曹操閣下の食卓

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曹操閣下の食卓

曹操閣下の食卓

2005.09.01
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カテゴリ: 午後の紅茶
閣下は千葉の野田佳彦・前衆議院議員の選挙事務所をたずねて津田沼駅にやってきた。

津田沼は思い出の地である。
かつて勤めた船井総合研究所で、ここは《津田沼大戦争》と呼ばれた大事件があったところだ。

もともと津田沼には駅北口(船橋市)前に西友があり、周辺の新興住宅街の集積とともに、かなりの売り上げが上がっていた。

まず目をつけたのはダイエーである。
津田沼駅南口(習志野市)側に当時日本一の床面積を持つ巨大スーパーを計画し、突如進出した。

そこでイトーヨーカドーから船井総研に相談があった。
JR津田沼駅(船橋市)から少し離れた京成津田沼駅の再開発で、駅ビルにダイエーに対抗する巨艦店を進出させる。

さらに丸井も京成津田沼駅前に進出することになった。

狂乱物価と呼ばれた時代の後に、みかん箱一箱200円という大激戦がくりひろげられた。

激戦三ヶ月、まず西友が屈服した。
ダイエーは極端な安売りを止めた。
イトーヨーカドーが勝利者となった。

この大成功が船井総研と船井幸雄さんの大出世につながった。
船井さんの非情な競争戦略論と、さまざまなノウハウが船井総研をコンサルタント会社で初の上場企業となる実績を打ち立てたのである。

よくよく分析するとダイエーはこれで社運がつまずいてしまった。
売り上げ至上主義がその後、社内に浸透したのは、この津田沼戦争の大赤字を架空売り上げのゴマカシ決算でのりきったからである。

今の西友はパルコに衣替えしていた。
その地下には100円ショップのキャン★ドゥが出ている。
イトーヨーカドーにはダイソーのフロアーがある。



つまり、かつてのスーパー大戦争の古戦場は、100円ショップ大手の二大強豪の新たな戦場となっていたのだ。

かつて来し つわもの語りも ゆかしくも いくさは今も ふきすさびけり





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Last updated  2005.09.01 20:20:08


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