曹操閣下の食卓

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2005.10.06
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カテゴリ: 芸術
厳かに“秋の使者” 宇佐神宮で勅祭 10年に一度 天皇家から「御幣物」

 【大分】 全国に四万を超える八幡宮の総本社・宇佐神宮(宇佐市南宇佐)で六日、十年に一度、天皇の使者「勅使」を迎える勅祭が厳かに行われた。
 勅祭は、奈良時代の七二〇(養老四)年、大隅・日向の隼人平定のため元正天皇が派遣したのが始まり。一九二五(大正十四)年からは十年ごとに開かれ、今回で二百五十五回目。
 勅使を務めたのは、宮内庁掌典次長の飛鳥井雅慶氏。宇佐神宮の後藤吉雄・宮司代務者ら神職計約三十人が衣冠に身を包み、天皇家から贈られた「御幣物」(五色の絹)とともに境内を上宮本殿まで行列をつくって進んだ。氏子ら約千人の参列者が見守る中、勅使門から本殿に入り、御幣物を神殿に供え、御祭文を読み上げるなど古式ゆかしく神事を行った。
 勅祭があるのは、伊勢神宮など全国十七社で、九州・山口では宇佐神宮と香椎宮(福岡市東区)だけという。(西日本新聞) - 10月7日2時7分更新

☆飛鳥井次長のご先祖の公家時代の旧宅(飛鳥井町)は京都御所の表、丸太町通りにあり、今は白峯神宮になっている。

 ここは明治初年に明治天皇が初めて勅旨で勅祭された場所で、過去に天皇の高御座にありながら、時の政権に配流された御二方をお祭りしたものである。ゆえに「神宮」の号を下賜されたのである。
 これは霊山護国神社の創立、靖國神社の創建に至るまでの明治天皇とその側近たちの思想的な発展、つまり御霊信仰に対する祭祀の必要性を明治維新当初の神祇官職が非常に重視していたことのあらわれであろう。

 しかし、現在の白峯神宮は、蹴鞠を家業としていた飛鳥井家の先祖を祭り、サッカー試合の祈願所となっていた。

 伏見に坐す明治天皇は何とお考えになるだろうか。





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Last updated  2005.10.07 03:16:48


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