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今日は曇りで前面の海には靄がかかっていて対岸は見えない。これが幻想的に思う日もあれば鈍より心を暗くする日もある。今頃夫はバンクーバーのスタンレーパーク近くのコールハーバーでセイリング・インストラクター・コースを受けているので晴れなくて残念。ここの所晴れていたし天気予報も晴れだったのに、彼がセイリングの講習を受ける時は必ず天気が悪い。そうBC州はクルージングのメッカでもある。バンクーバー島に守られたフィヨルド状の海を持つカナダとアメリカの国境からアラスカまでのクルージングはいろいろな方法があるがそれぞれに素晴らしいようだ。と言うのは残念ながらまだ私達は何度かヨットで少し北(サンシャインコーストと呼ばれる地域)に行ったり南(サウスゴルフアイランド諸島)に行ったりした位なのでまだ本格的なクルージングはしていない。でもその少ない経験でもこの地域の美しさにはだれもが心奪われることは確信できる。世界中に沢山の素晴らしい場所があるがここもその一つである事は間違いない。まあ、気候にタイムリミットがありやはり寒さや雨をを苦にせずそれを堪能するのは5月~10月となる。太陽で輝く海面をのんびりヨットで行く醍醐味は乗った人でないと分からないだろうな。上記のサウスゴルフアイランドには4つの島と沢山の小さな島々からなっているがその一つソルトスプリング島は聞いた人もいると思うがアーチストが沢山住む有名な観光地の可愛い島だ。その島々を巡り、朝早くボウエン島に戻る時、白んできた空には満月その下をオルカの親子が泳いで行く姿を身、以前見たカナダインデアンの絵画と重なり言葉にできない感動がこみ上げてくるのをどうすることもできなかった。そんな体験を寄り多くの人に味わってもらいたく夫は今、インストラクターの資格を持つべく頑張っている。今日も明日もテストらしい。そして来週末今度は4日間クルージングしてくる。何で僕の人生は試験から逃れられないんだとよく愚痴っているが、本当にテスト好きな人生だ。私はご免こうむりたいが。そしてこちらの人たちは私たちが名前を分けて呼ぶヨットやモーターボートや豪華客船なんかを簡単に何でもボートと、とても気軽に呼んで親しんでいる。Live Boatとボートに住む権利があるマリーナもありそこでは皆ボートが家だ。最初聞いた時はびっくりしたが友人カップルもそのような人たちで普段はそこから仕事に行き普通に暮らし週末はクルージングとエンジョイしている姿を見、夫はますますそれに憧れている。しかしそのようなマリーナはバンクーバー市内では限られているのでウエイティングリストだそうだ。うちの大家さんはこの島に来る前は向かえにあるガンビア島と言うフェリーサービスの無い島に住みそこから毎日小学校に上がった娘二人を自分のラバーボートにエンジンを付けたものでこの島の一番近い桟橋に20分かけて来てそこから自転車で学校まで15分で雨の日も通ったそうだ。自転車の15分は平坦じゃないんですよ!私、変速付きのマウンテンバイクでも降りて押すくらいのアップ&ダウンの道なのです。どうりでその親子逞しいですもんね。心身共に。さあ、皆さんもここバンクーバーでボートを体験してみて下さいね。
2004.02.28
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夫がいないと日にちの感覚が無い。大家のBillから電話あってワインのからボトルがあったら欲しいとの事。ちょうどお家賃も渡さなくてはいけなかったのでリサイクルデポ(空びんやビール缶を持っていくとデポジットとして店で払った料金を返してくれる、とっても良いシステム。20年近く前のスイスでもそうだったけど他の国は同だったろう?)に持って行くよう取っておいた4本の空ボトルと共に渡して来た。このワインシステムは英国式なんだろうか?ヨーロッパ大陸で見たこと無いシステム。