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清吉は品川での用向きを終え街周りを兼ねて東海道を家へと向かっていた。
家にもうすぐという処で不信な事に出くわし何気に脇道に入り様子を伺った。
それは何人かが店の様子を伺うもので普通の者たちには気が付かない様な風だった。
一人はお店風の恰好の男、一人は遊び人風の男、そして浪人者二人の計四人だった。
清吉も当初浪人二人が店を覗き込む様子に不信を感じたのであるが脇道に入り観察して二人だけではなく四人いる事に気がついたのだ。
清吉が歩き疲れて休んでいる風に装い見ていると四人は街道を行ったり来たりと三往復し前後して南の方へ向かった。
清吉は後を着けようかとも思ったが龍一郎様への報告が先だと諦めた。
それは四人が様子を伺っていた店が加賀屋と能登屋だったからである。
清吉は加賀屋の前を通り過ぎ、能登屋を過ぎて右に曲がり橘家の門を潜った。
「御免下さいな、清吉でございます・・・ご・め・ん・く・だ・さーーい」
子供のお民と太助が元気良く玄関に現れた。
「清吉おじさんだ」「わ~い」と喜んだ。
いつも訪れる時にお菓子を持ってきているからだ。
「御免な、今日は菓子を持っていないんだ」
「え~~、つまんな~い」
「ちゅまんない」
とだだを捏ねた。
「今度は必ず持ってくるからな、龍一郎様は居られるかな」
「お・ら・れ・るって何」
「龍一郎様は屋敷に家にいますか」
「いるよ、庭で遊んでいるよ」
「庭で庭で遊んでいる・・・あぁ、剣術の稽古か」
そこへお景が現れた。
「おや清吉さん、ご予定でしたか」
「いや龍一郎様にご報告がありまして、居られますか」
「庭でご隠居とお佐紀様と修練されておられます、どうぞお上がり下さい」
「では、失礼いたします」
清吉も言葉使いの修練で丁寧な言葉を難なくこなす様になっていた。
二人が庭に向かうと縁側に小兵衛が座り汗を拭きながら庭の龍一郎とお佐紀の修練を見物していた。
清吉は小兵衛への挨拶も忘れ庭の二人の稽古に見とれてしまった。
佐紀が木刀を素早い動きで連打しそれを龍一郎が竹刀で受けたり弾いたりしていた。
木刀と竹刀の速さもさることながら足運びの素早さも清吉の知る二人とは全く異なっていた。
「おお清吉、来たか ??? 」
「・・・・・」
「お~い・・・せ・い・き・ち~~」
「・・・・・」
「こりゃ清吉」
「あぁご隠居お久振りに御座います」
「驚いた様じゃのぉ・・・凄かろう」
「はい、驚きました私の知るお二人とは全く違います」
清吉は思った事をそのまま口にした。
「ところがじゃ、あれでも二人には遊びでの、体が温まればあんなものではないわ、それになお佐紀の木刀はな並みの物では無い龍一郎の竹刀とて並みの物ではないのじゃ」
「えぇ~、並みの物ではない・・・あれで遊び・・・何とも」
「まあな、見ておると馬鹿馬鹿しくもなる・・・が・・・大いに励みにもなる」
「はい、しかし私も励めばあれほどにも成れますでしょうか」
「成れる・・・と儂は思うておる」
気が付くと二人の前に龍一郎とお佐紀が立っていた。
「おぉ~」と清吉が驚きの声を上げた。
「どうなされたな。清吉殿」
「おぉ~、お二人に驚き用向きを忘れておりました」
「何か御座いましたか」とお佐紀が問うた。
「はい、ちょいと気になる事を目にしまして・・・」
と清吉はたった今、目にした事を語った。
「わっしの勘違いなら良いのですが」
「いや、長年の十手持ちの清吉殿の目利きと感で御座る、間違いなかろう・・・で・・・そ奴らは次にどうすると思われるな」
「へい、このところ千住、品川と四宿で押し込みがありました、わっしの見ます処やつらではないか・・・と思います」
「で・・・何時押し込むと思われるな」
「へい、奴らのやり口は残忍でして塀を乗り越え戸を蹴破る、家人を皆殺しにする、といった風でして、多分・・・今夜にも」
「何、今夜か」と小兵衛が驚きの声を漏らした。
「そ奴らの員数は何人であろうかな」
「時間を掛けずに加賀屋と能登屋を同時に襲うとすると二十人以上・・・と」
龍一郎の問いに清吉が読みを伝えた。
「う~む、二十人以上か・・・良し・・・お手柄の清吉殿にもう一働きを願う、皆を集めて貰いたい。
皆と言うてもそれぞれの家を守る者を残してじゃ・・・そうだの~、それぞれの守り役は富三郎、お高、お駒、母上に人選して頂こう、装束と獲物を持ってと伝えて貰おう、よろしいかな清吉殿、刻は暮六半で善かろう」
「合点だ龍さん」と答えると清吉はすっ飛んで行った。
清吉は興奮の余り子供たちが龍一郎を呼ぶ時に使っている「龍さん」と自分も言った事も気づかず駆け出して行った。
「龍一郎、儂の出番もあろうな」と小兵衛が問うた。
