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たはは。雨なのか。ざまあみさらせの感もあるね。ゴールデンウィークなどまったく関係のないアッシではある。きょうも配達、明日も配達。いや待て、明日やっと小生にオフが訪れるのか。京都に行ってやるか。久しぶりに京阪三条から阪急嵐山まで歩くかな。昔はこのコースを半年に1回は歩いていたものだ。途中にある小生の行っていた大学、やっとこさ卒業大学で昼飯休憩を取って、また歩き出す。社寺仏閣もいいが、途中に出会う路地や民家がすこぶるいいね。水がまかれ、玄関前には植木鉢がずらり。こまめな京都人、伝統を守る京都人の姿が垣間見えるのよね。まっすぐには歩かず、ジグザグに歩いてゆく。御所に二条城、迂回して金閣寺、竜安寺、嵯峨野を経て嵐山よ。秋がええねんけどね。20キロくらいは歩くのか。8時間くらいかかるのよね。はるか昔、そこ京都には市電が網の目のように走っていた。大学生の1回生のときはその市電に乗って大学に通っていたものだ。いまその市電がなく、地下鉄が走っている。風景が見えないと乗る意味がない。このゴールデンウィーク、京都もたくさんの観光客を集めたことだろう。観光バスを横目にみながらひたすら歩くのが小生の京都スタイルよね。晴れれば明日、久々に京都に行き、また帰りに、明日でその歴史を閉じる大阪天満橋の松坂屋に足を運んでみるかな。ワッシも1日くらいはゴールデンカレー、いやさウィークを過ごすとするかな。晴れれよ明日。
2004年05月04日
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タイトルにツワリありよ。産まれる~。違うって。イツワリありよ。「書く欠く詩か字か5時から日記」から「書く欠く詩か字かイボジ日記」に変更よ。いてて。なんでやねん。「書く欠く詩か字か9時まで日記」(これが正解)に変更よ。これで俄然オスワリがよくなる。「お手!」「ワン」「英語で1は?」「ツー」アホ言え。そこも「ワン」でしょ。「韓国の通貨単位は?」「ドル」「ウォンでしょうがい」依怙地な犬ではある。おっほん。ここも違うね。「オスワリ」ではなく「スワリ」がよくなるってことなの。5時からでは書けなくなってきたね。最近は起きるのが5時半ころになったね。夜は11時近くまで起きているようになってきたからね。アッシの睡眠時間は6時間に設定されておる。11時半に寝れば必然的に起きるのは5時半よね。きょうも起きたのは5時半よ。まあ自然にテレビのスイッチに手が伸びて、見るはめざましテレビよね。アヤパンとチカちゃんでお目覚めである。これがNHKだとときどきくたびれ果てたオッサンがニュース原稿を読んでいるから起きる気力もなくなってしまう。朝のニュースは女性がいいね。うん。そういえば。きのうの晩のことよ。このあばら家にあるガックリキッチンにゴキゾーさん出現よ。それも思いっきり太ったゴキゾーさんよ。昔ならそばにある新聞紙を丸めてエイヤとゴキゾーさんを仕留めるところだがその新聞紙があらず。ティッシュの空箱がその役目を果たします。その空き箱を探して、いざゴキゾーさん襲撃大作戦を展開しようと思ったらもはやゴキゾーさんの姿はどこにもなし。さっさとガックリキッチンのどこやらに退散してしまっていましたな。これから向かう夏、さて何回のバトルが展開されるのか。何匹のゴキゾーさんをあの世に送り込めるか。そやティッシュの空箱のほかに掃除機で吸い取るという手もある。そや。そのゴキゾーさんが通りそうなところに小生の穿き古した靴下を置いておく手もあるな。プ~ン! めっちゃくさいねん。ほっとけ。ゴキゾーさんも活動を開始されているのである。いろんな小動物がたくさんいそうなこのあばら家。いつまでも立っていておくれ。妙な激励の言葉を書いてきょうの9時まで日記は終了せん。
2004年05月03日
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きのう久しぶりに本を買った。昔は古本マニアで部屋中に本があふれかえっていたが。いま部屋の中にあるのは文庫本と辞書で100冊くらいか。思えばその本も読まなくなったものよ。今年はまだ一冊も読んでおらんな。本を買うという行為自体が少なくなった。雑誌も買わなければ新聞も読まない。情報はほとんど全てネットから入手している。いいのか悪いのか、ホタルイカなのかトヨノカイチゴなのか。そのきのう買った本、実は時刻表よ。JTBの大判時刻表よね。昔から慣れ親しんでものよ。青春18の旅にこれは必須である。ほかのものはどうでもいい。なくてもなんとかやりくりできるが、この時刻表がなければ途端に青春18きっぷが使えなくなってしまう。意味をなさないものになってしまう。重いのである。正直邪魔になるのである。しかし持っていく。もっていくとそこに幸せが待っている。来る夏。50日間の夏の予定を立てねばならぬ。この時刻表もすぐに手あかにまみれることになろうて。まあ無理だろうが、その50日間でJR全線走破を企てている。青春18きっぷだけで回り尽くそうかと思っているのだ。まあ無理だろう。無理だが、その50日間でどれくらいは乗りつぶせるのか。80%か90%か。そんなにも乗れないか。この時刻表5月号で少し検討してみよう。
2004年05月02日
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頭痛は収まるも頭重は残る新月は5月の朝である。弁天町は終わった。その疲れを取る暇もなくきょうからは中ノ島に向かわねばならぬ。世は連休に浮かれておるが、われにゴールデンなし、ゴールもなしで二十世紀ナシ。あるはお決まりの足のくささか。プ~ン。くさー!この臭い、まあ眠気覚ましにはなるかもしれない。HPの意匠も変えねばならぬ。部屋のあっちこっちも片付けねばならぬ。その前にトイレに入って踏ん張っておかねばならぬ。風呂にも排卵とナ‥。わしゃニワトリか。風呂にも入らんとな(これが正解)やらねばならぬあれやこれやが、まわりにフト、目をやっただけで出来てしまう状態よ。このホコリと排ガスとコンクリートだらけの大阪も、ほんの30分ほど電車に乗り継げば青葉濃き自然の山の中に行き着けるのだ。その自然に今年に入って本当に触れてオランウータンよ、マントヒヒよ、ハクビシンよ、マウンテンゴリラよ。体に活力を補充する暇がなかったのよねえ。きょうからは少しは自由に使える時間が増えるかもよ。この日記のほかにも書ける日記も出てコヨーテ。わお~ん!(コヨーテがこう鳴くか知らんが)思えばきょうはメーデーか。そのメーデーの日に行進も出来ずに働いている人間もおるわけや。アッシもその中のひとりなのやが。4月のカレンダーを5月に変える気力も湧かず、われ中ノ島に向かわんか。明日からまた5時から書けたらいいね。えっ、きょうは土曜日なの!? 曜日の感覚もなくなっていたここ2ヶ月ほどであったな。明日とて小生は中ノ島である。まあ近いだけが取り柄ですな。
2004年05月01日
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頭痛やまず。阪神の横浜戦連敗もやまず。阿部の本塁打攻勢もやまず。きのうは関西テレビが阪神×横浜戦を優先して放送し、巨人×ヤクルト戦を隅っこの小さい画面に映して放送していた。その巨人戦の方こそ見たかったぜ。さてきょう4月30日、弁天町への最後の出勤日である。きょうで配達所は閉じられる。アネゴさんも明日からはオヤジさんの介護に多くの時間を費やすことが出来るようになる。4月1日から始まった弁天町での出来事は濃密な時間であった。頃も桜が咲き始め、花を開き、散っていった季節。いまその桜の木には青い若葉が風になびいている。その桜の木の下を何回も配達のために自転車で往復した。散った花が服にまとわりついた。いま陽気は初夏を思わせるものとなった。冷たい雨にふるえたことがはるか昔に思われる。きょうで弁天町の配達所は閉じられる。小生にとっては一ヶ月の出来事に過ぎなかったがアネゴさんにとっては20年近い歴史がこの配達所とともにあった。その最後のほんの瞬間であったが、この配達所およびアネゴさん、そしてその周辺の方々に出会えたことは非常に貴重な体験であった。忘れがたい思い出となった。その弁天町の配達所にまもなく向かう。その前に風呂に入って体を清めていこう。頭痛よ、きょうぐらいはその活動を休止してほしい。あらためてアネゴさん、および弁天町の配達所関係者の皆さんに感謝を申しあげる次第である。ありがとうございました。
2004年04月30日
