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酔っ払ったけれど、酔い切れない頭で、一言。今の会社に勤めて10年とちょっと。今日は、これまでで一番、しんどい日になった。不況のあおりを真っ向から受けて、発表された人員削減計画。今日、仲間の半数が会社を去った。朝から入ってくるメールは全て離職の挨拶。ひっきりなしにやってくる、「挨拶」の人達。無力さと、残ってやって行かねばならぬ辛さ、寂しさ。もちろん、自分だって、どうなるか全く分からないという毎日。この1ヶ月で、人の「本性」も沢山、見せ付けられた。これが永遠じゃない。5年後、10年後に「あの時は大変だったね」ときっと笑えあえるハズ。そう信じて、進むしかない。“希望本是無所謂有、無所謂無的”(魯迅・故郷)
Feb 27, 2009
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「2月は逃げる」と言うらしいけれど、ちっとも逃げてゆかない毎日。ため息混じりに窓の外を見たら、久々に雨上がりの薄日。えいっと席を立ち、その勢いで半休を取ってしまった。足を運んだのは、横浜・元町。ちょうど春のチャーミングセール開催中。あちこち覗いて、今月末で会社を去ることになった同僚に心ばかりの贈り物を購入。(“3月は去る”、かぁ…)去り行く仲間たちと、残る人たち。試練の冬はまだまだ続きそう。でもきっと春はもうすぐ。
Feb 26, 2009
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仕事を探しに、就職フェアに行って来た。…というのは半分冗談で、この日はカウンセラーとしての実践デビュー。2010年新卒対象の就職フェアの、カウンセリングブースを担当。お天気も悪いし、遠いし、学生さん来るのかなぁ、なんて心配を他所に電車を降りると既にリクルートスーツの学生学生学生。「100年に一度の不況」という枕詞がつく、今年の「就活」。相談内容も・今日初めて就職フェアに来た。すごく遅いスタートで心配。・最低何社にエントリーしたらいいのか。・いつ頃までに内定をもらった方がいいのか。・この業界以外に、あっちの業界にも応募した方がいいのか。等など。みんなどこかで「こうすれば決まるよ」というマニュアルを探している感じ。でも、遅くたってゴールできれば良いし。何社エントリーしても実際に入社できるのは1社だけだし。内定だって、卒業までにもらえばいい。行きたい業界があれば応募したらいいし、行きたくないのに、無理に志望動機を考えて応募しなくってもいいじゃない。なんとかなるって!!!なぁんて事を、心の中で思ってしまう。もちろん、実際にそんなことを学生に偉そうに言ったりできないので少しでも自分にあった方法を見つけられるように、話を聴かせて頂く。この日は全部で10名近くと面談。帰り道は心地よい疲労感を覚えつつ、学生で賑わう列車に揺られて家路に着いた。今日は他人の身、明日は我が身かなぁ~
Feb 25, 2009
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1日1往復の便を利用して、沖縄本島から墓参に訪れる人たちの為にこの日の船は、いつもより1時間遅い出発。私も、民宿に戻り荷物をまとめると、おばぁやお父さんに挨拶。母屋の居間で、淹れてくれたコーヒーを飲みながら「こんな何もない島だけど、また来るんだよ」とお父さん。歩いたって数分の距離を、車で港まで見送ってくれる。行きは空いていた船内も、帰りはホボ満席。甲板に立つと、港には別れを告げる人たちの姿。3時。汽笛を鳴らすと、船がゆっくりと岸を離れた。ふっと、テトラポットに目をやると、一生懸命に手を振ってくれている人の姿。「うわぁ~!!!」思わず歓声を上げて、私も一生懸命に手を振り返す。同じ宿にいた、本島からの工事作業の人たちが「俺たちは海沿いにいるから、出発する時に見送るよ」と言ってくれていた。2泊3日の短い滞在だったけれど、粟国の景色、空気、人々、そして滞在中に感じた様々なことは、どれも愛おしい存在。ぐんぐん、小さくなって行く島影。沖合いに出ると、雲が「天使の階段」を創りだしていた。
Feb 20, 2009
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島の最後の日は、ちょうど「16日祭」。旧暦の16日がグソー(あの世)のお正月に当るとして、お墓参りをし、ご先祖供養をするそうだ。前の晩におばぁが「大和人(やまとんちゅ)は本当は連れて行かないけど、 行きた~い?じゃぁ一緒に行こうか~?」と誘ってくれた。朝食を食べにいくと、既にお重箱が。今朝4時までかかって作った手料理を、丁寧に詰めてゆく。粟国のお墓は特徴的。洞穴を掘って、石でふさいだだけのシンプルさ。墓標もなければ、塔婆もない。 「他所の島から来た人はねぇ、粟国のお墓が良いっていうんだよ。 地面の中に埋められるなんて、たまんないって。 粟国は海も見えるし、みんなが来てくれるからさぁ。」おばぁが、教えてくれた。すでに他の家族も来ていて、一緒にお重箱をつっつく。山腹のお墓には、海風が優しく吹きよせる。長閑な風景は、まるでピクニック。生と死とは、対称的なのではなく寄り添いあっているのかもしれない。ご先祖様にお別れを告げ、また来た道を引き返す。あと少しで、船の時間。私も、この島を去らないといけない。
