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ボチボチ仕事もしながら相変わらず夫の両親の問題に向かい合う日々。自分なりにいろいろ調べたり検証したり自分に問いかけてみたり・・・(汗)胃腸科の投薬をしても痛みの軽減もなくうつの薬も効き目が感じられないという姑。(以前よりは積極的になっていると私は思うが)あまりの改善のしなさぶりにこれはどういうことなのか自分なりに調べ考えてたどり着いたのが「疾病利得」という言葉・・・。本人に意識はなくとも病気である状態において自分の利益になることがありそれを失いたくないがために無意識に病気のままでいようとする状態のことを言うらしい・・・。冷静に考えると足腰の痛みもなくなった今病気はウツとウツによる胃炎だけ。これが治ってしまったら通っている私はもう母を助けなくなる。そうなると会話もコミュニケーションもない舅との節約生活が復活するだろう。今は「病気だから」ということで舅もかなり我慢してくれているし私を話し相手にできる時間が増えて嬉しいのだろうと思う。「もしかしたらそれがなくなるのが嫌だから治らないのか・・・?汗」ケアマネさんにそれを相談してみたら確かにそれはあると思うと言われてしまった・・・。来週のメンタルクリニックの通院で姑がいない席で先生にこの件は相談してみるつもりだが良妻賢母の無意識の怒りの形がこのような状態であるのかと思うと情けないような気の毒なような複雑な思い・・・。嫌なことを嫌だと言えない私はこうしたいと言えない人の顔色をうががって自分の行動を決める自主性のなさは自己肯定感の喪失につながり自己肯定感がないので他人を肯定する(他人と交流する)こともできず孤立しますます自分を見失う・・・。おそろしい負のスパイラルである・・・。両親の問題の核心がぼんやりと見えてはきたがそこでハタと別の視点が生まれてきた・・・。「それをこの高齢の二人に解決させることが果たして可能なのか?」ということだ。うまいことに(?)今日逗子で有名カウンセラーの方の講演会があり恥をかなぐり捨てて(?)参加を申し込んでいた。非常に濃い内容の講演で私が自分で手探りでたどってきたものがまちがいではなかったことも確認できたのだが最後の質疑応答の場面で思い切って手を挙げて両親の問題の概要とそれを解決するには高齢すぎるのか?ただ見守るだけのほうがいいのか年齢的に修正する方向に持っていくことは可能なのかをほのかな期待とともに相談してみた。講師の方の答えは「もう舅は変えられない。女性のほうは高齢でも変化する人もいるが77歳では難しいだろう。」との残念なものだった・・・。しかも「親孝行はしてはいけない」とまで言い切られてしまった。(親のために子供が犠牲になってはいけない)もちろん断絶しろということではなくそれぞれが自立して依存をするなということなのだが厳しいが確かに的確な答えであるとは思えた・・・。これまであらゆる問題を「解決する方向」に力を注ぐことが自分の役割と思ってきた私にとって「何もせずに見守り受け入れる」ということは最も苦行であるのかもしれない。しかしそれが今の私が学ぶべきことなのかもしれないとこの問題だけでなく私を取り巻く様々な状況になぜか妙に納得するものもある・・・。悪いことも含め必要な時に必要なものが与えられるとそう思えることは私にとっては幸せなのかもしれない・・・。そしてまたハタと気がついたのは「何もしないことをする」を実践している人間がそばにいたということだった・・・!(夫!!)夫は無能なのか達観者なのか・・・?本当に謎な男である・・・(汗)
2014年01月31日
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今日は姑の通院とケアマネとの打ち合わせの1日だった。夫が年末に頭を下げて「頼むから母親の好きにさせてやってくれ」とお願いしてきたにもかかわらず節約に異様な執念を燃やす舅は洗濯機を姑に使わせず自分で風呂の水で手洗い・・・。この寒さでも光熱費を極限まで節約することが生きがいだというドケチぶりは全く治っていないようで姑はついに胃壁から出血・・・。夫と約束したことは忘れてしまい自分の目的(節約)を姑の健康を害してまで達成しようとする舅。というよりそれが原因だと理解していない・・・。あまりにも下らない状況にだんだん私も情けなくなってくるがキレるのはいつでもできると思いまだとりあえずは我慢して姑を励まし舅をいさめる役割を続けている。両親の昼食を作っている時にテレビから小野田寛郎さんが亡くなったというニュースが飛び込んできたため慌てて火を消して画面の前に立った。関東大震災の前年に生まれ太平洋戦争後29年間ジャングルで一人で戦闘状態を継続し帰国後には英雄扱いと軍国主義への批判の狭間で堕落した日本の有様に嫌気がさしブラジルへ渡り一から興した牧場経営で大成功。金属バットで親を殺した子供の事件をきっかけに日本に戻り子供の教育のために自然塾を福島に開講した小野田さんは震災による原発事故をどのように捉えておられたのだろうか・・・?不撓不屈の精神を体現した生き方は彼のまっすぐに伸びた美しい背筋に象徴されている。立ち姿がこれほど美しい人を私は見たことがない。「愚痴を言っても始まらない。 愚痴を言えば前に進む力が減るだけでしょ。 だから、愚痴を言うのは大嫌いなんです。 愚痴や泣きごとを言う人も大嫌い。」生きるための価値観をひっくり返される経験を何度もされたであろう小野田さん・・・。愚痴ることすらできない過酷な荒波の中でも自分らしさを失うことなく後ろを振り返らずに壮絶な経験をすべて自分の糧として前に進んできた真の賢人だ。「人は、時代や何かに振り回されないで、冷静に物事を考えることが大切。」誰よりも時代に振り回わされてきた彼は戦争の無意味さと生きる意味を誰よりも知っていたはずだ。大したこともないことを愚痴ってばかりの自分が恥ずかしくなる・・・。生きていることを謳歌しない狭い視野の両親も情けない・・・。小野田さんをどうして尊敬するかを両親に熱く説明するも全く通じていない様子・・・(汗)この本を買って両親に読んでもらうことにしようと思う↓【送料無料】小野田寛郎の終わらない戦い [ 戸井十月 ]価格:1,470円(税込、送料込)面識のない人の訃報にこれだけ号泣したのは初めてかもしれない。後日行われるという小野田さんのお別れの会に参加したいと言う私に夫はポカンと口をあけるだけだった・・・(汗)
