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コットンタイプのポイントメイク落とし。どうせ大した化粧はしていないんだもの、1枚を半分に切ったって十分じゅうぶん。余裕で落とせるよね...(これで2倍使える♪)と目論んだのも束の間。おそろしく使いにくくて、結局1回につき1枚分使うことになった。ああいう物品の仕様は、「その用途」のために「そのように」できているのね。
August 28, 2003
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ユイスマンスの『彼方』(創元社文庫)。ページを開いて愕然とする。 活字が細かい。 一目見るだに眼精疲労。 こんな字で、最後まで読み通せるのか? しかし次の瞬間、別のことに気付いてもっと愕然とする。 私はいつから「小さい活字」が恐ろしくなったのだ!?本格的な本読み・文庫読みになってから幾星霜。気が付けば、疲れ目肩こりが気になるお年頃。...こんな日が来ようとは、夢にも思わなかったよ。「年をとる」とは、こういうことを言うのだろうね、きっと。あんまり認めたくないけど。ブルーベリーエキスのサプリメントも買い込もうっと。
August 21, 2003
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パナソニックセンターの『デジタルアートフェスティバル』を見に行った。会場で、テレビカメラ照明付きのインタビューにかり出されてしまった。かり出されるのはいいけど、インタビュアーが態度でかくてand態度悪くてヤな感じだった。だいたい、おたくが質問してるからこっちは答えてるんだよ。その返事に対して何のリアクションもないって、どういうことよ。相槌ぐらい打ったらどうなのさ。訊問じゃないんだから。「とりあえず聞くだけ聞いとこう」って姿勢が見えみえだ。(上記は「とりあえず」にアクセント)話していて気持ち悪いったらありゃしない。展示は文句なしに面白かったので、よしとしよう。(入場無料が申し訳ないくらいだ。ついでにああいうインタビュアーが出没するのが申し訳ないくらいだ。)
August 14, 2003
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お盆休み。有休をとらずに大手を振って旅行にでも...と毎年思うが、毎年思うだけで終わる。だって高いんだもの。いくら何でも高すぎないか? 盆暮れ時の旅行代金。仕事を休んで旅行に行くと何が面倒かと言えば、これはもう「おみやげ」に尽きる。このせいで旅行の楽しさが2%くらいは減っているんじゃないだろうか。でもこれは、会社員にとって一種の不文律だ。円満な職場関係のためには仕方がないことだ。しかし...。数年前、マレーシア(ボルネオ島)に行った時のこと。「不文律のおみやげ」を探すべく市街のショッピングセンターに出向き、サゴヤシのクッキーにタマリンドとマンゴーの飴を購入した。どうだ! ボルネオっぽいだろう。せっかくなんだからチョコレートとかじゃなくて、現地感あふれるものを選びたかったのだ。ところが。この思い入れが命取り。どれもこれもまずいのだ。いや、まずいといったら語弊がある。日本人の味覚のものじゃないのだ。サゴヤシの方はクッキーというよりらくがんに近く、妙に甘ったるいというかあくっぽいというか、とにかく非常に気持ち悪い味と食感。飴はサゴヤシほどじゃないけど、やっぱり変な味と食感。ぎょえー。これは大失敗だ。とにかくひたすら大失敗だ。私は一体どうすればいいのだ。あまりのいたたまれなさに会社に行くのがしばらく苦痛だった。。この一件で私は、海外旅行のおみやげがとりあえずアーモンドチョコである理由を悟ったのだった。
August 12, 2003
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私はかつて、どこぞで「『家畜人ヤプー』沼正三氏は東京地裁だか何かの判事である」という説を仕入れ、以来ずっとそう信じ込んでいた。ところが、著作奥付の経歴によれば、新潮社の校閲が本業だったとのこと。...私は今までいったい何を思っていたのだろう。大ぼら「判事説」の出所をまったく覚えていないだけに、非常に居心地が悪い。
August 9, 2003
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森茉莉の『日曜日には僕は行かない』にて。「ブルゴオニュの紅のような接吻」とは何ぞや?何だかすごく官能的で、ドキドキしちゃうね。ここはひとつその片鱗に触れてみよう!と思い立ち、成城石井にブルゴーニュの赤を物色しに行った。行ったのはいいけど、...でもたかい。高価いよ、ブルゴーニュの赤。買うワインといえば基本的に500円とか1000円で、たまに2000円も出せば大盤振る舞い!という家にとって、一本5000円6000円のワインは超高級品だ。何だか一生縁がなさそうだね、「ブルゴオニュの紅」。...前述「ブルゴオニュの紅のような接吻」も、私には一生かかっても理解できないもののような気がしてきた。(涙)
August 7, 2003
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ヘソマガリを承知で私は主張する。今日のFC東京vsレアルマドリードのテレビ中継。あの中継はいったい何だ?隙あらばベッカムで。何かにつけてベッカムで。試合の中継がしたかったのか?それともベッカムを中継したかったのか?あれはサッカーの試合であって、デイヴィッド・ベッカム氏のディナーショーじゃないんだぞ。ワイドショーでもないんだぞ。純粋にサッカーが好きな人、サッカーに関心がある人に対して失礼だ。そもそも両チームに対して失礼だ。ヘソマガリを百も承知で、私はもうひとつ主張する。ベッカムって、そんなにかっこいい?
August 5, 2003
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バタイユの『呪われた部分 有用性の限界』(ちくま学芸文庫)を立ち読み。「産業社会となる以前の文明では、人々の労働が富を創出し、権力者がこの富を蓄積し、共同体は祝祭の名においてこの富を消費(浪費)した」というようなことが書いてあった。(それが、資本主義経済の発展とその精神の浸透によって、「有用性」のみを追求する方向に変質していった、という論旨のようだ。)そこで思い出したのがリオのカーニバル。学校にいた時、上の学年に「ブラジルが経済的な苦境から抜けだせないのは、1年間の稼ぎをそっくりカーニバルにつぎ込んじゃうからだ」と主張する人がいた。そうするとバタイユ的には、現代のブラジルとその国民こそが、「有用性」に毒される以前の文明の姿、ということになりますね。バタイユの文脈からはずれるけど、たしかに「おかね」ってある程度たまると、わーっ!! と使いたくなっちゃうものだ。
August 2, 2003
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