たちの多くはは白人を避けていたが、オンヤンゴは積極的に白人の家に入って食事とか農作業を行って白人から報酬を貰って西洋化した生活を送っていた。サラ(女)、バラク(オバマさんの父)、アウマ(女)の3人の子供が生まれたが奥さんはアウマが生まれた時その子を背負って家を出て、実家に帰り別の男と結婚した。 サラ(12才)とバラク(8才)もそれから数日後家を出て母親の実家を目指すが距離がかなりあるので2週間歩いたが実家に到達できずオンヤンゴの家に戻され、実の母ではないオンヤンゴの別の妻に育てられることになる。 当事のアフリカは夫の妻への暴力は日常茶飯事だったが、オンヤンゴは特にひどくて奥さんは嫌になって家出してしまったのである。いう事をきかなければ直ぐ殴るので誰でも嫌になったと思う。 オンヤンゴは家庭では暴君だったが、社会的には西洋社会から逃れるのでなく積極的に入り込んで行く才気があって頭が良く地域でも一目置かれていた。その子であるバラクも頭が良くて学校の先生よりよくできて先生の誤りを指摘するくらいだった。後に成人して奨学金を貰ってアメリカのハワイ大学に留学できたのは学業が優秀だったからと思われた。ハワイ大学の白人女性と結婚して生まれたのがバラク・オバマさんである。 2世代、3世代前のアフリカ社会を実に細やかに描写しており、ベストセラーになった本である。今は西洋化されてアフリカもかなり変わってきていると思われるが、オンヤンゴの頃は女性の教育は全く無視され、バラクは教育を受けたがサラは受けられなかった。夫の暴力も当たり前のこととして受け入れられていて、オンヤンゴの妻は家出したが、大半の女性は我慢して暮らしていた。女は無能で牛や馬のように叩かなければ動かないと思われていたようだ。 日本でも昔は男尊女卑、夫の暴力があったがこれほどではなかったと思われる。バラク・オバマさんがアフリカを訪れた時には祖父の時代からみるとかなり変わり、オバマさんの腹違いの妹も大学まで行っているがまだまだ女性の地位は低いようだ。それぞれの地域や国によって歴史や文化は異なるが、同じ人間として男は女を、女は男を尊敬し大事にしていく社会を目指してもらいたいものだと思った。
2022.08.18
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妹から分けてもらった千日紅が咲いた今、日米で首長選びが白熱化している。日本では9月の総裁選で新しい首相が決まる。現職の岸田首相が立候補するか否か不透明だがいずれにしても新しい総裁が選ばれる。アメリカでは共和党のトランプ氏が各種の世論調査で現大統領のバイデン氏を3.1%引き離していてトランプ氏勝利の可能性が高まっていた。しかしバイデン氏が民主党候補を辞退して副大統領のハリス氏にバトンを渡してからハリス氏が追い上げており、今は1.2%位の差に縮まっている。トランプ氏は男性や白人に人気が高く50%以上の支持率を誇っている。ハリス氏は女性や黒人、ヒスパニックに人気が高く50%以上の指示を集めている。年齢層では45歳以上は50%以上がトランプ氏、18歳から29歳の若い層はハリス氏59%支持となっており、30~44歳でもハリス氏49%、トランプ氏45%とハリス氏は若者に人気があり、トランプ氏は45歳以上の年齢層に支持されている。ハリス氏は、「私達はどのような国に住みたいのか、自由と思いやり、法の支配がある国か、それとも混乱と恐怖、憎悪の国か」をずっと問いかけている。混乱と恐怖、憎悪はトランプ政権になると予想されることで、アメリカを野蛮国にする可能性がある。トランプ氏はアメリカファーストで世界政治の中でアメリカが有利になるような政策を推し進めていくことが予想される。一国の大統領なので自分の国が有利になるような政策を行うことは当然としても、周りの世界情勢をみながら他国の利益も配慮して世界平和に貢献していくことが求められるが、トランプ氏の視点は自国の利益に傾いており、世界のリーダー的役割が求められているアメリカ大統領には相応しくないと考えられる。トランプ氏の当選を阻止するべく、アメリカの常識派が大結集することを望んでいる。あと3か月しかないが、民主党ハリス氏が大健闘して巻き返すことを祈っている。
2024.08.04
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屋内で咲いているゼラニウム本日、第51回県総合医学会に演題を発表してきた。昨年11月に本学会に演題を出すことを決めて私が当院に来てから4年4か月の間に受け持った症例342症例について主病名や、併存疾患、経過などを男女別、年齢別に集計して「各科連携してのリハビリ医療の実際」の演題名で、応募した。主として土日に集計作業などを行ったが受診者の平均年齢計算などは妻に手伝ってもらった。それらのデーターを纏めてスライドを作ったがそれは勤めから帰ってきてから夜間行った。膨大なデーターをまとめたが発表時間は6分以内なので6分以内で喋れるように何度も練習して本日に臨んだ。8時15分から最初の縁者として発表したが、自分でパソコンを操作してスライドを進めるのだが、操作ミスなのか2度ほどスライドが進まず困ったが担当者が直ぐ治してくれて大事なく進み、6分以内で終了することが出来た。思えば昨年11月から本日迄ずっと準備してきて本日の6分間の発表で全て終了して肩の荷が下りた。夜はカブス対ジャイアンツ戦を見ながら日本酒7~8酌飲んだ。美味しかった。今回苦労して研究をまとめたのでそれを生かしてさらにより良い診療を心がけて行こうと思う。妻は学会発表すると言ったら最初は「齢だから止めなさい」と言っていたが途中では計算を手伝ってくれたり、今朝も朝早く起きて私はあまり食べたくないのに朝食の準備をしてくれたり、会場に時間内に間違いなく着くように道順などを心配してくれたりしてありがたかった。
2025.03.16
