鴎座俳句会&松田ひろむの広場

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2019年08月01日
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テーマ: 現代俳句(52)
カテゴリ: 句会
​ 「鴎座」2019年の表紙-佐藤文吉のこと
 佐藤文吉は 1922 年、山形県最上郡及位に生れた。義理の祖父は木地師佐藤文六である。 16 歳より文六の甥の岩手県湯田の佐藤丑蔵のもとで木地修業、一年後及位に戻り祖父や父とともに木地を挽いた。こけしも少しは作った。木地業よりも国鉄職員になりたかったが祖父の許しを得られず果たせなかった。戦後、収集家などにこけし再開を強く勧められ、徐々に作るようになった。 1956 年に東京こけし友の会の頒布品の注文を受け以後は継続的に作るようになった。昭和 40 年ごろの第二次こけしブームでは最も人気の高い工人のひとりだった。しかし 1975 年から 2 年続いた集中豪雨と鉄砲水で自宅工場に大きな被害を受け、また 50 歳を越えて腰痛などで用材の山出しといった作業が負担になったこともあり、 1977 年に意を決して及位より天童市中里へ移住した。天童においても盛んにこけしを作り続けていたが、 2008 年、脳梗塞に倒れ 87 歳で没した。​​

 こけしは祖父文六の作風から徐々に自身の作風が確立される。 1961 年ごろは文吉のピークと呼ばれ矢内謙次は「頭は丸みを帯び大きく、細めの胴とよくマッチ」「目は細く、長く、大きく彎曲し、筆致鋭く、太い眉とのバランスの妙」「甘美派であっても、アルカイックスマイルが横溢」と絶賛した。その後、身内の不幸がつづき表情は強烈となってゆく。しかし 1965 年以降、文六の復元に挑戦したこともあって再び生気を取り戻している。その後も強烈な表情がつづくが、天童以後、特に 1980 年以降になると表情は柔かくかつ深い明るさを帯びてくる。系統としては遠刈田系。佐藤丑蔵の影響もあって肘折系とする考えもある。
 今回の表紙は、もっとも大きい 32 ㎝から 8.5 ㎝までの六本に木地玩具のえじこを配してみた。表情はやさしさのなかにも呪力のあるものを選んだ。 一番大きいこけしは胴が括れた変型、頭部は髷がある「およね」と呼ばれるもの。その右は 1982 年作で伊之助型重ね菊。その右は 1991 年作。帯入で菊・牡丹が描かれている。その右は小寸で梅模様。 1981 年作。右端は頭が手柄と呼ばれるもの。強烈な色彩のろくろ模様である。 1996 年 74 歳の作。左端のえじこは 71 歳の作。蓋付の小物入となっている。その右は小寸で胴模様は桜崩しというもの。いろいろな変化を楽しめるように選んでみた。(松田ひろむ「鴎座」 2019 年 8 月号)

文吉晩年の呪力 
 今回は意識的に文吉晩年のものを選んだ。文吉独特の強烈な表情は見るものをたじろがせるので、やさしくなった晩年に絞ったわけである。しかしそうはいっても文吉の呪力はいささかも衰えていない。

私は呪力とは魅力と考えている。ただ呪力と魅力を同一視する考えは少ない。文吉の場合は「情味」という言葉で表現されることが多いだろう。

「魅」とは物の怪(もののけ)のこと。「魅力」とは「物の怪の力」つまりは呪力である。しかし一般に魅力とは「人の心をひきつけ夢中にさせる力」で可愛い、美しいとほぼ同義となっているのでやはり呪力がいい。なお「魅力」は明治時代に生れた和製漢語で中国語にはなかったのだが、いまでは魅力が中国に逆輸出、「魅力」( mèilì )となっている。(『精選版日本国語大辞典』参照)
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Last updated  2019年08月03日 13時43分22秒
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