素人が誰も自分で造ろうなんて葡萄畑持ってる人しか考えないだろうな。ここバンクーバーにはいたる所にこのワインセルフショップがある。自分で数ある葡萄ジュースをセレクトして保存期間を決め酵母を混ぜ後はその期間待つ。私は日本に帰り名古屋で仕事をしだしたと同時にワインコンサルタントをしている人から通訳を頼まれ、それもスペインワインとシェリーのオーナーと醸造家で難しいだろうからできないと断ったのにアバウトでいいからと押し付けられまだワインブームになるには6ほど待たなければ行けない12年前初仕事をしたが、散々たる思い出したくない過去だ。まあ、それはコロンブス生誕何たるというイベントで大学教授なんかが後援するホテルの立食パーティーで、ちょっとした余興でシェリーの(名前度忘れ)樽からシェリーグラスに鯨のひげを使った柄杓で名人芸のように注ぐやつをやり、ちょこっと5分位のスペインワインとシェリーの話をするというもの。打ち合わせで彼らは英語も話すので英語で話してくれることにしたのに(スペイン語よりまだ英語の方が分かるから。)舞台の上でスペイン語話すんだよ。涙。コンサルタントの人がその方が雰囲気があるしカッコいいからだって・・・。まあ、みんな食べるのに一生懸命で聞いていなかったし(と、言うことにしておこう)。そこから何故か私はワインは大好きだけどお酒にめちゃめちゃ弱いのにワイン醸造家の通訳修行を副業にすることになり、マイナーなアルザスワイン、スペインワイン、シェリー&ポルトで鍛えられることになる。ワインブームとはまだほどと受かったのでとてもマイナーな努力だったし、なにより醸造家の非日常的な言葉を理解するのに時間が必要だった。と道をそれてしまった。そんなワイン漬けでもあった私の名古屋滞在だったがそんなセルフワインは聞いたことも無かったし、大家さんがやっているのを見ても面白いと思ってもやっぱりお店の中で保管されるワインは私には魅力は無いなー。葡萄が収穫されてそれをワイナリーの醸造場で絞り、おのおの最高だと信じるタンクだの樽だのに先ず入れられそこで自然発酵して・・・・が、葡萄酒じゃないの???箱入りシャルドネージュースだのピノノワールジュースだのって、よく分からない!!まあ、でも満足は人それぞれ。自分が美味しいと思うものが良いワインだもんね。テーブルの友、その人を幸せにするのにうんちくはいらない。今朝とっても楽しい夢を見て目覚めがよかった。夢の中で妹にそっくりな人がいて一緒にマグロの刺身を食べているんだけど美味しい赤身で嬉しいし、その彼女にあなた妹にそっくりだし言わなきゃ分からないからこのまま私の妹になってよって言うと承諾してくれて、一緒に楽しく食事をしていたのです。もちろん夢だから辻褄は合わないんだけど、起きてからああ、妹が会いに来てくれたんだなあって感じ、すごく嬉しかった。これまでも彼女を夢で見ることは多々あっても哀しくて泣いていたので、ちょっと違う感じ。昨夜実家の母と電話で話して彼女のことも話題に出たんだけれどきっと喜んでくれたんだろう。夫は別に霊感とかじゃ無いけど時々普通に今日は君の妹が来てるみたいだ、すごく感じるとか言って私を不思議がらせる。のわりに私のことは正しく感じてくれるないんだけど。今(21時過ぎ)夫がバンクーバー空港に着いたと連絡あり。無事帰ってきたのは良いけれど、Water Taxiを12時半まで待って、翌日又車を取りに行くのは馬鹿らしいので職場に行ってそこで寝て、朝の始発(6時10分)で帰って来るとの事。なのでUBCにこれから行くらしい。可哀そう~。いつでも泊めてくれる友人宅が市内にあるのだが、不幸にもそこのソファーベット(こっちにいる人なら分かるFuton)のマットがものすごく偏っていて体が水平にならず落ちないように突っ張るので寝れないわ翌日体は固まってるわで、そこに泊まるよりオフィスのイスを並べて寝てみると。まあ何事も無いことを祈ります。私は今日月経初日だが体の調子がいい。やはりにんじんジュースと節食が効いているんだろうか?にんじんジュース続けてみよう。