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4月29日。天皇誕生日である。違ったかしら。「みどりの日」なのね。ここ2ヶ月ほど小生に休みらしい休みはなかった。1日ゆっくりしたなあと日はなかったと思う。まあ大阪市内をあっちこっちと配達やなにやらで駆け巡っていたという印象しかない。雨の日もあり、きつい北風の日もあり、雪が降っていた日もあり、クロード・チアリはギター弾き、ポロポロポン。肉体もそうだが、精神の方も酷使してきたかと思う。そのツケが一気にまとめてきたかのようなここニ三日の頭痛のひどさであった。加えての腰痛である。いくら大阪男前野郎(in front of man at osaka)、またの名を大阪イケメン野郎(pond mask man at osaka)と近郷近在の皆の衆からハヤシたてられ(forest stand)ても、これは身に応えた。ついにはきのう日記の休筆宣言をせざる、いわざる、きかざる、尾長ザル、左様でござるをやらざるをえない始末に。とほほ。しかしや。この大阪男前野郎から日記書き書き作業を除いたら何が残るか。足のウラの臭いだけか。クサ~! ほっとけ。アッシがアッシらしくなるもの。由って来るもの。由緒って奴かしら。それが日記を書くことにあるのでないのかシーナ・イーストン。確かに頭痛はする、腰も痛い。しかしその悪条件の中でもダイアリーさんだけはシカとdeerと書くのがin front of man(大阪男前野郎)のhotel life(宿命)かと思われるのだ。まずは第一段落はここまで。あとからまた書き足してゆきます。ふーっ。さて第二幕、第二段落と参ろうか。ただ今、午後の1時20分である。頭痛はやまない。足元もふらつく。そんな中でたった今昼食を摂ったところである。ここでは「摂った」の漢字を使った。この「摂る」には「栄養を摂る」の意味が含まれているらしい。さきほど作ったのは「ナベ」である。水炊きである。鍋に水を入れて冷蔵庫に長い間保存してあった豆腐と厚揚げ豆腐、そして青ネギ、ウドン2玉を入れて煮立てた。それを味ポンに浸けて食うのである。まあ貧相な祝辞。このたびはおめでとうございます。違うって。貧相な食事。食事を「摂る」というより「取る」だけの感じですな。腹がふくらめばそれでよし子ちゃんよお~。ここまでで何字なのかしら。今回はこれまで。無理をせずに夕方にまた書き込まんか。ふう。ただ今の時間、19時25分である。夕食を食べ終わったところである。といっても今川焼3個である。冷凍物で長く冷蔵庫の中に保存していたものだ。カッキラコンに凍っていた。こんなときに電子レンジの威力を実感するね。他のいかなる加温装置でも電子レンジ以上に今川焼を元の今川焼に戻すものはあるまいて。ガスなんかなんの役にも立たない。中のアンコがふっくら熱くなるまでに外の皮が真っ黒焦げになってしまおうぞ。5分経ちました。チーン。ナンマンダブ、ナンマンダブ。仏壇の鉦とは違いますな。できましたとの合図若松さんの音ですな。取り出します。入れるときにキンコラピキキと凍っていた今川焼がフックラピヨノスケとなって電子レンジから登場です。おお。食べます。ガブリンチョ。舌がヤケドしそうなくらいにアンコが熱せられていました。甘ったるいアンコが口にひろがります。しかーし、これがみどりの日の夕食ではあまりに寂しい。そや、きのう久しぶりに買った生ハムを5枚ばかり食うかの。しかしまあ冴えない食事であることよ。頭痛もあきれておるわい。腰痛もね。さきほどチラッとみた阪神・横浜戦、またも阪神が負けておる。開幕から5連敗になるかもよ。去年のカモが今年はカンムリワシになって舞い戻ってきた感じ。善きことは続かず、また悪いことも続くまいて。明日にはこの頭痛も収まっておろうかい。これで何字かの。3500字くらいかの。また深夜近くに書き込めたら書き継ごう。
2004年04月29日
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思い切って今月一杯は休みます。ご諒解あれ。
2004年04月28日
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雨なり。弁天町の配達所では最後の雨にならんか。本日も書き込む時間、僅少なり。夜に加えられたら、加えるべし。雨。春雨にあらず、音立てて、降りかさなる。今回はこれまでにして、弁天町の配達所に向かわんか。
2004年04月27日
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きのうは腰痛激しく、チャイマンネン床に終日入っていた。テレビを点けたり消したり、また点けたり消したりを何度繰り返したことか。それしかすることがない。いや、できなかった。ここ数日間にいろんな出来事が集中した。その処理に追われた。疲れた。その間の事情を書いたら一編の立派な小説が書けるかもしれない。やめます、その間の経緯を書くことは。書けることでも、書くことでもないし。気が滅入るだけよ。話を変えます。前を見すえます。先に書いた夏の日本大旅行、これはもう決定です。周囲がいかなる環境下でも、はたまた小生がどんな体調下でもやりとげる覚悟です。青春18きっぷと船だけを使っての日本大旅行です。しかしこれを50日間はいいとして、毎日5000円の予算でやりとげるのはかなり至難のワザとなってきましたぞ。今回は青春18きっぷのほかにそれよりさらに安い「北海道&東日本パス」も当然使うわけです。これだと1日2000円でJRの北海道と東日本管内が乗り放題よ。残り3000円使えるわけなのですが。3000円毎日使おうと思ったら毎日、急行「はまなす」を定宿にしないといけません。そして風呂は青森は浅虫温泉の「ゆ~さ浅虫」ですかい。ここしかないんかい、ここしか知らんのかい状態ね。なんせ便利よ。駅から2分。近代的なビルの5階にある銭湯よね。窓のすぐ下が陸奥湾よ。晴れていればはるかかなたに津軽半島が。左に、南へと目を転じれば青森市街が。北海道の疲れをここでいつも取っています。休憩室にはテレビあり。夜だと決まって巨人戦が映されています。冷えたコーヒー牛乳を飲みながらの観戦であります。落ち着くねえ。こころがゆったりするねえ。といってここでも利用料が350円。安いっす。それでもここで都合2350円の出費よね。残り2650円で何をせえちゅうねん。今回の旅ではおよそ半分はマンガ喫茶での宿泊が予想されます。まあ宿泊とはとてもいえませんな。インターネットを夜明けまでしながら、時折はイスに背をあずけて寝込むのです。この費用に1500円前後の費用がいりますな。青春18きっぷ2300円+マンガ喫茶代1500円で3800円。残り1200円が一日の食費その他の全費用‥。できるかそんなもん。50を迎えんかというオッサンには過酷過ぎるぜ。1週間や10日ぐらいなら出来ないことはないが。50日間はつらすぎる。50日間50万円の旅に変更する。こうすると沖縄への旅も現実味を帯びてくる。確実にできるという見込みも出来る。その全体の計画を早く作ろう。おおなんだかここまで書いてきて、元気が戻ってきたぞ。明日からまた、この件も折に触れて書いていこう。きょうはこれまで。
2004年04月26日
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頭痛に加え、激しき腰痛あり。本日の書き込み、またも中止のやむなきに至らん。ご了解あれかし。
2004年04月25日
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今朝も7時起きになってしまった。以下同文、右に同じ、という状況下である。またもきのうは野暮用を片付けるのに午後11時過ぎまでかかってしまった。夕飯が深夜飯にずれこみ、寝たのは1時か。この道はどこまで続くのか。きょうも書ける時間はわずかであった。すまぬ、申し訳ない、という言葉しか出てきませんな。明日はどうなのか全く予想できず。きょうもこれでオシマイです。
2004年04月24日
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痔情により、痛くて、つらくって‥‥。堅いイスにはすわれないのよ。違うっての。事情により本日も書き込みを中断させていただきます。ごめんなチャイナドレス。明日は書けると思いますほどに。思えばきのう食ったのはマクドのてりやきバーガーセットだけだったのかい!?それできのう、野暮用の仕事の拘束から離れたのが午後12時近く。日も変わろうかという時間帯よ。50マジかよオッサンは試練の時を迎えているのかもシレン。なんちゃって。なんとも言えん疲れが体をおおっておるのう。おっと時間よ。明日に期待をもたせてこれで了。
2004年04月23日
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都合により本日の日記はお休みします。来ていただいた方には御免なさい。
2004年04月22日
