inti-solのブログ

inti-solのブログ

2013.02.24
XML
テーマ: ニュース(96560)
カテゴリ: その他
3人死刑執行 笑顔で「解放されてもまた殺人する」 死刑囚、最後まで反省なし

接見室での取材に終始満面の笑みで応じた金川死刑囚。遺族や被害者に謝罪はないのか問うと、「痛かったであろうことは常識で考えたら分かるが、特に謝罪や思いはない」と話し、さらに笑顔を見せた。
拘置所内では「日々、殺すことしか考えていない」と断言。「殺すこととは、もし外に出たら、どうやってまた殺しをするかということ。それは死刑になるため。『今解放されたら、また殺人をするか』と問われたら、答えは『します』しかない」と言い切った。
死刑になりたいと考えるようになった理由は「親が悪いとか教育が悪いとかではない。こう育ったのも運命だ」とした。
接見終了後には「間にアクリル板があるから記者さんと握手もできない」とつぶやいた金川死刑囚。「こうして拘置所でメディアの方と会うのは暇つぶし。反省したというわけではない」と言い残し、接見室を後にした。

---

これとほぼ同じ、しかしより突っ込んだ内容の記事があります。

土浦無差別殺傷事件金川真大被告からの手紙(『創』2010年2月号より)1/3
土浦無差別殺傷事件金川真大被告からの手紙(『創』2010年2月号より)2/3
土浦無差別殺傷事件金川真大被告からの手紙(『創』2010年2月号より)3/3

金川真大死刑囚から 届いた最後の手紙(『創』2010年3月号より)1/3
金川真大死刑囚から 届いた最後の手紙(『創』2010年3月号より)2/3
金川真大死刑囚から 届いた最後の手紙(『創』2010年3月号より)3/3

何というか、世の中にはいろいろな考えの人がいるものです。死にたいが自殺するのは嫌だから死刑になるために殺人を犯す、これほど倒錯した考えはないと思うのですが、彼にとっては確固として揺るぎない新年だったようです。それによって被害にあった人たち(犯人自身の親族もそうですが)こそいい迷惑以外の何者でもありません。
それにしても

拘置所内では「日々、殺すことしか考えていない」と断言。「殺すこととは、もし外に出たら、どうやってまた殺しをするかということ。それは死刑になるため。『今解放されたら、また殺人をするか』と問われたら、答えは『します』しかない」

これは、口先だけのことではなく、上記「創」誌の記事によれば、彼は拘置所でボールペンを房外に持ち出そうとして露見したことがあったそうです。その理由は、死刑を確実にするために、鑑定医か刑務官を襲おうと考えた、というのです。
そして、一審で死刑判決が出ると、弁護士が控訴の手続きを取ったのに対して、自分でそれを取り下げて、早々に確定させてしまっている。口先だけのことではなく、本当に心の底から死刑になりたかったようです。もっとも、絞首刑になるその瞬間、彼は果たしてどんな態度だった、事前に見せていた態度そのままだったのか、少々気になるところではありますが、まあそれが公表される日は多分来ないでしょう。

私は死刑制度に対する賛否は、現時点ではありません。以前は死刑制度には懐疑的でした。しかし、子どもを持つ親の立場としては、自分の子が犯罪の犠牲になったとしたら、「犯人を吊るせ」という気持ちは分かる。いや、そんな状況には絶対なりたくないけれど、多分自分も同じような感情を持つだろうと思います。

ただ、死刑制度を維持する理由としてよく言われるのは、凶悪犯罪に対する抑止力になる、ということですが、現実には犯罪発生率の観点から見て、死刑制度によって犯罪が減少するという例はないようです。米国では、州によって死刑が存続している州と廃止されている州に分かれていますが、死刑が廃止されている州で存続している州より凶悪犯罪が多い、ということはありません。
まして、こういう「死刑になりたい」という倒錯した考えの持ち主が頻発すると、死刑は抑止力どころか、犯罪を誘発する要因にすらなりかねません。実際、この事件以降反抗理由として「死刑になりたい」といしう殺人犯が他にもいたように記憶しています。もちろん、それがこの死刑囚ほどに確固たる考えに基づくものなのかどうかは分かりませんが。