2004.02.21
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う~ん、今日は久々に晴れてここのところ鈍色だった空や海だ青い。昨夜は夜更かしをした。寝ようかなあと思った10過ぎから偶然映画館に行ってしまった。それも2本立てナイトショー。すっかり退廃のヨーロッパ美に浸ってしまった。先ず”Il Castrato(カストラート)”結構前の伊仏映画だったと思う。劇場で見ててちょっと画面やストーリーが辛いな~と思った記憶がある。18世紀頃の永遠にボーイソプラノをとどめる為に虚勢された男性歌手をメインに兄弟の葛藤を書いた作品だ。改めて見るとそれなりに楽しめた。美の為に貴族社会があったところは日本も含めて何でもやってしまう人間の性が哀しい・・・。さてこれだけでも満腹なのにチャンネルを回すと、今度は英映画”Wilde(ワイルド)"が始まった。そうオスカーワイルドの話。見ていなかったのでラッキーとばかりにストーブに薪も入れ腰を落ち着け。10代は入り浸っていたイギリス貴族の退廃の世界。最近は何事も浸ると言うことが無かったので出ていたジュードロウが英国人とも知らなかった(アメリカ映画で見る顔だったので)。でも綺麗だったねこの映画での彼。ギリシャ彫刻を見る思いだった。映画だからあまり深いストーリー展開ではなかったけれど自分の才能と美に正直すぎて破滅を選ぶ人間の健気さと純粋さは出ていた。ワイルドがイギリス上流社会にするアイルランド人だったからなんだろうか?終わったら2時だった。片付けもしないで映画を見てしまうことを母は映画館に行ったの事にしようといつも言っているので私もそういうことにしておこう。興奮していたのか眠れないのでローマ人の物語XIの読みかけを開いた。頭の中がローマ時代18世紀、19世紀末とごじゃごじゃになるが、ちょうど映画グラディエーターの時代背景となったマルクス・アウレリアスの皇帝の話だ引き込まれていたようでふと時計を見ると4時近かった。今日何時に起きたかは恥ずかしく言えない。大家さんも帰って来ている。さて洗濯しよう。
2004.02.20
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今日は帰ってくる人がいないので全て手抜きの日。朝5時に夫は出かけていった。私が寝ていたらいつもなら起こさず出かけてしまうけれど今朝はさすがに行ってくるよと声を掛けてくれた。行ってらっしゃいのキスをして又眠る。う~ん、怠ける日にさせてもらおう!ちょうど大家さんもイギリスから娘(一度目の結婚での)が家族で尋ねてきているので一緒に他の娘の所にでも出かけているようで気配が無いので心底ゆっくりできる。そう、と言うのはこの借家は大家さんが自分で17年位前に自分で2年かかって建てた家で、その何年か後こちらで言うインロースイートを隣接して建て増した。表向き自分の家族なりを住まわせる住居、しかし本当の目的は貸して家賃を取るのだ。ダウンタウンではベースメントスイートの賃貸がこれに当たるが田舎では母屋と壁を共有して建てたり、敷地が広いと離れのように建てたりしている。私たちがここに入る前まで彼はそちらのワンベットルームを貸していたがちょうどその人が出たのを機にどうせ自分ひとりでこの母屋(それに家賃は倍)に居なくともいいじゃないかと両方を賃貸の広告に出し見つかった方を貸そうと考えたそうだ。そして、今私たちが母屋に居るのだが、ちょうどリビングの下がベースメントでワークショップになっておりプロではないが大工仕事の好きなBillおじさんはよく下で作業している。今オタワの夫から電話があった!無事着いて晩御飯を皆で食べてホテルに戻った所だそうだ。ちょうど雪祭りとでもいうのか北海道であるような雪の彫刻がライトアップされきれいだったらしい。カメラを持っていかなかったので私は見れないけど。きれいな巨大な日本女性の彫刻もあったそうだ。