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ずっと以前から洗濯が終了すると何故か、エラーが出てました。ですが洗濯自体に問題がなかったので放置していましたが、さすがに義理の妹に指摘されると気になり隣の電気屋さんに確認してもらいました。するとやはり問題があったようで修理してもらうことになりました。まだ、買って一年にもならないので無料で修理できます。父は買って一年も経っていないのに、いきなり壊れた、ということで修理にきた業者さんに不満をぶつけていました。直ればいいのに・・・そんな思いでその様子を見ていました。この辺が父と私の違いでしょう。部品ではなく製品自体を取り換えろ!みたいな言い草でしたがそれは無理、というもの。まったく父にも困ったものです。こういうところが嫌いですね。これから二人での暮らし、こんな頑固おやじと暮らさなくてはいけないのが、本当に嫌です。使い方を覚えました修理してもらったら当然のことながらエラーの表示が出なくなりました。それと以前から気になっていたことも解決しました。数か月使って気になったのはドラム式洗濯機の中に匂いが残っていることでした。これがドラム式の欠点?と思ったのですが原因は我が家にありました。洗濯が終わったら即、電源を切っていたのですが実はその後、自動で洗濯機の中をクリーニングするんです。それを知らず、即、電源を切っていたので匂いが残っていたのでした。実際、ちゃんとクリーンの表示があります。洗濯が終わった後、クリーンをすると匂いが消えていました。使い方が簡単すぎて、しっかり説明書を読んでいないからこんな風になってしまうですよね。皆さんは大丈夫ですか?←トップ返り咲きを!ポチッと、お願い!
2008.10.21
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体調が心配だったけど祖母の時はほんとんど何もしなかった私ですが今回は長男として手伝いをしたのでさすがに疲れました。疲労感を強く感じることはないのですが注意が必要だと内心、思っています。父にも車の運転には気をつけろ、と言われました。もちろんそれは私も承知しています。実際、職場に行き、仕事を始めるとさほど苦しさは感じませんでした。ですが少なくとも今週は予定を組まず、できるだけ休養のような期間にしようと思いました。弟も母の写真を携えて自分の自宅へ戻りました。この後、会社でお悔やみの行事があるそうです。今年は、もう勘弁してくれよな、とも父に言ってました。確かにその通りですが実際には母の姉妹がこの後、一ヶ月ほどして亡くなっています。母とは違った病気で以前から入院していたのですが、やはり姉妹で同じ遺伝子?だからでしょうか?あるいはよく言われるような世俗の話、連れて行かれた、と言った状況なのか、わかりませんがとにかく母の姉妹は同時期に亡くなりました。そちらの方は、さすがに場所も遠く(埼玉)かなり長い間、顔を合わせいないので我が家から葬式に参加はありませんでした。東京で暮らしているときには何度か家を訪ね、世話にもなった母の姉妹でした。遅れた書き込みこの記事は母の一周忌を終えてから書きかけを記事に追加で書き込みました。しっかりと心に刻み、この時の気持ちを忘れないように、と書き込むつもりでしたが、やはり自分の母の死を書き込むのは気持ちの中で矛盾があり実に一年も放置することになりました。ですので、当初、残しておこう、と思ったこととは内容が違ったものになりました。一年も経つと思い出せないこともあったからです。ですが大抵の人はブログをやっていないだろうし書き込んでいる人でも家族の死について書き込むことは私同様、気持ちの上でやるせないこともある、と思われるので、最初の予定通りに書き込めなかったことを失敗した、と考える必要はないだろうと思います。一年は早いです。あっという間でした。一年経っても未だ、隣の部屋に母がいるような錯覚すらあります。幾度か夢で母と会い、話をしました。一緒に生活の中の作業、洗濯などもしました。ですが残念ですが母は現実の世界にはもういません。母にしてあげたかったことを出来ずに永遠に別れたことは悔しい気持ちがこみ上げてきます。ですがこれはきっと多くに人がこれまで自らの人生で経験してきたことと同じなんだろうとも思います。きっとこれから残りの人生で多くの親しい人との別れを経験することになると思います。その時、後悔の念だけは持たないように・・・今、そんな風に考えています。←トップ返り咲きを!ポチッと、お願い!
