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亡くなった義父は、家族からは疎まれていた。特にお義母さんと夫の妹は、死んでも尚様々なことが許せないらしく、今も尚恨みつらみがつのる。 もう、いいじゃん。 と思うのは、自分や夫はそれほど嫌な目にあっていないからなんだろうか。 結構、嫌な目にあっていた自覚はあるんだけどな。 義父に認知していない隠し子がいて、そのことはお義母さんと夫の妹二人の大きなわだかまりになっているようだ。その子が出てくるんじゃないかと心配で仕方ないらしい。 財産は絶対あげたくないらしい。笑 お義父さんの子供でありながら、父親なしで育った、そんな子供(といってももう60歳位のおじさん、おばさんなんだろうけど)が元気なのか、どんな暮らしだったのか、幸せなのか、私はそっちのほうが気になっている。 役所に行って何をするにも、次男の嫁(私)には出来ないことが多い。 相続人じゃないからだ。 銀行に行って葬式代を払うこともできなかった。 私ってつくづく他人なんだと思う。 もっと、夫の両親には色々してあげたほうが良いかとも考える日々だけど他人の割には貢献している方だと割りきっている。
2020年10月05日
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義父が亡くなり、お金関係の様々なことを私がやることになった。 葬式のことや、会社のこと、相続など大きなことは主人がやって、 私は公共料金の口座振替の変更や、クレジットカードの届け、保険金の請求、銀行への届け、役所での手続き等を引き受けた。 義母は83歳。自分でそれらをする気力は今のところない。 それをしながら、自分の家のことが気になった。 もし、私や夫が死んだら、死んだ後の手続きは極力楽に簡単にしておく方がいい。 私は休みの日には、自分の家のあれこれも整理し始めた。 いつ死ぬかなんて、わからないのだから。
2020年10月04日
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一月ほど前義父が亡くなった。 86歳だった。 ホームに2年くらい、もともと心臓が悪かったけれどすぐにどうこうという病気ではなく、自力で歩くことは出来なかったけれど、頭は結構はっきりしていて、自分で家に帰る計画を企てていたくらいだった。 具合が悪くなると、提携の病院にちょっと入院しては帰ってきてが度々あって、今回もまさか亡くなるとは思っていなかったのに、とても、あっけなかった。 義父はサラリーマン時代は流通業界のとある企業で役員を務めていたのが自慢で、とにかく昭和一桁にありがちな頑固で厳しいおじいさんだった。 最後は母以外の人を寄せ付けない、母以外の人は寄り付かないような感じだった。 皆に見守られての温かい最後ではなかったことに、義父は寂しかったかな?いや、何とも思わなかったかな?などと、私はぼんやり考えていた。 私は義父がホームに入る前5年間ほど実家の仕事を手伝っていて(お義父さんの秘書という名目)お義父さんの御用聞きと、会社の会計関係をやっていた。 実際の家の仕事は、今は義父の息子である私の夫がやっていて、いわば私は義父と夫の調整役だった。 三年ほど前、板挟みにほとほと嫌気がさして一度仕事をやめて、家電量販店に転職していた。 義父は実質何も仕事をしていないけれど、子供たちを信用することができず常に文句をつけ、自分と比較していかに子供たちが未熟であるか、自分がいかに偉くて富も沢山持っているか語っていた。 でも、人間は死ぬときは本当に何も持っていけないんだと実感した。 納棺の準備を手伝ったとき、義父は最後に白い小さなポシェットを斜めがけされた。 中には紙のお金が入れられていて 三途の川の渡し賃なんだという。 持っていけるのはそれだけ。 なんだか、それが妙に清々しい気がしてお義父さんも楽になったんじゃないかな…と、思った。 お義父さん、ありがとうございました。 色々あったけど、感謝の気持ちがいっぱいに広がった。
2020年10月03日
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