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長らく留守状態で大変失礼しましたm(_ _)mいつの間にかコメントが増えていて、本当にありがたい限りです先週末頃にやっと背中の変な張りも取れて、あーヤレヤレと思っていたら・・・出張疲れが出たのかダンナが熱でダウン、週末は看病しておりました。今週は夫婦ともども何とか元気に行けそうです(だといいなぁ)。疲れたらお風呂に限る、と自覚した週末でもありました。今までシャワー派だったのですが、ううむ…年なんでしょうか? 旅の最終日は2箇所に行きました。●ホテルから歩いて行ける旧市街、メディナ (狭い路地が迷路みたいになっている一帯で、世界遺産だそうです)●観光客ならだいたい連れて行かれる青い扉の美観地区シディ・ブ・サイド (だいぶ前の日記で書いたカフェをハシゴしていました)この2箇所は過去に何度か行っているのですが、気温が高いのと結婚式騒ぎでかなり体力を消耗していたため、「近場でのんびりしよう」と休養日に。ホテルの前は首都で一番の大通り、ブルギバ通りが走っています。通りに面してこんな建物も↓ 立派なキリスト教の教会がそびえています。チュニジアは9割以上がイスラム教徒のようですが、少数ながらキリスト教徒もユダヤ教徒もいて、この教会にも信者が出入りしていました。南方のリゾート、ジェルバ島にはユダヤ教の教会「シナゴーグ」もあります。宗教には比較的寛容な国みたいですね(おおらかと言うかテキトーと言うか…)。メディナの中通りはこんな感じで狭く、ごちゃごちゃしています。 迷子になるのが楽しい~両側のお店がクーラーをきかせていることが多いのと、日陰なので意外と快適でした。 メディナの出入り口にあるお店女性用の民族衣装 ジェッバ やベリーダンス用の衣装がテンコ盛り!!でも、ここのお店の物は高く、品質がイマイチなのでオススメしません日本人はいい’カモ’なのですごい値段を言われますし。最初は150米ドル(約1万8千円)なんて吹っかけられた服が、現地人の助けを借りて値切り倒して最終的には15ディナール(約1400円)になるんだから、原価は計り知れません。恐るべし、アラブ人商人・・・ (でも、1人くらい友人がいるとすごく助かるのも事実)最終日の晩はちょっと張り込んで、「ネプチューン」というシーフードが評判のレストランに行きました。クレジットカードが使えないのが難点ですが、地中海の魚介類は美味。夢中で食べてしまったため映像がありません、ごめんなさいスズキ・タイ・マグロ・エビ・牡蠣…さすがに生ものはありませんが、日本でもなじみのあるものが出てきます。でも、どうやらここで私は下痢の元を拾っちゃったらしい…とてもおいしかっただけにかなり悲しいです(犯人はやっぱり牡蠣かなぁ)。帰国便はアリタリアを使いました。チュニス→ローマ→成田コースでしたが、チュニスでのチェックインで小さな問題が発生。ローマ→成田はJALとのコードシェア便なので(飛行機自体はJALの物を使用)、チュニス→成田と通しでチェックインする事ができない、ローマのカウンターでローマ→成田のチェックインを自分でやって欲しいと言われてしまいました。ローマで?・・・嫌な予感がする案の定、ローマに着いたらJALカウンターには誰もおらず、アリタリア航空のカウンターにも誰もいません。 係員もみんなバカンス??ランチタイムはとっくに過ぎているのですが、この辺が実にイタリアっぽいとあきれ返っておりました。無人のカウンターの前には私を含め、10人近い外国人が困惑顔。一番いい加減そうな(失礼!)イタリア人男性がとうとうキレてしまい、通りすがりの関係なさそうな係員まで捕まえて食ってかかっていました。ここはイタリアの首都ローマだろっ?!しかもアリタリア航空だ!何だって誰もいないんだよ!!責任者出せー!結局2時間経っても誰も来ないので(おいおい)、集まっていた人も適当に散ってしまい、こっちは出発時間が迫っているしで内心ドキドキでした。が、幸いJALの制服を着たイタリア人を発見、そのおっちゃんを捕まえて無事にチェックインを済ませることができたのでした。この一件でダンナは「もう2度とアリタリアは使わない、エールフランスが一番ましだ」と決めてしまったようです。でも私は新たに開通した、ドバイ経由チュニス行きのエミレーツ航空に乗ってみたいですね。もちろん、ドバイがお目当てですが
2007年01月29日