2008.10.20
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最終日昨日と違い、午前中から葬式が行われます。慌ただしい朝になるかも?と思っていましたが、そうでもなく余裕をもって準備が出来ました。葬式を行うお寺は祖母の時と同じお寺です。前回も出席した親類は知っていますが今回、初めての人は寺の新しさと大きさに驚いていました。母の葬式には私の想像以上の人が参加してくれました。何よりも驚いたのは母の実家の方から小、中、高と同級生だった人々がバスで15人ほど、わざわざ参加しに来たことです。父も弟もバスで来たことにさすがに驚いていました。母の実家周辺から、ここまで来るには2時間近く、かかります。にも関わらず、わざわざ来てくれたことに私は田舎に住む人々の強い結びつきを感じました。残念ながら私たちは忙しかったので十分な挨拶も、お話も出来なかったので、申し訳ない気持ちも、ありましたがたぶん状況はわかってくれたと思います。葬式を行い、納骨をして、その後、残った親類達とお寺で用意した和室で食事をして母を偲びました。もちろん私たちは、お酌して回りました。普段話すことが多くない親類や母、父の友人達とたくさんの会話をしました。これほど多くの親類や友人が集まることはないのだから写真を撮っておけば良かった、と悔しがる親戚もいました。確かにその通りだと思います。親類達とはお寺でお別れとなりました。これでようやく一段落となりました。母の意外な側面母が亡くなり多くの人が母の思い出を語っているのを聞いて私は非常に驚きました。それは私の知らない母の側面を知ることが多かったのです。私が思っていた以上に母は女らしく、器用で多くの友人がいました。そして慕われてもいました。母と結びつきの強い人たちを見て事情を知らなかった私は不思議に思ったときもあったのですが今回、初めてその理由がわかり、自分がどれほど母のことを知らなかったか、よくわかりました。息子である私にとって母は話のわからない、困ったところが多々ある人のように思えました。ですがそれは母の一側面だったのです。母との付き合いで正直なところ、後悔の気持ちはたくさんあります。母の私に対する希望はごくごく普通の母親のよくある願いでもあったのですが自分一人で即、どうにか出来ることではないこともあり、また私自身の人生は私自身数多くの出来事があったので母の希望通りにはならないのはある意味で当然でもあるです。ですが、そのことを母がどんな風に理解していたのか、あるいは私は私なりに苦しんでいたこともわかってもらえていたのか、多少、疑問もあります。ですがもう語り合うことはありません。そういう意味では、お互いやり残したことがあったまま、語り損ねてのお別れになったような気がしてなりません。←トップ返り咲きを!ポチッと、お願い!
2008.10.18
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夕方17時からこの日の夕方からだったので午前中は少しのんびりすることができました。亡くなった当日の少しイライラ感が父と弟から消え、少し落ち着いたようです。時間が空いたので弟夫婦も、わたしも外出して気分転換を図りました。夕方からのお通夜は滞りなく終わりました。その後、これまで台所を中心に世話をしてくれた母の姉を自宅まで送ることになりました。車で一時間ほどです。お葬式の日、改めて家に来てもらうことになります。送る最中、車の中でいろんな事を話しました。しばらく顔を見ていなかった親戚だっただけに私もいろんな思いがありました。自分が車で親戚の家に立ち寄ったのは10数年ぶりです。すっかり街の様子が変わっていたことに私は驚いてしまいました。その後、一人、家に戻ると父が祭壇の前でお線香を上げている様子が見えました。その後ろ姿は本当に小さくしょぼくれていました。そして肩を震わせながら一人、泣いているのがわかりました。普段、母に対して結構、きついことをいい、決して扱いがいいとは息子の私でも思わなかったのですが、その小さくなって肩を震わせて泣いている父の姿を見ると父なりに母を想っていたのがわかりました。それは私にとって本当に意外な父の姿でした。←トップ返り咲きを!ポチッと、お願い!
2008.10.17
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出棺午後からの出棺、火葬なので午前中は多少なりともゆったりと物事を進めることができました。いざ出棺にあたり母を顔を見ると昨日より黒ずんでいました。腹水の影響でしょうか?年齢の高い人は鼻の機能も、落ちているので気がつかなかったかもしれませんが若干、臭いもありました。ですがそれ以上に母との別れに出席してくれた涙を流してくれました。火葬までいかない人はここでお別れです。母の顔の周りを中心に皆で花をそえます。花は葬儀屋さんが用意してものだけではなく、母自身が育てたものも含めました。甥っ子は、栗をおばあちゃんにあげるんだ、といって栗をそえました。そして祖母の時同様、男性陣によって出棺となりました。この時も、母らしく?遅れてきた人などがいて思い通りにはいかなかったのですが、私以外は特に気にすることなく、霊柩車で火葬場へ母を運んで行きました。火葬火葬場は祖母の時と同じ所。正確ではありませんが母の火葬は祖母を時間がかかった印象でした。