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頭がズシズシと痛みよる。疲れもたまれば仕事もたまる。たまってないのは貯金だけ。世は春なのに、ああ春なのに、柏原芳恵なのに、アッシは大阪に留まったまんま。先月から今月と季節は冬から春へと、今では初夏を思わせる陽気となっておる。その季節の移ろいを梅と桃と桜の花を見るだけで感じるだけの大阪暮らしなのよねえ。は~。溜め息、サントドミンゴ。実に情け無いことだが京都すらにもいけなかった今年の春か。運命の小さな笹舟に揺られ揺られて、さてどこに流れつくことやら。一寸法師ならぬ「一寸先は闇法師」ならんか。きょうもまた予想外の仕事が舞い込んだ。いやさこれを仕事といえるのか。前にやった仕事の後始末というべきなのか。まったく金にならない仕事をやらされる。やらざるをえん。弁天町の配達所のオヤジさんの手術は時間がかかった。おおがかりであった。終始付き添ったアネゴさんも大変やったと思う。しかしこれからがもっと大変だろう。配達所の休止と入院費用の算段、アネゴさんの悩みは尽きることがない。しかしアネゴさんは強い。「なんとかなるわ」の精神で頑張るしかないじゃないのと言ってはります。小生も余計な仕事が入らなければ早めに弁天町に駆けつけられるのだが‥。全く要らん仕事だぜ。特急で片付けて、弁天町に向かうことにしよう。しかし思えばこの春はこれまでの十数年間でなかったような春である。例年、桜をめざしてうろつくばかりの春であった。この春はいろんな人生のあれこれを、ヒトコマヒトコマを見つめる春となった。今年の春は記憶に残る春と確実になる。おおそう。3日ぶりに風呂に入らんか。シャワーだけなんやけどね。まともに風呂を沸かしたのは正月の3日だけよ。水道代とガス代、めっちゃ少ないです。大阪男前野郎は省エネ貴公子でもありました。エライ!ザラザラ。ヒゲも伸びてまんな。きょうはこれにて。
2004年04月21日
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きょう20日は弁天町の配達所のオヤジさんの手術日である。腸カタルから腸カタリマセンにする手術なのだ。手術の無事な成功とすみやかな健康体へのご回復を祈るのみである。アネゴさんはその手術に立ち会う。そばで見守られる。ためにきょうは配達所には終日おられないのだ。そのピンチヒッターをアッシが務める。男性モデルの代役ならいつでもどこでも、パリやロンドン、マルセイユやマドリッドでも勤められるが、さてその配達所の代理を無事務められるか。しかし、男前は精神、心の中も男前でなくてはイカンだろう。アッシは二つどころか0.001返事でその代役を引き受けたのである。大阪男前野郎、ここにあり、おり、はべり、いま蘇我入鹿はどこにいるか。なんちゃって。「アネゴどの。まかせなはれ。アッシには出来ないことがいっぱいありますぞ」「あったらあかんがな」「いやさ。出来ないことはおまへんやろ。鉄棒の逆上がりをのぞけばね」「大丈夫かいな。頼りない大阪男前野郎‥‥」「その代わり、足のくささは保証付き」「アホかいな」まあ大丈夫でしょう。こころ安んじてアネゴさんはオヤジさんの元へ参られよ。その留守はこのアッシがシカとサルとイボイノシシと守らせていただきましょうぞ。せや思い出したぞ。そのアネゴさんからおととい柏餅をふるまわれたのだ。「食べえ。ええもん食ってなさそうな顔してるやん」「どんな顔やねん。ほっときなはれ」アッシは食したのである。柏餅など十数年ぶりだろう。アネゴさんには悪いがひどくまずかった。葉っぱの芯が堅くて噛み切るのに苦労した。「どう。うまいやろ」「ええまあ」翌日またその柏餅をすすめられた。「またですかあ」。その言葉は控えた。「わたしも頂戴しよ」アネゴさんは食べられた。葉っぱを取って‥‥。あん!?「アネゴどの。ひょっとして、もしかして、醤油も貸して。柏餅とはその柏の葉っぱを取って食べるものでしたかの?」「当たり前やん。こんな葉っぱなんか誰が食うかい」ガーン!! 知恩院の鐘もゴーン。にゃんとしたことかい。アッシはそのまま柏餅をガブリと食っていたのかい。そういえば昔そうして葉っぱを取って食っていたような記憶が‥。気付くのが遅すぎた。手遅れだった。もはや柏の葉っぱは胃の中、腸の中よ。まさかそこから木が生えてこないでしょうな。ああ柏餅。これからシ-ズンよね。くれぐれも葉っぱごと、まるごと食わないように。こころして単語のセップン、どんなんやねん、端午の節句を迎えられるようにの。葉っぱを取った柏餅。おいしかったですな。
2004年04月20日
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1ヶ月が経ったのである。ここ楽天に日記を書き出したのが3月19日の金曜日であった。ほんのたわむれに書き出したのである。その時小生は10ばかりの日記とブログのレンタルサイトを抱えていた。いまもかかえている。無料のものばかりである。金はいらない。その全部に毎日とはいわないがまずはそこそこ日をおかずには書いていた。ここ楽天日記に書き込みを始めてから、そのリズムがすっかり崩れた。楽天日記に小生の関心が集中してしまったのである。驚いたのがその日記の書き込み許容量である。「全角5000文字以内」とある。この日記を書き込むと総文字数が出る。その時なぜか「半角」で計算されて出てくるのだ。すると半角では1万文字まで出てくるのかしら。小生ここでの最高が半角4250文字ぐらいだったかと思う。ほとんどフラフラになり書き上げたものだ。これ以上はシンドイと思わせたものだ。そのまだ2倍以上の書き込み許容量なのである。まあ、あきれたね。こんな日記欄は初めてみたよ。またその編集のしやすさにも驚いたね。すぐに出来る。またパスワードを入れなおすなどの余計な手間がいらない。小生は3回くらい文章を手直しする。この使いやすい編集機能はありがたい。またここ楽天日記は日記を催促するメールを送ってくる。今日も書きなされと軽く圧力をかけてくるのだ。おかげで開始以来毎日欠かすことなくこの楽天日記を続けてこられた。ここで感謝‥‥とは素直に言えないところが今の小生のつらいところよ。たしかに楽天日記には毎日書き込める結果とはなったが、その余波を受けて他の日記・ブログへの書き込みがトンと少なくなってしまった。いくら借りても利息や延滞金が生じないのが、無料レンタルの日記・ブログサイトよね。甘えています。めっちゃ甘えています。ゴロニャーン!しかしそんな甘えもいつまでも許されるハズもなし。20世紀ナシ。小生の内部の事情も5月から少々変わります。楽天のほかにも書ける日記やブログも出てまいりましょう。そうせねばいけま仙台・七夕祭り、今年は絶対見に行くぞよ。待ってらっしゃい。きょうで1ヶ月。楽天日記は欠かさず続けられたよ。皆の衆に置かれては以後も将棋もカルタ取りも、あったかーい目で小生を見つめられんこと、こい願っておるところジョージさんなのよ。頼みましたね。うふっ。
2004年04月19日
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今朝はいとしのチャイマンネン床を抜け出したのが6時よ。ふ~。気苦労の絶えない出来事が続いてのう。そういえばきのう静岡市の清水地区(清水市は無くなって静岡市に合併されたと聞く)でにゃにゃにゃんと30度5分もの気温を記録したそうな。地球そのものの苦労がたえんことになってきたぞよ。4月に30度であなた。清水の次郎長さんもついきのうまで股引きをはいていたのが、きのうはステテコいっちょで過ごす始末よ。「どないなっとんねん」と上方言葉で言ってはりました。清水の次郎長は実は河内のオッサンだったのです。なんらかの事情で河内の実家を放逐され、流れ流れて駿河の国は清水に行き着いたそうな。そこで土着し、本来の名前を勘助、清水の勘長と始めは言ってはりました。しかしそうするとどうしてもイメージが例のカンチョウにつながり、うしろからふいに「カンチョウ!」とやられる始末。何度やられたことか。バカにされてたまるかと当時たまたま流行していた奥村チヨの「ごめんねジロー」からその「ジロー」をとって清水の次郎長にしたんだとの説は日本歴史学会でとうの昔にバカにされ、相手にもされなかったという噂が各地ではびこっておりますが、はたしてホンマなのか、ホンマ千代子なのか、はたまた梓みちよか園まりなのか、誰も知らないってさ。肥後どこさ、熊本さ。ここで小生が言いたかったのは昨日は暑かったということなのさ。肥後どこさ、熊本さ。そや熊本といえばバッテン荒川さんは今も元気で活躍されておられるのか。その熊本で思い出したぞ。もはや15年以上もの昔になるがその熊本城に赴きしとき、夏の暑いときやな、その天守閣前に売店あり。自動販売機あり。「コーラを一杯ね」とワッシは百円玉をいれたか。紙コップに氷とコラが、何やっとんのじゃオマエは!! もとい、そのコラでなくコーラが注ぎ込まれる音が聞こえます。パラパラ、ジョワー。シュワー。オイラのクチにまもなくそのコーラが入れられ、ノドチンコを冷やしつつ通過して、胃の中に納められるのね。むほほ。コトッ。なになに今の音? 炭酸がはじけるシュワーで終わり名古屋でない、ここは熊本城。終わるはずなのに。聞きなれぬ音が最後に加わったぞ。注ぎ口から出したときの驚きを今も忘れませんぞ。そのカップにはコーラのほかにストロ-も入っているじゃあ、あーりませんか!!!ビックラこきの助。ここまでふつうやるかあ!!日本人の生真面目さというか、器用さというか、なんともいえん親しみをその一本のストロ-に感じたものでした。去年その熊本城に行き、ストロ-の入る自販機を探しまくりましたが見つけられませんでした。バブル時代にあらわれた幻の自販機であったのか。自販機から愛を感じましたね。なつかしの思い出を綴り、きょうはお開き。