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たくさんコメントをいただいているのに返事もしないですみませんでした。あまり体調が良くなくて…。みなさんのところには、時間を見つけてお邪魔したいと思います。22日、ダンナが無事にアフガニスタンから戻ってきましたそれはとても良かったのですが:本人がいない間に部屋を片付けようと週末に頑張り過ぎ、私の体は肉体疲労が蓄積してしまってあちこち思うように動きません背中・肩・腰が…固まっている感じです。明日マッサージか指圧でもしてもらおうかと思案中です。本当は温泉に行きたいなぁ~。 実はダンナは典型的な片付けられない人で、2日もすると部屋はグチャグチャ基本的に服は脱ぎっぱなしで床にポイです。使いかけの綿棒、使いかけのポケットティッシュ、コンビニのレシート、つい持って帰って来てしまうフリーペーパー類で床がドンドン埋まって行きます。1週間経つと…ゴミ部屋!?物の定位置が全くないので、あちこちに同じ物がありますたまっていた雑誌・会報・フリーペーパー類の山は、資源ごみの日にゴミ置き場まで5往復して捨てました。紙類って重たいんですね…腕が一気にやられました服もボロボロのものをまとめて捨てたらゴミ袋が3つもできてしまってびっくり。本人が嫌がるから遠慮して、あまりひんぱんに部屋掃除をしていませんでしたが、今後はバシバシ捨てようと考えていますこういうタイプ、なんとか治らないものでしょうかね・・・
2007年01月23日
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今回は結婚式に出席するのが主な目的でしたが、ほんの少し観光もしました(かなり無理矢理ですが…)。タバルカという所へ行ってきました。そこは海に面した海岸で海水浴場でもあり、夏は海の透明度が高いためにヨーロッパからのダイビング客が来る所でもあります。ちょうどZ君が暇を持てあましていたので、レンタカーに彼を乗せて3人で見物に行くことになりました。こんな感じの針岩がそそり立っていることで有名です。 あたりは潮の香りが漂い、少し沖には小さな島が見えていて(上にはジェノバ人の要塞があるけど入れない)、その島が桟橋みたいな道とつながっています。 真ん中奥の山の上が要塞です…小さいなぁ。何となくどこかと雰囲気が似ているなぁと思っていたら・・・江ノ島でした観光客が団体で押し寄せるようなところではないので、素朴でいいな~と思っていましたが、ここ数年のうちに立派なゴルフ場やリゾートゾーンができたそうで気分は複雑です水分補給のためにカフェでソーダを飲んでいたら、通りすがりのチュニジア人少年が一言:Bonne chance(幸運を祈る=グッドラック、という感じらしい)ちょうどダンナがトイレに行っていて、Z君と私と2人しかいなかったのですが…Z君が日本人の私をナンパしていると見られたようです。違いますってば アラビア語で書かれたコカコーラの看板文字が模様にしか見えません海岸を歩いていたら別の少年から日本人を案内しているチュニジア人ガイドと勘違いされ、Z君は苦笑いしていました。日本人と分かると、子供達からよくナカータ!ナカータ!と声をかけられました。引退してなお、中田英寿は有名人なんですねぇ…すごい人だったんだなと実感。で、時々こんな掛け声も:ジャッキーショーン!ジャッキーショーン誰??叫んだ子供を捕まえて問い詰めると、オドオドしつつ(わー、怖がらないで)カンフーやる人だよ…予想はついていましたがやはり、ジャッキー・チェンでした。フランス語では「ch」と書くと「sh(シュ)」と読まれてしまう、とフランス語の授業で聞いたことがありました。(チャンバラがシャンバラになっちゃって、まー迫力のないこと…)ジャッキー・チェンの英語名は Jackie Chan なので、フランス語読みするとChan →「チェン」ではなく「シャン・ション」になってしまいます。ジャッキー・チェンは強そうに聞こえるけれど、ジャッキー・ションは…弱そう~ションなんて小便っぽくて、どうもヨロシクありません。(そういう発想をしてしまう私がいけないのですが)それ以来、「ジャッキーション!」と呼びかける子供には:ノォォーン! ジャッキーチェン! チェン!!!と、正しい名前を叩き込んで(?)います。でも普及するのはいつになるやら。ジャッキーも超有名人なんですね~。彼のアクションは世界共通なんだなと感心しました。いいぞー、アジア人!