ショックを受けるかと思いましたが一度、経験したせいか、祖母の時ほどショックを受けませんでした。火葬された母の骨をひとつ、ひとつ集め、骨壺に入れます。母は太めだったので案の定、腰骨あたりはしっかりして太く長かったです。骨粗鬆症だったのに立派は骨だねぇ~という声も聞こえました。初めての乗車遺骨となって母は初めて私の新車に乗りました。母の一番の希望が私の新車への乗車ではありませんが私が母に喜んでもらおうと思ったことが新車への乗車でした。遺骨になってから乗せたことに悔いが残りますが、それでも少しは喜んでくれるかもしれません。もっとも母の私に対する一番の希望を叶えてあげれなかったことはさらに申し訳ないと思っています。祭壇の前で祖母の時同様、家に戻ると立派な祭壇が用意されていました。祖母の時とはまた少し違いますが立派なものです。その祭壇の前で一旦、家に戻る親類たちと食事をしながら母の思い出話をしました。普段、お酒を飲まない私も親類たちと一緒に酒を飲みながら話に参加しました。あまり遅くならないうちにお開きにして明後日、17日のお通夜に備えれることにしました。一日、予定がない日があって助かります。明日(16日)は気を休めたいと思います。
2008.10.16
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一夜過ごしてやはり疲れていたのか、あっという間に眠りにつき、翌朝を迎えました。起きて間もなくお坊さんがやってきてお経をあげていきました。昨日に比べると父も少し落ち着いたのか、穏やかになっています。母の口座からお金をおろせるか、心配していたようですがどうやら大丈夫だったようで、これで父も葬式代などは気にしなくてもいいようです。昼近くになると私を含めお付き合いのある保険会社の人と母の保険について、問い合わせをしていました。私は弟と仏具を買いに行ったりしましたがどちらかといえば父や母の姉、働き者の義理の妹に任せきりでした。父は自分の思い通りにやらなければ気が済まない人、とわかっているので口を出さないためためにも少し距離を置いていたのです。自分の母親の葬儀ですが仕方がありません。しかし今日は夕方まで行事がないので、ドタバタせず、落ち着いて準備ができたと思います。納棺での出来事夕方17時になって納棺の儀になりました。半年前の人と同じ納棺師にやってもらうことになりました。祖母の時、初めて納棺の儀を経験したのですが、とても厳かなものでした。ですが今回の母の時は思わぬ出来事がありました。母が亡くなった時、体内に腹水が溜まっていたのですが、これが原因で皮膚が剥がれやすくなっているので白装束に着替えさせると遺体を傷つけ、腹水が皮膚を破って体外に出てくる可能性がある、と言われました。腹水を出してしまうことも提案されましたが時間もかかるだろうしニオイもあるでしょうから、それは止めにして病院の浴衣を着せたまま、その上に白装束を着させることになりました。母の遺体の隣に白装束を広げ、その上に母を乗せ、白装束を着させるのです。そこで出席していた男性陣に母の遺体を移動させてもらったのですが残念ながら途中で足側の皮膚が破け腹水が体内から出てきました。仕方がないのでタオルを足もとに置き、染み込ませましたが足のみならず体の下の方全体に腹水が溜まっているのでほんの少し刺激で皮膚が破け全ての腹水が出てきてもおかしくはない状態でした。万が一の備え、母の体の下にタオルを置いておきましたが、白装束の腰のあたりには腹水らしきものが滲んでおり、さらに一部、白装束が破れやすい皮膚のため赤というかオレンジのような色で滲んでいたりもしました。足元から腹水が漏れているのでこれ以上、強い刺激はよくないということで草鞋は履かせず足もとに置くだけにしました。そんな母の様子を見て女性陣は可哀そう、と涙を流していました。納棺師も(腹水)で濡れて冷たくなって気持ち悪いね、ごめんね、お母さん、と声をかけていました。その前後も母の姉が納棺師に言われる前に線香を焚いたり、父が慌てたのか、黄泉の国への旅路の食糧になる豆や米を包む際、こぼしたり(前回、祖母の時は普通に出来たのに)17時という早い時間帯のせいか、遅れて、お店を開いている近所に人がやってきて落ち着きがなかったりと祖母の時とは違い、厳かな儀式とは言い難い側面が今回はありました。そんな様子を見ながら私は母の人生そのものに思えました。女らしいとこもありましたがガサツやドタバタした落ち着きのないところもあったのです。もっともそんなことを気にも留めないおおらかな人でもありました。納棺された母の手を皆、代わる代わる触れ、別れの言葉を言っていました。母の姉はなぜ、こんなに早く逝ってしまったんだ。と言っていました。明日に備えて今日は納棺のみだったのでこれまで手伝ってくれた父の友人や母の姉は一旦、家に戻ります。私は母の姉を車で送りました。家には父と私、弟の家族だけになりました。来週になれば私と父だけになります。母の姉は父と私だけなのは心配だ、とも言ってました。今日も昨日同様、母の傍で皆が寝ます。明日はいよいよ火葬。私は前回、祖母の時はこれが一番、辛かったです。母の顔を見れるのもあとわずかとなりました。
2008.10.15