2004年04月18日
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大決定なのである。大決心なのである。大決着なのである。大のオンパレード。風大左衛門、どぼじてどぼじてなのである。ワッシは決断したのである。夏は働かんと。この春の働きの疲れを夏に一気に甲斐性戦火(なんやねん、これ)。甲斐の国でオカマとオナベが戦争でも始め坦懐(わちゃー、これも)。「始めたんかい」なの!正しく書き直すかんね。ワッシは決断したのである。夏は働かんと。この春の働きの疲れを夏に一気に解消せんか(これが大正解!)。そうなのである。ワッシは7月20日から9月10日まで長期の休暇に入る。働きはしない。儲け仕事は一切しないのだ。なにをするか。青春18きっぷを使いまくって日本第慮湖(なんやねん)、日本大旅行だよ~ん(これで大正解!)その時、その8月3日に不肖山中環太郎49歳、めっちゃ男前、なのにちょっぴり足がくさいの(ほっとけ!)が50歳の男の節穴を、もとい節目を迎えるのじゃ。昭和29年8月3日、シッカリ食えよ「ニクヤサイ」の日に生まれておる。その昭和も今年で79年なのだ。おお。なんだかその年号とやらも「平成」なるものになっておるようじゃが、知るかそんなもん。昭和79年から昭和29年を引いてみると昭和50年。おお。昭和の時代を50年、半世紀、アッシは生き抜いたことになるのね。そのめでたき時に働いているバカがどこにおるかって話になってくる。7月20日から9月10日まで52日間の日数がある。その中の50日間をアッシは旅の空の下に身を置くことになろう。そうするぜ。そうさせてもらう。このような長期の旅は実は初めてではない。47歳の夏に経験している。あの時は43日間を旅に明け暮れた。日本をまわり尽くした。ただ沖縄だけには行けなかった。50歳の夏。ワッシはそんじょそこらの50のオッサンが体験できないような夏を経験するかんね。当然沖縄にも足を運ぶぜ。しかし足らないのはお金である。これがネックになる。47歳の夏は1日4700円でまかなおうとした。出来た日もあり、出来ない日もあった。今回は50日間毎日5000円の旅か。交通費に毎日、青春18きっぷを使えば2300円いる。あとの2700円で食費や宿泊費をまかなわねばならない。き、きびし~っい!都合25万か。う~む。アッシはこの金を他人に出させるつもりにしているのじゃ。この話をどこやらの出版社に持ち込めば少しは関心をもってもらえるかもよ。「どうでっか、この企画。これからのこれ以下社会に(違うっての)、高齢化社会に向けての励ましの意味でも、きっとタメになる企画ですぞよ」「ちょっと意味がわかりませんが」「分からなくてもいいのです。あなた出す人、わしゃ使う人」「丸損ですがな」「アホいいなはれ。タダでは出してもらいません。その旅行記をば面白おかしく書き綴ってヌシさんの出しておられる《ガンバ中高年。アンタが一番》に書かさせてもらいまんがな」「そう言われても‥」「そう言いなさい。ほなこれで決定ね」アッシはそそくさとその金庫に近づき、パカッと扉を開けて25万円ほどを手づかみで掠め取り、あっという間にアカポンタン出版社をあとにしたのだった。その後、山中環太郎は約束通り、旅行記をその雑誌には1回も書かなかったという。「だって面倒くさいんだもん」。山中環太郎は許された。なぜならそのアカポンタン出版社は倒産したから。負債25万円。ヤスッ! アッシが借りていった25万であったかどうか誰も知らないという。山中環太郎は9月11日から、何もなかったかのように仕事に復帰したという。そういう具合にはならんかいのう。しかし、7月20日から9月10日まで日本大旅行に行くことになんの変更もない。ワッシはいくのだ。
2004年04月17日
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きょうはこの楽天日記内にもイラクで人質になっていた日本人が無事解放されたニュースにからめた日記があふれるのであろう。いろいろの意見があろう。それに半可通の小生の意見を加えても、どうせ似たような意見にならざるを得ん。やめておきます。日記で時事問題を取り上げることは、ある意味非常に簡単である。ネタに困ることがない。日々におこるニュースに、ああでもないこうでもないと、当事者でもなく、関係者でもなく、ノンキにコメントを書き連ねていけばいいのである。そのニュースより新鮮なもの、大きな出来事が起こればアッサリその「時事問題」から身を引く。忘れてしまう。関心をなくしてしまう。書く本人にとっては実はどうでもいいことなのである。それより日々の自分の生活の方がはるかに大事なのである。日々のくだらない出来事を書くことがいかに大変かこれでお分かりいただける‥‥ハズもおまへんか。小生自身、3月から今月4月までおよそ身の休まる日が無かった訳で。大好きな旅行にも行けず。「50マジかよ大阪オッサン人質事件」はいまだ解決せず。この詳しい経緯はこれからの日記に詳しくネ。きょうは朝から弁天町よ。ふ~っ。解放はいつ。
2004年04月16日
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きのうは今月に入り、初めて朝、ヒマが出来た。休日かというとそうでもない。近場への配達物が、弁天町へ応援にいっていたため、まだ残っていた。こちらをさばく仕事があったのだ。これがお金になれば、疲れていても喜んでするが、まあならない。バイトで他の仕事をしたほうがいい。しかし銭金の話は抜きにして、配達という仕事は好きだな。ただしもちろん、重いものの配達は御免こうむる。およそ力がない。腰が弱く、耐えられない。ごくごく軽いものだな。その「軽いもの」をもって自転車での配達である。小生、免許を持っていないからね。免許では高一か高二のときに原付の免許を取っただけである。更新に行かなかったため、わずかの期間で無免許になっている。以来、車を運転したいという欲望にも駆られず、鉄道趣味に走ってしまった。ただただ鉄道、ときたま船を使っての日本列島の移動しかしなかった。バスを使うことはマレ。ましてやタクシーなど論外である。自分ひとりで乗った事はこの人生で1回もない。これからもない。電車と歩行か、小生が目的地にたどり着く主な移動手段は。今から30年ほど前。小生が京都は金閣寺近く大学に通っていたころ、最後の2年間は、阪急の西院駅からその金閣寺近く大学まで歩いて行っていたものだ。片道1時間半かかった。往復3時間か。苦にならなかった。むしろ楽しかった。京都の路地にあきなかった。毎日、歩くルートを微妙に変えた。大学に着く頃は11時に近い。授業にも出る気がせず、食堂で定食を食い、また今度は帰りで歩いて1時間半かけて西院駅に向かう。何をやっていたんだか。きのうはその朝のヒマを利用して造幣局の桜の通り抜けに行ってきた。最終日であった。細かい雨、春雨が降り、構内もそう混んではいなかった。遅咲きの八重桜が満開であった。中でも「楊貴妃」の見事であったことよ。その名にふさわしく桜の女王にふさわしい。気品と優雅さを持った花々を木の幹から伸びる数え切れない枝の一本一本までひろげ、辺りの八重桜を子分のように従えている。ははーっ。おもわず土下座して拝礼したくなるような威風を漂わせておられました。差した傘が桜の枝にからみます。そのたびに枝がしなり、花が散っていきます。小生は傘も差さずに、桜の鑑賞です。少しの雨。多くの人には、まさに春雨じゃ濡れていこうとはならないようで。その傘をさしながら、「まあ綺麗」とのたまうご婦人連。なんだかなあの風景でしたな。まさに見ごろを迎えた造幣局の桜の通り抜け。残念ながらきのうが最終日。あそこも思えばお役所なのか。きっちり1週間でその門を閉じてしまいます。まあ桜も「傘の枝攻撃」にさらされずにすむでしょう。安心してその花を咲かせていてください。思えばこの春に初めてゆっくり見た桜でした。
