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仮面ライター=プッタ @ Re:普天間基地移設問題に思う(05/12)  私なんかね、「ああだうだ!」っと言う…
Junkie4038@ Re:ストレスの芽はすぐに摘む(03/15) >鯉口のおせんさん 逃げたら逃げたで…
鯉口のおせん @ ストレスの芽はすぐに摘む どのようなお方でもお亡くなりになってし…
masashi25 @ コメント失礼します☆ ブログ覗かせてもらいましたm(__)m もし…
2008年03月12日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 休日に息子と散歩がてら、横須賀の三笠公園に行った。
 あるのは知っていたが、格別関心もなかったので、行ったのは今回が初めて。日露戦争に「日本人の誇り」を感じている人や司馬遼太郎の「坂の上の雲」の愛読者とか言う人達が行くところなんだろうな?ぐらいの興味しかなかったのだ。
 第2次世界大戦後GHQによって解体された物を昭和36年に復元して記念艦として保存。現存する世界最古の近代戦艦らしい。
三笠艦首
三笠左舷
三笠艦尾
三笠右舷

 司馬遼太郎の「坂の上の雲」は私も読んだが、海戦の描写などは明治期の戦艦がどんな物だったのか想像ができず、イメージがつかめないところがあったが、現代の護衛艦なんかと比べても、基本構造が変わらない鋼鉄艦であることには少々驚いた。1902年に英国ビッカース造船所で竣工というと、明治維新からわずか35年後の話である。ペリー来航から数えても49年。
 黒船来航から半世紀のうちに連合艦隊を持つまでになった日本の軍事力の近代化は驚異的なスピードだ。国家予算に占める国防費の割合はとんでもなかったに違いない。

 艦内に模型も展示してあったが連合艦隊の戦艦・巡洋艦に比べるとバルチック艦隊の戦艦は老朽艦だ。
三笠模型
これが「イムペラート・ニコライ1世」というロシアの戦艦だが、まるでペリーが乗ってきた「黒船」みたいな感じで、武装も艦首の主砲以外目立つ物がない。

 三笠もそうだが、当時の戦艦の甲板はチーク材のようで、これじゃあ、例の伊集院信管つきで下瀬火薬つめた砲弾を食らったら、沈没しなくても甲板上は火の海になり戦闘不能になるのもわかる。

「百聞は一見に如かず」お勉強になった。息子は迷惑そうだったが、帰りに「スーパー銭湯」行って、更に旨いもん食わせてやったから大満足であった様子。





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Last updated  2008年03月12日 16時40分58秒
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Re:三笠公園(03/12)  
「坂の上の雲」⇒来年でしたか?NHKで放送するとか?

 丁字?戦法でしたか?敵に対して、丁字の形になるように艦隊をもってゆき、艦の横にあるすべての副砲を使って、敵の一番先頭の艦に砲撃を集中させて、一隻ずつ先頭に位置する艦から撃破していく戦法を日本の連合艦隊はとって、いったんですよね?

 黄海海戦?のときは、距離1万メートルで回頭したことで、敵にこちらの戦法をみやぶられ、丁字が完成せずに、敵を逃してしまったけれども、日本海海戦のときは、左前方にバルチック艦隊を見ながら、距離8千メートルで回頭。約5分間敵の攻撃を受けながら、丁字を完成し、敵の一番艦に砲撃を集中させて、撃破したという話だったかな?(間違っていたら、ご指摘よろしく)
(2008年03月12日 19時23分48秒)

Re[1]:三笠公園(03/12)  
Junkie4038  さん
>>仮面ライター=プッタさん
 私は歴史家ではありませんので、その辺詳しくはないですが、大体おっしゃるような内容だったと思います。
 しかし、T字戦法というのは、海戦の常識から言うと、敵前で船の横腹見せるわけですから、敵弾を受ける可能性も大きく、かなり非常識な戦法であったようです。
 実際先頭にいた旗艦三笠に敵弾が集中しており、確か、連合艦隊の前被弾数の30%以上が三笠に命中しているということで、戦闘終了時、三笠の艦橋構造部はかなり広範囲にに損傷を受けていたというような話を聞いたこともあります。
 日本海海戦というとどうしても、戦艦同士の砲撃戦ということが有名ですが(確か、史上初めての戦艦同士の砲撃戦だったとか?それ以前はそもそも、砲の精度が悪くて船に砲弾が当たるなんて事は奇跡に近かったらしいですから。海賊映画のように舷側を並べて併走しながら打ち合うとか、トラファルガーの戦いだって別に砲撃戦ということではないですからね。)、マニアックな見方をすると水雷戦の成功が大きかったようです。当時魚雷は「当たらない」のが普通だったようですが、それは戦法の常識が「遠距離遅速魚雷」が主流だったところ、旅順港封鎖時や、ウラジオストークへの追撃線での夜襲などで水雷艇による「近距離高速魚雷」の使用を日本軍が常識を覆してとったことが大きいようです。夜陰に乗じて、小型水雷艇で、敵戦艦の間近まで接近し高速魚雷をぶち込むという特攻作戦による戦果が非常に大きかったようです。
  (2008年03月12日 20時29分40秒)

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