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死に顔病室に入ると母は顔を横に向けて亡くなっていました。口は少し開いていました。ほほを触ってもまだ温かみがあります。寝ているようにしか見えません。父と弟の話では最後は、手の温かみがなくなっていくとタンをとるのも苦しまず、あっという間に逝ってしまったそうです。父は医者のいう通りだった、と言いましたが私は早すぎると思いました。少なくとも、もう一日、話ができると思っていたのです。夜中、話しかけるより昼、話したほうが母には楽だと思っていたので、話ができなかったのがつらいです。男3人、しばらく、ぼーっと立っていましたが、やがて父が携帯で親類や友人に電話をして知らせていました。時折、泣いていました。祖母の時と同じ葬儀屋に連絡をとり、病院側の都合と合わせ9時45分に病院から自宅へ運ぶことにしました。時間までの間、遠くから親類も病院に来て最後の対面をしていました。母のネックレスと指輪は私が預かり、母を病院から見送りました。携帯で私は自宅にいる父の友人に今、そちらに向かった、と伝え、私も家に向かいました。近所の人々との別れ左隣の電気屋さんの奥さんはすぐに顔を見せて手伝いに来てくれていました。昨晩も夜中から普段は閉めている店のシャッターを開けていました。昨日は町内会の会合があったにも関わらず父が出席を取りやめたのでもしや、と思ったのか知れません。実は私が病院に向かう時も電気屋のお父さんがすぐに飛び出してきました。その時は、後で!と思わず言ってしまいましたが、もう気づいていたのでしょう、もちろん、父が死後、携帯で電話しました。ですが今回のことを知っていたのはわずか数人、それ以外の近所の人は知らなかったので、私が家に着いた時、近所の人が驚いた顔で家に入り、あるいは私にお母さん、まさか、亡くなったの?ビックリした顔で話しかけた人もいました。親類は比較的、速く家に着きました。女性たちは家の中で法事の準備を手伝ってくれます。義理の妹と子供たちも来ました。お坊さんが来て、お経をあげ、寺での葬式の予約や戒名などについて父を打ち合わせをし、さらに葬儀屋さんと今後の日程を決めたりしてました。弟は役所に死亡診断書を届けに行きました。その間もまばらですが近所の人々は母との最後の別れに来ます。特に母と親しかった人々は突然の別れに涙を流していました。父もその人たちと一緒に泣いたりしています。私もよく知っている人たちが来て母との別れの姿を見ると涙が浮かびます。近所の母と親しかった人々にとっては本当に突然すぎる別れだったようです。日程14日、納棺の儀を行います。半年前、祖母の納棺の儀を行ってくれた人が再度、行ってくれることになりました。きっとあの人も驚いているかもしれません。半年で同じ家庭で儀式を行うのですから。あるいは本業ですからよくあるかもしれませんが。15日午後に出棺、そして火葬となります。祖母の時もそうでしたがこの時が一番ショックを受けそうです。そして17日に自宅でお通夜。18日に葬儀となりました。少し間隔が開いていますが寺の都合もあり、一週間がかりとなりました。最後の夜この日、父と私、そして母の姉妹の一人、弟の家族、父の友人らと一緒に母と同じ部屋で一夜を過ごしました。祖母の時は父の友人だけが部屋で寝ましたが今回は皆、一緒です。当然、父が母の隣に寝ました。私は足元です。明日の母は家にいますが納棺されているので実質、今晩が母と過ごす最後の一夜です。何度みても寝ているようにしか思えません。顔を触れれば冷たくなっています。ですが本当に寝ているようです。そして何度も母と話し足りなかった、と想いがこみ上げてきます。そんな無念の思いを感じながら昨晩は母の傍で一晩を過ごしました。
2008.10.14
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最期の時医師から宣告を受け、一旦家に戻り今後のことを打ち合わせしました。父は親類や弟に電話をかけ、父の友人も家に残り手伝ってくれました。私も会社に連絡を取ろうとしましたが、直属の上司になかなか連絡が取れず、しかも会社の対応もよくなかったことに苛立ちを感じました。連絡がすぐに取れなかったことで、こんな時にも関わらず、父と対立したりもして気分を害したりしました。ようやく連絡がとれ、事情を説明することが出来たので、気持ちが楽になったので風呂に入りました。その間、父は再度、見舞いに行きました。付き添いを変わるため私も一休みしてから再度、病院に行きました。ちょうどその時、新幹線で弟が到着。家族そろって母を励ましました。母は喉にタンがつまりやすく、また唇が荒れているので、話しづらい状態です。ミヤニがあって目が開けづらかったのですがタオルで拭き取ってやりました。そうすると家族全員の顔をしっかりと見ていました。時折、言葉を発しますが、ハッキリとした言葉にはなりません。ですがこちらの言うことはしっかりと聞こえています。薬の影響なのか、考えて話す力はないので言いかけてはやめ、目を閉じては開いて、ちょっと苦しそうな呼吸をしていました。血圧は安定していましたが少し熱がある状態でした。もうしばらく大丈夫そう、ということで私が残り、父と弟を一旦、家に戻し明け方、交代することにしました。母と二人で母と二人になり少しだけ話しかけました。時間的に遅いのですが、母と話をする機会が少なかったので、この機会に、と思ったのですが最後の時を迎えている母になかなか言葉をかけてやることが出来ません。唯一言えたのは退院したら新車の乗せるから早く元気になって退院しような、ぐらいしか言葉をかけてやれませんでした。