曹操閣下の食卓

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2006.09.27
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カテゴリ: 芸術
<訃報>戸栗・ダキノさん90歳=「東京ローズ」の日系2世

 AP通信によると、第2次世界大戦中、米軍向けに日本が流していたプロパガンダ放送「ゼロ・アワー」のアナウンサーで、「東京ローズ」の名で知られたアイバ・戸栗(とぐり)・ダキノさんが26日、老衰のため米国シカゴで亡くなった。90歳だった。
 ダキノさんは、1916年7月ロサンゼルス生まれの日系米国人2世。叔母の病気見舞いで来日後に日米戦が始まり、帰国できなくなった。当局の監視下で自活の道を探した後、NHK海外放送「ラジオ・トウキョウ」の「ゼロ・アワー」に起用され、米兵捕虜らとともにラジオ番組を担当。ジャズやポップスとおしゃべり、宣伝を織り交ぜた番組は、聴く者に厭戦(えんせん)気分や望郷の念を抱かせることが目的だった。米兵など連合国軍兵士は女性アナウンサーを「東京ローズ」と呼んで親しんだ。
 戦後、米国人記者らが「東京ローズ」探しに熱中したが、ただ一人名乗り出たのがダキノさんだった。その後、米国に送還され、反逆罪に問われた。裁判では無罪を訴えたが、49年に禁固10年と罰金1万ドルの判決を受けた。大統領の特赦で市民権を回復したのは77年だった。
 45年にポルトガル人と結婚。晩年はシカゴで暮らしていた。【高尾具成】 (毎日新聞) - 9月27日23時12分更新


☆日本にディスクジョッキーが入ってきたのはFEN(極東アメリカ軍放送)の影響。
 要するに軍事宣伝放送だった。

 その起源は、日本海軍の宣伝部(現在の広告代理大手・電通のルーツ)がNHKと企画し、主にオーストラリア軍、フィリピン人の捕虜たちにやらせた《反戦放送・オーファン・アニー》。
 主旨は、「戦争はよくない。戦うのはやめて、故郷に帰ろう」というもの。


 アメリカ軍の司令部はこの放送の傍受を厳禁したが、情報部の部員たちもファンができるほど影響力を持った。
 戦争宣伝で最も効果的、歴史的な実績をあげた。

 特に「孤児の少女」が、ホロ酔い加減で、色っぽい話し方をしたときは、その反応は大きかった。
 日本軍の海外情報網はアメリカ軍の公式電信の中に「東京ローズ」の名前がしばしば話題になることをつかんだ。

 戦争という悲劇が生んだ孤児、東京ローズ。
 このような敵側からの宣伝の悪影響を避けるため、アメリカ軍はFENをはじめ、全世界に展開する駐留軍兵士たちのための娯楽放送をはじめた。
 朝鮮戦争が終わると、放送担当者たちはみな故郷に帰って、自分たちの放送局を持ち、ディスクジョッキーをはじめた。

 東京ローズの功績を電通は世界に向けて発信すべきではないか。





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Last updated  2006.09.27 23:53:51


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