Feb 19, 2009
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民宿の夕食は、おばぁの愛情たっぷり。島のあちこちで道路工事や岸壁修復作業が行われていている関係で夕飯時には、本島や他の離島から働きに来ている人たちも合流し、ちょっとした宴会。「しま、一緒に飲みませんか~」と声をかけてくれ、ずぅずぅしくもご相伴に預かる。ちなみに、“しま”とは泡盛のこと。器用にビール缶の蓋を外して、即席カップの出来上がり。宿のお父さんも加わり、“しま”を片手に他愛ないお喋り。その勢いで、皆でカラオケにくり出して、沖縄ソングを熱唱~どこまでも暖かい島時間。帰り道は酔い覚ましに、民宿までの道を月明かりを頼りに歩く。ここでは、職業も、肩書きも、年齢も、関係ない。民宿での多くの「出会い」を通して、自分自身の今ある環境やものの見方、価値観といったものが、本当にちっぽけに思えてきた。「なんくるないさ(なんとかなるよ)」― 私らしく、行こうかな。
Feb 17, 2009
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粟国は周囲わずか12キロ。自転車を借りて、すぃすぃ行けば楽々島一周。鍵も付いていない自転車を、道路脇に停め茂みを抜ければ、そこがウーグの浜。思わず波打ち際へ走り出す。村の人たちが、収穫たっぷりのバケツを持って賑やかに歩いて来る。「何が採れるんですか?」声をかけると「あれこれ、色んなものだよ」」と嬉しそうな顔。 遠浅の海の水溜りをピチャピチャ歩ければ取り残されてしまったナマコを発見。ひと遊びしたら、木陰で休憩。心地よい風に思わずウトウト。…物音で顔を上げると、同じ1人旅だろうか。男性が、ものすごく嬉しそうな顔で木立から飛び出して来た。私の姿を認めると、急に緩めた顔を引き締める。そそくさと海辺に下りると、あちこちへカメラを向ける姿。(10分前の私みたい)何だか可笑しくて、笑いが込み上げて来た。
Feb 16, 2009
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…まだまだ続く、粟国ネタ。洞寺見学を諦めて、もう一度、海岸線に視線を移す。と、はるか彼方に海に向かって立つ建物が。勘を頼りに、雑木林の中の道を行くと、現れたのは塩工場。「見学受付」の張り紙に、事務所に声をかけ案内して頂く。 建物の中には、何百本もの竹が逆さにつるされていた。ここに汲み上げた海水を循環させ、水分を飛ばすことで、徐々に海水が濃縮されるそうだ。更に平釜で3日間、薪を使って塩水を煮詰めて行く。仕上げに、脱水層でゆっくり水抜きをし最後は2日ほど自然乾燥させて、ようやく粟国の天然塩の完成。ここから出た「にがり」は、こっくり飴色。お塩を舐めてみると、じわーっと深みのある味が広がる。自分用に1つ購入。下手な手料理も、美味しく仕上がってくれるかな?!
Feb 15, 2009
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ヤギに導かれるように、集落を抜けると、延々続く雑木林。息を切らせて坂を上ると。。。真っ青な海が広がっていた。ぎざぎざの海岸に打ち付ける波。大自然に呑み込まれそうになりながら、足をすくめて立ち尽くす。遠くには漁船の姿。ここは約200年前に雲水と いう僧侶が住みついた洞穴がある。今は鍾乳洞として、ライトアップもされ、観光客のみならず、島の人々からも聖地として崇めているそうだ。…見学しようと思ったら、階段の踊り場に蛇を発見。それ以上、一歩も進めずに、すごすごと引き返すことにした。
Feb 15, 2009
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おばぁのアンダーギと、さんぴん茶をカバンに入れるとカメラ片手に村探検へ出発。人口900人程の島の集落を、低い石垣がつなぐ。歩いていて、驚いたのが、すれ違う人がみんな、笑顔で挨拶を交わすこと。と、立てかけてある看板をみて納得。 他にも「リズムにのせて 家庭学習 Let's Do!」 (おっけい!レッツ・ドゥーね!) 「心配を かける前に 帰宅しよう」 (はぁ~い!帰ります)「家庭学習は 自分のための 学習だ!」 (その通りだ!)「宿題は 毎日しっかり コツコツと」 (…分っているけど、なかなかねぇ)あちこちにある標語に、頬を緩めて反応してしまう。どこかの家からか、三味線の音色。耳を澄ませば、ヤギの鳴き声も。鳴き声の方向へ進んで行くと、餌をもらえると思ったのか走りよってくる子ヤギたち。
Feb 13, 2009
