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2006.06.27
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藤岡完治氏は「成長する教師」のなかで「授業」について「授業は、人間的なものであり、多様な生活様式や経験を有する個人が共有する、力動的で変化に富んだ発展的な場なのである」と述べている。

「人間的なもの」。今、私たちは授業を「生命論(このようなことばを使うと、なんだか「アカデミック」な感じもするのだが、今、適当なことばが見あたらない)」として捉えようとしているのであろう。

清水博氏は、この「生命の科学」について「生命知としての場の理論」の中で次のように述べている。

 ・・・・・

 まず、少なくとも哺乳類は複雑な環境の中を生きていくために、未知の新しい出来事に遭遇しても、その場その場でリアルタイムに適切な判断をし、決断をしなければならない。このリアルタイムの判断をおこなう知、すなわち「リアルタイムの創出知」なくして無限定な環境状態の中で生命を維持していくことは困難である。この「リアルタイムの創出知」とは、結局、判断の基礎となる「常識」に相当するものである。常識の本質は「普遍の知」であり、多数の「個別の知」の集合の形では絶対に表現できないものである。この普遍の知(リアルタイムの創出知)の本質とは何かを科学的に理解することが、生命の科学の重要な問題であり、また「生命を捉えなおす」ためにも、この問題を解明しなければならない。しかし、この普遍の知は、これまでの科学の論理だけでは理解することができない。それは、科学の論理は本質的に個別の知に立った論理であるからである。

 ・・・・・

まだまだ咀嚼できているとがいえないが、授業研究の中で「ハツ・ツー」を求めるのではなく、「リアルタイムの創出知」を科学的に理解しようとしているのであろう。





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最終更新日  2006.06.28 10:40:26
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