2004年04月15日
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雨である。雨粒がトタン屋根に当たり、ポタポタと音を立てる。うるさい。きょうの朝はゆっくりできるぞ。弁天町の配達所の応援にはきょうは夕方に行くことになっている。雨もそれぐらいにはやんでおろう。ラッキー。しかし喜んでばかりはいられない。その弁天町の配達所は今月一杯で営業を停止してしまうのだ。夫婦ふたりとわずかの配達員で支えてきた配達所。その大黒柱のオヤジさんが体をこわされ入院された。アネゴさんは決断された。無理だと。これ以上はやっていかれないと。アネゴさんにはヒマができない。オヤジさんを看病する時間もない。配達の仕事があるからだ。オヤジさんがこなしていた仕事をするのはアネゴさんしかいない。配達員を雇えばいいのにとは思うが、なにしろ小さな配達所である。雇えば途端に赤字になってしまう。やや専門の知識もいる仕事で、また当然地理にも詳しくないとすぐには出来ない仕事なのだ。ながらくその経験があり、まあ道にも迷わないだろうと小生に応援依頼の要請があったのだ。きょうの朝は代わりの者が行く。夕方からは小生。アネゴさんは朝から夜まで、もちろんその配達所にいる。オヤジさんが入院されたのが先月の下旬か。以来、アネゴさんに休みなどなし。オヤジさんを見舞いに行ける時間もなし。なんとか、娘さんらに少しの時間だけ配達所の留守番を頼み、3日に1度、1時間程度は病院に行っているようだが。20年近く、夫婦二人で支えてきた配達所。その結末をこういう形で迎えるとは。悲し過ぎる現実である。今月いっぱいだが、出来る限りの助力をしたいとの思いがつのる。きょうの日記はこれ以上書くのがつらくなってきた。終わる。
2004年04月14日
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むかし、お昼すぎのテレビに「三時のあなた」があったと思う。森光子、山口淑子、高峰三枝子、富司純子さん等が司会されていた奥様向けの番組である。それにしても見事な「子」さんだらけ。時代を感じさせるねえ。その番組はその名の通りお昼すぎの午後3時から放送されていたのである。近頃のアッシも「三時のあなた」である。ただし午前3時のね。鳴けてくるぜ。ホーホケキョ。違うっての。泣けてくるの。こんな朝の、うんにゃ、まだ真夜中の午前3時に起き出して働き出す大阪のオッサン、もうすぐ50。ほっとけ。ただし顔はめっちゃ男前。その通り!まあ、情けないっタラちゃん、いつになったらトシ取るねん。それにしても「サザエさん一家」は不老不死やで。イクラちゃんなんか赤ん坊歴何十年やねん。あのドカベンの山田太郎でさえ年を取って、高校生からプロ野球に進んだではないか。おそるべし「サザエさん一家」である。主人公が年をとらないのがあの高視聴率を支える遠因なのか。アッシはその番組の最後にやるサザエさんとのジャンケンが楽しみでのう。勝つとその後の1週間が気分よく過ごせそうな気分になるのじゃ。そしてそれがすむと鉄腕ダッシュにチャンネルを変えるのが日曜の夜のパターンかのう。プロ野球が始まるとその鉄腕ダッシュも放送が飛び飛びに。悲しい。きょうも3時におきてきのうの続き、エクやんとの格闘である。きのうあまりにもエクやんがいうことをきかないので、そのエクやんのワークシートなるものをもう一台のパソやんに(でへへ。なんにでも「やん」をつけるのが大阪人のオッサンの習性でしてな)添付ファイルで送ってみた。おっほん。アッシの住むきちゃない(ほっとけ)あばら家にはパソやんが3台あるのじゃ。もう1回、うっふん。もとい、おっほん。それを現在使っているのはアッシ一人なのよ。宝の持ちぐされ~。らりほ~。らりらりほ~。その3台のもう1台にメールで送ってみたんよ。そしてそのテンプラうどんを、もとい添付ファイルを開いてみた。おお、今度はスムーズに数字がエクやんのワークシートなるものに打ち込めていけるではないかシーラカンス。いいんじゃないのう。これでバッチシ。う~んマンダム。クロヨンダム。アスワンハイダム。三峡ダム。そしてもうひとつ、忘れていけないキダム。おお。ダムづくしをやっている場合ではないな。とにかくやれやれ。エクセルの問題点は、そのエクセルが動かないパソコンから動くパソコンへデータを移動させれば解決ハリマ王になることが分かった。えかったもんね。きょうもあいも変わらず忙しい。ようやく明日にはヒマができるかという感じである。いつも目標にしている5000字にはきょうも到底達せず。ここらあたりで打ち止めよ。二日は入っていない風呂に(シャワーだけなんですけど)入るぞよ。まもなく6時20分か。すでにあたりは明るくなってるね。きょうもつつがなく、ウグイス鳴く、ホッホラホケキョン!またあした。
2004年04月13日
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今朝は3時半起きである。こなすべき仕事がマウンテン、山ほどあった。マウンテンどころかマイッテンである。もうカンニンシテンである。それがまだ終了していないのだ。コンピューターがいうことを聞かないのだ。エクセルを使いデータの数字を打ち込むのだが、反応しないのだ。どぎゃんしたもんかい。エクセルなど正式に習ったこともない。マニュアル本を読んだこともない。すべてをこれまでの経験と勘でこなしてきた。それがきょうのフリーズである。訳が分からんぞ。今一度じゃ。この日記を書いている場合ではないな。とりあえずこれでアップ。読んでくれた人には申し訳ない。あとから時間があれば書き継ぐものなり。
2004年04月12日
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武装グループがアルジャジーラにファクスで届けた声明は「イラクのイスラム宗教者委員会の求めにこたえて、3人の日本人を24時間以内に解放する」と表明。そのうえで「親愛なる日本の民衆は、日本政府に圧力をかけ、自衛隊をイラクから撤退させて欲しい」との内容だった。きょうのアサヒ・コムのトップ記事。「人質、24時間内に解放」中東TV、犯人側意向伝える 、との見出しの下に書かれた記事の一部である。人質になった邦人3人の解放のニュースにはホッとした。まだ現実には人質のままだが、解放の方向に動き出したことは確かだろう。喜ばしいニュースだ。さてここでふと疑問におもったことがある。そのニュースを伝える記事の一節に「そのうえで『親愛なる日本の民衆は、日本政府に圧力をかけ、自衛隊をイラクから撤退させて欲しい』との内容だった」とある。「自衛隊」とここでは訳している。そのアルジャジーラが伝えているのは英語版だと以下なのである。「The group also called on the Japanese people to pressure their government to withdraw its troops from Iraq. 」「自衛隊」の英語はここでは「troops」に相当するであろう。この「troops」を英和辞書で引けば「軍隊、軍勢、部隊」とだけなっている。「自衛隊」とはとても訳せないのだ。それをどういうわけかこのアサヒ・コムの記事内では「自衛隊」と訳している。まあそういえば、そうなんだが。この「troops」の意味のとらえ方の違いに、日本と外国との意識の違いがある。こちらは「自衛隊」なんです。攻撃する意図はまるで持っていません。人道支援活動に来ただけなんですとたとえ呼びかけたところで、さて現地のひとに理解してもらえるのかどうか。軍服を確かに着用しているのだ。そもそも「自衛隊」なる概念を向こうの人が理解できるものなのかどうなのか。どうも理解されていない。この「troops」ということばを使われていること自体が本来おかしいのだが。自衛隊は「self defense army」とでも英語では訳せるのかしら。「army」だと(陸軍の)armyという但し書きが付くみたいですが。ややこしいなあ。そして言葉が長いです。分かってはいるが、長いのでついつい「troops」にしてしまうのかしら。今回はどうなのか。どうもアサヒ・コムの担当者が気をきかせて「troops」を「自衛隊」と分かりやすく翻訳しただけかと思われるのです。外国、それもイラク国内では自衛隊は「troops」と思われている。その「troops」をイラク国内から撤退させようと図り、人質に3人の日本人をとった。それが今回の事件の真相のようです。人質の日本人が解放されるとのニュースはなによりです。しかし「自衛隊」イコール「troops」、「軍隊、軍勢、部隊」のイメージはなかなかイラク人の心の中から解放されないでしょう。今回の一連の事件で知ったイラクの事情です。小泉首相は一度イラクの現地にいって戦争被害者が入院している病院を視察したらどうか。そのニュースをアルジャジーラが放映したら多少は日本のイメージも変わるかも。きょうはまたも時事ネタになり、笑いのカケラも書けず仕舞いであった。まあ阪神が単独首位にたったことやし、ええやんこれでも。なんだか頭痛がする。定期的にやってくるものだ。しかしきょうもまた配達の仕事が入っている。まもなく出発である。解放のニュースはいいクスリになるかなあ。まずはよかった。安心した。きょうも変わらず忙しい。休日はここ2週間ほど、なし。日本国内にも仕事で人質になっている人が沢山いる。小生もその中のひとりか。哀しい。とほほ。