それに対して母はうなずいていました。私の新車に乗るのを必ずしも楽しみだ、と言ってたわけではないのですが11年前、新車を購入した時、乗せてほしい、と言ったにも関わらず、今回、何も言わないのが不思議だった私は、乗れよ、と言ったことがあります。ですが、そのうち乗せてもらう、と言うだけで乗ろうとしなかったので、この日まで乗せずに来てしまいました。母は私の新車をカッコいい、と言っていました。だから近いうち母を乗せて町の中をドライブしてやろう、と思っていました。ですが日に日に弱っていく母を外に連れ出すと体に悪いかな?という気持ちもあり、また、もう一度、元気になると思っていたので、体調を考慮して元気になってから・・・と母を新車に乗せていなかったことを私は今、後悔しています。たった一日、1時間くらいでも市内を回ってやればよかった、その思いでいっぱいです。母さん、ごめんね、乗せてやれなくて、きっと遠慮してたんだね。もっと早く、購入時にすぐに乗せてやれば、きっとお互い満足出来たのに。交替、そして・・・夜中は比較的安定していたので特に私がやることはなかったです。看護師たちが交代でタンをとり、体の向きを変え、たまった尿を捨ててくれたりしてました。私も時折、横になって浅い睡眠をとりました。明け方4時過ぎに父と弟が交代に来ました。私も何もしていないとはいえ少し疲れました。8時ころ、もう一度交代予定を打ち合わせたのですが、こんな状況でも、男三人となると、ちょっとした会話でもトゲを感じ、やや私はムッとしました。実はこの後、度々、今日、互いにカリカリすることがあって、こんな時に・・・と私は悲しい気持ちと怒りを感じました。ですが家に戻り、泊っている父の友人を起こさないように部屋に戻って寝始めるとやはり疲れていたのか、すぐに寝てしまいました。そして7時35分、まだ寝足れないのですが目が覚めました。なかなか起きれず、あと5分、電気ストーブで少し室内が温まってから・・・と思っていた矢先、父から携帯に電話が入りました。母が危篤、すぐに来い!です。二階の自分の部屋で着替えて準備をしているうちに一階で泊まっていた父の友人にも父から電話があり、母は逝ってしまった。と伝えてきました。私の携帯に電話して5分も経たないうちでした。結局、私は祖母の時もそうでしたが、母も直接、見送ることが出来ませんでした。母が逝ってしまったことを知りつつ、私は病院に向かいました。そして母と対面しました。
2008.10.13
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祖母が亡くなって約半年後の本日、午前7時50分ごろ、母が亡くなりました。気持ちが落ち着きましたら書き込みをしたいと思います。
2008.10.13
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宣告今日、夕方、医師に呼ばれ後、数日と宣告されました。肝機能が完全に低下、血小板をつくれないので日常的に起きている毛細血管の出血を止めることが出来ないので数日以内と言われました。昨日まで元気で上半身を起して話をできるまで回復したのに残念です。今は目が見えない状態ですが人の話は聞こえ返事はします。ですが話す気力はありません。残りわずか、痛みをとるためモルヒネを打つことになります。今さらですが元気だった昨日のうちに母と話をすればよかった、と後悔してます。これから親族に連絡をし最後の時を過ごすことになります。
2008.10.12
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購入を決める。しばらく放置していましたが結局、VistaのセキュリティソフトはマイクロソフトのLive One Careに決めました。ウイルス検知能力などに多少、心配な気持ちもありますが少なくとも私のVistaとの相性はいいようなのでこのまま使うことにしました。早速、クレジットカードで購入の手続きをしました。XPの方ですがウイルスバスター2009を更新の時まで使うつもりです。それ以後はこれまで使ったことのないセキュリティソフトを試用期間内で使ってみてそれぞれのソフトの違いを比べてみようと思ってます。PCが二台あると、こういう時は便利ですね。09最強ソフトは?年末に近づくにつれ09年版のセキュリティソフトが次第に取り揃えられました。08年はウイルスバスターがベスト!と「PC Japan」という雑誌に載っていましたが今年はどうでしょう?そのPC Japanで09年版のソフトの批評が載っていました。まだこの時点でもG DATAの09年版は販売されていませんが主なソフトの評価が詳細に載っていました。具体的な内容は実際に読んでもらうとして評価は私の印象とほぼ同じでした。基本のウイルス検知を重視するならカスペルスキー、F-secure、トータル能力はウイルスバスターというのが結論のようです。欠点はカスペルスキーはメモリーがF-secureはCPUが(逆だったかな?)の占有率が高すぎること、バスターはセキュリティに必要な機能の全てを一定水準で網羅しているものの全てにおいて取りこぼしがあること、という主旨のことが記載されていました。Live One Careはそこそこ、ということで(笑)あまり際立ったところはないようです。
2008.10.11