2014年01月17日
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遅ればせながらあけましておめでとうございます・・・!11月中旬からまたブログ停滞のまま年を越してしまった・・・。これまでもっと忙しかった頃でもブログを書いていたことを思うと明らかに私自身の内面が外界の変化に対して怒りと絶望感を抱いていることに原因があるとしか考えられない。ひとりで地味に抵抗する行動も続けつつあきらめたら負けだと自分にできることはしていくつもりだが・・・。目の前の問題では姑のウツと介護問題がのしかかり夫や夫の兄(独身一人暮らし)を含めた家族の話し合いをするための起点役をやはり私がつとめなければならなくなった。家族内の問題は関係が近い分かえって核心部に触れたがらずに逃げあう傾向がある。私自身もそうだったためとうとう私の母はウツのまま回復することなく夫(父)との信頼関係も生涯持てないまま亡くなってしまった。そういう反省もあって母に比べてまだ身体の衰弱も少なく(1年かけて回復させた)ウツの症状も軽い姑にはどうにか元に戻ってもらいたいと思いずっと治療に付き添ってきた。いろいろ掘り下げていくにしたがって問題の本質が見えてくる。今までとても仲が良い夫婦とばかり思っていた夫の両親が実は本当に大切な部分でのコミュニケーションがとれていないことや日々の生活での価値観が違うことで埋められない溝ができてしまっていることがわかってきた。しかもそのような「ズレ」があることを当人同士がまったく気がついていないというか意識の下へ無意識に押し込めてしまっていることが見えてきた。年齢もあり判断力や決断力が低下している両親に自らの無意識の心理状態を意識させるというのはおそらく専門家でもむずかしいことだろうと思う。地元の立派な病院の先生のところにうつの治療で通ってはいたがいい加減に流されてる感じがしていたため別の病院を探してしっかりカウンセリングや検査をしてくれる先生を見つけ姑を転院させ年末に一から治療を再スタート。それでもまだ心因性と思われる鈍い腹痛が続いていて食事がとりにくいためにどんどん体重が落ちている・・・。私と一緒にいる時には食欲も出てきて腹痛も収まるようなのだが自宅にいると治らない・・・。いわゆる「夫源病」的要素もあり無趣味で友人もなくずっと家にいる舅がウツに対しての理解がなく舅自身の不安を言葉の暴力に変えて姑にぶつけてしまう。舅に対し自分の意見を言うことができないという本人自身の「良妻賢母」ゆえの弱さや自分を押し殺してしまうクセが姑のすべてを後ろ向きに考える傾向を助長してしまっている。「良い人」だからこそ問題が表面化しにくくこじれてしまうパターン・・・。しかも自分の意見をズバズバ言えてしまう私のような嫁にやさしい姑が自分の本心を隠してしまうのではないかとそれが一番危惧される・・・。私の家に姑を受け入れられる部屋があれば預かるのだが超狭小住宅にしてしまったためそれも不可能。近隣に住まいを移してもらえれば毎日のように通うこともでき周辺のコミュニティーにもすぐになじめる状況があるので実際に不動産を調べるなどの検討もしてみたが今の時点では物件もなく結局は年齢のこともありケアマネや介護経験者の友人たちにはそれは無理だと言われてしまった・・・。担当してくださっているケアマネさんが本当に良い方で親身に話を聞いて下さることがありがたく徐々にヘルパーを入れたりショートステイなどを利用しながら両親の距離を取る時間を作ることを提案された。確かに引っ越したとしても舅と暮らしている生活が続く限りは病気の原因の核心部分の改善にはつながらないしこの先さらに身体状況が悪くなると面倒を看てくれる福祉施設も限られてしまう。とりあえずはケアマネさんの助言のとおりに試してみることにして本人に合ったデイサービスや必要であれば介護認定の再認定もしてもらえるようなので出来る限りのことをしてみるつもりだ。夫は仕事があるので平日介護に充てる時間はない。夫の兄は介護に参加する意思はなく状況的にも無理なのでやはりある程度仕事がコントロールできて時間に融通が利く私がメインに動くしかない。姑も私しか頼る人がいないと細い声でつぶやく・・・。(本当は舅が精神的支えになってほしいのだが・・・)この泥沼どうなるだろうと思いつつもどこかにおそろしく客観的に離れて見ている自分がいる。人間の愚かさや人の無意識の心の動きを(自分の心理も含めて)ドラマを観るように心に書き留めている感覚すらある・・・。(だからブログが書けなくなっているのか?!)とりあえず私自身がつぶれないよう(昨夜は寝ながら「ギャ~~~~ッ!!!」という絶叫悲鳴をあげていたらしい私:汗)カメたちやふなっしー(?)に助けてもらいながらこれまでと同じように目の前に飛んでくる球を打ち返していくしかない・・・。
2014年01月07日
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