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2020.02.15
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ビジュアル面から明恵上人に迫ろうとすれば、やはり「樹上座禅像」を第一に挙げるのがいいように思われます。
何故なら、この絵を見ると、明恵という人がどんな人であったかがよくわかるからです。

ああ、この人は、大きな寺を建てたり、一宗一派を開いたり、仏の教えを布教して回ったり、といったようなことには興味がなかったんだろうな。
こうやって、ひとり山の中にこもって、樹上で座禅を組み、瞑想、あるいは観想に耽る。
おそらく、それが一番しっくりくるようなタイプの坊さんだったのではないでしょうか。

実際のところ、「高山寺の上の山を、釈迦の遺跡になぞらえて、楞伽山(りょうがせん)と名づけ、常にそこの木や石に坐って、座禅を行なっていた。」といいます。
若い頃から故郷である紀州にしばしば戻っていますが、そこでも、白上の峰という山にこもって修行しています。
そういう意味では、明恵上人って、華厳宗の僧でありながら、やっていることは密教や禅宗の僧に近いと言えるでしょう。


上人自身が、松の木や藤蔓や岩といった景色と同化してしまっています。
周りには小鳥や栗鼠がさりげなくあしらってありますが、そうした小さな生き物がまるで明恵上人の遊び友達ででもあるかのような錯覚に陥ります。
弟子の成忍(じょうにん)がこの絵を描いたと伝えられていますが、さすがに師のことを知り尽くしているという気がします。

こうしてみると、白洲正子が言うように、「明恵には彼と我、昔と今の境がまったくない」ように思われます。
もちろん、夢と現(うつつ)の境もなかったはずです。
だからこそ、19歳の頃からおよそ40年にもわたって、自らが見た夢を記録することができたのではないでしょうか。
おそらく彼にとって、夢も観想(瞑想)も、法界(=高次元ワールド)への通路だったのではないかと思われます。

例えば、今、松の木の股に座って、「我今此身四大和合」(自分の肉体が自然と和合する)という字句を観じていると、四人の客人が額をつき合わせて四方に座っている姿が見えるのだそうです。
この四人の客人というのはいずれも明恵の分身であり、彼はこうして、四大(地水火風)が和合してかりそめの我が身を作っていることを、観想の中で知るのだといいます。

まあ、もっと簡単に言うと、自分の肉体ですら、木や岩と同じく、仏のお命(=一なるもの)の現れの一つであることを体感として知っておられたのだと思います。
だからこそ、自分以外のものにスッーととけ込んでいけるのではないでしょうか。

月や島や小石や木彫りの仔犬といったものにも心を通わせたといいます。

というわけで、最後にもう一丁、白洲正子の文で今回の記事を締めくくることにします。

「樹上座禅像」は、そういう達人の境地を描いたもので、釈迦が菩提樹の元で成道した時も、きっとこのとおりの姿ではなかったか、そんなことを思わせます。


明恵がそばに置いて可愛いがったという木彫りの仔犬



島で拾ったふたつの石を、明恵は生涯、手もとにおいて愛玩した







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Last updated  2020.02.15 17:35:01
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