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歯医者へ行ってきました。本当に長いご無沙汰です。半年ごとに行くのがいいとはわかっているんですが・・・両方の母の問題もありましたし…というのはいいわけで歯医者のイスに座ると思うだけで体が硬直してしまいます。駄目ですね。痛くない限りは行かないとしていたんですが、どうも奥歯の具合が悪くなって重い腰をあげました。「数年ぶりですね。初めていらしたのは十数年前。下の親知らずを抜きましたね」えっ!とっくにカルテも消えているかと思っていたのに・・・・娘とで話していたら「ママ、よかったね。何かあってもあそこの歯医者さんへ連絡すれば身元確認が一発で出来るよ」うーん、喜んでいいものかどうか・・・?出来ればそんな目にあいたくないんですけど・・・。ルルの声もやっと元通りの美声(?)が出るようになりました。後遺症で一生どら声になったとしても仕方がないとあきらめていましたがやはりルルはルルらしい声で啼いてくれるのが一番です。やっと日常の生活が軌道に乗り出しました。やはり平凡な日常生活がおくれるのは幸せですね。
2013.01.30
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昔タイトルのような曲がありました。アルジェリアから帰国された犠牲者の飛行機の到着のテレビを見ながらあの歌を思い出しました。辛いですね。資源のない日本のために気候も風土も違う不便な国で一生懸命働いてこられた方々がこういう目に合うとは・・・・・。数十年前、夫もアルジェリアに赴任していました。仕事も同じプラント建設のためです。ただ同じアルジェリアでも海岸に近いアナバという町でしたし、今と違ってイスラム過激派の活動がそんなにひどくありませんでした。心配されるのは気候風土の違いと泥棒の横行する危険くらいで、リビア国境に近い場所で活動されていた今回の方々とは全然危険度は違います。それでも単身で行っていた2年間、手紙もまともに届かなかったり、電話も時差がある上にザーザーという雑音だらけの状態でしたので、いつ何が?という不安は消えませんでした。今回犠牲に会われた方々のご遺族の悲しみを思うと胸が瞑れそうです。もう、こういうことがないような世界になってほしいですね。
2013.01.25
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現存する九州最古の木造建築で国宝。仁聞の開基。現在の建物は平安時代後期のもので1本のカヤノキで大堂を作ったといわれ、中には仏像、石像、壁画などすぐれたものが一杯です。ただ壁画保存のため雨の日はお堂を開けてはならないという文科省の規則で行ってみるまで、開いているかどうかわからないとガイドさんにしつこく念押しされていました。ラッキーなことにお堂は開いていて中を見ることが出来ました。ご住職も出てこられて説明をしてくださいました。良いものを見せていただいて幸せでした。でも、国宝だったらもっと管理を良くしたらいいんじゃなかな?バスは豪族だった財前一族の墓地を通り過ぎます。女優の財前直美さんが子孫だったなんてびっくり!次は真木大堂へ。六郷満山65カ寺の中、本山本寺として最大の寺院であった馬城山伝乗寺です。9体の仏像はすべて国指定重要文化財で立派なものです。ツアーのほかのお仲間に得々として説明する夫は嬉しそうです。その夫が驚いたのは同行の小学生のお嬢ちゃん。大日如来などの言葉が平気で出てきますから・・・・。今時の小学生は侮れませんね。その間にも姉妹から続々と電話。福岡から午前中飛ぶ予定だった姉と姪の飛行機が飛ばず、どうも羽田は全面閉鎖とか・・・グループの親子さんは7時のANA、私たちは7時20分のJAL、一人旅の女性も同じ。皆それぞれに連絡が入って頭を抱えながらも動きが取れません。ガイドさんが問い合わせてくれたら、最終便以外はすべて欠航。そのまま熊野磨崖仏へ向かいます。ここは普通の覚悟では登れませんからとガイドさんに重々言い聞かされていました。確かに細い山道を杖を借りて柵を頼りに歩きます。ガイドさんは来ません。山道が終わったら石ころだらけの細い石段が200数十段。雨上がりで滑ります。ここで夫はリタイア。私にもリタイアを進めます。「ふん、根性なし」の言葉を飲み込んで一人で杖を頼りに上り始めます。若い人たちは遥かかなた。滑らないようにするのが大変です。ようよう磨崖仏へ。立派な磨崖仏が2体。ここまで登ってきたかいがありました。でもくだりはもっと大変、滑らないように気を付けながら一歩一歩です。