さて話は大家さんに戻るがここに来た頃日中は夫もシェアしていたS君もいないのでのんびり田舎暮らしを謳歌するつもりが、草刈り機を抱えたBillがすごい音で家の周りの草を借り出し日本人的性格のせいかお礼を言いに外にでると簡単だからやって見なさいと初めての草刈体験。まあ、何事も体験、しかしここは平地ではない。翌日は筋肉痛でした。とても人当たりのいい日本女性の私が退屈しているとでも思ってか、それからはいろいろ困ったことは無いか、用事はないかと親切にしてくれる。そして何かしてもらったら悪いからお昼をご馳走したり、英語の苦手な私は英語の勉強にと彼と話すのを楽しんでいると、一時は夫といるよりはるかに長い時間を大家さんと過ごしている私がいた。人生経験豊かな彼からいろんな話を聞き教わった。その後一緒に太極拳も始めたりした。一年ほどでBillは止め。私は去年の秋からサボっている。まあ、いろんなことが人生起こるが時期というのもある。そうタイミングだ。今はそんなに彼と時間を共有していない。夫が無職の間は何をするにも夫と一緒だし、あの頃は大家さんと良いリレーションシップを作りたいが為にちょっと無理していたこともある。でも今はその努力のせいか夫も含めてとても仲良し。Billは船にも詳しいから彼にキャプテンをしてもらってヨットを借りてセーリングしたことも何度もある。とまあ、こういうことがあるのがこの家で、もれなく大家さんが付いてくるのである。アパートだと隣の気配と言うを感じるがそれだけのことだし。やっぱり大家さんだとね・・・用事があったら電話して都合を聞いてくれたりするけど突然いらっしゃる時もある。という訳で(すごい長い説明になってしまった)まるっきり一人というのは落ち着くのです。家の両親なんか、淋しいところに住めないらしいけれど。こちらの友人のカナダ人(夫)とイタリア人(妻)のカップルはイタリア人の彼女が人の話し声が聞こえないと気が狂っちゃうと言ってキツィリアノと言われる地区が彼女のお気に入りだが未だに会うといつも近くに引っ越せば良いと言われる。私は喧騒がだめだって何回言っても聞いてくれない。夫の両親も一昨年6年ぶりに息子に会いにやって来て初めて見る嫁に優しくしてくれたが、ショッピング街の好きな姑は去年舅だけをこちらに寄こした(賢明な姑)。さすがにお舅さんも一人だと参ったみたいで5週間の予定を10日ほど早めてお帰りになった。姑はその間一人で羽を伸ばせて良かったようだ。夫と私は変わり者になってしまったのだろうか?私は昔パーティー大好き人間で一人で居るなんて事はあまり無く仕事をしていた時期は通訳だったりもして思いっきり人といつもいたのだ。今は人と会わなくても淋しくない。でもこれもきっとそういう時期なんだろうな。のんびりしすぎて日記も長くなってしまった。夫がオタワで無事に過ごせますように。
2004.02.19
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明日夫がオタワに二泊三日出張する。今後ろでぶつぶつ言いながら荷物を詰めたりしています。フライトは朝9時だから明日も5時出。可哀そう。帰ってくる土曜日は夜の9時に着くので、島に住んでいる私達はこういうとき少し不便だ。島に来る最終フェリーが9時半なので、夜なら30分で来れないくはないけれど空港で荷物を受け取ったり車を取りに行ったりしていたら絶対無理。そうしたらどうするかと言いますとウォータータクシーと言う物がありまして、夜遊びして帰ってくる人たちなんかの為に一往復だけしているのです。終日は11時半頃週末は12時半。2時間以上待つことになるのでこれもかわいそうな夫。そして車はそのフェリーターミナルに置いてこないといけないのでこっちについてもタクシーのお世話に。翌朝は歩いて(一時間)スナッグコーブ(島のターミナル)に行き又フェリーに乗って車を取りに行くと。便利な生活がいい人達には信じられない時間の無駄かもしれないけれど何ものにも替えれない良さがあります。