JE2LUZ・熊野

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2020/12/22
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カテゴリ: 混在
今でも百貨店などは「西面津大売り出し」で「お歳暮」を売り出すのでしょうね。
 今年はお歳暮やお年始を持参して訪問出来ないから少し減るのかな?
 昭和の中頃まではこうした風習も田舎まで広がっていました。
 「お歳暮」は義理・商売がらみが多かったですが、正月の「お礼回り」は親戚の絆や檀家寺との繋がりを保つ物でした。
 正月には鏡餅と米を詰めて本家・嫁の里・檀家寺に届けました。
 故殿の仕事になった居ましたが、「お駄賃」が貰えるので嫌では無かったですね。
 本家は隣の佐渡でとおかったですが・・・
 婆さんの里は小阪で、お袋の里は下北山でした。
 下北山へは奈良交通のバスで行き、泊まりがけでした。

 そうしたつきあいがあったので、「親戚」がはっきりしていましたね。
 それが、平成・令和と時代が変わると、段々薄れてきたようです。
 そもそも、子供の数が減っているから「いとこ」「おじさん」「おばさん」も減って居ますからね。
 それに、「餅を持ってお礼に行く」なんてもうないでしょう。
 家で餅を搗くことってほとんど無くって、餅つきは保育所の行事と思われていますからね。
 この辺は雑煮の餅は「丸餅」だったのですが、今では「越後の切り餅」が多くなった居るようです。
 「包丁でカビを削りながら焼く」なんて、もう見られないですね。



 この辺は「餅文化圏」ですから、何かあると餅を搗いていました。
 正月・桃の節句・さなぶり・亥の子などの行事や建て前・厄年・七五三・山の神・落成式などの餅撒き用…年中身の回りに餅がありましたね。
 同じように「寿司」も造りました。
 「正月」に始まって「初午」「節句」・・・何かあると寿司でしたね。

 このように、生活に根付いた行事が消えて行き、生活のスタイルなども変わって行くのですね。
 私が餅を食べるのは「餅拾い」で拾ってきた時だけです。
 嫌いでは無いのですが。焼くのが面倒…


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最終更新日  2020/12/22 11:47:02 AM
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