また、今回の例では、死刑囚が真犯人であることにまったく疑問の余地はありませんが、米国では誤審による死刑判決がかなりあって、DNA鑑定の技術進展によって過去の死刑囚の鑑定をやり直したところ、100人以上の無実が分かったという、恐ろしい話もあります。米国は、日本より被告人に有利な裁判制度(1審から3審までのあいだに一度でも無罪判決が出れば即無罪確定)にも関わらず、これだけ誤審による死刑判決があるのですから、当然「日本だって」という疑いは抱かざるを得ません。現に、死刑判決確定からの再審無罪は多くの実例があります。近年でも、死刑判決ではなかったけれど、殺人の冤罪が判明したケースはありますし、冤罪の可能性が言われている死刑囚、服役囚は少なからずいます。
処刑されてから無実が分かっても、取り返しが付きませんからね。それらのことを考えると、死刑制度の維持はやむを得ないにしても、取り扱いには慎重にも慎重を期さなければならないと思います。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013.02.24 14:54:43
コメント(10) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ

利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:死刑になりたいという人に対して死刑が犯罪の抑止力になるか(02/24)  
A.S. さん
 こんにちは、A.S.です。
 抑止力の無さに加えて、冤罪者の問題、考えさせられました。3.11以前、原発の安全神話に騙されていたのと同じで、死刑存置にもマスコミなどのいろいろな神話(抑止力として有効や体感治安の悪化)によって誤解させられているように感じています。今朝、テレビでも言っていましたが、「日本では8割の人が死刑制度に賛成」というのはあんまりな数字だと思います。
 inti-solさんの仰る、「当然「日本だって」という疑いは抱かざるを得ません。現に、死刑判決確定からの再審無罪は多くの実例があります。近年でも、死刑判決ではなかったけれど、殺人の冤罪が判明したケースはありますし、冤罪の可能性が言われている死刑囚、服役囚は少なからずいます。/処刑されてから無実が分かっても、取り返しが付きませんからね」・・・の部分、たぶん、ご存じだとは思いますが、既に取り返しのつかないことをやっていしまっていると私は思っています。飯塚事件の久間三千年氏です。DNA鑑定ということでは、足利事件にも関係しています。
 以前、ブログに『●死刑存置賛成派と飯塚事件』『●冤罪で死刑執行、あってはならない!!』などを書きました。飯塚事件の被害者遺族の方にも大変な苦痛を与えてしまったのではないかとも思うし、また、現在の裁判員制度で「死刑のスイッチ」を押すことを強要させられる可能性のあることにたまらない苦痛を感じています。 (2013.02.24 16:50:31)

Re[1]:死刑になりたいという人に対して死刑が犯罪の抑止力になるか(02/24)  
inti-sol  さん
A.S.さん
>死刑存置にもマスコミなどのいろいろな神話(抑止力として有効や体感治安の悪化)によって誤解させられているように感じています。

私も、そういう側面はあるなと感じます。実際には、1960年代70年代に比べて、犯罪件数はずっと減っていますからね。

>ご存じだとは思いますが、既に取り返しのつかないことをやっていしまっていると私は思っています。飯塚事件の久間三千年氏です。

はい。そのとおりですね。あと、戦後すぐの事例ですが、福岡事件と藤本事件も、冤罪の可能性濃厚のまま処刑されてしまっています。
被害者(の親族)は一度「犯人」として指弾される人間が現れると、冤罪の可能性を認めたがらない、無実が明らかになってもなお、別に真犯人が明らかにならない限りは、「犯人」(と指弾された人物)を憎み続ける例が少なくないように見受けられます。複数の事件でそういう例があるので、必ずしも個人の性格や考え方が特異だからというわけではないようです。
これもまた難しい問題ですね。 (2013.02.24 22:37:27)