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船を下り、言われたままに道を進むと、、、見えてきたデイゴの木。その先にあるのが、今回お世話になる民宿だ。ガラガラッと網戸を開けると、おばぁが出迎えてくれる。「疲れたでしょう~ テンプラあるけど、食べる~?」ちょうど小腹も空いていたので、こくりと頷くと出てきたのは…天婦羅、ではなくアンダーギ。こちらでは、「テンプラ」と呼ぶらしい。そういえば、本島でも「カボチャ入り砂糖天婦羅」という看板を見かけたけれど、あれもカボチャの入ったアンダーギだったのかな。この宿のキャッチコピー?は「おばぁの宿」3人のおばぁが、あれこれ切り盛りする姿が、何だか暖かい気持ちにさせる。しかも、1泊3食+テンプラのおやつ付で5千円。一休みして、お部屋に移動。窓をあけたら、真っ青な空と赤い瓦屋根が飛び込んできた。
Feb 12, 2009
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翌朝は9:55発のフェリーに乗り込む。灯台に見送られて、一路目指すのは「粟国(あぐに)島」今回の旅のキーワード「1人旅」「海を眺めて」「ノンビリ」「お金をかけない」で調べていたら、ヒットしたのが粟国だった。沖縄本島から、わずか2時間の距離なのにガイドブックにも、ほとんど全く取り上げられていない島。宿泊施設は、3食付の民宿が数件。手配が出来たのは出発前日。「うちは、港を出て十字路を右に進んだデイゴの隣だよ」おばあの道案内に、受話器の向こうから、潮風と優しい笑顔が見えた気がした。そんなことを思い出していたら、あっと言う間に島に到着――。
Feb 12, 2009
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ということで、やってきたのは沖縄・那覇。初日はここで1泊し、更に船で離島へ向かう。たった1泊だし、豪華ホテルでノンビリするのが目的ではないので、格安宿を探してみたら…意外に多い、ドミトリー。その中でも、驚きの宿がこちら ↓ …なんと、女性専用ドミトリーが1泊450円!本当に本気でこの料金。オマケにシーズン中でないからか、18床のお部屋をもう1人の女性と、私とで貸切状態。 いや~もう言うことナシ。窓の下からは、泡盛宴会に興じる宿の人達の賑やかな声。そんな声をBGMに、暖かい沖縄の夜。ぐっすり眠りについた。
Feb 11, 2009
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…突然、というよりも殆ど思いつきでマイレージを使った旅に出た。あんまりヒマなので、有休申請もスンナリ。「どこに行くんだ?」との上司の声を、笑顔でやんわりかわす。(海が見たい。ぼーーっと海を眺めたい。)心の赴くままに、南へ南へ南へ。降り立った私を迎えてくれたのは、日本で一番早い満開の桜。今回も、素敵な旅になりそうな予感。
Feb 10, 2009
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昨年、涙の合格を勝ち取ったCDA資格。取得後も、継続学習や実践を積まないと、資格更新ができないというので(正直)結構、大変。そろそろ、なまったカウンセリングスキルの復習をしなければと重たかった腰をあげて、ピア・トレーニングに参加した。ピア・トレーニングでは、CDAが3人1組になり「CDA役」「クライアント役」そして、両者を客観的に見る「オブザーバー役」に分かれて、ロールプレイを行っていく。みんな初対面とは言え、有資格者。“クライアント役は、作らずに、ご自身のことを相談して下さい”と言われ、思わず話す方も、聴く方も熱が入る。久しぶりのロールプレイだったけれど、改めて「傾聴」の大切さと深さを実感する場になった。おまけに、今の自分の状況にもかなりヒット!聴いてもらって、ちょっとスッキリ。これまでは「トレーニング」なので仮想の相手への時間区切りのカウンセリングだったけれど、今月はいよいよ実践現場にも出る予定。若葉マーク付きだけど、頑張るぞ。
Feb 5, 2009
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雨上がりの土曜・午後。陰鬱なことが多い毎日から逃れたくて、ふらっと家を出た。足を伸ばしたのは、郊外にあるプラネタリウム。子供の頃に通った「青少年センター」は、すでになくなり川崎まで電車に乗り継いで、ちょっと遠出。「大人200円」…今も変わらぬ良心価格。こじんまりとしたドームで、開演を待つ気持ちも、昔と同じ。昭和5年生まれの解説者のナレーションは、かなりの「癒し」満天の星空に…気がつけば目蓋が重たくなってきた。約50分の天体ショー。半分くらいは寝ていたかも?!妙にスッキリした頭で表に出ると木々の隙間からまだ明るい空を見上げてみた。 今年は「世界天文年」小さなしがらみの中で、がちがちになったり、振り回されているけれど時々こうして、夜空を見上げて様々なことに思いを馳せるのも大切だなぁ。
Feb 2, 2009
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