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2026.09.26
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カテゴリ: 湧水



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第2話 薪窯の秘密

ジェフがロス村に着いてから、二度目の朝が来ました。
古いロス橋の下では、空はまだ夜の濃い青を残し、川面には白い霧がゆっくりとたまっていました。
村は静かで、橋の下からは穏やかな水の音が聞こえるばかりでした。
でも、ロス村のパン屋さんはもう起きていました。
店の奥の窓からは、あたたかな光が差しています。
薪窯の中に残されたおきが、柔らかく輝いていました。
小さな赤い炭が、闇の中でかすかに息をしているようです。
時折、薪がパチリと小さな音を立てる——まるで窯が眠りながら話しているかのように。
ジェフはパン屋の戸を開け、中に入りました。
「おはようございます、メイさん」
「おはよう、ジェフ」
「今日は何をすればいいですか?」
メイは窯の方を見て笑いました。
「今日はね、薪窯の火を育てるのよ」
「火を育てる……ですか?」
「そう。パンを焼く前に、パン屋の心をつくらなきゃいけないから」
ジェフはメイについて窯へ行き、前にかがみこんで中をのぞきました。
赤いおきの間で、小さな炎が震えています。
風が通ると炎は細くなり、消えそうになり——また集まって、ゆっくりと立ち上がります。
ジェフは黙って見つめていました。
メイは細い薪を取り、そっと窯の奥に置き、少しすき間を空けます。
次に少し太い薪を選び、その上に渡しました。
しばらく何も起こりません。
するとパチッ——小さな火花が闇の中ではね、星のように輝いておきの中に消えました。
ジェフの目が大きくなりました。
「火が、音を立てました!」
「そうね。よく聞いていないとね」
メイはまた小さな薪を足し、待ちました。
「薪窯の火は、急には大きくならないの」
「薪を入れる順番が大事だし、置き方もそう。窯の中を風がどう通るかも考えなきゃ」
ジェフは炎を見ていました。
「だから、たくさん薪を入れて一気に大きな火にしちゃダメなんですね」
「急いで火を強くすると、火が強すぎて、レンガの中まであたたまる前に外側だけ熱くなっちゃうの。
火の色と音に耳を澄ませて——少しずつ、窯をちょうどいい温度に導いてあげるの」
ジェフは首をかしげました。
「じゃあ、パンを焼く前に、火とお話しするようなものなんですね」
メイがそっと笑いました。
「そういう言い方もできるわね。古い窯は毎日、様子が少しずつ違うの。
元気な朝もあれば、静かな朝もある。
窯が何を教えてくれているか、ちゃんと感じ取らなきゃ」
ジェフは窯の前に座り込みました。
おきの近くには赤い炎、その上には黄色い炎、先が少し青みがかった小さな炎もあります。
それぞれの炎が違う音を立てている——ささやくような音、ゆらめく音、パチッとはぜる音……。
ジェフは一つひとつの音を覚えようと聞いていました。
火はゆらぎ、時々火花が飛び、橋の下では霧が流れ続けていました。
パン屋の中は、ゆっくりと柔らかなぬくもりで満たされていきます。
「メイさん——この窯、まるで息をしているみたいですね」
「よく気づいたわ。そうね、人間の呼吸と同じようなものよ。
あたたまった薪窯は、レンガの中に火の力をため込んで、
ゆっくり、じっくりとぬくもりを返してくれるの。
だからあたたまるまで、時間がかかるのよ」
「どれくらい?」
「気長に待てるだけの時間よ」
ジェフはまた窯を見ました。
パン作りは、生地を窯に入れてから始まるんじゃない——
最初の小さな炎から始まっているのだと、気づき始めました。
待っている間、メイは大きなボウルをテーブルに置きました。
「さあ、生地をつくりましょう」
テーブルに小麦粉を広げると、あたたかな光の下で、白いなだらかな島のように見えました。
ジェフは少しずつ水を注ぎます。
「多すぎないように。ゆっくりね」
言われた通り、少しずつ足していきます。
さらさらの粉が、だんだん小さなかたまりになってきました。
手で混ぜ合わせようとすると、最初はばらばらで、すぐに重くてねっとりしてきます。
急いでまとめようと強くこねると——
「あっ、くっついちゃった……」
生地が手にからみつき、糸のように伸びてしまいました。
引きはがそうとすると、余計にくっつきます。
「すみません、もっとひどくしちゃいました」
メイはしかりません。ただ、静かに生地を見ていました。
「きっと生地が疲れちゃったのね」
「生地が疲れるんですか?」
「そうよ。急いで、力を込めすぎると、生地だって気持ち悪くなっちゃうの」
「休ませてあげる時間が必要なの」
ジェフはべたつく生地を見ていました。
「パン屋さんって、いつも一生懸命働かなきゃいけないものだと思ってました」
「一生懸命働くのと、急ぐのは違うのよ」
メイは生地を丸くまとめてボウルに戻し、清潔な白い布をかけました。
