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2006年04月15日
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テーマ: 縄文文化(178)
カテゴリ: 文明・文化
 縄文時代の人々の生活を原始人のそれのように思っている人は多いのではないでしょうか。縄文時代はもちろんエジプト文明やメソポタミヤの文明においてすら人類の体や頭脳の構造は現代人とまったくといっていいほど変りません。1万年やそこらでは生物学的な変革は起こらないのです。現代人が工業製品を使って豊かな生活を行えるのは、永い人類の生活の知恵・知識の成果なのです。特に文字を駆使するようになってから知恵の伝承は劇的に進み、知識の上に知識を積み重ねるようにして、ついには月にすら到達し、音よりも速く飛ぶことも可能としてきました。しかし、現代人が突然縄文時代に転送されたとしたら縄文人のようにたくましく生きていけるかといったらそれは無理でしょう。現代人は既にあるものをベースにしてしか、ものを考えられません。テレビでときおり見かけるサバイバルものの番組など縄文人がもし見たらお笑いぐさかもしれません。現代人は、火を起こす、飲料水を確保する、食糧を調達する、そんな生物が生きていくための基本的なことすら文明の利器を使わなければ容易にはできないのです。
 縄文時代の生活はけっして原始人のような生活ではありませんでした。遺跡から発見される食物の残骸から鹿や猪などの獣肉、現代人も食べている近海もののあらゆる魚介類、さまざま山野菜など実に豊かな食生活を送っていたことが解っています。特筆すべきは植物性食品で、まだ米の栽培が始まっていなかった縄文時代においては、木の実が重要な位置を占めていました。なかでも実が大きくアクもほとんどない栗は、縄文人の主食に近い木の実として、美味しい実を付ける木の子孫を意図的に増やすなど、ほぼ現代の果樹栽培のような管理をして心血を注いでいたようです。縄文時代の遺跡から発見される栗の化石をDNA解析するとかなりそろった解析結果が出たそうです。野生の栗の寄せ集めではばらばらのDNAになるはずですが、これは優れた栗の木を意図的に増やしていた証拠で、長期に渡って地道に美味しい実をもたらす栗を選別して育てていたことがうかがわれます。
 栗以外の木の実であるどんぐりやしいの実、とちの実なども縄文人は食料として利用していました。これらは栗に比べるとアクが強いのでそのままでは食べられません。ここで活躍するのは縄文式土器です。縄文式土器というとゴテゴテと装飾のついたゴツイものを思い浮かべる人が多いと思いますが、あれは祭事用で日用の物はもっとシンプルなものを使っていたようです。この土器の発明によって、アクの強い木の実でもゆでてからさらに水にさらすといった技法を工夫し、美味しく食べられるようにしていました。この土器は海や川で取った魚や貝、山で取ったキノコや山芋などさまざまな食材を併せて煮込むという調理方法も生み出し、塩を海水から得る事もできるなど縄文時代の食文化に革命をもたらした奇跡のような工芸品であるといえるかもしれません。
 縄文時代は豊かな自然に恵まれ、自然と共存していました。後の弥生時代になると米を栽培するようになり田の所有などから貧富の差と言うものが生まれるのですが、縄文時代はオーストラリアのアボジリニーのようにみんなで協力して狩猟・採取し、みんなで分け合って食べるという文化だったので争いもあまりなく、人口も少ないので他部族との争いというようなことも少なく、平和で穏やかな時代だったと言われています。人々は平和を享受しながら、どうしたらもっとたくさん美味しい木の実が取れるかとか、獲物がたくさん取れたときに長期保存するためにはどうすればいいかとか、前向きにものを考えられる幸せな時代だったのではないでしょうか。共に働き、共に収穫し、共に工夫して自然と共に生きる。私には、縄文時代が自由奔放で、かつ努力が報われる、現代より幸福で夢のある社会に思えてしまいます。そしてそこで生活していた人々は我々と生物学的には寸分違わない同じ人間なのです。現代社会がなにか間違った方向に進んでいると思ってしまうのは私だけでしょうか。





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最終更新日  2006年04月15日 20時58分33秒
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