Der Nakajistil

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2005.06.25
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カテゴリ: ピアノ雑感
図書館での一通りの調べものを済ませた僕は「Musikalienhandlung Bartels」という楽譜の店に向かった。この店の特徴はいわばキオスク形式、つまり入口からすぐにカウンターがあり、その奥に楽譜の書棚がある。
客は欲しい楽譜を店員に言って出してもらう仕組みである。最初は気兼ねしてあまり自由に閲覧できないような気がしていたが、
入口の横には椅子や机の並んだスペースがあり、そこでゆっくり楽譜をながめることが出来る。

僕は図書館の時と同じように店員に質問するつもりでいた。実をいえば「いいえ、バイエルなぞ全く存じません」という答えを期待していた。なぜなら「ドイツ人はだれもバイエルを知りませんでした!!」と結論づけるほうがこの「ドイツ人はバイエルを・・」シリーズの締めくくりとしては成り行き上非常に楽だからだ。

こうして僕は「Bartels」にたどり着き、自転車を近くに停めた。(車が欲しいけど買えない・・・)
店に入ると若い女性がカウンターに立っていて、奥の書棚のところで若い男性が何か仕事をしていた。

「Haben Sie Beyer?(バイエルありますか?)」と聞いた。
するとこの若い女性店員、「Beyer?」と言って図書館の時と同じように考えるしぐさをした。
その時僕は「知らない、と言いなさい」と心の中で叫んでいた・・・。
「ああ、ピアノの練習曲ですね」 と、店員が言った。
なんだ、知ってたんだ・・・正直少し拍子抜けしたが、思えば僕がはじめて「バイエルを知るドイツ人」に出会った瞬間でもあった。
考えてみれば楽譜売り場の店員が自分の店の商品を知っているのは当たり前だ。
この女性が奥にいた男性店員に何か言うと、彼は書棚からバイエルを探し始めた。

ところでさっきから僕らのやりとりをじっと見ている人がいる気がした・・・。
なにやらずっと視線を感じるのである。その視線のもとをたどると、先述の閲覧スペースに50歳過ぎたくらいの謎めいた女性がいた。何となく映画「マトリックス」に出てくる「予言者」に似ている。

そうしているうちに店員(男性)が楽譜を探し出して持ってきた。「これですね。」
見ると・・・ 正真正銘のバイエル!!
ペータース版だった。中をみるとしっかりドイツ語で色々書いてある(英語、フランス語も併記)。
まさしくドイツのバイエル教則本!!
しかし、ご存知の通り、ペータース版のデザインは厳かで立派であるが、決して「子供向け」という感じではない。


そこで僕は「他の版のものはありませんか」と聞いた。
すると、店員(女性)はパソコンで検索してくれた。だが、「ペータース版」のみということである。少なくともこの店で扱える範囲ではそれだけだ。
その時、さっきの「予言者」が近づいてきて、おもむろに僕の目の前のバイエルを手に取り、
「うーん、これは古いわねえ」 と言ってつぶやいた。
いったいこの「予言者」、何者なのか?


「申し訳ありません、もう少しかかりそうなんですが・・・」
「いいわよ、ゆっくりやってちょうだい」と言った。どうやら「予言者」はなにやらこの店員(男性)に仕事をさせていたようだ。
そして僕のほうを向いて言った。「あなた、これどういう生徒に教えるつもりなの?」
どうやら「予言者」は僕が新人のピアノ教師で、入門者向けの楽譜を探していると思ったらしい。
「アジア人?国は?」と言うから、「日本」と答えた。僕は自分のことを聞かれたのだと思ったのだ。
「そう、日本人だったらバイエルがいいかもね」どうやらこの質問は生徒がどこの国の人かということだったようだが、話の腰を折るのもなんなので、そのまま流した。

「予言者」の正体はピアノ教師だった。彼女は店員(男性)に仕事をさせている間ひまなこともあって、
女性店員との「三者懇談」という形で僕の相談に乗ってくれることになった。
「これ(バイエル)は何十年も前にはドイツでも使われてたのよ」と予言者先生が言うと、
「まあ、バイエルは“スタンダード”ですね」と女性店員が言った。
その辺の事情を予言者先生が説明してくれた。全部書くと長くなるので、要約すると・・・

もう長い間、ドイツではピアノの入門者に決まった教本を使うということが少なくなった。
各先生、さらに言えば各生徒ごとに一番適当と思われる教本を探すらしい。
しかし、おのおの違う教本を使うので、生徒のレベルを計る物差しがない。そこで、
「バイエル」というものが言わば“スタンダード”となり、それが生徒のレベルを示す単位となっているようだ。
少なくとも予言者先生はそうしているらしい。なお、東アジア各国、特に日本、韓国、台湾などでは今も一般的な教本として使われている、と加えていた。

ドイツでは「バイエル」は一般には知られていないが、ピアノ教育上の“スタンダード”としては今なお存在しているのである。

しかし、ひとつ疑問が残る。一般的には知られていないにせよ、ピアノ教育の“スタンダード”である「バイエル」がなぜ「ベーレンライター」などの代表的な音楽事典に載っていないのか。

それには次のような事情が関係するようだ。
そもそも、 「バイエル」「ブルクミュラー」「ソナチネ」「ツェルニー」という「ピアノ教則本セット」とも言うべきプログラムは「ペータース」によって確立された ものらしい。
そういった事情から、「事典」に他の出版社の「商品」を載せることには問題があるのでは、ということだ。あるいは単なる「商品」に編集者が関心を示さなかったのかもしれないがそのあたりは推測の域を出ない。