もう今後、こんなことはできないでしょうね。最後は双子寺です。仁王様が立派です。上り口の橋が幻想的でした。4時には大分空港へ。若い女性は旅行社を通していたのでそちらと連絡をして新幹線で帰京することに。私たちと親子連れは個人で取っていましたので空港で変更の手続きもあります。その後バスで別府、大分へ出て福岡へ出て新幹線となると乗れても真夜中の到着。タクシーもないでしょうし…・いろいろ考えて翌日のフライトに変更。朝一は満員で10時半の便だけ確保。宿も確保しなくては…と考えて前夜の宿が大きいホテルですが韓国ツアーが大勢きていたのが、その朝引き揚げています。それで電話してようやくOK.高速バスに乗って別府へ引き返します。次女と電話で話したら、うちからはタクシーが拾えず、猫を抱えて駅まで歩き、横浜までは私鉄が遅れながらも運行。横浜からは全く動かず、地下鉄に走って新横浜へ。新幹線で東京へ。そこから長く待ってタクシーで自宅へ。4時間かかったそうです。大変な雪騒動でしたが、ルルが元気でいてくれたことが一番でした。声はまだおっさんみたいな声をして声だけ聴いたら「大型犬?」と思われそうです。
2013.01.22
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国東半島は古い良い仏像の多いところだと聞いていましたが、なかなか行く機会がなくて・・・。今回は仏像大好き人間の夫に合わせて1日ツアーを申し込みました。帰りにそのまま大分空港から羽田へ帰る予定ですからゴロゴロも引っ張って。横の荷台に入れてもらウつもりが、「荷物もどうぞ中へ。好きな場所にかけて。バラバラの場所でもいいわよ」その意味が分かりました。大型のバスに私たちを含めてお客は7人だけ。お母さんと小学生の娘さん、お母さんの友人2人、若い女性が1人。私たちと運転手さんとガイドさん以外は皆若いんです。ガイド歴数十年のベテランガイドさんは歴史にも詳しいし、よく気の付く人です。バス出発の9時には少し雨が残っていましたが、すぐに上がりました。ホテルを出る前に家に来てもらっている次女と話をしたら少し雪が降り出したから夕方帰る予定を早めるかも・・・と。その時点では私たちも夜の飛行機に乗れるはずでしたから、戸締りをして電気をつけて餌をおいておいてね・・・と。バスは別府湾を見ながら宇佐神宮へ。別府湾の波も静かそのものです。宇佐神宮の手前の道端の野菜売りの近くでバスが止まります。「ちょっと待っとって」運転手さんがびっくりするほど大きなミカンの袋を抱えて帰ってきます。200円ですって!安すぎる「お参りしてから皆にお振舞しますので楽しみにしちょって・・・」宇佐神宮は伊勢神宮に次ぐ大きな神宮です。神社と神宮は皇族が祭られているのが神宮で貴族が祭られているのが神社ですって。初めて知りました。ここの狛犬は犬じゃなくて獅子だそうです。宇佐神宮の社殿は国宝です。境内も広くて荘厳な感じがします。これがお正月だったら人間が多すぎて荘厳な感じも薄れているでしょう。パワースポットの大楠もありました。宝物殿も立派です。帰りのお札を買っていこうとして驚きました。こんなかわいいおみくじがあるんです。神社も変わっていくんですね。昨日は風邪からくるめまいで一日ダウン。ここまで書いてもう疲れました。国東半島は明日にします。
2013.01.21
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あさ10時からの法事が終わって集まってくれた親戚の人たちと軽いお食事。ワイワイガヤガヤと賑やかなうちに時間がたって、他県から来てくれた叔母とその娘は母の実家へ。日田在住の叔母や従兄弟たちも引き揚げます。私たちは2時前の久大線の特急を予約していましたので駅へ。駅の裏なので地下道を通れば2分なのですが、妹が車で送ってくれると・・・。駅で「お世話になりました」とあいさつをして車が動き出した途端気づきます。トランクに私のゴロゴロを入れてあったことを。慌てて車にぶら下がり状態で窓をたたいて止めてもらいます。全く、最後の最後までお騒がせなんだから・・・最近は福岡からの高速バスばかりで久大線は久しぶりです。懐かしい駅の一つ一つを眺めていると雨がぽつぽつと。次第に雨脚が強くなり別府につくころはかなりの強い雨です。駅の近くを条件にしてホテルを決めていましたから問題はないのですが・・・・困ったのは別府が初めてな夫に地獄めぐりをさせようと思っていたことです。もっとも5時までだというので1時間しか余裕がありません。ホテルでタクシーを呼んでもらってとにかく海地獄と血の池地獄だけでもいいから・・・と、観光地のタクシーの運転手さんはガイドさんなみに詳しく説明してくれます。海地獄のコバルトブルーの鮮やかさが少ししか写っていないのは残念です。雨の中傘を差しながらの見物でした。ホテルは大きなホテルですが隣国の団体さんが入っていて賑やかなことこの上なし。日本の団体さんでも賑やかでしょうが、あちらの人たちも声が大きくて・・・・・。お風呂へ行った夫が帰ってきて日本人が4、あちらが6だったと憮然としていました。あちら嫌い人間ですから・・・・
