2005年12月06日
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2005年10月13日



インド経済史
インドの実質GDP成長は去年が6.9%、今年が7.0%程度と見込まれ、BRICsの他の国と比べても遜色ない成長率です。しかし、インドがこのような高成長の段階に入ったのは比較的最近の出来事で、それまでは劣等生でした。その背景から少し遡って考えてみましょう。

インドの独立と混合経済のはじまり
インドは1947年に英国の植民地から独立しました。長い間、英国の植民地経営に苦しめられ、マハトマ・ガンジーの根気強い独立運動の末に漸く自由を勝ち得たエピソードは皆さんも良くご存知だと思います。インドの場合、資本主義経済の過酷な側面を厭というほど経験してきましたから独立にあたって英国や米国の経済運営のモデルを導入するのには抵抗がありました。また、独立運動を通じて国民はみな平等であるべきだという考え方が当時の政界のリーダーに強く根付き、これらのことから結局、ソ連に経済運営のお手本を求めることになりました。インドには英国統治下の頃からすでに私企業が存在していたわけですから、その上に計画経済の命令システムをそのまま載せるというのはすこし乱暴なやり方ですね。いずれにせよこうして出来上がった、市場経済と計画経済とを無理矢理継ぎ合わせたシステムのことを「混合経済」と呼びます。

独立直後の経済
さて、独立直後のインドの経済は農業、漁業、などの第一次産業の占める比率が経済全体の58.9%でした。さらにジュート、綿花、テキスタイルなどが10.8%を占めていました。典型的な農業国と呼んでいいと思います。歴史的にインドの土地所有制度は複雑でこれが生産性の向上を阻む一因となってきました。インドはソ連型の「5ヵ年計画」を採用、第1次5ヵ年計画は1951年にスタートしました。このときのプランでは農業改革に重点が置かれていたのですが、その成果は限定的だったと思います。

ヒンズー成長率
これ以降、インドの5ヵ年計画は重工業の育成や所得の向上などに重点を移してゆくのですが、所期の成果が達成出来たケースは稀で、殆どが期待はずれに終わったと言っても過言ではないでしょう。このことは1951年から1979年までのインド経済の平均成長率が3.1%という低い水準にとどまったことからも確認できると思います。今、人口の増加を勘案した、一人当たりの成長率で見ると1.0%という計算になります。この低成長を揶揄する表現として「ヒンズー成長率」という言葉が生まれたくらいですからインドが次第に世界の発展から取り残されていった様子が想像できようというものです。問題は5ヵ年計画が毎回期待はずれに終わりながら、「天候のせいだ」とか「戦争のせいだ」とか、その度ごとにいろいろな言い訳がなされ、今流に言えばアカウンタビリティー(責任の所在)が真剣に問われなかった点にあると思います。







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最終更新日  2006年01月31日 11時56分14秒


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