以上のところで、楽譜屋「Musikalienhandlung Bartels」での取材(?)は終わった。上記のように今回のテーマのとりあえずの結論らしきものは出すことは出来たが、正直まだまだ詰めは甘い。今後情報がいろいろ集まり、いつかよりまとまったものになればその時また発表することになると思う。

ところで、今回「予言者」先生からのおすすめの楽譜、また店員からは売れ筋の楽譜を紹介されたので次回、最終回としてこれらの楽譜を紹介して「ドイツ人はバイエルを・・・」シリーズを締めくくりたいと思う。





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Last updated  2005.06.25 23:30:52
コメント(7) | コメントを書く


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Re:ドイツ人はバイエルを知っているか 第4回 「楽譜の店で」(06/25)  
ドイツでもスタンダードだったんですね。それにしても、「預言者」先生。貫禄ありますね~笑
>「バイエル」「ブルクミュラー」「ソナチネ」「ツェルニー」という「ピアノ教則本セット・・・
バイエル以外、全部やりましたー。これもスタンダードっぽいですよね。これらの過程をふまえて育った人って多いと思います。私は、生徒にギロックなど与えていますが・・・。 (2005.06.25 23:51:14)

Re:ドイツ人はバイエルを知っているか 第4回 「楽譜の店で」(06/25)  
Inaい~な  さん
ふむふむ、事情はわかりました。
日本でもバイエルは今やその「スタンダード」的存在なのではないでしょうか。
楽譜屋さんの棚には確かに各社出版のバイエルがズラッと並んでいますが、本当にバイエル使っている生徒、使わせている先生はどのくらいいらっしゃるのか・・・

次回の「ドイツの現地お薦め&売れ筋楽譜」レポも楽しみにしています(^^) (2005.06.25 23:55:00)

Re[1]:ドイツ人はバイエルを知っているか 第4回 「楽譜の店で」(06/25)  
なっぴちっぴさん

>それにしても、「預言者」先生。貫禄ありますね~笑
実は、怖かったというより喜んでたんですよ。「めっちゃ使えるキャラや~」って(笑)。本当は向こうが視線投げてきたというより、こっちが「絡んでくれ~」とオーラ出してました。

>これらの過程をふまえて育った人って多いと思います。

僕もその一人ですが、○○程度っていうのがどれくらいか自分の中に物差しができたと言う意味で、特に営業の頃は役に立ちました・・・。 (2005.06.26 01:06:27)

Re[1]:ドイツ人はバイエルを知っているか 第4回 「楽譜の店で」(06/25)  
Inaい~なさん
コメントありがとうございます。
>日本でもバイエルは今やその「スタンダード」的存在なのではないでしょうか。
僕は今回のレポートで日本でこれほどまでに「バイエル」が有名なのかが、反対に不思議になりました。
ドイツのようにピアノの教本の名前が一般に知られていないのは、よく考えれば当たり前です。日本でもヴァイオリンやフルートの教本の名前は一般に知られていないのですから・・・。

僕は2年ほど調律兼ピアノ営業していて、その時先生のお宅に楽譜を届けたりしていましたが、その中に「バイエル」はほとんどなかったように思います・・・。 (2005.06.26 01:22:49)

Re[2]:ドイツ人はバイエルを知っているか 第4回 「楽譜の店で」(06/25)  
doublejig  さん
ブランスウィック中島さん
>僕は今回のレポートで日本でこれほどまでに「バイエル」が有名なのかが、反対に不思議になりました。

そうですね。日本で例えばHOMANN、PREYER、篠崎って無名が一般的ですね。でも日本では確かにピアノ習っていない人でも「バイエル」は知っている、、。何でしょうね、、これは。また、私の回りでも「バイエル」をピアノ教授に使っている人、あるいは推奨する人はあまり聞きません。にもかかわらずこの「バイエル」の認知度。これは日本でのリサーチを要する、、、また、音楽面以外からのアプローチも必要なんでしょうか、、、?

ペーター版のバイエル、 http://www.amazon.de/ で検索したら確かにありました。今、注文してしまいました。今でも重版されている様子で、注文可能です。ブランスウィック中島さんのおかげで普段「ま、こんなもんか、、。」で留まっていた事が明らかになって行きます。

ありがとうございます。 (2005.06.26 12:47:28)

Re[3]:ドイツ人はバイエルを知っているか 第4回 「楽譜の店で」(06/25)  
doublejigさん

>「バイエル」の認知度。これは日本でのリサーチを要する、、、また、音楽面以外からのアプローチも必要なんでしょうか、、、?

誰か是非やって下さい・・・という感じです。ドイツで調べるより日本で調べるほうがはるかに多くの情報が集まりそうです。

本来その道の人しか知らないはずのことを一般の人が当たり前のように知っている・・・やはりこれはかなり不思議な現象だと思います。

>今、注文してしまいました。

次の日記ではドイツで使われてる教本を紹介しますけど、そちらも興味がでてしまうのでは・・・ (2005.06.26 14:21:42)

Re:ドイツ人はバイエルを知っているか 第4回 「楽譜の店で」(06/25)  
まつかわ さん
はじめまして。ドイツのピアノ教育に興味が有って、ここに辿り着ました。教本について知りたかったので非常に助かります
バイエルが廃れているのにレベルを計る物差しになっているのは不思議です。バイエルをやらないのに、どうやって当てはめるんでしょう (2018.02.26 10:25:50)

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