メールの恋ってやつですか!?

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只野一生

只野一生

2002.10.05
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 トレースの発注元から主婦の所に電話がかかってきた。

「今般、お願いしたトレースその他の仕事ですが、契約書の第八条に明記していたように、お金について見直しをしたいと思っています。契約書には、『三割ないし五割の減額』を明記していたはずです。つきましては、そちらの方で、値引き額について妥当と思われる額を考えておいてください」

 とうとうきたか、というのが正直なところだった。
 減額の通告自体は覚悟していた。それはそうだ。何しろ弊社は再校のデータの一部を最後まで提出していない、つまり「校了」と言われるところまで仕事をしていないのである。
 当初の約束では、印刷所に放り込めるまでの完全データを提出することになっていた。具体的には最低でも再校(二度の校正)までは行うことになっていた。
 弊社では、再校の一部を残したまま、締め切りまで間に合わなかったのである。
 また、トレース以外には、問題集のレイアウトも発注されていたが、これもできるメドが立たずに発注元に引き上げられていた。

 ただ、契約書に書かれている「三割ないし五割」という減額がもしそのまま適用されると、再校の大部分を提出していることを考えれば、ちょっと厳しいのではないかと思った。

 一見もっともだが、それだけでは現実的ではないし不親切でもある。
 資本を持つ者が労働力を収奪して経済を動かす資本主義社会は、そもそも構造的に、労働してお金をいただく側の大部分が弱者であるようにできている。それは構造の問題であり、契約書の有無という個々の商行為のありようは基本的に関係ない。契約書がたとえあったとしても、資本側に有利なように契約書が作られれば同じことだからである。むしろ、不合理な収奪を合理化するという意味で、契約書はより厄介な存在として労働者を締め付ける場合すらあるのだ。

 今回などがそうであろう。つまり、実際の提出や作品の質を見てから減額の調整を話し合うことなく、問答無用に「三割減」から査定を始められるようになっているからだ。発注側からすれば、こんなに楽な話はないだろう。

 もちろん、主婦一人では判断できず、私に相談の電話が来た。
「どうしたらいいのかしら」
「強引と見られてもわがままと思われてもいいから、とにかくゴネるしかないだろう」
 馬鹿正直でクリーンであれとつねに言い聞かせていた私には、何とも情けない苦渋の選択だった。しかし、「三割ないし五割の減額」を飲んだら、もう立ちゆかなくなってしまうところまで追い込まれていたのだ。
 たとえば五割の減額では、外注に支払う分だけで赤字になる。三割でも、機械類や諸経費を考えると利益が出ない。
 派遣は週四日しかはたらいていない主婦は、月々赤字がふくらんでいたし、ほとんど無給の私は会社の経費を自腹で賄っていたこともあり、これまたせっぱ詰まった状態だった。
「自分の方から値切りなんかすることはない。しらばっくれていよう」
 私は主婦にそう指示した。

「結論は出ましたか?」
「当方から減額は申し上げるつもりはありません」
「なるほど、そうですか」
 主婦の回答を予定していたように受け流した発注元の社長はこう通告してきた。
「では仕方ない。発注に対する支払い予定額の四割引きということでどうでしょうか」

「もろもろを総合的に考えた結果です。契約書の第八条で示した数字の範囲内ですから、合意していただけますね」
「考えさせてください」
 二三〇万の四割は九二万である。私には、それだけ引かれても大丈夫と言える余裕はなかった。
 何とかしなければならない。私は翌日から、相談先を奔走した。





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Last updated  2003.04.18 02:58:35


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