2013.01.20
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寒いですね。方々で雪が凍り付いて余計寒さを感じます。ショックの後遺症でしょうか?ルルは私のそばを離れようとしません。買い物も最小限で、ジムもリハビリもお休みしています。ウシガエルのような潰れた声で吠えるルルを夫は「牛ちゃん」と呼んでいます。よほど辛かったんですね。命があってよかったわ;高速バスの車窓から杉山の風景が見えると故郷が近づいたとほっとします。1日早く帰省したのは母の実家のお墓や実家に挨拶する時間がとれそうもないから・・・・・さらに1日前に帰省していた姉と姪の3人で夕食は高台にあるビール工場のレストランへ。夜景を眺めながら女3人で焼き肉を食べて、盛り上がりました。翌日午前中にお墓参りや母の実家へ挨拶に。母の妹たちが1年のうちに様子の変わった人もいて寂しくなります。東京の兄嫁さんやおい、もう一人の姪と夫、福岡組の妹一家も加わって夜は温泉ホテルへ。お部屋を取って会食にしました。その後お風呂へ行った私が出ていくところで姉妹にばったり。「もう一度入らない?」「いやよ。のぼせるから」「じゃあ、後で電話するから部屋に来て。ゆっくり話をしましょう」と。暫くして部屋に電話。出かけようとして時計を探したらありません」ひょっとして、お風呂の脱衣所かな?慌ててかけつけました。日頃はロッカーの番号を覚えていないのにどういうわけか覚えていたんです。でも、そのロッカーはカギがかかっています。仕方がないから化粧室の前で椅子に掛けてまっているとメイと兄嫁さんが・・・・。事情を説明して待っていましたが、そのロッカーだけは誰も来ません。おかしいわね。のぼせているんじゃない?などとしゃべりながら待っていました。姪に言わせると私は変な人みたいだったそうです。誰かが上がってくるたびに腰を上げてそのロッカーのほうを探していましたから・・・何時まで待っても誰も来ないし、フロントへいうには時間が遅いし…姉妹の部屋へ行きました。随分遅いじゃない…といわれてこれこれと言ったら「そのロッカー46番じゃない?」と妹「何で知っているの?」おもむろに出してきたのがロッカーの鍵。時計を見つけてフロントへ届けたのはいいのですが、そのまま鍵を持ってきてしまったそうです。これじゃいつまで待ってもあのロッカーは開きませんよね。何時もはロッカーの鍵なんて持ってこないのに、何で持ってきてしまったんだろう?と妹は不思議がっていましたが、姉妹で同じロッカーを使って、そのロッカーの鍵を持ってきて・・・・・お馬鹿な姉妹です。仕方がないからフロントの警備員の人に言って私の時計を受け取ってロッカーの鍵はこっそり返してきました。全くマンガのようなはなしです。翌朝は早朝からどんど焼き。まだ暗い6時前から待っているのに誰も来ない。仕方がないから一人で河原に降りてどんど焼きの見物をしてお汁粉をごちそうになってきました。後で聞いたら皆寒いから部屋から眺めていた・・・とか。昨年に続いてどんど焼きが見られたのもおばあちゃんのおかげですね。
2013.01.19
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月曜日の突然の爆弾低気圧。急にあんな天候になるなんて…・想像もしませんでした。実は11日から九州へ。母の3回忌でした。夫は12日から合流。東京組は皆忙しいし、母の妹たちも年が年ですし・・・というので12日の夜に泊る温泉ホテルで会食。13日は法事がすんだらそれぞれ自由に・・・・と。それで夫はもう九州へ行くこともないでしょうし、別府へいったことがないそうだし別府へ泊って翌日仏像大好き人間の夫のために宇佐神宮、国東半島をめぐるツアーへ申し込みました。1日遊んで最終の7時の便で東京へという計画です。ルルは獣医さんへ預ける予定でしたが、東京の次女が連休だから来てあげる・・・と。14日の夕方早めに散歩と食事をさせて、戸締りをして電気をつけておいてくれれば私たちが10時には帰れる予定でした。