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2026.09.20
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カテゴリ: 作家


悠介は、長野県安曇野の隣、池田町に産まれ、長野高校に進学した。大学は東京のM大学である。その間、小平由樹枝と良いお付き合いをした。大学2年になり罠にはまり、由樹枝に振られた。罠をかけた美恵子とはいやいやながら彼女が卒業すえるまで付き合った。悠介は、就職も決まり、唐橋由美子と親しくなったが、別れたいが別れさせてくれない。就職して由美子が自殺未遂をした。親に会い慰謝料も支払い問題は解決した。悠介は希望の鹿沼工場に配属されたが、女性問題がありタイのシラチャへの出張が決まった。シラチャでの仕事、恋愛も順調であった。2年強のシラチャ生活を終え、鹿沼に帰り2年が経過した。そして2年振りに心がときめく女性を会う。橋本千恵子と言う女性である。何とか彼女を誘い赤城山、伊香保温泉の旅にでた。3人と同時に付き合っていた千恵子であり気になっていた。アパートを替え千恵子の誕生日の誕生日祝いを行った。そして10月下旬、奥鬼怒温泉郷への旅に出る。



写真はネットより借用

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第215回 2026年9月20日(日)

その時、千恵子が窓の外を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「ねえ……ここに泊まれたらいいのにね」
言葉の裏にある感情を読み取ろうと、悠介は彼女の横顔を見た。
すでに陽は大きく傾き、周囲の森には深い影が差し始めている。このまま歩けば、途中で完全に日が暮れるのは目に見えていた。小屋の隅では、先に到着していた先客の男女カップルがシュラフを広げ、今夜の寝床を着々と整えている。薄暗い小屋の中に漂う仄かな灯りと二人だけの密やかな空気が、千恵子の旅情を強く刺激したのかもしれなかった。


「うん。なんだか、すごく素敵じゃない? こんな山の真ん中で、二人きりで夜を迎えるなんて」
無邪気に微笑む千恵子。だが、悠介たちの手元には寝袋がひとつしかない。
(ひとつしかない寝袋に、二人で身体を寄せ合って潜り込む――)
一瞬、その魅惑的な光景が頭をよぎった。彼女の体温を感じ、暗闇の中で抱き合って眠る夜。しかし、二千メートル級の晩秋の夜の冷え込みは苛烈だ。ひとつの寝袋を奪い合うようにして過せば、寒さでろくに眠れず、最悪の場合は凍えるリスクすらある。
「……ダメだよ、千恵子。寝袋がひとつしかない。二人で入ったら窮屈で動けないし、何より寒すぎて朝まで持たないよ」
「そっか……そうよね。ごめんなさい、わがまま言って」
「ううん。じゃあ、八丁の湯まで頑張って歩こう。暖かい温泉が待ってるよ」

小屋を後にすると、山の陰は急速に伸び、周囲の色彩が失われていった。
やがて本格的な帳が下り、悠介たちは頭につけたヘッドランプの細い光だけを頼りに歩くことになった。足元を刺す一筋の光の輪。その外側には、底知れぬ黒い闇が広がっている。何の動物か分からないが、かすかな声も聞こえる。
「足元、気を付けて。僕の後ろをしっかりついてきて」
「はい……! 悠介さん、ゆっくり行ってね」


静寂の世界に、やがて遠くから「ゴーッ」という水の流れる音が混じりはじめた。鬼怒川の源流だ。
音は次第に大きくなり、急な下り坂を降りきると、二人はとうとう川のせせらぎが間近に迫る沢沿いの道へと抜け出た。
「ふう……抜けたね」
「よかった……暗くて少し怖かった」
ふたりで安堵の息を吐く。だが、目的地はまだ先だ。闇の中にぽつりと、あたたかな橙色の灯火が見えた。日光澤温泉である。

「あともう少しね!」
沢沿いの道を静かに歩く。山道に比べれば遙かに歩きやすい。そして、再び闇の向こうに、今度はより一層温もりのある灯りと、揺らめく湯けむりが浮かび上がった。八丁の湯だった。その灯りを目にした瞬間、足のしびれと長い道中の緊張が解け、猛烈な疲れと安堵が一気に押し寄せてきた。

「あらあら、まあまあ! よくこんな暗い山道を歩いておいでになったねぇ」
八丁の湯に到着すると、宿の女将さんが目を丸くして出迎えてくれた。金精峠から歩いてきたことを告げると、あきれ半分、労わり半分の笑顔で「大したもんだよ、寒かったでしょう」、その言葉が、過酷な山を越えてきた二人の旅を認めてくれた証のように思えて、ひときわ胸に沁みた。

そして、悠介は一人、深い山懐に抱かれた露天風呂に浸かっていた。
頭上に広がる満天の星空と、暗闇に消えていく湯けむり。湯の温もりの中で、今日辿ってきた道のりが静かに脳裏をよみがえる。ヘッドランプの細い光だけを頼りに下った闇の山道。冷たい風。そして、念仏平避難小屋の薄暗がりの中で、「ここに泊まれたらいいのに」と呟いた千恵子の瞳。

(もしあの時、寝袋が二つあったら……)
自分たちはあの狭い小屋で、どんな夜を明かしただろう。
彼女を抱きしめ、過去の影をすべて洗い流すような熱い言葉を交わせただろうか。それとも、闇に怯えながら、互いの心の距離に苦しんだだろうか。

返量のない問いが湯気の中に溶けていく。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
三人の男の中から自分を選んだ千恵子が今、隣の女湯で同じ湯に浸かっていること。そして、二人で不安と疲労を分かち合い、暗闇の山を乗り越えてこの灯りに辿り着いたという事実。

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最終更新日  2026.09.20 09:32:28 コメントを書く


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