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2007.01.26
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 「枢密院での審議」のまとめ。

 1946年3月7日に「憲法改正草案要綱」が政府案として各紙に掲載され、マッカーサーの支持も声明された。

 実態は「日本政府案」はGHQにより拒絶され、「国民主権・象徴天皇・戦争放棄」が盛り込まれた「GHQ草案」が日本政府に示された。
 これを元に「日本政府案」が作られたが、「日本政府案」は「英語を翻訳したような文章」や「主体的でない文章」が散見され、枢密院では問題としている。

 04月17日:「ひらがな口語体」となる「憲法改正草案」が発表された。
 06月08日:「新憲法草案」が枢密院本会議で可決された
 06月20日:「帝国憲法改正案」が帝国議会に提出された。


〓勝手に独断と偏見〓

 枢密院では「憲法改正の審議」が1946年4月22日~6月8日に於いて11回行われた。


 枢密院に提出された大日本帝国憲法の改正案は「枢密院」「貴族院」の否定であり、統治者だった天皇も象徴となる。

 「枢密院」で行われた修正は
 「内閣の補佐と同意を必要とし、内閣がその」 ==> 「内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その」

 のような修正で、実質的な修正は行われず可決された、納得できない枢密院での修正、国会での審議が期待された。

 「枢密院 第1回 審査委員会(1946年4月22日)」での
小幡:本草案の修正は実際において出来ぬ事になるか、議会の修正とGHQ、極東委員会、対日理事会との問題如何。
松本:英文で同時に各方面に発表してゐる。政府としては実質を変更できぬ。議会の修正は法律上出来る。出た案に含まれぬ事項に付ては出来ぬかもしれぬが、かかる全文改正の場合にまず何でも修正出来よう。しかし実質は却々問題なり。

 が、其の辺りの事情を表している。


 国会での審議に於いての与党は自由党と進歩党で、首相は自由党総裁の吉田茂、大臣は自由党・進歩党・官僚・貴族院議員・学者で構成されている。
 衆議院議員は国民が選んだが、貴族院議員は異なるし内閣は天皇が選ぶ、自由党の総裁は吉田茂(貴族院議員)、進歩党の総裁は幣原喜重郎(男爵・貴族院議員)

 外圧がなければ、陸軍省・海軍省が復活し、憲法改正は「統帥権」のみと思えるような状態。


 Article I. The Emperor shall be the symbol of the state and of the unity of the people, deriving his position from the sovereign will of the people.

 「the sovereign will of the people」を「政府案」では「日本国民の至高の総意」とし、衆議院の審議では「主権の存する日本国民の総意」と修正される事になる。

 衆議院では「主権の存する日本国民の総意」が「日本国憲法」を作る事になるが、審議すべき国会議員が所属している政党が作成した政党案では共産党案を除いては国民主権に関しては曖昧、「戦争放棄」はどの政党案も主張していなかった、共産党は天皇制反対を主張。

 「国民主権・戦争放棄・象徴天皇」は、GHQの意志、「国民主権」は連合国の総意、「戦争放棄・象徴天皇」はセットだったと思う。

 GHQ・極東委員会と船頭の多い中、国会の審議は始まった。




○国民主権

○日本国民の自由意思による憲法改正

○内閣総理大臣および国務大臣はすべてが文民で、過半数は国会議員から選ばれる。

○天皇制が保持された場合の制限事項(改正案の内容)と枢密院・貴族院の廃止。





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最終更新日  2007.01.26 21:20:58
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