ところが…・九州は晴れているのに、東京はどうも雲行きがあやしくなって・・・電話で何回もやり取りした結果、翌朝早くに出勤しなくてはならない娘はお昼に帰宅。私たちも最終便だから飛べるかな?と。当て外れもいいところです。4時に大分空港へ着いたら全便欠航。翌朝へ振り替えてもらうだけでも大変です。新幹線も考えましたが大分空港は不便な場所ですし、うまく乗れても深夜に横浜に着いたら動きようがありません。仕方がないので前夜泊ったホテルへ電話して再予約。別府へ引き返しました。翌日10時半の便は予約していましたが、搭乗券をもらうまでは心配です。結局遅れて11時5分の出発になりました。羽田へ着いたら横浜へのリムジンは運休。私鉄2つを乗り継いで最寄駅へ。タクシーもなかなかつかまらないので駅の反対側へ。3人待ちで乗ることが出来ました。家の周りは雪だらけ。家の前はお向かいさんが雪かきをしてくれて綺麗になっていました「ルル」と呼ぶと大きな声で「ワンワン」玄関で狂ったように飛びついてきて離れません。よほどさびしかったんでしょう。声はまだかすれていますが、食欲もあり元気も出てきました。生きていてくれてよかった!ご近所のノノちゃんの家の雪だるまです。今年は「かまくら」もできていました。それだけ雪がひどかったんですね。これは以前の写真ですが、立派に頑張ったルルです。何しろ一人でこんな長時間留守をしたのは初めてですから・・・・。「偉かったね」と一杯ほめてあげました。
2013.01.16
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5日に待ちに待ったゴミ収集が・・・・29日から収集がありませんでした。それにもまして私が馬鹿だったのですが、最後の日にやけにごみが少ないなと思いながら出して数時間後、物置を見てびっくり!ゴミが大きい袋一つ残っています。慌てて自転車で集積場所へ。とっくにありません。もう一つ向こうの場所で収集車が!慌てて追っかけたらもう出てしまいました。隣の町内は何時もは午後の収集だから・・・・。自転車で駆け付けましたがアウトです。結局この界隈を自転車で走り回ってゴミを積んだまま帰りました。だから余計にゴミ収集が待たれたんです。お正月、出るのはゴミとお金ですね。昨日はジムの初めての日。4日からですが、私たちは平日会員ですので・・・・久しぶりに会う方が次々に新年のご挨拶です。ロッカールームやスタジオは良いんですが、困るのはお風呂の脱衣所。バスタオルはまいていますが、あまりそんな恰好でご挨拶されたくないですよね。ともあれ、やっと普通の生活が戻ってきました。今日はリハビリかマッサージへ。週末から九州ですので体調を整えておかなくては・・・・。 それにしても今年は寒さが厳しいですね。
2013.01.08
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無事に三が日もすぎ平穏な日々が舞い戻ってきました。やっとご挨拶ができます。写真の人形は絵のお仲間が手芸もやっていてセンター祭りのときに展示していました。「買って」というので買うことにしましたが、見本しかなく年末までにということで、絵の忘年会の時に持ってきてくれました。干支の蛇がそれらしく見えないのが気に入っています。例年のように元旦の散歩のときのご来光です。ルルのお尻だけ写っています。ルルのご挨拶「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」リボンをつけているのが分かりますか?普段はポメはリボンをつけないのですが、お正月前だけはつけてくれます。以前は無料でしたが、ここ2,3年は150円取られます。最も希望を聞いてから付けますけど・・・・。せちがらくなったんですね。高校生のほぼ大人を入れると大人が7人犬、猫という賑やかなお正月でした。座る場所、寝具の手配・・・・人数が多くなると大変です。何時も誰かにぶつかる様な状態です。でも皆が元気でお正月を迎えられたのは感謝ですね。この冬は特に冷え込みましたし、内外ともにいろんな問題を抱えてこれから日本はどうなるんだろう?と思いますが、お正月の人出を見ているとまだまだ平和な日々ですね。この平和がいつまでも続きますように・・・・・・。最近ブログをさぼる癖がついてしまって・・・・・中々書くことが出来ません。まあ、できる限り頑張るつもりですのでよろしくお願いいたします。
2013.01.04
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