2007年01月18日
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もちろん、仕事でアフガン出張です(ううむ…どういう仕事やねん)。私は彼の無事を祈るしかありません移動はもちろん、防弾車。でも、防弾車はロケット砲には対応しきれませんし、地雷を踏んだらサヨウナラです幸い、アフガニスタンは冬です寒くて(首都カブールは氷点下10℃・雪)人があまり出歩かないので、自爆テロも影をひそめているらしいです。とは言え、ホテル・レストラン・市場・映画館など人が集まる場所は狙われやすいから、油断はできません。ダンナが泊まるホテルは現地でも最高級の所らしく(要は、そこしかない…)、1泊100ドルもかかるんだとか。クレジットカードはもちろん、トラベラーズチェックも使えず、ダンナはドキドキしながら現金を持って行きました。アフガニスタンへはパキスタン経由で行くそうです。パキスタンまではパキスタン航空が飛んでいますが、パキスタンーアフガニスタン間は:国連機! (へぇぇ~ 国連って、飛行機を持っているのか…)で移動、と聞いて驚きました。確かに、普通の航空会社なら絶対飛びたくない路線かも 帰国予定は22日です。無事に帰ってきてね~~!!
2007年01月15日
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やっと結婚式の話です。遅くなってすみませんm(_ _)m結婚式当日、新郎は髪も無精ヒゲもさっぱりさせ(理髪屋が家に来ます)、ハマム(お風呂屋さん)で体も念入りに磨き上げて備えていました。親戚達は全員ウキウキ状態、女性達は特に念入りに化粧をして服を選び、踊る練習(?)をしながらおしゃべりなどして楽しく時間つぶしです。突然、「あんた美容院で髪の毛セットしてもらわない?」と新郎の一番若い妹に言われました。女性達は美容室で髪をセットしてもらい、ついでにメイクもしてもらうのだそうです。現地の美容院・・・これは見てみたい で、妹さんにくっついて行きました。新郎実家のすぐ近くで、お姉さんが1人でやっていました。 入口にSALONと赤いペンキでかいてあるだけ。髪は洗わず、いい香りの水状のもの(ジャスミンウォーター?)を髪全体がしっとりするくらいシューシュー吹き付けられ、ヘアブラシで髪をギューッと引っ張りつつ、か~なり熱いドライヤーで髪の毛を『伸ばされ』ました。熱いー頭焼けるーー、髪が引っ張られて痛いーー、ひえーーどうもストレートパーマなんじゃないかと…チュニジア人女性は髪が波打っているので、それを美しくサラサラストレートにするのが流行りなのではないかと感じました。でも私はもともとストレートで…意味のない美容院体験になっちゃったかも美容院はヘナ部屋よりも厳しい男子禁制で、親戚の男の子供達さえもシャットアウトでした。で、美容院のお姉さんが自慢げにカタログのような物を持ち出してきて見せてくれましたが…花嫁さんメイクの写真集でした。宝塚歌劇団も真っ青の超ど派手なメイクにびっくり。クレオパトラかいな私は皮膚が弱いのでメイクはお断りしました。香料がプンプンで、とてもお肌が耐えられるとは思えなかったので。----------------------------------------------------------------------さて、我々は花嫁の故郷であるテストゥールという街までレンタカーを飛ばし、花嫁ご一行のお迎え部隊となる羽目になっていました。新郎本人、新郎の母、新郎の兄姉妹達からも懇願され…ダンナはしぶしぶ了承そういうことを招待客にやらせるなんて・・・人使いが荒いぞー、アラブ人披露宴は首都チュニスの新郎実家の屋上で夜8時過ぎくらいから始めるということだったので、テストゥールに向けて出発するのは夕方5時となりました。でも、もともとのんびり時間が進むお国柄、実際に出たのは6時近かったように思います。車5台で連なって行くのですが、一番飾り立てている車に新郎新婦+新郎母+新婦母、他の4台には新郎新婦の親戚が適当に乗り込むと聞いていました。新郎新婦用の車です。ちゃんと洗車して、リボンで飾られました(我々の車ではないです)。 ちょっとかわいい(^^)花嫁さんの所まで100キロあるのに行って帰るのに2時間しかない…案の状、他の車は100キロ超でぶっ飛ばすつもりのようで、ダンナは戦々恐々としていましたそれでも1時間ちょっとで花嫁さんの実家に無事到着。日が暮れていましたが、ご近所もひっくるめて既に大いに盛り上がっていました(信心深いお宅なので、もちろんアルコール抜き)。まずは新郎と新婦が並んでお披露目用の部屋に座り、大勢から祝福されます。 花嫁衣裳はゴージャスですが、彼女は暑そう…そしてすごい’濃い’お化粧でしたね。