今の状態に不満の夫はこれよりもっとローテクな電気さえ通っていない島に行きたいと考えています。私も考え中です。フェリーは一応通っているけれど乗客だけの車で行けない島です。住んでる人たちは全て発電機とソーラーパネルとプロパンと薪でやっているらしい。家も薪ストーブが暖だけれども一応電気ヒーターもあるし。冷蔵庫はどうなるんだろう?そういえばスイスの元彼の両親の山荘も電気通ってなかったな。プロパンでランプもガス灯、冷蔵庫もそれで賄っていたような。そこでシャワー浴びて髪も洗って(みんな山では浴びないのに)プロパン使い果たして呆れられました。あの頃は日本での習慣がまだ抜けていなくて勿体無い事をしてもそんなもんだと思っていたけれど、それからイタリアに住んだりして不便を味わい、何事も無駄にせず大事に使うことを学んだものです。とにかく明日から一人。
2004.02.18
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ボウエン島に引っ越して来たのが3年前の今日だ。この3年、本当にいろんな事があった。引越しは私の人生でやりすぎて重大事では無いが住む場所が心を癒してくれるというのを初めて感じた所だった。19才からドイツ、スイス、イタリア、スイス と移動のしっぱなし。短い所で2ヶ月、長い所で2年半ほど、そしてその後名古屋に8年住んだがそこでは3回引越した。それぞれいろいろな思いがあり私の人生そのものだけれども思い起こしても自分が生きる事で必死だった。カナダに来てからは私の人生ではなく夫と私の人生になった所が最大の変化だ。そして夫に守られる事によって生き方が変わったと今さらながら思う。それまでも両親に守られているんだけれど、意識していなかった。自分が家族を持ってやっと振り返られるようになったのだろう。妹が病気になり、彼女に日々の忙しさを忘れのんびりしてもらう為に自然の中に住みたかった。でも彼女は2年間の闘病の間にとうとう来ること無く逝ってしまった。でも体の無くなった彼女は身軽でちょくちょく遊びに来ているようだ。彼女が病気になり私の日本との往復の生活が始まり、その疲労や心配そして彼女を失った絶望もこの場所が癒してくれた。ここに住んでいなかったら私は気が変になっていたかもしれない。自然の力はすごいし時にはあまりに裸にされるようで怖いけれど。去年の今頃は夫がカナダには彼が望むポストが無いのでボストンに行ってしまった。本来ならば私も同行し今頃ここに住んでいないはずだった。が何故かカナダが私にストップをかける。永住権は取っていたがそのシステムが法律の変更で更新されることになり書類を新たに記入し移民局の連絡を待つというものだが。しかし単純ではなく送付け期日が永住権を取得した年によって違い私の様に2000年取得した人は3月に書類を申請できるとなっていた。そして申請から移民局の書類審査の末の(新)永住権発行(いつかわからない)までカナダに滞在していることが望ましい状況であったので、私はアメリカ行きを見送っていた。それに本心都市に又住むのには抵抗があった。しかし妻たるもの愛する夫の希望は叶えたい。どこへでも行きますとアメリカ滞在用のヴィザもバンクーバーにある超厳戒態勢のアメリカ領事館に6時半のフェリーに乗って寒い中行きましたよ。しかし夫の方がやっぱりカナダ、そしてこのBC州が彼の人生だと3ヵ月後に戻ってまいりました。100ドルもヴィザに払ったのに!でも人生自分を大事にすべし。そして、そう簡単には就職もできず失業状態も経験し蓄えを食いつぶし、もう限界のところで今の職場を見つけましたのが去年の9月。でも新たに人生の方向転換を考える夫です。昨日帰宅し夕食中に明日にでも止めたい話をされ(6月契約期間なのでそれまでは様子見と思っていた私は)ちょっと心の準備ができていなかった私は動揺してしまいました。厄年の夫平穏な訳がありません。自分たちの人生を自分たちで切り開いていくしか、到達したい所にたどり着く手は無いんですよね。ここで癒されのんびりと休養を取った私は新しく行動を開始する時が来たようです。
