ぜんちゃんの風に吹かれた日々

ぜんちゃんの風に吹かれた日々

2004年10月06日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
長雨に洗われた街並や木々は三日ぶりの抜けるような青空に

郊外に出れば赤とんぼの群れ…。
こうして秋の只中に、そしてボクの愛する晩秋へ進んでゆく。
Sくんが言う。
「秋は寂しいから大嫌いだよ」
そうかなとわざと笑い飛ばしてみせた。
9月生まれのボクはこの季節は何か本来の自分に戻ってゆく
ような妙に心と魂が静まってゆく感じがする。


んでしまった歌がある。
日本のフォークソングの代名詞といえる、たぶんに誰もが
知っているこの歌だ。

     「あの素晴らしい愛をもう一度」
                    作詞 北山修
                    作曲 加藤和彦
  命かけてと誓った日から
  すてきな想い出残してきたのに
  あのとき同じ花を見て美しいと言った二人の
  心と心が今はもう通わない
  あの素晴らしい愛をもう一度


  赤とんぼのうたを歌った空は
  何にも変わっていないけれど
  あのときずっと夕焼けを追いかけていった二人の
  心と心が今はもう通わない
  あの素晴らしい愛をもう一度


  広い荒野にぽつんといるよで
  涙が知らずにあふれてくるのさ
  あのとき風が流れても変わらないと言った二人の
  心と心が今はもう通わない
  あの素晴らしい愛をもう一度
  あの素晴らしい愛をもう一度

ボクはこの歌を「普遍的な最も純粋なラブソング」と
位置づけている。

歌詞はその時代を映す場合があるが、ここで綴られた歌詞は
なんのてらいもないシンプルな言葉で構成されている。
この分かりやすくて、しかし選ばれた言葉の歌詞にじつに
シンプルできれいなメロディーが乗っかってくる。
それが決して感傷的に流されていかないから、こうして長く
歌い続けられてきたのだろう。

どんなに切ない思い出であっても、そしてまた悲しくても
「あの素晴らしい愛」と歌う詩の世界に妙な力強さを感じる。
だからボクは歌いながら感動はするが泣かないのだ。
たとえ、本当に広い荒野にぽつんといても涙は流さない。

作り手側の何か「冷静な」関わりと思い。
この詩の世界は「引きずった思いで泣き叫ぶ」感覚はない。
だから合唱曲になるのだと考える。

ごちゃごちゃ能書きをならべたてたが、つまり大好きな歌な
わけなのさ。めちゃくちゃに…。
よく、友だちと歌ったしねえ。
一番はだれだれ…二番はだれだれ…そして三番はみんなで
歌おうとか…。だけど、サビになると大合唱になってしまう。
ギターでスリーフィンガーの練習もした。
それから歌の伴奏のとき、変なテクニックを使うのだ。
レコードでは三番の歌で転調する。
キーが半音あがる。
だからそれに合わせて素早くカポタストをずらすのだ。
なんともトホホのホ…だったのである。







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最終更新日  2004年10月07日 03時45分06秒


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