メールの恋ってやつですか!?

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只野一生

只野一生

2002.10.07
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 無駄遣いせずにチマチマやっていたって、お金はかかる。主婦とこなした他の仕事の売り上げは、とっくに人件費や経費に回していた。当時、国民金融公庫への借金返済とパソコンのリース代金、業者関連の集まりの会費などが毎月出て行く支出だった。それに加えて、主婦と仕事をするにあたってプリンタ等機械類を現金で購入していた。その頃は、パソコンにしても周辺機器にしても今より高かった。ポストスクリプトのプリンタが量販店で買いたたいて一台五〇万の頃の話だ。

 いくら、主婦が一人前になるまで一定期間は持ちだしを覚悟していたといっても、この時点で、本来とれるはずの集金が、九二万も少なくなったら困るに決まっている。正確に言えば弊社はいわゆる消費税免税業者であったため、九二万プラスその五%が「うべかりし利益」だった。
 そう、ほぼ一〇〇万がパーになるかどうかの瀬戸際だったのである。

 しかも、もしこのまま交渉が長引いたら、一円も入らないまま外注に支払いを始めなければならない。これを考えるとぞっとした。「少なく入る」だけでなく、「出るものが先」という状況だったわけだ。

 つなぎ資金を借りるあてもなかった。残高と事業年数の関係で、取引銀行は小切手帳も手形帳も出してくれない。この頃から「貸し渋り」は始まっており、金を貸すなんてとんでもないという状況だった。国民金融公庫は貸してくれそうだったが、わずかな借り入れで個人の預金残高や自宅調査、挙げ句の果ては連帯保証人の家まで調査するので借りたくなかった。

 そりゃ、仕事を妨害してくれた夫を訴えたくもなるだろう。

 この危機で私がまず考えたのは、法人会に相談することだった。しかし、「商行為のトラブルは当事者が話し合ってやってくれ」と門前払いで話も聞いてもらえなかった。私は以来、法人会なるものは入っていない。こんなものは会費を払うだけ無駄である。げんに入らなくても、こんにちまで何も困ることはない。

 次に、主婦の問題で世話になった無料法律相談にも行った。
 このとき相談を受けてくれたのは、膝上まで見えるミニスカートをはいた四〇前後の女性弁護士だった。弁護士は契約書を見て、「ははあ、なるほど。たしかに『三割ないし五割の減額』は書いてありますねえ」などと見たままの感想を言いながら、ちょっと間をおいてこう回答した。

 おい、バカにしてんのか、女弁護士。
 方程式そのままの答えでは相談した甲斐がないだろう。
 結局、法は万人に平等である。つまり、収奪者である側も零細労働者も法の前では権利は「平等」なのである。弁護士は、その前提で方程式通りの解釈をするに過ぎない。弁護士というと、まるで社会正義の代名詞のような職業に見られるが、それはたまたま司法という近代社会を支える仕組みに関わっているからに過ぎず、弁護士の全てがそのような価値観で仕事をしているとは限らない。しょせん、その基本は代書屋、代言屋に過ぎないということも思い知らされた。
 しょんぼりと下を向いて話を聞いていた私は、諦めて顔を上げたところ、途中で視線が女弁護士の足下を通過した。すると、彼女は慌ててスカートを右手で刷り下げていた。
 そんなに見られたくなかったら、ミニスカートなんかはいてくるなよな。

 三つ目に行ったのが、出版労連傘下となっているフリーランスの労働組合だった。
 私は、仕事柄、新聞を朝夕刊で合計六紙購読している。うち一紙に、その組合が女性ライターの債権回収に成功した記事が出ていた。
 私は一縷の望みというやつで、その記事を見た日にさっそく組合を訪ねることにした。
 実は、私はこのときまで労働組合というものに入った経験がなかった。出版労連はどこのナショナルセンターの傘下でもないが、全労連系の全印総連と友好関係を維持し、機関誌を見ても階級闘争を感じさせる文言が目につく。その点に「一縷」の望みをかけたわけだ。
 会社形態で仕事をしている私が労働組合というのもおかしな話だが、フリーランスには、実際には個人でも法人としての登記を行っている「一人取締役兼従業員」の人は少なくない。かくいう私も、主婦と合流するまではそうだったわけだ。この組合は、そういった人たちの加盟も認めていた。
 東京・文京区にある出版労連のビルに行くと、書記次長という人が名刺をくれた。そして、加盟についての説明とともに、「何か困っていることはありませんか?」と尋ねてきた。

 書記次長はメモを取りながら、「只野さんは、そことまた取引をしたいなどということは思ってませんよね?」などと確認してきた。
「全く思っていません」と私は答えた。
 金でモメれば、普通は取引なんかできないだろう。だいたい、こっちは原稿を引き上げられているんだから、金の問題以前に能力的に先方から見限られているのだ。
 書記次長は、私に対して組合をずいぶんと大仰にPRしていた。
「家永教科書裁判が何十年にもわたって続けられるのはどうしてか。この出版労連の力があればこそです。組合員がカンパすれば、一人では少額でも大きな活動資金ができる。団結こそ力です。幸い、大手中小の出版社の編集者がここの組合員になっているので、その下請けプロダクションの情報などは得やすい環境になっています。只野さんを苦しめる制作会社のこともすぐにわかるでしょう」

「明日の役員会で報告します。債権はきっと取りましょう」などと調子よく私を煽っていた。

 しかし、翌日になっても翌々日になっても、ちっとも連絡はこなかった。
 三日目になって、しびれをきらした私の方から電話を入れると、電話に出た書記次長は、そのときに比べて声の威勢も格段によくない。
「役員会で話したところ、普通は契約書がないために泣き寝入りするところを、契約書があるために困っているという珍しいケースだという意見が執行部から出ました」
 おいおい、ここも女弁護士と同じで「見たまんまの感想」だけかよ。
「それで結論ですが、絶対訴訟をしてはダメだ、ということです。訴訟をしたら負けだと思ってください。『費用対効果』を考えるのです」
「団結は力」の結論がそれか。どうやったらとれるか、という話はないのか。
 思うに、しょせんここは組合員もみなフリーランスである。正面きって同業者のために自分が業界に敵を作るようなことをするはずがないのだ。
 法人会のように門前払いではなかったものの、新聞記事やこの人の前宣伝があっただけに失望感も大きかった。
 やはり、自分のことは自分の力で何とかするしかない。私はここに及んで、やっと悟った。

 書記次長はついでのように、発注者の情報が入ったからご参考までに、という報告を加えた。
「従業員は二五名。年商四億円。社長は警察関係に強いようですね。クライアントは○○が主で、他には△△などの仕事も定期的に請けているようです」
 私が奔走した中で、唯一得られた有効な情報がこれだった。あまりたいした話ではないから、「ついで」のように言うしかなかったのかもしれない。
 しかし、これは結果的に望外の成果を得る糸口となった。





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Last updated  2003.04.19 03:02:03


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