Re:死刑になりたいという人に対して死刑が犯罪の抑止力になるか(02/24)  
おっちゃん さん



なるはずがありません。私はこれに関してもInti-solさんとほぼ同じ考えです。
死刑制度については「冤罪の可能性」という一点で私は死刑反対論者です。
(ま、本人がそこまで望むケースなら冤罪はないでしょうけど)

私は死刑囚とのお付き合いはありませんが、もっと軽い犯罪を繰り返す人は担当したことがあります。万引きや無銭飲食でも繰り返すと刑務所行き(実刑)です。
刑務所から出てくると毎日のように万引きを繰り返す・・・
本人いわく「刑務所にいるほうが何の心配もなく暮らせる」

最近民間委託の刑務所ができて、とても快適な環境になってきているのはご存知ですか。きれいな個室に三食テレビつきです。

>こういう「死刑になりたい」という倒錯した考えの持ち主が頻発すると、死刑は抑止力どころか、犯罪を誘発する要因にすらなりかねません。

同じことが言えそうです。
つまり刑務所が快適になればなるほど犯罪を誘発する要因になりかねません。 (2013.02.25 06:22:42)

Re[1]:死刑になりたいという人に対して死刑が犯罪の抑止力になるか(02/24)  
inti-sol  さん
おっちゃんさん

>死刑制度については「冤罪の可能性」という一点で私は死刑反対論者です。
>(ま、本人がそこまで望むケースなら冤罪はないでしょうけど)

そうですね。この例の場合、というか現行犯逮捕の場合は当然冤罪ということはあり得ません。

>私は死刑囚とのお付き合いはありませんが、もっと軽い犯罪を繰り返す人は担当したことがあります。

まあ、私もそういう種類の人たちについて、知らないわけでもありません。
一般社会における福祉政策が貧困だから、と言いたいところですが、どんなに充実した福祉制度があっても、これはダメだなってタイプの人が存在することは、否定できないでしょうね。

ただ、軽微な犯罪だと警察もなかなか立件しないみたいですよ。人を殴って逮捕されても、その日のうちに釈放、なんて例も聞くし、覚せい剤で捕まっても、初犯だと執行猶予だし。

>最近民間委託の刑務所ができて、とても快適な環境になってきているのはご存知ですか。きれいな個室に三食テレビつきです。

知らなかったので検索してみました。美祢社会復帰促進センターという刑務所で「居室は95%が個室となっている。~個室には、テレビ、ベッド、机、鍵付きの棚が完備されている」のだそうですね。
しかし、ここに収容されるのは、初犯で就業経験や出所後の身元引き受けなども問題がない受刑者だけとのこと。前科何犯という人間は入ることができないようです。 (2013.02.25 20:52:29)

Re:死刑になりたいという人に対して死刑が犯罪の抑止力になるか(02/24)  
Bill McCreary さん
inti-solさんもご承知のように、私は死刑反対派ですが、このコメントはそれとは無関係ということで。

>他の死刑囚と比べても、彼は判決確定から実際の死刑までの期間が相当に短い部類にはいるように思えますので。

この件について私も注目していまして、調査をしました。近日中に記事を発表します。

万人の認めるところで、死刑に犯罪抑止効果はないかあっても取るに足らないものです。たぶん死刑に賛成する人の論理は、応報とか罰則としての意味合いを重視していると思います。で、私もそのような思考と無関係ではやはりありません。

小学校を襲った宅間某や秋葉原の事件の犯人など、この種の犯罪をおこなう人間は実在するし、宅間も控訴を自分で取り下げましたから、けっきょく生きることを放棄しているとしかいえませんね。死刑うんぬん以前に、刑罰が犯罪を抑止するものになっていないのだからどうにもなりません。

ところで米国で死刑を存置している州と廃止した州を比較すると、やはり前者は共和党の強い州が多く、後者は民主党支持州です。銃規制を反対する人と賛成する人の構図と同じであり、やはりそういうものなのでしょうね。