2004年04月11日
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うーむ。和歌卵のう。ゲホホ、なんやねん、この変換は。分からんのう(これが正解)。楽やんからきょうも日記を書き込みなはれと催促のおメールさんが来たわけやな。あんさんに岩連でも、ゲホホ、なんやねん、この変換も。あんさんに言われんでも(これが正解)書くわいな。しかしきょうは試しにとそのおメールさんに返信して書き込んでみた。多分今回もアカンと面長ながらも。なんで「面長」やねん。たはは、今回はアッシの打ち込み間違いね。「今回もアカンと思いながらも」(これが正解)、そのおメールに返信したわけや。その返信に書き込んだものが10日の日記となって出て‥‥こないやないかい。またもや前日、9日の日記の下に連なるように書き込まれているではないか。なんやねん、これは。メールには「10日の日記を書いておくれでないかい。エーゲ海にカスピ海」とのメッセージがあるのにもかかわらず。そこに書き込めば10日の日記となって掲載されると思うやないかい。それが出来ていない。どないなっとんねん。訳の分からぬ機能ではあるな。仕方が間違っているのかな。そのカラクリをご存知の方はいてはりませんかの。いたらアッシにおメールあれ。そのお返しにといってはなんだがアッシからIの釘付けを。クチビルにIの釘を打ち付けんか。痛そう。違うって。愛の口づけを。ブッチュー! いらんかえ。とにもかくにもサツマイモ、分からぬはメールからの日記書き込み方法である。当日の朝に書いて当日の分に掲載する方法は無きや、ありや、イリヤはクリヤキン。ナポレオンソロよね。古いよ。ララミー牧場、名犬リンチンチンの時代よ。たはは。さてさて思えばきょうは4月10日。多くの人にとっては取り立てて騒ぐ日でもなければ、祝日でもないわな。しかし小生にとっては、青春18きっぷ(ここを「青春18切符」と漢字で書かないでもらいたい。あくまでも「青春18きっぷ」なのだ。よろしくね)を愛するものにとってはとっても重要な日である。きょうをもって春シ-ズンが終わりを告げるのだ。3月1日から始まった2004年春シ-ズン、ついにきょうで終わり。ああ感慨フカシイモ‥‥になるかあ!!ああ、この春シ-ズン。ついに一枚も一日も青春18きっぷを使わずに期間が経過してしまった。これまで青春18きっぷが発売されている期間にはすべて何日間は使ってきたのである。発売され出して22年、欠かすことなくその行事は続いてきた。その記録がついにこの春シ-ズン、途切れた。全身から力が抜ける。あ~あである。これには書くに書けない複雑な事情が沢山からんでいる。しかしなあ、せやけどなあ。一日も使えなかったとは。きょうはその「青春18きっぷ」春シ-ズンの最終日なのである。その最終日の恒例はここ10年、関西空港駅に行くことになっている。そこで淡路島方面に沈む夕日をみて、ああ、今シ-ズンもありがとうと「青春18きっぷ」に感謝の気持ちをあらわすことになっているのだが。この3月、そして4月になってもどこにも行けず。大阪府以外に出れもせず。信じがたいことがいま起こっている。この反動は大きいよ。次なる「青春18きっぷ」のシーズン。小生は義理・人情など一切断ちます。素のオイラ、本来のオイラ、「青春18きっぷ」を使うためだけに生きているオイラにもどりますぜ。知りません。あとのことは。アッシがアッシらしくなるもの。それが青春18きっぷよ。夏に弾けてやるぜ。そのためにまずは小銭をかせがねば。たはは。これにまた義理・人情が絡むのかい。うまくいかん人生よのう。しかし8月は大阪にはおらん。これは断言しますぞ。キッパリ!!!きょうの日記にはあまり笑いが存在しないわい。ここは反省よ。日記もアッシらしく、あすからまたお気楽スッカラピンと書いてゆくかい。
2004年04月10日
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ここ楽天日記はんは午前4時から4時30分までサバやんのメンテさんをするようですな。その時間帯はアクセスできないようです。きょうは午前2時起きね。きのうは疲れ切手、お値段「もうできま千円」。違うって。疲れきって、チャイマンネン床に入ったのが午後の7時半よ。「皆様それではさよう奈良の若草山~」と眠りに入ったのが8時頃でやんしょうか。アッシの体内時計は就寝時間を6時間と定めております。6時間後には起きることになっております。であるからして、きょうは午前の2時おきになりにけるカモネギ音頭よ。さてさてその時間帯に起きますればNHKのニュースで、よからぬ事件が報道されております。日本人3人がイラクで人質になったとのニュース。うーん。女性もその中にひとり。どうしたもんかい。自衛隊のイラク撤退を解放の条件にちらつかせております。日本を敵だと思っております。勘違いだと日本国内で叫んでもさてその声が届くのかどうか。日本は「極東」でイラクは「中東」。ならば真ん中はどこやねん。ケンブリッジ天文台のあるイギリスなんですか。まったく失礼な地域呼称ではあるね。同じアジアである。「東」にも位置する国同士である。日本を仲間として友好国として理解していただきたいが。いま人質になっている3人が非常に心配である。といって心配する以外になす術もない。無事を祈るしかないのだ。どうもニュースを題材にすると話が硬くなっていかんな。いつものオイラの文体に戻してと。きのうはさっきも書いたように疲れきったわけだ。配達をほとんど休むイトマもなくやり続けたからね。さてその配達先に大阪市は天満地区があった。天満宮があるところよ。その周辺を自転車で走っていたら、やたら人波が多い。歩道に人があふれている。「火事かケンカでもあったんかいな」。ここは大阪よ。江戸っ子でもアルマーニの服は高そうと、やや怪訝に思っていたら原因がすぐに分かったぜ。きのうから造幣局で桜の通り抜けが始まっていたのさ。「桜の通り抜け」。全国的にはさほど名を知られていませんが関西では有名よ。いやさ最近ではバスを連ねて、北陸、東海、中国、四国からも団体の見物客がやってくるからね。毎年4月、その桜の開花時に造幣局構内旧淀川沿いの全長560mの桜の通路を一般花見客のために1週間開放するのよね。現在構内にある桜は、関山、普賢象、松月、紅手毬、芝山、黄桜、楊貴妃など約120品種、約400本を数えているとか。他では見ないサクラばかり。遅咲きの八重桜で、満開時の美しさはたとえようもないくらい見事なものですぞ。紅手毬、大手毬、小手毬は他では見られない珍種と言われていまして、これがサクラかと思わせる見事な花の付き様です。まさに毬のような形となってサクラが咲くのです。百聞は一見にしかず。いかがかな。ここにアッシはサクラ見物のほかにも用事がありましてな。「コインセット」を毎年買いに行ってます。正式には「貨幣セット」といったのかな。今年作られた500円玉、100円玉、50円玉、10円玉、5円玉、1円玉が透明のケースに入れられセットで売られているのです。まさにコインの産地直売なのです。その造幣局では日本で流通しているコインの8割から9割が作られています。ですからコインは大阪の特産品といってもいいのです。「小銭」であるのがいかにも大阪らしい。その「コインセット」を毎年買ってます。バブル時代には小生も羽振りがよく、沢山買っては各地の知り合いに贈っておりましたが。今はそんな余裕もありません。せいぜい買って2ケ-スくらいですか。もちろん全部のコインができたてホヤホヤ平成16年度製のものよ。これが確か1900円したはず。造幣局もええ商売をしよるわ。こんなに原価がハッキリした商品もおまへんで。666円ですか、中身の合計は。まあぼったくりもええとこ。しかしこの「コインセット」、買って損はしないようですな。価値が上っていくようなのです。数年前に作った1円玉はかなり不足ぎみなようで。希少価値が出ているのです。まあどこの誰よりも早く「16年度製」のコインにお目にかかるわけですからこれだけでも価値ありですな。きょうぐらいに買いにいきましょうかね。10 日の日記 (AM 05:13)テスト