「さあ、少し休ませてあげましょう」
布の下で、生地は静かに休み始めました。
ジェフはボウルのそばに座りました。
「パン作りって不思議ですね。何もしない時間も、大事なんて」
「そうよ。待つことも、パン屋の仕事なの」
ジェフは布のかかった生地から、炎のゆらめく窯へと目を向けました。
火にも時間が必要、生地にも時間が必要——
そしてパン屋にも、それらを見極める時間が必要なのです。
その時、戸のベルが鳴りました。
村の郵便配達さんが、封筒を持って入ってきました。
「おはようございます、メイさん。新しい見習いさんは、こちらですか?」
ジェフは背筋を伸ばしました。
「はい、ジェフです。よろしくお願いします」
「海を渡ってきたパン屋さんだね。きっと一生懸命がんばってるんだろう」
「はい、がんばってます」
配達さんが封筒を手渡しました。
「ジェフさん、お手紙ですよ」
差出人の名前には見覚えがありました——日本からです。
手紙を開けると、短い言葉がつづられていました。
遠くにいても、あなたの夢を応援しています。
いつか、あなたの焼いたパンを食べられる日を楽しみにしています。
ジェフは二度、読み返しました。
窓の外では朝風が花をゆらし、木漏れ日がテーブルの縁にそっと触れました。
手紙を両手で抱えるように持ち、つぶやきました。
「……本当に、パン屋さんになれるんでしょうか?」
メイがそっと隣に座りました。
「どうしてそう思うの?」
「薪の運び方もまだ上手じゃないし、窯をちょうどよくあたためるのも難しいし、生地だってうまくこねられないんです」
手を見てうつむきます。
「家族が期待してくれてるのに、そんな自分になれるのかなって……」
メイは優しく言いました。
「なれるわよ、ジェフ。一日一日、少しずつだけどね」
「失敗ばかりしていても?」
「そうよ。失敗しないのが上達じゃないの。
失敗した後に、何が足りなかったか見つけられるようになることが、上達なの」
ジェフはまた手紙を見ました。
「失敗から学べるんですね」
「そう。ちゃんと耳を傾ければ、ね」
ジェフは手紙を胸に抱き、次に布の下の生地を見ました。
「もう、いいかな?」
「見てみましょう」
布を取ると、生地はすっかり変わっていました。
前よりも柔らかく、なめらかに、ふっくらとしています。
「なんだか、嬉しそうですね」
「そうね。元気になったみたい。もう一度やってみよう。
今度は生地とケンカしないで。重さを感じながらね」
「はい」
ジェフは手をそっと生地に置き、押しては引き、回して——また押して引いて。
ゆっくりと、生地の鳴るような音に耳を澄ませながら繰り返しました。
最初はかたかった生地が、だんだんついてくるようになり、表面はなめらかに、丸みもきれいになってきました。
「ついてきてくれました!」
「力を入れすぎないで、任せればいいのよ」
その頃、薪窯の炎は十分に強くなっていました。
色も変わり、レンガの壁の奥までしっかりとあたたまっています。
メイは戸を開け、手で熱さを確かめ、耳を澄ませました。
「さあ、準備ができたわ」
「待っていたからですね」
メイはおきを端に寄せると、柔らかな熱気が部屋いっぱいに広がりました。
「さあ、パンを入れましょう」
ジェフは生地を分け、一つずつ丁寧に丸めて天板に並べました。
大きさは少しずつ違うけれど、心を込めて。
メイはナイフで、そっと表面に切り込みを入れました。
「どうして切るんですか?」
「パンが息をできるようにね。
逃げ道がないと、思いがけない割れ方をしちゃうから」
「味も変わるんですか?」
「焼き上がり方が変わるし、何より——それぞれのパンに顔ができるのよ」
「へえ、一つずつ顔が違うんですね」
「そうよ」
天板を窯の中にそっと入れ、戸を閉めると、火の音だけが残りました。
「ちゃんと焼けますか?」
「これから仕事よ」
「ふくらまなかったらどうしよう」
「どうしてか、考えればいいの」
「焦げちゃったら?」
「次はどうしたらいいか、また考えればいい」
「小さなままだったら?」
「また明日、焼けばいいのよ」
ジェフは考えて、からかいました。
「見ていたら早く焼けると思います! 少しは」
メイは笑いました。
「じゃあ、店の前を掃きながら待ちましょう」
ジェフはほうきをくわえて外に出ました。
ロス橋の上には朝日が広がり、霧は晴れ始め、川面には淡い空が映っています。
ていねいに掃くと、敷居の小麦粉や、夜の間に飛んできた落ち葉が集まりました。
後ろのパン屋の窓からは、光が川面に映ってゆらいでいます。
通りかかった村の人が声をかけました。
「おはよう。新しい見習いさん?」
ジェフは胸を張ってうなずきました。
「はい! 今日は薪窯でパンを焼くんです」
「まあ、楽しみにしてるわ」
次から次へと、人が立ち止まってくれるのでした。
いかがでしたか?
次回お楽しみに💝💛





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最終更新日  2026.09.26 22:19:10
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