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K-20 怪人二十面相・伝この作品がいま、私がもっとも期待している映画です。公式サイトがあり、その中の予告編を見たら、これは面白そうだぞ!と素直に思いました。作品自体にも興味があるし、なによりもお目当ての松たか子が出てます。花嫁姿もよく、しかも作りものとはいえ豊かに見えるバストもいいです。そして三十路、人妻になっても似合う、ウギャァ~の台詞がなんとも言えません。今から楽しみ作品です。二十面相が二人?果たして?松は三十路、人妻でもカワイイ♪ X-ファイル・真実を求めて出るぞ、出るぞ、と言われてかなり遅れてようやく公開のXファイル・ムービー2です。気持ちの面では少しさめましたが長年、見てきた作品などで、おそらく見に行くでしょう。それにしても主役の二人は作品の役柄とは違い、プライベートは人騒がせです。そして俳優としてもこの作品以外はパッとせず、結局、この作品に戻ってきた、という印象があります。作品のテーマであるオカルトチックな世界に対しても今の私は以前に比べてかなり冷やかな気持ちと批判的立場に一段とシフトしました。そういう意味では以前ほど熱烈に期待しているわけではないのですが惰性として観る可能性があります。それにしても二人とも年をとりましたね。評判がいい現在公開中の映画上の2作品以外で現在公開中で評判がいい作品を紹介します。ちょうど公開中なので映画でも見ようか?と思っている人は参考にしてみてください。そのひとつは日本映画「おろち」です。結構、テレビで宣伝していたので知っている人もいるでしょうが原作ファンは少し複雑な気分らしいですが一つの作品としてみたら意外とよくできていると評判がいいです。ネットで宣伝の動画を見たら主演の木村佳乃と中越典子の会話が印象に残りました。木村はともかく私にとっては中越典子は再発見、といった印象です。名前は以前からなんとなく知っていましたが今回、この作品でようやく名前と顔が一致した、という感じです。もしかしたらこれからの注目株の女優さんかもしれません。もう一つはハリウッド映画「アイアンマン」です。ダサいのか、格好いいのか、わからない姿のアイアンマンですがスパイダーマンより面白いような話を聞きました。意外といけるようです。テンポのいいらしいのですが予告編を見るだけだと面白さが伝わってこないのですが・・・どうなんでしょう?もし私が今、公開中の作品で見るとしたらたぶん、こちらのアイアンマンの方になりそうですが、皆さんだったらどちらを選びますか? ←トップ返り咲きを!ポチッと、お願い!
2008.10.10
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動画サービスNTTのフレッツスクエアのサービスの一環でbranco(ブランコ)という無料の動画サービスがあります。この中にガンダムがあったので早速、PlayerをDLして視聴してみました。ガンダムを見ることが出来たのは嬉しいのですが、まだまだ発展途上なのか、コンテンツが少ない気がしました。気になったのはアニメを見ている途中で映像が一瞬、途切れたりすること。これは動画サービスとしてはマイナスでしょう。私のPCの性能が悪い?そんなはずはありません。結構なスペックのPCですから。そういう意味で、まだまだですが無料というのは魅力なので、もっと発展してほしい、コンテンツを増やしいてほしいと思って取り上げてみました。見ている人はいるのかな?まだまだ少ないと思いますがNTTを利用している人は試してみてはいかがでしょう?あっという間に終了!ここで紹介したのも、束の間、今日、branco(ブランコ)が来年の1月で終了という情報を手に入れました。なんでも利用者が予定数より圧倒的に少なかったのが理由のようです。当然だよね、誰も知らないのだから。NTTは、利用者が喜ぶようなサービスがホント、下手ですね。
2008.10.09
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昨日とは違い携帯で入院中の母に連絡をしたら見舞いに来るなら一階の自動販売機から牛乳を買ってきてほしい、と頼まれました。昨日行ったばかりなので今日、見舞いに行く予定はなかったのですが自分から牛乳を飲みたい、と言い出したことは良い兆候と思い見舞いに行きました。病室に入ると昨日とは別の親戚が見舞いに来ていました。私の家に来たとカキコした体調の悪い親類です。今日は息子に連れられ、見舞いに来たようでした。母を唇を見るとまだ口内炎に苦しんでいましたが口内炎の治りかけの様子が見られました。治りかけでも口内炎は痛いのですが、もしかしたらよい傾向かもしれません。声は相変わらず元気がないのですが親類と話をしている時、両手を使って話をし上半身だけですが体を動かします。昨日までの何もしたくない、テレビも見たくない、という状況と全然、違いました。たった一日ですが良い方向に向かった?と思っていいのでしょうか?もちろん油断は出来ないのですが、このまま口内炎がなくなり牛乳だけではなく食事も摂れるようになれば少なくとも大腸菌の駆除はできるかもしれません。もう少し様子見になるので現時点で結論を急ぐことは出来ませんが、とにかく早く食事が摂れるようになるとことを願ってます。 ←トップ返り咲きを!ポチッと、お願い!