2004.02.17
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Happy Valentine Day昨日節食して胃と体調をなんとか戻し(食い気は関しては執念)お昼は嬉しい飲茶。バンクーバーでは評判のSun Sui Wah海鮮中華レストン。 3年以上前にその頃夫の同僚だった日本から2年の予定で研究に来ていた方のお母様が遊びにいらして、カナダに住み始めたばかりの私達はミゼラブルな生活だったのでアンリミテットな予算で贅沢な晩餐をご馳走になった。お皿一杯のフカヒレからロブスターのクリームがけetc. etc。あ~美味しかったな~。なんてラッキーだったのだろう。感謝。カナダでこのレベルでを食べられれば素晴らしいもんだ。その後何軒かで飲茶をしたがSun Sui Wahはまだたった。バレンタインデーといえばもっとロマンチックなフレンチでもと思ったが経済状況を考え味と言う実を取った。雰囲気は無いが(特に昼だし)味は絶品だった。他の店より種類も豊富だしそして何より比べて高いということも無かった。仕事も丁寧にしてあるし。夫も私も満足し、夕食は抜きだねと言いつつ店を出た。昨日やはりカナダに住む楽天の方が国際結婚の夫が日本食が好きかどうかでやはり結婚生活も違ってくる旨書かれていたがまったく同感である。夫は何でも食べてくれし注文も無いと言うとても楽な人だ(がまずいと食べない)。そして何よりも日本食が好き。問題は私が和食の料理経験が浅く、時間が掛かる和食より20代のほとんどを過ごしたヨーロッパの料理になってしまう。しかし私も若い頃なら問題が無かった胃も年と共にいつも洋食は辛くなり和食の腕を上げる必要大と感じている。着物に割烹着で筑前煮やきんぴらなんかがささっと作れる女にひそかに憧れておるのですが、人によると本質はヨーロッパナイズされた変な女らしい。でも、今ではすっかり都会暮らしもヨーロッパでもキツすぎて生きていけないくらい暢気な田舎っぺになってしまいました。そのお蔭ですごいへまも去年やらかしたんだけど、それは又機会があればお話しましょう。なんか話が変な方向へそれたけれども何はともあれ今日は愛の日。
2004.02.14
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結局昨日のファックス騒ぎから体がおかしくなったのか、先日の風邪がぶり返したのか知らないが昨日は昼前から寝込んでしまった。お昼過ぎには帰った夫が私の具合の悪いのを信用せずそれは心理的ヒステリーだと言われ怒りたかったがとにかく力なく寝ていた。さすがにほとんど24時間寝た今朝は夫が出て行った2時間後の7時に起きる。お腹がしくしく痛む。昨日もほとんど食べていないし最近粗食の私達は消化に悪い物を食べていないので何故か理由が分からない。月曜日に生牡蠣を食べたけれどもう4日も前のことだし。胃がどうして欲しいのか言ってくれると助かるんだけれど無言だものなあ。もっと楽しいことを日記に書きたいのに。一応主婦の私は昨日ほったらかしにしてた台所を片付け、洗濯機を回し、キャロットジュースを作り飲んだ。体を温めると良いかなと半身浴をするが食器洗いと洗濯機でお湯を使ったようで途中で水になる。これだから電気式は嫌よね。ちょっと震えながら待ち(幸いバスルームには暖房があり部屋は暖めてあった)10分後やっとお湯が出た。なんとか暖まったが胃の状態は良くも悪くもならず。ほんの少しおかゆを食べてみた。明日はバレンタインデー、美味しい物が食べられよう回復したい。日本の実家では両親がホルトハウス房子さんのバレンタイン特別バージョンチョコレートチーズケーキを食べるようだ。う、羨ましい・・・。
2004.02.13