「はて、参加はして戴きます・・・が・・・出番がありますかどうか」
「うむ、確かにな、皆も上達したでの、儂の出番は無しか、つまらぬ」
刻限の六つ半前には皆が橘の屋敷に集まっていた。
龍一郎が巳之吉と朋吉の二人を見ていると清吉が言い訳をする様に言った。
「二人にも実践経験させたい・・・と富三郎が申しまして・・・駄目でしょうか・・・気配を消す事に関しては三郎太のお墨付きを貰っております」
「三郎太殿、基準を少し上げた方が良いな、本日の相手には良いでしょうが」
「はい、畏まりました」
と三郎太が即答した。
「いつも言っている様に私は皆の安全が第一なのです。
そして皆には人殺しをさせたくは有りません、平気で人を殺す人間にはなってほしくはありません。
が・・・かと言ってそれを躊躇する一瞬が自分を又は仲間を危険に晒す事にもなるでしょう。
それを心に留め置いて下さい」
皆は龍一郎の言葉を噛みしめる様に真剣な眼差しで聞いていた。
「本日集まってもらった事に改めて礼を申します。本日の用向きは・・・」
と龍一郎は清吉の感働きから話し出した。
「これも何時も私が言っている事ですが、私には皆に秘密は有りません、只言う刻を見計らっているに過ぎません。本日は加賀屋、能登屋と私の繋がりについてお話しましょう」
と龍一郎は二つの店の開業からの話をした。
途中何度も皆から「おお」「へーえ」「あらまー」などの驚きの声が上がった。
「それ故、今夜は地下を通って二店に参る事と致す」
「おとっつあん、富さんて凄いね」
舞が地下道を作った富三郎に感嘆の声を上げた。
それに賛同する様に皆が頷いていた。
「では皆で出迎え様ではないか」
龍一郎の言葉に従い皆が予定の行動を開始した。
加賀屋の守備の統領は龍一郎、能登屋の守備の統領は三郎太が務めることになった。
「おお」と小兵衛が小さな声を上げた・・・が後は押し黙り黙々と地下道を進んだ。
突き当ると龍一郎は三郎太に右を指さし自らは左に進みそれぞれの組員が後を追った。
龍一郎の組にはお佐紀、誠一郎、舞、お花、慈恩、十兵衛、鐘四郎、佐助、八重、巳之吉、朋吉が従い、三郎太の組にはお有、平太、お雪、小兵衛、お久、清吉、お駒、平四郎、お峰、葉月、弥生が従っていた。
料亭の店番はお高と定吉、船宿の店番は双角と正平夫婦、道場の留守番は柳生の二人、橘屋敷は富三郎とお景で七日市藩は藩邸であり、何時ものように留守番はいなかった。
龍一郎たちは加賀屋の奥座敷から出ると障子を空け庭に出て屋根に登って待った。
勿論、最後の人が皆が歩いた畳の汚れと庭の足跡を消していた。
三郎太の組も同様にして屋根の上に登り待機した。
「龍一郎様、族は何人でしょうか、こんなに人数がいたのでは私の取り分がありません」
「心配致すな、一人は割り当てがあろう」
「ぶぅぅ、たった一人ですか」
「それでしたら、私が全員を始末しても良いのですが、どちらにしますか、舞」
「一人で我慢します」
「それが良いでしょう。揚羽殿、慈恩殿、十兵衛殿、鐘四郎殿、佐助、八重、巳之吉、朋吉、其方らは我らの動きを見て同じようにしなされ。やることは簡単です、相手に当身をし気を失わせ後ろ手に縛り猿轡を噛ませ、庭の片隅に捨て置くだけ、後は月番の奉行所にお任せします。今月は南でしたな、十兵衛殿」
「はい、某が奉行所に知らせに参ります」
「宜しく、鐘四郎殿も一緒ですぞ」
「承知」
「 葉月、弥生、 其方らは我らの動きを見て同じようにして下さい。相手に当身をし気を失わせ後ろ手に縛り猿轡を噛ませ、庭の片隅に捨て置くだけのこと、後は月番の奉行所にお任せします。今月は南ですので十兵衛殿が知らせに走ります。皆も良いですね」
皆が頷いた。
それから四半刻程後、裏口に大勢の気配が漂ってきた。
その時、 巳之吉、朋吉の気が微かに乱れて、龍一郎にじろりと睨まれ首を竦めた。
加賀屋の裏の塀を一人が乗り越え裏戸の閂
(
かんぬき
)
を外し仲間を庭に招き入れた。
十三人が庭の中央に来た時に龍一郎が手を上げた。
その瞬間、屋根の上から皆が飛び降り皆がそれぞれに当身を食らわせ気を失わせた。
巳之吉と朋吉が出遅れた為、龍一郎が四人の族の気を失わせ、佐紀も三人の気を失わせた。
皆で族を後手に縛り、猿轡を噛ませ、肩に担ぎ庭の隅に集められた。
能登屋でも同様に三郎太の指揮の元、十二人の族の気を失わせ後手に縛り猿轡を噛まし庭の隅に集められた。
龍一郎が能登屋の状況を確かめ、十兵衛に合図を送った。
待っていた十兵衛と鐘四郎が塀を乗り越え南町奉行所へ知らせに走った。
皆は元の待機していた場所に戻り、待ちの体制になった。
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