冤罪についていうならば、本来なら死刑賛成派こそが冤罪による死刑執行には絶対反対の立場であるはずですが(inti-solさんもふれておられるDNA鑑定による冤罪判明で、米国の死刑執行状況にも影響があります)、その点ではかなりいい加減な気もします。ていいますか、飯塚事件が再審無罪になったら、それが死刑制度の致命傷になる可能性があります。英国なんかは、それで死刑廃止になったはず(それだけが理由ではありませんが)。

あ、それから。それは私が(当然ながら)そういう立場になったことがないからだということでしょうし、また何の自慢にもなりませんが、私は、家族が理不尽に殺されても犯人に死刑を求める気はありません。もちろん他人に「あなたもそのように対応しろ」なんていう気はないし、いったところで相手にされないだけでしょう。 (2013.02.25 20:55:20)

Re[1]:死刑になりたいという人に対して死刑が犯罪の抑止力になるか(02/24)  
inti-sol  さん
Bill McCrearyさん

私は、もし自分の家族が理不尽に殺された場合(そんなことは、想像するのもいやですが)、その犯人に対して自分がどういう態度をとるか、自分でもまったく自信が持てないのです。「犯人を死刑にしろ!」と言うかも知れないし、言わないかもしれない。そんな私に「死刑反対」と言う資格はないので、そういう主張はしないことにしたのです。独身のころは、私も死刑制度には反対でした。今も心情としては懐疑的ですが。

>この件について私も注目していまして、調査をしました。近日中に記事を発表します。

待っています。

>飯塚事件が再審無罪になったら、それが死刑制度の致命傷になる可能性があります。

そうですね。戦後すぐの事例で「限りなく冤罪くさい死刑」の例はありますが、処刑後に再審無罪(公式に冤罪が認められた)という例はまだありません。死刑から再審無罪になったのは、いずれも執行前ですから。それが認められた場合は、確かに死刑制度が根本的に揺らぐことになるでしょうね。 (2013.02.25 21:55:35)

福岡事件、被害者家族の感情、等々  
A.S. さん
 藤本事件のことを教えて下さり、有難うございます。どこかで聞いたような記憶があるのですが、別の事件と混同しているかもしれません。

 福岡事件も確かにそうでしたね。「池添徳明氏「コラム/「福岡事件」題材に裁判員裁判劇/関東学院大生ら無罪評決」(pp.68-69)。博多駅近く。一審段階で戦後初めて死刑判決が言い渡された事件。射殺を認めた石井氏は1975年に恩赦で無期懲役に減刑、その後、仮釈放。西武雄さんは「一貫して容疑を否認し無罪を主張したが、石井さんに恩赦減刑の決定が伝えられた同じ日に、死刑が執行された」。熊本県玉名市の生命山シュバイツァー寺、古川龍樹代表」(●『冤罪File(2010年3月号)』読了)。

 被害者家族の感情は、当たり前ですが、複雑ですね。全員が応報感情を抱くわけではないですし。河野義行さんは、死刑制度廃止を訴えておられます(東京新聞『再発防止策 見いだせない 松本サリン被害 河野義行さん』、2011年11月22日 朝刊)。
 また、別の方の例です。「鈴木邦男さん、「言論の覚悟/怨み・憎しみ。そして赦し」(pp.80-83)。原田正治氏、『弟を殺した彼と、僕』(ポプラ社)。「・・・彼を赦(ゆる)したわけではない。しかし死刑にして問題が解決するわけではない。・・・そして何と死刑執行停止を求める上申書を裁判所に提出する。・・・しかし原田さんの「願い」は叶えられず死刑は執行される。虚脱感の中、死刑制度に関心を深め、死刑廃止運動にも関わるようになる」。死刑存置派に聞かせたい原田さんの言葉、〈単に「被害者遺族の気持ちを考えて死刑に賛成する」という声に、僕はさびしさや怖さを感じます。このような人は、僕のようなものを、/「家族を殺された彼らは、平穏に暮らす自分より気の毒でかわいそうな人」/と、一段下に見ていると感じます。その上、自分のことを偽善者よろしく、/「いわれなくても被害者遺族の気持ちを推し量ることができる自分は、人間らしい上のある者だ」/と、心のどこかで考えている気がします。被害者のことなど真剣に考えてはいないのです〉。鎌田慧さん財田川事件。大道寺幸子基金。安田好弘弁護士。宇賀神寿一氏(東アジア反日武装戦線「さそり」)」(●『創(2010年12月号)』読了)。