ラメ入りの、真っ青なアイシャドーです。しばらく写真を撮ったりした後、花嫁+その親戚達を車に乗せてチュニスに引き返します。高速道路はガラ空きでしたが、チュニス市内は夕方になると渋滞するので大変です(マナー悪いですし)。大きな交差点にさしかかった時、周りの車が全て結婚式部隊なのに気がつきました。夏は結婚シーズンなので、こういう事態はよくあることです。お迎え部隊の車はみんなハザードランプを点滅させてクラクションを、プープー、プップーと一定のリズムで鳴らしながら走るのが習慣です。点滅車だらけの騒々しい交差点で困ってしまいました。わたし : どれが私たちの部隊なの~??ダンナ : わかんないよぉぉー、よその車についてっちゃうかも後部座席の親戚達のナビでどうにか新郎実家にたどり着きました。すでに屋上では大音響のミュージックが…(わー、耳栓くれー)今度は楽団ではなく、DJがテープをガンガン流していました色とりどりの電気がクルクル回って、まるで日本のクラブ(古くはディスコ)です。新郎新婦の到着で一気にものすごい盛り上がりとなりました。屋上には特設ステージが設けられ、新郎新婦が納まります。 屋上に神殿が出現(?)踊りまくっている参列者達です。結婚前夜祭と違い、踊っていたのはほとんど未婚者ばかりでした。それも前夜祭とは比べ物にならないほど 本気モード での踊りです。若い女性達は競うように腰を激しく振っていました(まるでベリーダンスの早回し版!)。参列者はみんな新郎新婦の親戚とは言っても、血のつながりがない人もいるわけで…どうやら結婚パーティーが、若い者同士が知り合うきっかけになっている様子。だからみんな念入りにおめかしして、きれいな服を着るのね既婚者や子供、お年寄りはと言うと、後ろの方に並べられた椅子に座って観戦?です。チュニジア菓子やサイダーが配られましたがアルコールは抜きです(なのにすごいテンション!)。ドンチャン騒ぎは明け方まで続いたようですが、我々は疲れてしまって夜中過ぎたところでホテルに帰ったのでした。夜通し踊れるなんて、みんな体力あるなぁ~旅行記は続きます・・・
2007年01月13日
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遅くなったのですが、3連休の最終日(8日)に初詣に行ってきました。小さい頃から初詣をするのが当たり前だったせいか、どこかにお参りに行かないとどうも落ち着きません本当は7日に行こうと思っていたのですが、例の爆弾低気圧のせいで出かけられる状況ではなく・・・(鉢植えなど吹き倒されてましたね)。ここ3年はダンナが大厄だったこともあり、元日にせっせと川崎大師まで行っていたのですが、今年は近くがいいねぇということで柴又帝釈天へ行ってきました。言わずと知れた、寅さんゆかりの地です。柴又駅前には寅さんの銅像があります。 意外と小さいです。170センチないと思います。顔はもちろん(?)帝釈天の方角を向いていますよ~川崎大師や成田山新勝寺みたいな大きなお寺と違い、参道が広くありません。 三が日ほどではないですが、人が多かったです。両側のお店は昭和の雰囲気満載!お昼時だったせいか、食事ができるお店(定食が豊富な「ゑびす屋」、ウナギの蒲焼きで有名な「川千屋」などなど)は待っている人がたくさんいました。だんごといえば「高木屋老舗」「とらや」あたりが有名で、お土産を買う人でごった返していましたね~。どうでもいい時期に来ると閑散としていて、どうしようなんて思うのですが…にぎわっていて良かった帝釈天の本殿の前です。お参りを済ませると、写真の右の方にあるおみくじ売り場へ。人が20人くらい並んでいましたが、回転が速いので待つことにしました。並んでいると前後の人たちの声が:「今年も凶だったら俺、5年連続凶ってことになるんだけど」「あたしだって3年連続だよー。記録更新しちゃうかも?」「また凶が出ちゃうのかなぁ~。」「ここのおみくじって、大吉あるのかなぁ。」帝釈天だけに(そんなことないとは思うけど)辛口のおみくじな様子・・・。恐る恐るひいてみたら、吉でした。何だ悪くないじゃんと喜びましたが、文面には:・はげめどもむくわれず・失し物…出でず・病気…一進一退おいおい、一体どこが吉なんだ?ただ1つだけ、「飛び立つ機会あらば飛ぶがよし」 ← まさか転勤の暗示おみくじは柵にくくりつけてきました。帝釈天は彫刻が見事なお寺で(別料金ですが彫刻館もあります)、三猿もあるんですよ~。おみくじ売り場すぐ横の廊下のらんま?のようなところにありました。木目が浮き出ていてよく見えないのですが、左から「言わザル」「聞かザル」「見ザル」です。みなさんは初詣はどこか行かれましたか?良い年になりますように!!
