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2004.11.30
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尻切れトンボのまま終わることにする。

憚りのない部分をそれとなく書くとすれば、明くる朝、その老人を夫が拉致し(夫は職場である学校を飛び出して、
老人宅へ向かった)、電話で連絡を取り合っていたTさんとYさんの車へ乗せ私の家へと連れ出した、ということ。
老人とTさんは27年ぶりの再会である。涙ながらに手を取るTさんであったが、
後で聞くと老人は「で、あの心安くて優しい人は誰なん?」と私に言っていた。
そうTさんはすっかり様変わりしていて、老人はTさんが誰だかわからなかった。ってことは、
知らない人の車に老人は1時間以上も乗っていたわけで、
私は「それじゃあ誘拐されたと一緒やん」と言うと「そんときは、そんときや」と呑気な顔で老人は答えた。


ただ私が書き留めたいのは、世の中には数奇な運命というのが実際にあるものなのだと、いうこと。
それはまるでギリシア悲劇の最高峰「オイデイプス王」の有り得ない運命のように。
「運命」という点においては、この話を抜きにして語れないほど有名は話である。
簡単にあらすじを書くとこうなる。
生まれてくる我が子が将来父である自分を殺し、産みの母を犯すと予言されたその国の王は、
地の果ての近いところに生まれて間もないその子を捨て、その後は平穏に暮らしていた。
それから十数年が過ぎ、道端で成人になった息子と偶然出会った王は、息子とは知らずにその男と争いを起こし、
あっさりと殺されてしまう。
そして王の妻すなわち自分の母親をその男は予言どおり(犯す)妻にしてしまうという悲劇のストーリーだ。

もちろん殺しや近親相姦など、私が体験した数奇なストーリーにはない。
あるのは、決して出会うことのない人たちがパズルを組み合わせたように、一瞬にして出会ったという皮肉さだった。

出会った相手が誰であるか知る者も知らぬ者も、別れた後は「まるで夢のような・・・」と同じ言葉を呟いた。そして、私も。









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Last updated  2012.03.14 11:30:34


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