今が生死

今が生死

2021.02.05
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テーマ: 幸せの寿命(18)
カテゴリ: 生き方
自分の寿命が何歳なのかは誰にも分からないが一般的には平均寿命から考えて男なら81才前後、女なら87才前後を大まかな寿命と考えている人が多い。
県医師会報の新春随想を読んでいたら自分の寿命は60才と思っていたと書いていた先生がいた。その人が研修医1年目で忙しい日々を過ごしていた時父親が肺炎で亡くなってしまった。優しい父で一度も叱られたことがなく、わがままを聞いてくれて父を困らせたことも何度もあり、それを子供心に反省することもしばしばあった。
父親はそれまで勤めていた会社の合併移転の時脱サラして小さな町工場を作り一家のために身を粉にして働いてくれていた。ある時体調を壊して肺炎と言われて入院し快方に向かっていて間もなく退院と言われていた矢先に帰らぬ人になってしまった。まさか父親が亡くなるとは夢にも思っていなかったので呆然自失してしまった。
その時「人なんて簡単に死んでしまうものだ」「自分も長くは生きられないのではないか」「自分だけ長く生きてよいのか」と思い、結婚した後も自分が死んだ後妻子が路頭に迷うことのないように手を打ってきた。父親の月命日の日に長男が生まれたので父親の生まれ変わりかと思った。その長男が丁度研修医の時自分が60才になり父親が亡くなった時と重なる。その時父親がが亡くなったように自分が逝く時に違いないと思ってきた。元々60才位が寿命と思っていたので30歳台、40歳台は一生懸命仕事して50歳台になると残りの時間も少なくなってきたので仕事を減らし、55才になってからは医師会の役員なども辞めてその時のための準備態勢に入り、医業の他は趣味に生きることにした。60才を越えても生き残った場合については考えてこなかったのでその後の人生はどうしたらよいか分からないと書いていた。長男は父親の生まれ変わりで、自分が死んでも長男の所に生まれ変わるという輪廻転生を信じているとも書いていた。
今の時代60才と言えばまだ若い。もし生き残った場合にはまたそれなりの人生設計をしていかれるのではないかと思うが自分の死ぬ時を想定して生きている人もいるのだなと神妙な気持ちになった。私の友人で90才を死ぬ時と想定して人生設計を描いている人がいる。一般人は明日のことも分からずあくせくしながら生きているので自分の寿命を大体決めているその友人を凄いと思っている。その為には徹底して健康によい食事を心がけ、ウオーキングは毎日欠かさず行い、旅行などにも行って心の健康にも留意している。自分が何歳まで生きようと思っても最終的には神の思し召しなのでそれが叶わないことが多いが、「神の思し召し」などくそくらえ、「そんなものは打ち破って自分の人生は自分で決めてやる」という気迫は凄いものだと思っている。我々も一寸先は分からないが、分からないなりに自分の死ぬ年齢を思い描いて計画的に生活していくことが大切ではないかと思い始めている。





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Last updated  2021.02.06 22:09:30
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