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2020年01月26日
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テーマ: 精神の世界(126)
カテゴリ: 宗教
【苦しみがあるから】

ニーチェの書からヒントを得た言葉「苦しみがあるからまだ良いではないか、何もないよりは」の意義を考えてみた。勿論ニーチェの「神は死んだ」という宣言に沿った考察です。

例えば空き地に咲く一本の草花があり、その草花に心があったとしよう。草花の一生には、芽生えた場所から移動する自由はない。どんな天候でも受け入れなくてはならないし、地上を走り回る小動物に踏み倒される危険も抱えている。この草花が、このような自身の生存状況を知ったとき、何と思うだろうかと。

そこで気象条件が悪化して、開花したばかりの花弁が強風で吹き飛ばされた場合なども考慮してみると、草花の率直な反応が「いったい私の一生って何なの?」という問いになって現れるのではなかろうか。

またこのとき、草花に信仰心が有ったなら、「天に在します我らが神よ、この惨めな草花を憐れみ給え、アーメン」とでも祈っただろうか。そして草花の心は神に帰依して、自身の命運を天に委ねた安らぎを得ることでしょう。

而るにこの草花が「神は死んだ」という認識を持っていたとすれば、どうなるでしょうか。当然神のことは念頭に無くなって、ひたすら「大地の意義」を問うことになるでしょう。「悪天候も大地の必然として生じているのだから、その為に私が死ぬのも、大地の必然を受け入れることなのだ」と観念して、苦しみに耐えつつ口から出るのが、「苦しみがあるからまだ良いではないか、何もないよりは」という言葉ではないだろうかと。





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最終更新日  2020年01月26日 14時53分41秒
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