2007年01月02日
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田中清玄と 海外人脈2 密貿易の噺

自伝の中に 三幸建設として 沖縄にいっていた噺がちらっと出ていますが、この手の噺の常で 具体的な 噺となると 自伝のほうではさっぱり出てきません。もともと 半分は法螺だとおもいますが

沖縄戦が終結後に 進駐してきた米軍連中というのは はっきりいって どうしようもない奴が多かったようなんですが 問題なのは 字も読めない(英語という意味) 計算もできない連中が多かったらしく、ですから コネをつくり 女をあてがえば 米軍の物資の横流しはやり放題というのは これは本土の比ではなかったようです。

なにせ 沖縄戦で 相当 島が荒れてしまったので 食うものがありませんから 米軍の払い下げの上陸用舟艇で 台湾までいき ペニシリン 米 お茶 砂糖などを積んでくる 金は、当初は台湾銀行券をかき集めてきたものですが、これと代替で 内地から ラシャ タバコ 毛布 米軍の洋服などを持って来る。

食うものがありませんから ある意味 お役所黙認の私貿易みたいなもので 公定価格と実態価格の差がありすぎ 統制自体が効きません。これが 朝鮮戦争に近くなりますと 薬莢くらいならしも 米軍の廃棄したトラック 戦車 武器などが 沖縄経由で 香港に持ち込まれ 中国国民党の軍隊から 中共軍に売られてしまうというあきれた事態になったようです。

また密貿易自体が お上のおめこぼしみたいなもので アメリカ軍や警察との接点がないとできないものであり また命知らずのテキヤさんたちも入り込んできたようです。

密貿易イコール 麻薬という見方もありますが キャノン機関が(というよりも配下の右翼)がおこなっていた密貿易や 日本共産党の人民艦隊も この状況で 捉えるべきではないかとおもいます。

そして日本国内に持ち込まれた物資を扱ったのは日本人だけでなく ある時期 治外法権的存在であった 華僑 朝鮮人連盟などのルートで 闇に流されたことでしょうし、これに政治家や さまざまな形で ヤクザ
右翼の連中も絡んでいたとおもわれます。



戦後の密貿易から 始まったのでしょう

詳細は知りませんが
田中清玄もこの当時はすでに 
元々 藤木幸太郎という横浜の港湾の顔役のひきで 実業界に飛び込んだ経緯があること
藤木幸太郎の知り合いの海運業者に彼を紹介されたこと、
キャノン機関と関係があったこと
後年 関西の港湾の顔役の田岡一雄と知り合いになること
ですから 密貿易をやっていたんだろうという推測はできます。

上記のことから 田中清玄が後年 海外人脈をつくっていくのはこんな背景があったのではないかとおもいます。





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最終更新日  2007年01月02日 15時41分18秒
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