2008.10.08
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元気がなく今日は天気がよかったので見舞いに行きました。個室に移ってからは初めてですが私が想像していた個室とは、かなり違いました。感染を用心して個室にしたはずなのに普通の個室、ドアなしでカーテンがあるだけでした。てっきり2重、3重の扉の広い部屋かと思っていたので意外でした。手を消毒液で洗って母と顔を合せましたがさすが何日も食事を摂れないせいか、すっかり元気がなくなっていました。瞳の黒眼の部分が白くなっているようにも思えました。唇も荒れていました。私も口内炎をよくやりますが、その酷い状況と同じです。声も元気がなく、この前と同様、何もしたくない、気力がわかない、と言ってました。口が荒れると私でも意気消沈しますが母もそんな状況でしょう。ほとんど何も食べていないので点滴ですがプリンと水は多少、口にしたようです。とにかく口内炎がなくなって食事ができれば随分、違うと思うのですが口内炎の原因が細菌で弱った肝臓?もしくは胆管癌そのもの?に付着しているらしいので、難しいところです。今、私が思うのは薬を変えなければ・・・です。治療を急ぐために薬を変える必要がなかったと思うです。実際、薬をかえる前まではちゃんと食事も摂れていたのですから・・・。怒るほどではないのですが不信感が芽生えます。親類の方もこのブログで親類も病人だらけと言いましたが、その埼玉の親類も病状が悪化したようでこの前、家に遊びにきた別の親類が様子を見に、わざわざ埼玉に向かったようです。その親類は今日、母のところへ見舞いに来るようです。私が見舞いに行った時間とは重ならないのですが。昨日の夜は親類や弟夫婦などから電話があり、父が詳細に電話で説明してました。おそらく日曜には弟たちも来るでしょう。とにかく持ち直して欲しいです。 ←トップ返り咲きを!ポチッと、お願い!
2008.10.07
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Vistaで編集すっかり使う機会が減ったXPはVHSの映像の変換専用となっています。MEPGに変換して外付けHDにストックして、のちに編集するためです。編集はTVチューナーについていた編集ソフトでする予定でしたがよーく考えたらパワー不足のXPでやらなくてもいいのでは?と思い、Vistaで編集することにしました。そうなると編集ソフトが必要です。フリーの編集ソフトには疑問を感じます。使いづらい、性能に偏り、クセがある、と言った情報を手に入れていたので、どうしても使う気にはならなかったのです。多分、そんな情報を手に入れなくても私は使わなかったでしょう。なぜなら編集となればフリーでは役不足では?と思っていたからです。そこでいつかは有料版で自分が使えそうなもの・・・と思い、それとなく調べていました。最近になってこれはよさそうだな、と思うものが見つかり、ちょうどVistaで編集しようと思った時期と重なったので、まずは体験版から試してみることにしました。体験版から即、購入!私が選んだのはペガシス社のTMPGEnc 4.0 XPress (ティーエムペグエンク 4.0 エクスプレス)です。これは動画ファイルの編集のみでDVDなどに焼くことは出来ませんが現時点でそれは考えてはいないので、これで十分です。で、体験版をインストールして使ってみると、実に使いやすいです。バッファーロー社の編集ソフトよりいいです。体験版で編集すると画面にTMPGEnc 4.0 XPress のテロップが10秒程度、表示されるので、体験版を使い、これで十分だな、と判断したのでその日のうちに購入しました。DVDやBlue-Rayに焼くとなると別ソフト、TMPGEnc Authoring Works 4 が必要なようですが今すぐは必要ないので必要性を感じるようになってから購入しようと思ってます。映像へのフィルター機能アナログテレビの映像はPCで見ると画像の乱れなどがあります。これまで持っていた編集ソフトではそれらを調整することは出来ませんでした。ゴースト、ノイズ、フリッカー(ちらつき)など全ての動画ではありませんが存在するので有料版では、その機能を期待していました。使ってみるとまずまずの効果がありました。色彩に問題がある動画に対しての機能もあり、それもなかなかのものでした。このソフトは使いやすいと思います。難しい編集の設定変更を試してはいませんが標準で使うには何も問題はないと思います。今後、動画編集を考えているなら体験版をインストールて試してみてはいかがでしょうか?きっと使いやすいと思うはずです。 ←トップ返り咲きを!ポチッと、お願い!
