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2020.10.27
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カテゴリ: 自作小説-時代
< 里帰り その一 >-----#178


佐紀の実家は廻船問屋の辰巳屋である。

佐紀が一応親に理 ( コトワリ ) を入れての事とは言え家出同然の様に橘の家に嫁いで来ていた。

此れまでに何度か佐紀は実家を訪ねている、里帰りである、里帰りと言っても御近所と言っても良い位の処に住まいしているのではあるが。

そして、享保三年 (1718 年 ) 、龍一郎と佐紀の息子・龍之介が一歳と六月を過ぎた春の日。

< 参考 >----------( 日本の年齢の数え方 )-------------------------------

明治 6 年 (1873 年 ) 、明治 35 年 (1902 年 ) に国民の年齢を数え年齢から満年齢に変更すると法律で制定されたが一般国民は数え年齢を使用していた為、昭和 24 年 (1950 年 ) に満年齢に徹底する様にとの法律が制定された。

数え年齢は年を数えるもので生まれた時が一歳とし次の一月一日で一歳足される。

何年何月に生まれても元旦には一歳足され管理には便利であった。

-------------------------------------------------------------------------------'

この日、龍一郎と龍之介を抱いた佐紀の三人は佐紀の実家である廻船問屋・辰巳屋を訪れた。

目的は無論、龍之介の顔見せである。

佐紀の両親にとっての孫の顔見せである。

何時でも何処でも龍一郎が先に入り先に出るのであるがこの時ばかりは佐紀が先に敷居をまたいだ。

店の中に入った途端に「お嬢様~」と大声が飛んだ。

店の奥で店を見回す事も仕事の一つである大番頭が暖簾を分けた武士に気が付き見つめていると何と店の娘の佐紀が入って来たのである。

「お嬢様・・・お嬢様・・・おい、誰ぞ奥へお嬢様が戻られたとお伝えなされ」

大番頭が隣に居並ぶ番頭、手代に声を掛けた。

「お嬢様がお抱きのお子はお二人の・・・」

「大番頭さん、当然の事です、少し落ち着いて下さいな」

「はぁはい、ですが嘘か真か武家の嫁に成られたとお聞きして居りまして・・・真の事で御座いました・・・か」

「真の事ですよ、このお方が私の旦那様の橘龍一郎様です、子供の事は両親にご報告してからね」

「橘龍一郎様、橘龍一郎様・・・橘様・・・橘様、私の記憶では橘様と申されるお方は剣豪の橘小兵衛様で御座います」

「小兵衛様は隠居なされこのお方が後継ぎで御座いますよ、大番頭さん」

「おぉ~江戸の剣豪第一位の御子息・・・その奥方様で御座いますか」

「そうよ、でも今はこのお方が江戸の第一位ね」

「えぇ~お嬢様のお言葉とは申せ失礼では御座いますが余りお強い様には見えませぬが・・・」

「皆、見た目に騙されるのね、本に強いお方は優しくて強く見せないものなのですよ、大番頭さん」

「左様で御座いますか」

全く信じていない様な返事であった。

その時、奥からどかどかと音が聞こえ両親と兄と知らせに行った手代が店先に顔を出した。

「佐紀~本に、稚児 ( ややこ ) を抱いて御座る」

「お前様、孫ですよ、孫、佐紀ようやりましたなぁ~」

「親父、お袋、店先でずっと話すつもりかい」

「おぉそうですね、余りに嬉しいものてすから気付きませんでした」

「さぁさぁ奥へ奥へ・・・濯ぎ水が必要ならば横から上がる様に準備しますよ」

母親が気を聞かせて尋ねた。

「母上、濯ぎは要りませぬ」

佐紀は稚児を龍一郎に託し履物を脱ぎ板の間に上がりしゃがんで履物を揃えた。

そして、龍一郎が稚児を抱いたままに履物を脱ぎ板の間に上がると佐紀が龍一郎の履物もそろえた。

その自然な二人の仕草を両親も大番頭も店の者達と客も見ていて皆が一様に見惚れていた。

二人の所作が茶道か能の舞の様でとても優雅で舐めなかで自然な動きだったからである。

「如何成されましたか、父上、母上」

「お前・・・いや其方変わったのぉ~」

「何処が、何がで御座いましょう」

「今度は店の板の間で話すつもりですか」

長男の言葉に母親が先導して奥へと皆が歩んだ。

母親が振り返り佐紀を見ると何時の間にか稚児が龍一郎から佐紀へ戻されていて佐紀が抱き抱えていた。

母親は皆を自分達の居間へと案内した。

両親が定位置に座ると部屋の入口に佐紀と龍一郎が座り部屋の奥に長男が座った。

「どうした、佐紀、奥へ入りなされ」

「はい、ありがとう御座います、まずは長の無沙汰をお詫び申し上げます」

「その様な事はどうでも良い事ですよ、さぁ側に来て稚児を抱かせておくれ」

母親が稚児を抱かせろとせがんだ。

稚児を抱いた佐紀と龍一郎は主人夫婦の前に座り佐紀が母に稚児を抱かせた。

「おぉ、おぉ何とも可愛い顔の稚児でしょう、名は何と付けましたか」

「旦那様の龍の字を頂き龍之介と義父が付けて下さいました」

「龍之介ですか、良い名ですね・・・しかし、女子 ( おなご ) の様な何とも綺麗な顔立ちの男子 ( おのこ ) ですね」

「本に美男子じゃのぉ」

「これは大きくなったら女子 ( おなご ) を泣かせる男になりますなぁ」

兄が将来を占った。

「何を言う、お前と一緒にするで無い」

父親が長男を嗜めた。

「しかし、佐紀、お前ももう少し辛抱すれば上様のお手付きに成れたであろうに勿体ない事をしたなぁ~」

「全く、お前は家業を継ぐと申しましたが、性根は変りませぬなぁ~」

「母上、私は今、大変倖せで御座いますので何を言われても気に成りませぬ」

「兄に比べて出来た妹ですねぇ~旦那様」

「見目麗しく難点は男勝りの気性でしたが何とも女子 ( おなご ) らしゅうなりましたなぁ~、そして今度は孫の顔を見せてくれました、嬉しい限りです、これも橘様の御蔭とお礼申し上げます」

