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2005.08.16
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2005年8月15日付信濃毎日新聞より

高校生が放送部のドキュメント制作活動を通じて、戦争について自問自答している様子から、教育について投げかけている。

本当は歴史や世界を学びながら平和や国について考え、それぞれの価値感を獲得する。それが理想だとある社会科の教諭は言う。でも授業では時間が足りず、教科書の項目を駆け足でとおりすぎるだけ。

時間が足りないのももちろんだが、教員自身の理解や体験が足りず、自身もないから、教科書を離れた授業をするのに、腰がひけてしまうそうだ。

ここからは私の考え。
教師だって、何もかも知らなくてはいけないわけじゃない。戦争や平和についての正解なんか誰も持っていない。
その証拠に、いまだに世界では戦争をやっているではないか。
「教えなければならない」と思うから、苦しくなる。逃げたくなる。
知りたいことが出てきたら、先生が教えなくても、生徒が自分で調べればいいことだ。そんななかで先生も共に学ぶことができる。


多様な考えがあり、どれが正解ともわからない。
考えてみる。発言してみる。受け入れてみる。
そんなことから見えてくるものは、教科書から学ぶものよりも多い。
戦争や平和を学ぶだけじゃない、もっとたくさんの学びもある。

教師だって、一個人として、一緒に考えてみる。そういう場をもうけたらどうだろう?正解や、合意をとらなくてもいいじゃないか。

教師の仕事は、教科書を教えることではなく、教科書に書いてあること、ないことを自分なりにどうとらえ、考えるか、そういう基本になるものを作っていくことじゃないのだろうか。
人間としてのベースになるもの・・・それがしっかり構築されていれば、あとは、おのずと勉強したり、情報を処理したりしていくもののような気がする。

自分の考えを安心して言える場。評価されずに、ただ、多様な考えを乗せられる場所。そういう場作りができるように、教育制度が変わっていくといいと思う。
情報を吸収し処理していくのは大学。
義務教育、高校では、誰もが安心して考えを話せる場をつくり、個人の考える力をつけられるような・・・
そしてその上で、相手を否定するのではなく、いろんな考えを展開、聴き合うことで、深みが増すように思う。






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最終更新日  2005.08.16 14:19:29
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