2008.10.06
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長年の疑問他人のサイトを見てずっと疑問に思っていたことがあります。それはデスクトップの画面をそのまま貼り付けている人がいることでした。一体どうやって貼り付けたのだろう?不思議でたまりませんでした。私がデスクトップの画面を貼り付けると時はわざわざデジカメでディスプレイを撮影して、その画像を載せていました。ですが最近になってようやくわかったのです!ショートカットの一つだと!こんなに簡単な方法で貼り付けていたとは・・・意外でした。どうして今まで気か付かなかったのか、不思議です。これまでサイトであれ、本であれ「ショートカット全集」とか「便利なショートカット」「裏ワザ・ショートカット集」のような類に目を何度も通していたはずなのに一度も気が付いていない・・・自分に驚きます(笑)。ということで最近のブログで、その覚えたての方法でデスクトップの画像を貼り付けました。その方法ですがキーボードの右端上にあるPrintScreenを押すだけ。そしてその後、「すべてのプログラム」から「アクセサリ」の「ペイント」を開いて「編集」→「貼り付け」でデスクトップの画像をコピー出来るわけです。知って実行した時は感動しました(大笑)。こういう方法だったんだ・・・です。その他にも最近、私が知ったショートカットを紹介します。フォントサイズの変更Vistaになって最初の変更がフォントの変更。メイリオというフォントに変更したのですが書物によるとこれが本来のVistaのフォントらしいです。でも、私が購入した時はそうじゃなかったけど・・・Vsitaをお持ちの皆さん、どうですか?最初からメイリオになっていましたか?メイリオに変更して見やすくなったのですがサイトのよっては文字それ自体が小さいときがあり、時折、目が疲れる時がありました。IEのツールバーにあるフォントのサイズ変更でも、まだ小さく、しかたがないので右端の拡大レベルの変更で調整をしてサイトを読んだりしていました。それはいいのですが問題は、いちいちマウスで変更するのが面倒なこと。もっと楽にできないかなぁ~と思っていたら、ちゃんと存在するじゃありませんか!そのやり方はCtrlプラス「ホイールボタン」。これで大きくも小さくも簡単にできます。さらにCtrlを押したまま+、または-。これでもOK。これも最近知ったのです。これでちょっと見づらいと感じるサイトを楽に拡大出来ます。履歴・お気に入りこの発見が一番の驚きでもありました。毎日のようにお気に入りや履歴を使います。これもマウスで開くのが面倒くさい気分になっていました。まさか、ショートカットがあるとは・・・ホント今までいったい何をしていたのでしょう(笑)。そのショートカットですが履歴はCtrl+H、お気に入りはCtrl+I、非常に便利です。今ではマウスとショートカットが半々になりました。大本命・IE履歴やお気に入りよりもっと毎日使うもの。それは何といってもIEでしょう。これがなければインターネットどころではありません。これも私は長年、ショートカットってないのかな?と不思議に思っていました。そしてようやく知ったのです。それはCtrl+Alt+Iです。ですがVistaでは単純にこれで開きません。何故なら管理者として実行、が必要だからです。管理者として実行でアイコンを右クリックしてショートカットキーの「なし」を削除するとCtrl+Alt+Iが現れます。このショートカットは割り当てとして決まっているようです。そして適用、OKで、以後、ショートカットでIEが開きます。これもいいですね。毎日、マウスも嫌なので(笑)便利でありがたいです。これをカキコするにあたってついでに調べたら他にもWin+I+Enterでも、あっさりIEが開きます。こっちもいいかも。2種類の検索検索のショートカットがあります。IEのWebの検索を開くのがCtrl+E、そして検索バーを表示するのがCtrl+Fです。単なるF3でも表示ができます。どちらも一回で表示できるのが便利。まさにショートカットです。覚えていた方がよさそうなのはWin+F、これはPC内のファイル検索で使うショートカットです。ですが私はあまり使いそうもないですね。徐々に覚えるショートカットはきちんと覚えていたらそれは便利。でもあやふやであったり忘れていてはむしろ不便です。もしマウスなしで全てショートカットでPCを扱え、なんて言われたら多分、現時点では無理でしょうね。ショートカットオンリーでPCを扱えたら格好いい気がしますが一気に覚えず、というか覚えられないので次第に徐々に覚えていき、最後はマウスなしで、なんて目指してみたいです。今回、私にとって発見と言っていい、ショートカット、皆さんの役に立ったでしょうか?もっとも、もう使っているよ、と言われそうですが(笑)。 ←トップ返り咲きを!ポチッと、お願い!
2008.10.05
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寝たきりに3日ほど前から母が病院に入院しましたが、どうやら限界だったようです。薬の副作用で食欲がなくなり、さらに体力が落ちたせいか、口内炎ができ、ますます食事が摂れなくなったため入院と同時に寝たきりになりました。トイレなども自力では歩けないほど体力がなくなったため車いすでの移動となりました。薬はさすがに変更したようです。また口内炎の薬も併用し、まず食事がとれるようにする、という話でした。昨日、病院に行くと家にいた時よりもすっかり弱った母がベットで横になっていました。テレビを見る気力もない、何もしたくない、と言ってました。細菌が発見される今日、父が主治医に呼ばれ話を聞くとMRSAという細菌が発見されたそうです。胆管癌から肝臓の一部が死んでおり、その弱ったところに大腸菌の一種らしいものが付着しそれが下痢につながって気力も体力も奪っているそうです。口内炎ができたのもそのせいです。残念ながら母も祖母同様、最悪の覚悟も必要だ、と父は言われたそうです。今日から個室に移っての治療となりました。できれば体力を回復し持ち直して欲しいのですが母の様子を見ると、やはり覚悟も必要なようです。胆管癌も肝臓の方も以前に比べて少しずつですが進行しているようですが、とにかく今のMRSAとかいう細菌がどうにか早くしてほしいと願うばかりです。←トップ返り咲きを!ポチッと、お願い!
2008.10.04
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