2004年04月09日
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17対0。きのう阪神が横浜に信じられないようなスコアで負けている。なんじゃ、これはあ!! のスコアで負けている。17点差もさることながら、1点も阪神が点を取っていないのに腹が立つ。はあ!?のスコアである。星野前監督なら大声でわめき散らし、ベンチ内のありとあらゆるものを蹴って破って、燃やして、煮て焼いて蒸して、食ってもいるところである。それはないか。とにかくその声に、選手がふるえあがり、これはいかん、なんとかせねばとなったものだが‥‥。う~ん。昨日の試合はどうだったのか。岡田監督はベンチのパイプイスにすわったままだったのか。ちょっとしか見れなかったのでなんともいえんが。この試合はあとあとひびくで。たとえ今シーズン優勝しても、100%喜べんね。「あの試合がなければな」の「あの試合」になってしまったね。いや、きのうの試合で、なんだか優勝の目は消えてしまった感もあるが。またダメ虎にホンケ帰りしたような印象を持ってしまった。きょうは勝たないと、本当にきょう勝たないと、優勝どころかAクラス入りさえおぼつかないきのうの阪神の負けっぷりではあった。17対0て、君。気合が体から、針を刺された風船のごとくに、なくなってゆく。負けるにもほどがあるという負け方である。きのうは配達で大阪市内を駆け巡った。まさに神出鬼没であったね。疲れきったぜ。食事はまたもマクドでてりやきバーガーセットね。これで朝から日没まで。ようやるわ、ホンマに。自分で自分に拍手したくなった。ある地域の配達は初めてだったのである。もちろん大阪市内、前々から知っているところだったがいざ配達となると勝手が違ってくる。町名が何丁目で何番地なんかなど知る由もない。そこの地域を40件ほど配ったのである。分からないのである。しかし分かろうとした。頼れるのは1枚のコピーした薄っぺらい地図だけ。勘と経験やね。やれば出来る。1時間半で片付けた。やったねオイラ。できるじゃんオイラ。自分でいうのもなんだが、知らない所が大好きなのだ。迷うのが好きなのだ。ここはどこなの、わたしは誰と不安にも駆られたい。昨日はその不安を大いに抱きながら「うーん。終えるのは三時間後くらいか」と予想していましたが、アニ計らんや、オトウトはどうしたんや、半分の1時間半でおわったモンパルナスの丘よ。それからあとも、こんどはなじみの区域でまた配達よ。終わったのが午後6時。朝から日没までようやるよ。大阪男前野郎にゲンカイ灘はないのかえ。あるんやけどね、実際。疲れきったぜ、きのうは。そのゲンカイ灘配達はきょうも続く。朝から夜までね。その夜に、帰ってきてまた阪神が負けていたら、もう今シーズンはテレビを見ないかもよ。それほどひどいきのうの負け方よ。ここで燃えなきゃ男じゃねえという負け方よ。アッシのような男でさえチロチロながらも燃えているのにさ。きょうから学校も新学期なのかしら。なにもかも始まる4月8日。晴れそうでよかたっす。雨が降るとつらいもんがあるからのう、配達って仕事は。きょうもワッシは愛車「りん号」に乗りて、大阪市内を駆け巡らん。パンクしないでねえ。頼むで、ホンマに。ふーっ。
2004年04月08日
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きょうからタイトルを少々あらため「書く欠く詩か字か5時から日記」にするぞよ。毎日朝の5時から7時くらいまでに書く日記じゃ。その時間帯に起きていなければ、どこやらに行っておれば、書かんぞよ。その時間帯に書くのであるから、当然書くことはきのうの、前日の出来事が中心になる。きょうの出来事なんて、まだ発生しておらんからの。よろしくちゃんこ鍋よ。さてさてきのうは小学校に配達に行く仕事があった。校長先生に素うどんを出前に行く(ヤスッ)仕事ではなかったぞよ。他のものね。念のため。その小学校、噂には聞いていましたがまあ警備の厳重だったことよ。校舎の周りを頑丈な鉄柵が取り囲んでいましてな。どこのどなたさんも気軽には入れない仕組みになっております。昔とは様変わりですな。正門前はとくに厳重でしてな。二重三重の入口になっております。入口横のインターフォンで職員室に連絡です。ここで許可を取って初めて校舎内に入れるのです。卓球! もとい、ピンポーン!「どなたでっしゃろ?」「アテです」「ビールのアテさんですか?」「わしゃ枝豆か」「アテネさん?」「高橋尚子落選、悲しい‥‥」「ただのアホですか」「だれがアホやねん!」なかなか入らせてくれへん。難儀な仕業となってきた。素うどんが延びるがな。冷えてもきている。「どこのどなたさんですか。ウサン臭い人はお断りします」「ウサン臭いとは失礼な。ただ、足はくさいですぞ。これは言っておきます。ワッシの自慢です」「なるかあ!」もう時間のかかるう。なんとかならへんのかい。素うどんがさめてもアッシの責任にあらず。「どうぞお名前を」「大阪男前野郎です。近郷近在知らぬ人なし、二十世紀ナシ」「大阪男前野郎? 知りまへんで、そんな妙ちきりんな名前」「妙ちきりんて、キミ。おっとせや、言い間違えておりました。大阪めっちゃ男前野郎です」「おお、音に聞こえた、オナラも聞ける、大阪めっちゃ男前野郎どのでござるか。お入りなされ」てな具合でやっと門が開いたのは年も明けた平成17年の元旦よ。そんなアホな。いやさ門のなか、小学校の中に入るのは今めっちゃ苦労するというのを言いたかったノサップ岬。過剰ともいえるほどに警備が厳しくなっておりました。そしてまた出るときもこれが苦労なのよ。オートロックで出入り口のカギが閉まってます。またインターホンで職員室に連絡せないかんのかいなと思ったら、そのインターホンは扉の外よ。手を伸ばそうが足を伸ばそうが届かへん。職員室に戻ります。「あのう。扉が閉まってまんねんけど‥」「さいでっしゃろ。ここから開けておきます」う~ん。職員室にその扉の開閉を操作するスイッチがあるのであった。小生が小学生の頃は、なんの柵もなかったけどね。牛や馬、人力車も入り放題だった。どんな時代やねん。とにかく万事おおらかだった。警備員というより用務員さんがおったね。近くのお年寄りが孫を連れて小学校内のブランコで遊ばせてもいたものだ。それがいまは出来そうにもない。犬の散歩などももってのほかやね。犬のウンコがよく運動場に落ちていたものだが。いま小学校は先生と小学生以外は入り込めなくなっっている。卒業した大人がなつかしさにかられ、日曜日にふらっと校舎を訪れることもできなくなっている。外から見るだけ。小生が巣立った小学校も当然そうなっておろう。哀しい現実である。おっとまもなく6時。きょうはこれまで。雑用重なる4月の7日であります。その小学校もきょうは入学式をするところが多いのでしょうな。変わらぬ景色と変わった景色が混在する小学校の入学式とはなりました。
2004年04月07日
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きのうはなんだか疲れ切ってしまったよ。夜8時から放送だった菌菊番付ナンバー碗決定戦。なんやねんこれ。その運動神経ナンバーワン決定戦がおまっしゃろ。ケイン・コスギがよく出ていた番組。あれを見ようとしていたが、睡魔が「すいません。睡魔でんねや」「あん? だれじゃ、オマエは?」「ですから、すいません。睡魔でおまんねやわ」「井上のタツジイか、おまえは」「すいません」「あやまるくらいなら、出てくなよ」「すんまそん。こんばんみ」「ギャグを言うな!」「すんまソンブレロ」「もうええっ!」そんな睡魔とのくだらんやり取りが5分ほどあって、木肉番付で(なにゃねん。ここも”なんやねん”が正当)、その筋肉番組でアナウンサーが絶叫している声も小さくなって、ガックラぴよの助。ぐっすり寝入ってしまいまいたな。いかんのう。たこものう。くらげものう。体がお疲れさんモードになってけつかるのう。びしっとキラキラキンとマナコが開かんわい。起きてもドヨーンとしておりますわい。そのドヨーンできょうもいきますわよ~んモードでこの日記も書いておりますから制裁はムチじゃ。ピチっ、ピチっ。違うの。精彩がないって話なの。「いつもないじゃん」「じゃかましいわい!」「よくあることじゃん」「じゃんを付けるとは、おぬし消防署員かハマッ子か」「横浜よ」ばかもーん。勝手に人口で大阪を追い越すんじゃねえ。きょうはその横浜を、ピッカリ山下監督を、阪神のだれがアホやねん岡田監督が成敗してくれるわ。むほほ。きょうから横浜球場で三連戦でやんすか。阪神の開幕負け無し6連勝濃厚民族でございますぞ。そして甲子園に無敗で帰郷。いいんじゃないのう。その阪神無敗で小生の疲れモードもおおいにいやされんか。サクラは散っても阪神は今年も咲き続けるのね。いいことです。めっちゃいいことです。きょうもまた忙しい。きょうはこれまでよ。それではアップ、アップップ。
