曹操閣下の食卓

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曹操閣下の食卓

曹操閣下の食卓

2005.02.14
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カテゴリ: ファッション
元禄時代の琳派工芸が大きな影響を与えたものに、京都の染色と西陣織があるだろう。

尾形光琳が活躍を始めた時代は、本阿弥一族は刀剣鑑定の本業にもどり、角倉などのスポンサーもいなくなっていた。
尾形光琳が絵師として生活していくためには、富豪とはいえなくても、芸術品に小額の投資ができる小金持ち、つまりは京都の町衆の旦那たちとのネットワークが必要だった。

宗達も扇面は描いたが、それは歌舞をする舞妓や芸妓に持たせるもので、八枚セットである。
八人の女性たちを一度に舞わせるには、時間を拘束して練習も必要だし、着物もユニフォームのようにそろえなくてはならないし、莫大な投資であったことは間違いない。
今は、その扇の豪華さで判断するしかないだろう。

尾形光琳の扇は、一対セットのものであるから、相当に落ち着いたものだ。
これも町衆の寄り合いで、舞妓二人を呼んで、梅と桜にたとえて舞わせる踊りで、座興を盛り上げるものだから、特別な練習もいらない。
リーズナブル。
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この光琳の「リーズナブル芸術」に刺激を受けたのが世紀末ウィーンのグスタフ・クリムトである。
彼は琳派にならって、黄金の金箔に、男女の裸像と、いろいろな宝石でうめつくされた群像のスタイルをつくり出した。
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といえば、わかるかな。
シャネルの創業者ココ・シャネルは、クリムトからヒントを得て、「ジュエリー柄」という現在までつづくデザイン・ライン(ビジュウ・オマージュ)を確立したのだ。
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尾形光琳は偉大なのだ。

そして光琳哲学のジャポニズム系譜を受け継ぐシャネル・モードも永遠なのである。





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Last updated  2005.04.12 04:04:51


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