みんなのハッピー、まず自分から ~ ライフコーチ さりー★kaneshigeの長野田舎あそび

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2006.09.21
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カテゴリ: 日記/おもうこと
コーチングを学び、ファシリテーションを学び、


言葉にとらわれる。

理屈でとらえる。

頭で理解しようとする。

そんな傾向。


一方で、言葉じゃないところに敏感に反応し、感じ取ることの出来る人がいる。




それとは別に、
去年の暮れ、メイナク族の暮らしを知る機会があり、


【メイナクの生きる哲学を端的に表す言葉は、「ひとつ」あるいは「一緒」。
 彼らは私たちが使っている多くの言葉を知りません。例えば、「幸せ」「不幸せ」
「自然」「宗教」「芸術」など。言葉は物事を区別する道具と考えれば、
この世界と「ひとつ」になって生きている彼らには、それらの言葉は必要ありません。
いつも幸せだから幸せなんて言葉は使う必要がない。みんな「一緒」で元気ならいい。
自然と「ひとつ」になって生きているから、自然を区別して呼ぶ必要がない。
いつも精霊と「一緒」に生活しているから、特別に宗教を意識することもない。
ボディペインティングをしたり、陶器や首飾りを作ったり、踊りを踊ったりすることが
生きることだから、生活とアートは「ひとつ」。だから芸術なんて言葉必要ない。】
シャロムヒュッテHP より引用



言葉があるから思考が発達して、とらわれていく・・?


また、言葉の発達で、ある種のコミュニケーションには便利になったけど、
一方で人間本来の持っている別のコミュニケーション能力がないがしろに、
あるいは退化してしまったのか・・・

最近はこのあたりの開発というか、実践の必要性を感じる機会が多い。

気がつき始めた。


言葉の発達で、文明が発達したのか、文明の発達で言葉が必要になっていったのか
それはさだかではないけど。



「考えすぎ」て苦しくなったり
「考えすぎ」て動けなくなったり
「考えすぎ」て選択できなくなったり。



なにか無駄なことをしている気がしている。






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最終更新日  2006.09.21 02:42:42
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