2007年01月10日
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実は、年末年始は日本にいませんでした。ダンナがキャンセル待ちをしていて、すっかり忘れていた旅行に突然行ける事になったからですが、南半球だとは思わなんだ…。天国にいちばん近い島、ニューカレドニアです。私は日本的な、普通のお正月をおくれるものと思っていたので大慌てでした。とりあえず、意地でも年越しそばを食べたいと、きつねどんべい(そば)持参でした。もちろん向こうは真夏、海水浴三昧です。その結果:日焼けならぬ、ヤケドを負って夫婦で帰国目下2人とも爬虫類化しております・・・怖いです(頭皮までむけるんですねぇ~)。気が向いたら写真と日記を載せたいと思います。
2007年01月08日
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昨年の夏、我が家に居候していたZ君にはお兄さんが2人、妹さんが1人(既婚)います。長男は結婚していて幼い子供が2人、次男は独身です。Z君兄弟達の実家はアルジェリア国境付近のド田舎ですが、これと言った産業がないので…働ける男達は町へ出稼ぎに行く習慣があるようです。長男家族と次男はナブールという、陶器で有名な町に住んでいます(せともので有名な瀬戸市と姉妹都市なんだそうな)。日本で買い込んだ幼児用のおもちゃを子供達に渡すため、高速道路を使って(今度は料金所がちゃんとありました)首都チュニスからナブールに向かいました。高速道路で見かけた軽トラックです↓ 実は時速120キロ以上でぶっ飛ばし中!見づらいですが、真ん中の丸っこい、もこっとした物体は生きた羊ですちょっとゆれたら転落の危機(!?)恐ろしい~ナブールのシンボル、陶器でできたオレンジ・パフェというモニュメントです。 オレンジの産地が近いんだとかZ君のお兄さん宅に着き、早速子供達とご対面(ダンナは第一子だけ知っていたけれど、私はどっちも初対面です) 赤ちゃんがかわいい~(全然泣かなくてびっくり)写真では分かりませんが、2人ともまつ毛が濃い!しかもきれいにくるりんと上向きでした羨ましい限りです…1番目の男の子は3歳でじっとしていないやんちゃ坊主ですが、2番目はつかまり立ちができる程度(どっちも男の子)。お土産にコマとけん玉とダルマ落としを渡しましたが:コマは赤ちゃんのおしゃぶりと化し、やんちゃ坊主はダルマ落としを思いっ切りやって半ば破壊活動(?)、けん玉はZ君のお兄さんたちが2人して夢中になって遊んでいました…(あのー、大人用じゃないんですが)。ちょうどお昼時で、お兄さんの奥さんが昼食を作ってくれました。毎日人様のお宅でご飯をご馳走になっていましたね…ありがたや~ ちゃぶ台の上にドドッと4人分が並べられましたトマトベースのショルバというスープ(白身魚のほぐしたもの・ニンジン・何かハーブ・羊肉もちょっと&クスクス?入り)がメインで、トマト・きゅうり・玉ねぎのサラダ、パン、甘~い炭酸飲料でおなか一杯になりました。有り余るほどの食べ物を出すのが礼儀とはいえ、子供を2人抱えてそんなに裕福な家ではないと知っているので、恐縮してしまいました。長男さんは絵の額縁を作る工房勤め、次男さんは陶器の工房で釉薬かけや絵付けなどの仕事をしていますが、お世辞にもお給料がいいとは言えません。そのため、長男・次男は一緒に住んで、家賃・子供達の養育費・生活費・田舎の母親への仕送りをしています(何てけなげな)。三男坊のZ君は何だかのん気に過ごしていますが・・・お兄さんの奥さんはフランス語があまり分からないらしく、にこやかなのですが全然しゃべりませんでした(大半の時間は奥に引っ込んでいた所がイスラムっぽい)。もとはZ君実家のご近所の人で、田舎の女性は大人しくて働き者なんだヨ~と、次男さんが言っていました。そういえば、田舎のZ君お母さんもニコニコ嬉しそうだったけれど、しゃべらなかったなぁ…。で、しばらく歓談(話しているのはダンナばかり)、しばらく昼寝(午後は暑い!ので)して、チュニスに戻ったのでした。 …結婚式へと続きます。
2007年01月05日
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明けましておめでとうございますブログがどこまで続くのか、基本的に三日坊主の私は甚だ不安でした。でも、おかげさまで何とか年を越せました(あらら、すごい時間だ)。コメントを書いて下さる皆様のおかげです 平凡でいいから、普通の一年が送れたらいいなと思っております。今年もよろしくお願い致しますm(_ _)m
2007年01月03日
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