2007年10月01日
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今日のまとめ

1. ドイモイ政策の第一弾は農業セクターの改革だった
2. 天然資源、農産物、水産物の輸出が貿易収支の改善に貢献した
3. 資本流入に制限を加えたことがアジア通貨危機を免れた理由である
4. 国有企業改革は遅れているが、経済の足手まといにはならなかった

■農業改革

 ドイモイ政策の発表された翌年の1987年、ベトナム政府は土地関連の法律を改正しました。これにより土地利用に関する規則が明確化され利用者の権利が規定されました。さらに1989年には政府が農産物の生産、収穫、分配に直接関わることを止め、農家が農産物を自由市場で販売することが許されました。従来農産物の流通を支配していた政府機関は民間の仲買人と競争することを強いられました。この競争によって農家はより有利な価格で自分の作った農産物を売れるようになりました。このことが農家のヤル気を喚起して農業生産はたちどころに上昇しました。食糧事情が改善したことはインフレの沈静化に役立ち日常生活の安定をもたらしました。


■門戸開放

 80年代に外国からの経済援助が断たれたことを受けてベトナムは本気で外貨を稼ぐ方法を考えざるを得なくなりました。ベトナムではドイモイ政策で門戸開放政策が打ち出される以前から闇貿易などの地下経済が発達していました。このため輸出入の公式統計に補足されていない水面下での貿易額はかなりの金額にのぼったと言われています。ひとたび政府が自由貿易を公認すると闇取引で培われたノウハウがすぐに役立ちました。ベトナムの商務省は自由貿易が認められた後も輸入や輸出のクウォータ(枠)を管理し、米、織物、地下資源など多岐にわたる品目を規制の対象としました。輸出に関しては当初は天然資源や農産物が主たる輸出品目でした。なかでも農産物・水産物の輸出拡大は極めて成功を収めました。

■為替取引の自由化

 ベトナムはドイモイ政策導入後、公式為替レートと自由レートの2本立てのレート政策を採りました。ベトナムでは昔から米ドルがかなり流通しており、またゴールドによる決済も一般的でした。ベトナム政府はそれらの取引を規制しようと試みましたがなかなか上手くゆきませんでした。その理由はベトナム戦争の時代にドルを取引する習慣が庶民の間に定着していたこと、ベトナムの銀行が国民から信頼されておらず、またそもそも身近な存在ではなかったことが関係しています。このため例えば輸出で外貨を獲得してもその外貨を国内に持ち返らず、そのまま外国に預金するということが習慣化しました。こうして外貨にまつわる取引のかなりの部分が公式なチャンネルの外で発達したことから人為的な為替レートの維持や外貨取引の規制などは始めから限定的な意味しか持ちませんでした。ベトナム政府は1989年に公式為替レートと自由為替レートを一本化しました。なお、資本取引に関して比較的閉じた外為政策が維持され、例えば株式投資などのために海外から送金された資金について最低1年間はリパトリエーション(資金引き揚げ)出来ないなどの規定が設けられました。なお、この送金制限は去年撤廃されています。ベトナム政府がリパトリエーション規制をして海外からの投機的な資金の流入を制限してきたことは、そもそも引き揚げられるべきホット・マネーがベトナム国内に余り滞留していなかったことを意味します。これが幸いしてバーツ危機に端を発するアジアの通貨危機の際、ベトナムはその悪影響を余り受けませんでした。しかし最近ではベトナムの資本市場は急速に開放されており、ホット・マネーが入り込んでいますから、次回、何かのショックがあった場合はベトナムもそれに巻き込まれることは避けられないと思われます。

ベトナム・ドンの対ドル・レート


■改革初期の国有企業セクター

 土地改革の比較的迅速な実施に比べて国有企業の改革は一見遅れているように見えます。国有企業の改革は利益の上がっていない零細な国有企業からまず着手され、重要な国有企業の改革や株式会社化は政府が温存する形で後回しにされました。1991年の第7回党大会で採択された株式会社化プログラムの進捗は遅々としたもので1997年までの6年間で僅かに14社が株式会社化されたに過ぎませんでした。90年代の終わりまでの改革は主に国有企業への予算の割り振りを絞り込み、自然退職を促進することで生産性を引き上げるという消極的なものでした。それでも国有企業改革の遅延が経済の足を引っ張らなかった理由としては、ベトナムの国有企業は市場経済への移行に際して、あたかも民間企業のような臨機応変さ、ないしは商才を発揮して、それなりに自らの効率化を実現したことが指摘できると思います。また、もともとベトナムでは国有企業が経済全体に占める割合は他の旧共産主義国より小さかったですし、重工業の割合が低かったことも過剰設備などの問題を抱え込まずに済みました。さらに戦争の影響で国有企業は各地に散らばっており、小規模で独立性が強いです。このように意思決定システムが中央からの上意下達型ではなく、分散型であったことも国有企業が環境の変化に比較的対応しやすかった理由です。





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最終更新日  2007年10月02日 09時25分40秒


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