「私の方こそお詫び申し上げます、その折は事前に武士の嫁になるやもと申してはおりましたが、まさか私の帰宅当日に佐紀殿が一緒に来るとは思いもしませんでした。

その後は流れのままに成りご挨拶も出来ませんでした、婚礼の居りは突然の事に驚かれた事と存じまする、申し訳も御座らぬ」

龍一郎は手を着いて謝罪した。

「龍一郎様、婚礼の折りに謝罪を受けております、改めての謝罪は不要で御座います。

それにあの折りも申しましたが、勝手に付いて行ったのは娘の方で御座います。

還って橘様にご迷惑をお掛けした様で御座います。

何より娘自身が今の暮らしに満足しておる様で親としてこれ程の喜びは御座いませぬ」

「有難いお言葉で御座います」

「此れからも度々孫の顔を見せに来て下さいな」

孫の龍之介を抱いた佐紀の母・お滝が願った。

「母上、何用が無くとも我が家に孫の顔を見に来て下さい」

「佐紀、良いのてすか、御当主様の許しも無くその様な事を申しても」

「義父は隠居成されまして、当主は我亭主、此処に居ります龍一郎様で御座います故に」

「龍一郎殿、佐紀がこの様に申して居りますが宜しいのでしょうか」

「無論です、当主・亭主は某ですが真の主は佐紀に御座いますれば」

「町屋も武家も家の中では女房殿が主と言う事ですかな」

「左様で御座います」

辰巳屋の主・鳩衛門の言葉に龍一郎が賛同した。

「佐紀、今日は泊っていってくれますね」

「母上、家の者にはこちらに参る事は伝えて御座いますが泊るとは申して御座いませぬ」

「婿殿に旦那様の酒の相手をして貰っている間に其方の日頃を聞かせて下さいな。

それに其方の兄は酒癖が悪くて旦那様の相手には成りませぬでな」

「妹にそこまで漏らす事も無いじゃないか」

「悪い仲間とお付き合いをしているとは聞いておりましたが御酒に溺れる様になりましたか、

・・・その様な事よりお店の商いはどうですか、不具合など御座いませぬか」

「船も無難でな、そろそろ新造船をと考えている程に万事順調じゃ」

「それは良う御座いました」

「問題が有るとすればじゃ・・・後継ぎが居らぬ事じゃなぁ~」

鳩衛門はそう言って倅の方を向いた。

佐紀が訪いの刻も倅・寿一郎の姿は無かった。

「父上、私 ( わたくし ) が居りました頃は素直な男子 ( おのこ ) で御座いました。

何が御座いましたのでしょう」

「どうもご近所の悪垂れ共に感化された様でな。

あちらは次男、三男故に解らんでも無いがこの馬鹿者は嫡男、後継ぎであるにも関わらず、恵まれておるにも関わらず他の馬鹿共に感化されおってからに・・・」

「親父、そう言うがさ~付き合ってみると中々良い奴らだぜ」

「だからお前は馬鹿だと言うておるのじゃ。

お前が重宝されておるのは銭じゃ銭、あの馬鹿共は次男、三男で銭など無い。

お店 ( たな ) の銭も既に警戒されて近づけず手も出せぬ。

じゃから銭を持って居るお前を大事にしておるだけじゃ、それが解らぬのか」

「そんな事は無いよ、この間も御馳走してくれたもの」

「全く、お前は馬の耳に念仏処か地面の穴にもならん」

「何だ、地面の穴、とは ??? 」

「もう良い、今日は佐紀の里帰り、それも孫を連れてのじゃ。

お前と話ておると楽しい気分が台無いになる」

「お前様、もう諦めなされお店は私達の代で終りでも良いではりませんか。

それよりも佐紀の事ですよ」

「そうじゃのぉ~、佐紀は幼い頃から男勝りでご近所の男子を泣かせて詫びが絶えなかったが、どうじゃ今の娘らしゅうなった姿は・・・その男の部分がまるで寿一郎に移った様じゃ。

おぉいかんいかん又話が戻ってしまったわい、処で佐紀の方はお金に困る事は無いか」

「御座いませぬ」

佐紀はキッパリと返事をした。

「失礼ながら橘家はご裕福な御家人とは聞いておりませぬが」

「左様、世間一般の貧乏御家人と少々事を異にしております少禄ながら所領地を持つ御家人で御座いますれば、四分六分ではと前先代が三分七分に減らした様ですが飢える事無く生きております」

「私どもは剣術ではお助け出来ませぬが商人ですから銭のお世話は出来ますのでお困りの居りはお声を掛けて下さいな」

「そっちに回す銭を儂に回してくれよ」

寿一郎が横から銭のむしんをしたが誰も答えなかった。

「佐紀は料理が出来る様になりましたか」

「少しは出来る様になりましたが橘の家には家内の手伝いと料理人が居りますので私は何もする事が御座いませぬ」

実は料理は佐紀を含めお駒、お高、お有、お峰などの女衆がしていたが言葉を濁した。

「何と今時、使用人が二人も雇う御家人の家系が御座いますか。

これは驚いた、これまで佐紀にこの様な事を尋ねた事など無いので家事仕事は佐紀、其方がしておると思うておりましたよ」

「母上は使用人が居りますから料理などした事など御座いませんでしょう」

「残念な事なのか、幸いなのか出来ませんね、佐紀は使用人がいるのに出来るのですか」

「少々は出来ます、妻として一通りの事は出来ます、専門の方々がいらっしゃいますが忘れない様に時々は致します、漬物も致します」

「正直、橘の家は裕福とは思えません、使用人を何人も雇えるとは思えないのですが」

「お金の事は龍一郎が下さいます」

「下さいますって一分、二分、一両、二両では足りぬでしょうに」

「いえ、十両、二十両、時には百両程頂きます」

「百・・・百両も・・・」

母親は驚きの眼 ( まなこ ) で龍一郎を見つめた。

視線に気づいた龍一郎は母親に顔を向けるとにこりと笑い主の鳩衛門に視線を戻した。

「佐紀の旦那様は一体何でお金を手にしているのですか」

「さて、何で御座いましょう、時々剣術の師範で剣の鍛錬所には出向いておりますが」

「掛け勝負でもしているのでは無いでしょうね・・・まぁ強そうには見えませぬが」

「母上には強くは見えませぬか ??? とてもお強いですよ」

「そうは見えないがねぇ~」

「町人の私が何の縁か義理とは申せ武士の倅を持った。

私は以前から剣術を観る事が好きでしてなぁ~近くの鍛錬所に出かけて見物をさせて頂いております。

そこでもお尋ねしておるのですが、それは歴代の剣者の中で一番強かったのは何方 ( どなた ) かとですな、それと只今の一番で御座いますよ、婿殿は何方の名を上げられますかな」