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紫陽花 ダンスパーティーリハビリ病院に勤務しており、重症で手の尽くしようがない患者さんも受け持つことがある。4年前67歳のアル中患者さんを受け持った。進行してウエルニッケコルサコフ症候群になっており、歩くことも出来ないし、意思表示もできない。一般的には回復不可能な状態と言われており、尿路感染や腸閉塞その他の合併症で急性期病院に入院したり当院にも3度入院した。当院入院時にはリハビリを懸命に行ったが進歩は少なく、日常生活への復帰は望めないと思われていた。しかし4年後、家族から聞いた話では、懸命な介護とリハビリで歩けるようになり、友達に会うために外出もするようになったとのことである。ウエルニッケコルサコフ症候群になっても家族や医療者の懸命な努力で社会生活に復帰できることもある貴重な症例と思われた。私達の身の回りには回復は無理だろうと思われる症例も多い。しかし諦めなければかなりの所まで回復できることがあるので、一例、一例に真剣に向き合っていこうと思う。
2026.06.01
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半夏生(ハンゲショウ)ブルースター廊下を忙しげに歩いているスタッフを見て自分も彼らと同じように歩きたいと思い、速足で歩こうとする。どんなに難しい症例に当たっても若い時の自分は時間に関係なく夢中で対応してきたし疲れることはなかった。それが今ではチョッとしたことでも疲れてしまう。他人に憧れ、自分に失望した状態で生きてきた。しかし誰にも使命はあるはずだ。命尽きるまでそのような状態で生きていたら使命も果たせないかもしれないし自分自身も不幸だと気が付いた。他人が軽々と歩いていてもいい。自分も若い時には軽々と歩けたのにと思ってもいい。でも今の自分と比べないことにした。他人は他人、過去の自分はもう今の自分とは違うのだ。今の自分のままで出来るだけのことをして明るく生きようと決意した。
2026.07.02
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かがやき。1970年に鈴木省三氏によって製作されたバラで季節に関係なく時々このような赤い花を咲かせている。恐らく妻がどなたかに頂いたバラだと思うが未だに細々と咲いてくれる。ストレスはいけない。ストレスを抱え込まないようにしよう。ストレスとの上手な付き合い方などと様々な方々がアドバイスを書いたり喋ったりしているがストレスの渦中にある人にはあまり参考にならないかもしれない。私の場合は7月12日がピアノ発表会、7月17日の今日が医学論文の締め切り、各々単独でもストレスが大きいのにそれが二つも重なってストレスは極度に達し食欲はなくなり体重は3Kg減った。おまけに最初の難関だった発表会で大失敗して終わってストレスが軽減するどころか倍加されてしまった。そして本日の論文締め切り、昨夜医師会の本部郵便箱まで直接投函に行く予定だったが間に合わなくて今朝6時50分頃直接本部の郵便受けに投函して、今勤務先の病院に到着したところである。これですべてが終了してストレスも終わるはずだがどうなるか分からない。勤務そのものがストレスの多い職場でストレスのない人生なんて夢物語かも知れない。もう回診の時間になってしまった。以前「心」が最も大事だと書いた。心が揺れていればストレスは襲い掛かってくる。心が平静ならばストレスは逃げていく。心を強くしたいと思う。
2026.07.17
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白のインパチェンス、6月中旬頃私も手伝って植えた花大きなストレスがかかった二つのイベントは昨日で終わった。今朝起きた時は何となく気が抜けたようだった。ストレスはあったが、到達しなければならない目標になり、それが生きがいになっていた。80歳を過ぎて半ばに差し掛かっている今、同じ年代の方々は認知症になったり、お亡くなりになられている方が多い。私のように常勤医師として雇って頂いて、毎日出勤している人間は少ないと思う。でも最近は体力の衰えからあちこちの不調が感じられ、退職の時期を考えるようになっている。でもその日までは元気で働いて勤めを全うしようと思っている。それには目標を持つことが必須だと思っている。ストレスは大きかったが次の論文を書くことを目標にかかげてもいいと思う。ピアノ発表会にはもう出ないことは決めているが、ユモレスクが弾けるようになることを目標に掲げたいと思う。朝と夜の体操は引き続いて必ず継続していこうと思っている。今日を境に新たな目標を掲げて、退職まで頑張ろうと思う。
2026.07.18
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ツルバギア安青錦が昨日の相撲で勝って10勝を挙げ、規約により大関復帰を一発で決めた。大関になるころは強くても大関になってから勝ち越し基準の8勝を挙げられないと、次の場所はカド番大関と言われ、その場所でも勝ち越せない時は関脇に陥落する。今場所では大関琴桜がカド番大関で今6勝しているのであと2勝すると大関に残れるが、難しそうだ。一旦大関から陥落すると大関に返り咲くのは極めて難しい。最近では返り咲いた力士は貴景勝と霧島の二人しかいない。朝乃山、御嶽海、正代、高安は大関陥落組だが長年経っても大関には復帰できていない。安青錦が10勝して大関に復帰できることは大変なことで今後の活躍が期待される。昨日の試合では反則の髷を掴んだように見えた場面もあったが物言い付かず勝利になって幸運だった。試合後のインタビューで「自分を信じてきた結果だと思います」と述べていた。自分を信じるとは自信を持つことだと思うが、上記朝乃山以下4名の力士は自分を信ずる力が弱いのかも知れない。相撲に限らず野球やサッカーそれに私達の日常生活にも言えるのではないかと思う。この頃の世の中を見ると、私を含めて自信を無くしている人が多いと思う。自分を信じて突き進んでいくことが大切だと思うので、強い力で自分を信じて仕事や家庭生活をしていこうと思う。
2026.07.23
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