 今回、死刑執行されたお二人についての篠田博之さんのコメントも気になっています(創出版あるいTHE JOURNALのウェッブ頁)。犯罪の背中を押したと思われる点以外に、両人に共通しているのが「家庭の複雑さ」というところ。

 最後にもう一点。受刑者の「過剰に良好な環境」を低下させることよりも、出所後のサポート体制にこそ問題があるように感じています。 (2013.02.25 22:10:47)

Re:福岡事件、被害者家族の感情、等々(02/24)  
inti-sol  さん
A.S.さん

>犯罪の背中を押したと思われる点以外に、両人に共通しているのが「家庭の複雑さ」というところ。

それは、あるでしょうね。想像ですが、他者との関係性を築けないタイプの若者がいますが、そういうタイプの一人だったのではないか、という気がします。

>出所後のサポート体制にこそ問題があるように感じています。

そりゃそうなのですが、そうは言っても完全無欠の万全なポート体制というのは難しいでしょう。それに、サポート体制があってもだめな人も、いるんじゃないでしょうか。 (2013.02.26 22:06:22)

Re:死刑になりたいという人に対して死刑が犯罪の抑止力になるか(02/24)  
Bill McCreary さん
前の記事へのコメントすみません。この記事で触れられている連中とはまた少し違いますが、私がこの記事で紹介した人も、なかなか死刑による抑止力は期待できませんね。

//blog.goo.ne.jp/mccreary/e/6406ea7fdd1f56633e32605a71d7203a

報道されていることが事実なら、たかがスナックのつけを払うために2人も強盗殺人しなくてもいいだろと思いますが、根本的に善悪の弁別もできず、自分の欲望を抑制することもできないのでしょう。なんとも無残な、不十分な矯正教育しか受けなかった人間の最悪の末路です。 (2014.04.09 19:27:32)

Re[1]:死刑になりたいという人に対して死刑が犯罪の抑止力になるか(02/24)  
inti-sol  さん
Bill McCrearyさん

>//blog.goo.ne.jp/mccreary/e/6406ea7fdd1f56633e32605a71d7203a

はい、少し前に読ませていただきました。
非常に、難しい問題であると思います。
弁護団への懲戒請求が問題になった光市の母子殺人事件の犯人も、紹介していただいている例とほぼ同様です。父親の凄まじい暴力、母親のうつ病と自殺、滅茶苦茶な環境で育って、知的ボーダ、それにおそらく人格障害もあったのだろうと思います。

ご存知のとおり、私は、そういうタイプの人とよくやり取りをする立場です。
そういう環境でそういう人間に育ってしまったことはかわいそうだと思うのです、理屈では。だけど、何かあれば怒鳴り散らすことしかできないような人や、罪の意識なく罪を犯してしまう人に対して、「かわいそう」という感情を抱くことは、現実には無理です。私もそこまで人間ができていません。

こういう人を救う(真人間として、まっとうな社会生活を送れるようにする)のは、それはそれは非常に難しいことです。
いわば、社会生活能力が「ご臨終」を迎えてしまっている人を生き返らせるようなもので、そんなことはほとんど不可能なのです。できることは、せいぜい、肉体的な「ご臨終」を先延ばしにするだけ。

なんというか、解決策のない、なんとも救いようのない話なんですけどね。 (2014.04.09 22:51:00)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: