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その頃、辰三は相変わらず機嫌が悪かった。
用心棒たちは普段と変わらずに辰三の傍で囲炉裏端で酒を飲んでいたが手下たちは辰三の機嫌の悪さに怖気付き傍へも寄れず台所で酒を飲んで辰三の機嫌の悪さを詮索していた。
「おい、何で親分の機嫌が悪いだ、誰か知らねえか」
「兄貴、それがよ~、最後に取り立てに行った辰巳屋でよ~銭が取れなかったんだ~」
「辰巳屋と言や~廻船問屋のか~」
「その辰巳屋だ」
「何とか言う小娘の給金だろうが、そんな端金なんぞ、取れんでも良いじゃないか、それで何であがいに機嫌が悪いんだ、こっちまで気分が悪くなるぜ、今朝までは上機嫌だったじゃね~か」
「それがよ~兄貴、娘が里帰りしていやがって、親父が強気だったんだよ」
「強え~息子じゃあるめーし嫁に行った娘一人だろうが、それで何で親父が強気になるんだよ」
「一人じゃ無かったんだよ、姑が一緒だったんだ、その姑がいけね~や」
「何がいけねーんだよ、何処か大店の女将か、そんなのは別の美味しい獲物じゃね~か」
「そうじゃねえんですよ、兄貴、兄貴はこの間の上様の天覧試合を観に行きましたよね」
「行ったぜ、それがどうした、これと何の関係が有るって言うんだ」
「兄貴は女子の部の決勝を覚えていますかい」
「そりゃ覚えていら~な、あんなすげ~のは、そうそう観られるもんじゃね~からなぁ~、勝った美形の女は強かったが負けた婆さんも強かったね~」
「それなんですよ、それ」
「何がそれ何だよ、おめ~の話はまどろっこしくて先が見えね~、だから試合がどうした、それってなぁ何なんだよ」
「その次席の婆さんが辰巳屋の嫁の姑だったんですよ」
「何だって・・・て事は娘は勝者の美形って事か」
「そうなんでさ~、魂消るでしょう」
「そんな出来過ぎた話があるか~、処で先生方も一緒だったんだろう、次席とは言っても女だろうが、先生方が何とかしたんだろうが」
「それが一人は相手をする前に止めたと言っちまい一人は手も触れずに尻餅を着かされちまいました」
「だらしがね~な、俺っちよりも高い銭を貰っているくせに、それでお前たちはどうした」
「それが、その場に居たのは次席の婆さんだけじゃ無かったんですよ」
「まさか、勝者の娘もいたんじゃね~だろうな」
「そのまさかなんで~」
「あの美形だ、いりゃ~解るだろうが」
「それが、顔に刀傷のある男に化けておりやして解からなかったんですよ。」
「男に化けていた~化けていたってあの美形だ解るだろうが」
「それが不思議なんで、あの女が素顔になるまで解らなかったんで~」
「素顔になったのか、やっぱり美形か」
「そりゃ~もう美形も美形、吉原の花魁も務まる位の美しい女でしたぜ」
「そりゃ~俺も見たかったね~」
「いや~、綺麗なんだが怖えんだ、何てったって優勝者だからね、次席が手も触れずに先生の一人をのしちまったんだぜ、その上を行く女だぜ、怖いのなんのって震えがきたね」
「そんで取りっぱぐれて逃げ帰ったわけだ、そりゃ~親分の機嫌が悪いわけだ」
「今朝までの上機嫌が嘘のようだぜ、昨晩も取引が上手く行った様で上機嫌だったのによ~」
「馬鹿やろう、その話はするな、取引の話はご法度なんだよ」
「解ってるよ、兄貴、ここだけの話じゃね~か」
「此処だけでも、何処だけでも駄目なんだよ、親分に聞かれたら三途の川を渡る事になるぜ」
「兄貴、脅かしっこ無しにしてくんな」
その刻、親分辰三の怒鳴り声が家中に響いた。
「てめいら集まりやがれ」
辰三の声に皆が慌てて囲炉裏端に恐る恐る集まった。
「おりゃよ~何とか今日の辰巳屋の一件を忘れようした、商売には成功も失敗もある、解っちゃいるが今日の辰巳屋の一件だけは忘れられね~、このままあのあまどもに舐められてたまるかよ~」
「だがな~、辰三、相手はこれまでの様に力でどうにかなる奴らでは無いぞ」
「そうじゃ、小娘が道場にいる限り手は出せぬ、某は御免じゃ」
「それ程に強いのか、其方らが言うのだから間違いはあるまいが~」
「この中で儂に勝てる者は居るまい・・・その儂が言うておるのだ」
「だが、親分が言う以上、我らが何とかせねば」
「ああそうだぜ、先生方が役にたたねぇ~んなら辞めて貰いますぜ」
「小娘が一人になるのを待つか、あの婆さんが一人の刻を狙うか、いかに強くとも我らが五人でならば仕留められるわ」
「辰三親分はどっちなのだ、小娘を取り戻したいのか、婆さんに仕返しがしたいのか」
「そんなのは決まっていら~、両方だよ、両方」
「両方ともか~、あ奴らの弱みは小娘じゃ、小娘を捕まえれば仕返しも出来るわい」
「あの~親分」
「何だ、何か良い案でもあるのか、ええ~」
「あの~、道場に出入りする弟子の中から一番弱っちい奴を捕まえちゃ~どうでしょう。
そいつを人質にすりゃ~奴らもこっちの言う事を聞くんじゃないかと~駄目でしょうか」
「人質なぁ~、弱っちい奴か・・・おめい汚ねえ奴だなぁ~」
「ひぃ~」
「気に入った、誰か他に案はね~か」
「・・・」
「あの~親分」
今、案を出した下っ端が再度呼び掛けた。
「何だ、まだ汚ね~手があるのか」
「へぇ~、小娘にも親、兄弟が居りましょう、そいつらを攫って来ちゃ~どうですかい」
「親、兄弟か~」
「辰三親分、あんたの処には悪知恵の回る奴がいるなぁ~」
「良し、代貸~、てめいが指揮して四つの組に分けろ、良いな」
「四つともやるんで、親分」
代貸と呼ばれた大男が確認した。
「お~よ、全部やるのよ」
「あの~、親分」
二つの案を出した下っ端がまた親分に声を掛けた。
「何だ、まだあるのか」
「いえ、ここの守りも居るんじゃないかと、それで組は五つの方が・・・」
「親分、その三下は使えるぜ、なぁ~」
用心棒の一人が他の用心棒に同意を求めた。
「如何にも、その三下を親分の傍に置いて知恵を出させてはどうだ」
「良し、おめえは組に入るな、俺の世話係だ、良いな」
「へい」
「良し、みんな、掛かれ~」
「へい」
子分たちが声を揃えて返事をし別室に移り、代貸が組み分けを始めた。
<つづく>加賀の若様 奮闘記 #345 <墨堤 散策> 2026.10.04
加賀の若様 奮闘記 #344 <町年寄り 奈良屋> 2026.04.09
加賀の若様 奮闘記 #243 <吉宗からの呼び… 2026.03.23