主の鳩衛門と龍一郎の話柄 ( わへい ) も剣術に移行していた。

「無難な処から申せばやはり宮本武蔵殿、柳生十兵衛殿でしょうか」

「やはり、皆様が必ずお二人の名を上げられます、他にはおられませぬかな」

「百地三太夫殿ですかな」

「確か忍びの者と記憶して居りますが、剣もお強いお方でしたか」

「はい」

「これは初耳です、その名を上げた方は此れまでにおりません、何かの書き物でも御座いますので」

「いいえ書き物からでは御座いませぬ・・・さる処でご本人にお会い致しました」

「えぇ~ご本人と申されても確か戦国時代のお方と記憶しておりますが」

「はい、某、いや私もその様に記憶して居ります、齢 ( よわい ) 二百で御座いますか」

「では、二代目、三代目と言う事ですか」

「いいえ、ご本人が戦国の世から生きて来て歳など忘れた、と申しておりましたので初代で御座いましょう」

「何とも奇怪なお話で御座いますなぁ~しかし、それだけの御高齢ならばお強くは御座いますまい、立っているのがやっと、いえ、生きている事事態が摩訶不思議で御座います。

魑魅魍魎の類 ( たぐい ) でしょうかな」

「私は忍びの鍛錬を、過酷、非常な鍛錬をすれば可能なものかと感じ入りました。

それ程に強いお方で御座いました」

「それは何時の事でしょう、今も御健在でしょうか」

「六年程前の事で御座います・・・多分、御健在と思います」

「うむ~、その魑魅魍魎のお方以外では何方 ( どなた ) でしょうか」

「立ち会った事もお会いした事も御座いませぬが、尾張と江戸の柳生新陰流の師範、薩摩示現流の師範、小野派一刀流の師範・・・と言った処でしょうか」

「これはまた・・・私がお聞きした鍛錬所の主や師範からは出ては参りませんでしたなぁ~。

お武家様の其方様には大変失礼とは存じますが義理とは申せ婿殿故御許し頂いて・・・貴方様は剣術に余り詳しくは無いのでしょうか・・・つまり剣の鍛錬を成されてはいらっしゃらない」

「その様です、まだまだ鍛錬は足りないと思っています」

「お前様、お武家様に失礼ですよ、婿殿以外の人に言ったら無礼打ちになりますよ」

「だから、婿殿故と言うておる」

「少し早いですが夕食 ( ゆうげ ) にしませぬか、殿方はお酒をどうぞ。

佐紀も旦那様のご相伴をする様になりましたか」

「はい、旦那様が一人では寂しいと申されますので義父が居りませぬ刻は飲ませて頂いております」

「では、皆で御酒を頂きましょう、お願いしますよ」

母親が部屋の隅に控えていた店の者に願った。

既に用意がされていた様で直ぐに酒の準備が成された。

「父上、お注ぎ致します」

「おぉ、済まぬな、しかし、其方から父上と聞くと何とも嬉しいのぉ~」

龍一郎から酌を受けながら鳩衛門が喜びを口にした。

「母上、お注ぎ致します」

「ありがとう、お佐紀、良く訪ねてくれましたね」

母のお滝が佐紀に礼を言った、その物言いには嬉しさが溢れていた。

「婿殿、今度は私が注がせて頂きますよ」

「ありがとう御座います」

「私も佐紀へ注ぎましょうね」

「ありがとう御座います」

四人の杯にお酒が満たされた。

「今日は孫の龍之介を連れて来てくれました、ありがとう・・・では」

鳩衛門の言葉に四人は杯を一旦前に上げ口に注いだ。

その時、横で寿一郎が「いいよ、いいよ、俺は手酌で良いよ」と独り言を言った。

だが他の者たちは誰も居ないかの様に何の反応も無かった。

「京の下り酒で御座いますね」

「うむ、上酒は下り酒に限ります、江戸近郊の酒蔵も以前よりも味の良い物を作る様になりましたが、まだまだですなぁ~」

「この御酒はこちらで運ばれた物ですか」

「勿論です」

などと四人での歓談が続き、龍之介は佐紀に乳を与えられ部屋の隅で店の使用人の小女に抱かれて、すやすやと眠っていた。

​<つづく>​





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最終更新日  2025.06.20 21:21:30 コメントを書く


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