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頼んでいたイタリアからのファクスが朝4時前に送られてきた。それだけなら一瞬起こさせるだけだし今我夫はその方がはかどると4時半起床で5時半の始発のフェリーに乗って通勤しているのでちょっと早い目の目覚まし位なのだけれど。そのようなシンプルな朝ではなかった。本来ならばカナダ時間のお昼過ぎに送られてくる筈であったファックス。彼女は風邪を引き、早い目に寝入ってしまったが私の電話で起きるつもりが、この件を知らない彼女の旦那が体調を慮って起こさなかった事でややこしくなった。どうしても昨日のうちに欲しかった私は少しあせったがどうしようもないので出来るだけ早く送ってくれるよう頼み電話を切った。昨日の朝夫の5時出に付き合った(いつも付き合うわけではないけれど)私は夕方5時過ぎには眠くなり早目の夕食を二人で済ますと7時には座っていられずベットへ、読みかけの本を読んでいたがほとんど頭に入らずその内寝ていた。年末年始を日本や暑いオーストラリアで過ごしひどい風邪をひいた私はこちらに戻って10日、まだ体内時計と体調は狂ったままのようである。さて悪いと思った彼女はファックスを送る旨を伝えたく私と話そうと留守番電話に話す。こうなるとほってはおけず、ベットサイドで話すと夫に悪いので一階に走る。イタリア語はどうしても地声の言語だ小さい声で話すなんて無理、ましてや電話ではもっと無理。彼女はどうせ1時間後には起きるんでしょうと言うがその朝の30分は大きい。それに家はどこにいても音が響き渡るロフトのような家なのです。夫は優しい人だが二日前から私の言動が基で傷ついたらしく気分を害しまだご機嫌斜め状態なのでとても神経質になりながら話しファックスを送ってもらいその後言われたように確認の電話を入れる。家のファックス機の呼び出し音は大きく、こういうときに限ってうまく入らず何度もやり直し。その後の確認の為の電話を彼女の家か店かどこにするか確認せず、と言うのも店にはファックスが無いので家に居る(時間帯じゃないが)のだろうと勝手に思いそちらに入れると、でたのは彼女のお母さん。起き抜けにルーマニ語はさすがに喋れない。挨拶くらいは喋れるが向こうが何か言ったらお手上げだ、なんとか彼女と伊語でコミュニケートを取り電話を切る。そして店に電話をすると息を切らせた彼女。街中の本屋から送り急いで戻って来た事を知るが、そんなこと知らなかった!こういうことに関して私は大変大雑把だが、夫は繊細な人なのでさぞや眠りを害されたようで可哀そう。その後起きてきたがとても機嫌が悪く文句を言っていたがそれでもお弁当は受け取って出勤して行った。申し訳ない。そう私が悪いんです。まあ、基本的に7時間は寝ていたであろうがとてもフラフラで再度眠るが今度は起きれない。あんまり寝てもと思い、なんとか起きると10時半になっていた。でもまだ地獄から帰って来た様に疲れてフラフラだ。眠気覚ましに紅茶を飲み薪ストーブに火を付け日記を書いてみた。今日もやけに晴天だ。目前の水色の空と山脈を覆う雪そして海の藍色が少し癒してくれる。夫は暗いうちに出かけ戻る時ももう暗いことが多いこの季節、もっと優しく接してあげよう。ひどい嫁だもんね。
2004.02.12
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去年の一月に始めてみたけれど本当に三日坊主になってしまいギブアップ。もう一度チャレンジしてみようと思い、模様替えして新しい気持ちで始めます。今日も快晴。来週は崩れそうなので今のうちに景色を楽しんでおきましょう。イギリス人の挨拶は天気の話と昔聞いた時、不思議だわ。そんなに無難な会話しかしないくらい浅いお付き合いなのかしらと考えたのですがここカナダBC州に来てから自分の中でお天気の話題がとても重要な割合を占めているのに何時しか気づき、雨が多い地域に住むとこうなるようです。24時間お天気チャンネルをなぜか見てしまうのです。
2004.02.11
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