2004年04月06日
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ここ楽天日記に書き込みを始めてきょうで18日目の朝を迎える。見ればそのアクセス数がジャスト1800なのである。ということは毎日平均100のアクセスがあったということになる。ありがたいことじゃのう。きょうも感謝のマコッチャンを皆の衆に捧げつつ書き進めていくとしよう。さてきのうも大阪は弁天町に配達の仕事を手伝いに行ったわけである。きのうは朝から雨よ。しのつく雨よ。それも北からの寒気をごっそりいただいてきて、まあその雨粒の冷たかったこと。慣れた配達とはいえ、そこは自転車を使っての配達でございます。昨日はさすがにヘリヘロ気味になりにけるかもよ。しかしそんな寒気ブリ返し、ヒラメでんぐり返しの中でもサクラどのは咲かせた花を閉じるわけにもいかず、けなげにその寒き雨にも耐えて、花を木々枝々一面に咲き競わせていましたな。ほぼ満開に近かったです。しかしまだ、花を散らすまでにはいたってはおりません。昨日はその雨にも耐え、枝から離れようともせず、しっかり花を咲かせておられました。信号待ちで自転車を止めると、サクラの木あり。ほかの季節だとサクラの木がそこにあるのさえ気付かないところにもサクラの木はあるのです。ほほう。見とれて何回か信号が赤から青へ、また赤へ。そして青になって、また赤へ。「なんや長い信号やなあ。まだ赤かい」実際はサクラにみほれて、青を見逃していたんですがね。サクラを見ながらの脇見事故もこの季節多いのではないでしょうか。 ♪さくら、さくら、いま咲きほこる、というやつですな。まさに今が旬ですな。一年の長さを思えば瞬の時間でもあります。その「瞬の時間」を見逃さないように。きょうは晴れそう。また見てしまいそう。信号も何回やりすごすやら。また会えるのは来年よ。別れるまでの逢瀬はいと短かし。きょうもわれ、ブレーキを踏むサクラの木ノ下藤吉郎。目に焼き付けてまた来年。
2004年04月05日
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最近いつもは10時にはもうチャイマンネン床に入って寝付くものだがきのうは12時近くまで起きていたね。聞き逃せないラジオとテレビの番組があったからね。ともに明石家さんまさんの番組でラジオが「ヤングタウン」、テレビは「鯉の吹流し(違うだろ!)」、「恋のから騒ぎ(これが正解)」。両番組とも長年聞き、見てもいる。とくに「ヤングタウン」は彼が20代の前半から携わっている長寿ラジオ番組。しゃべりの帝王の彼であるが、そのかかえている多くの番組の中で一番彼の素の姿が出ている番組だと思う。ひとつ年下の、関西育ちの彼とは重なる思い出が多い。とにかく彼が出る番組は出ていれば見る。録画もする。いつも思うことは、彼が倒れたらテレビ界はどうなることかということだ。小生に限れば、以後はテレビを見なくなるかもしれない。ほかの芸人との差があまりに大きすぎる。レベルがちがいすぎる。もういいかなと思ってしまう。もうその、若手の笑いを理解する感性がなくなってもいるのかな。その彼、明石家さんまさんの番組が土曜の夜に重なってしまう。夜の10時から11時半まで「ヤングタウン」。夜の11時から11時半までがテレビで「恋のから騒ぎ」なのである。うーん、このへんなんとか奈良の二月堂のお水取りは終了したんやね。その2番組。冬はまだよかった。春、ナイター中継が始まるとテキメンに影響を受ける。番組開始時間が遅れてしまうのだ。「恋のから騒ぎ」は毎週録画しているため、このナイター中継が延長されてしまうともろに影響を受けてしまう。きのうは早く終わってよかったよ。アリアスが試合を決める満塁ホームラン、巨人も小久保の一発だけ。巨人に逆転する意欲もほとんどなく、試合終了。まずはよかったね。開幕二連勝やね。試合が9時前に終われば放送時間延長もなく、あとに控える番組も時間通りに。おかげできのうはきっちり定刻どおりに「恋のから騒ぎ」が録画できましたな。今期は11期生ですか。きのう見た限りではあまりインパクトのあるメンバーは見かけず。これからですか。楽しみですわい。阪神も楽しみじゃのう。福原の復調は大きいのう。あの巨人打線を1点に抑えるとは。抑えの安藤もいいよう。顔は悪いが球はよし。たはは、怒られるわ。きょうは朝から雨が降っておる。小生は弁天町にきょうも出勤よ。行かんとあかん仕事なのよ。せや、きょうはその雨予想の天気の関係で甲子園のセンバツ決勝が時間を伸ばして午後4時からの開始だって!?これは珍しい。今年のセンバツには1回もいっていない。時間があれば行ってみるかな。展開いかんではナイターにずれこむかも。そして表彰式がナイターの明かりの中でおこなわれるかも。おお。これは行ってみる価値がありそうやな。行くかもしんない流しソーメン。きょうもまたダラダラ書いてきたよ。もうすぐ出勤時間よ。またあした。
2004年04月04日
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おおそうなのか。阪神が開幕戦で巨人に勝ってけつかるんスキーなんやね。ええことじゃ。めっちゃええことじゃ。思い出すは去年の9月15日と11月3日。阪神がセリーグの優勝を決めた日と、御堂筋で優勝パレードをしてこました日ぃじゃのう。その9月15日、優勝が決まったその夜、アッシは歩いて梅田から難波まで行ったものじゃ。阪神梅田駅では、甲子園でその優勝シーンを見届けたファンが帰ってくるのをしばらく眺めていたもんじゃ焼き。旗にハチマキ、ハッピにメガホン。ヨダレ掛けに哺乳瓶(それはない)。いろんなものを身につけた阪神ファンがどっと電車から吐き出されてくる。笑い声や喚声が絶え間ない。うれしかったら腹から笑えというやっちゃな。あっちこっちで六甲おろしの歌が始まる。いい風景だった。ひょっとしたらこれからあと何十年は見られない風景かと思い、30分間ほどはそこでそのはしゃぎぶりをじっとながめていたものでした。御堂筋を歩く。ときどき車の窓から顔や手や、足やオナラも出して(出すなよ)、こちらに合図や挨拶を送ってくる人たちあり。こちらも手を振り返します。この先、何十年とない景色です、光景です。今やっておかねば。ここでやっておかなば。冥土の旅土産にするために目に焼き付けておかねばなりません。淀屋橋・本町・心斎橋とミナミに向かうにつれ、御堂筋には車があふれ出し、渋滞もしてきだしました。というか動く気配もなくなってきました。道頓堀そして戎橋が近づいてきたのです。光と音があらゆる方向から交差しあい、入り交じり、ぶつかりっているそのなかへ小生も入っていきました。すごい人出。警察も手の出しようのない混雑ぶり。ここでも六甲おろしがエンドレスで合唱になり、輪唱になり、和尚になってナンマンダブ(それはさすがになかったね)、聞こえてきました。その渦中の中心だったのが戎橋。入れないとおもっていました。警察が入場制限しているだろうと思っていました。しかしすんなり、案外楽に入れたのです。しかしここからが地獄の始まりでした。小生ここを心斎橋側から橋を渡って道頓堀側に抜けようと思いました。その人の流れもありました。行きます。付いていきます。橋の中央。欄干から川に飛び込んでゆこうとする人の背中や後姿が見えます。「やってるねえ」とおもいつつ、さあ歩いていこうと足をすすめようとしたところで、その流れがピタッと止まってしまったのです。その瞬間です。異様なまでの圧力が小生の体に押し寄せました。橋にはその時何千人もの人が密集していたと思います。巨大なおしくらまんじゅうがそこでは展開されていたのです。あっちにおされ、こっちに返され。もう体の自由がききません。本当にあの時は死ぬかと思いましたな。ここで倒れたら、ここでこけたら大怪我を負っていたなというシーンが何回もありました。道頓堀側に抜けるのはとても無理。かといって心斎橋側に帰るのもほとんど絶望の状況。しかしここで帰らないことには事態はもっと深刻に。一世一代のバカチカラをあの時は出したとおもいます。もうなりふりかまわず。ただこの場から抜け出したのおもいだけがありましたな。その思いが結実するのに10分近くかかりました。わずか10メートルのところなのに。もうニドと(クリープもマリームもよろしく)あんな思いはイヤよ。いやさ阪神のこと。言わんでもわかってくれるやろ。あと20年は大丈夫。またまたBクラス低迷かとおもいきや昨日の大勝。今年もなのか。いや今年は勝っても優勝しても戎橋には行かへんで。現時点ではそう誓うワッシなのであった。しかし分からんからのう、人間のこころっちゅうもんは。行ってる自分、また戎橋で死ぬ思いをする自分を想像してしまうね。まあ春先はなぜかいつも強い阪神である。まあ期待もせずに見て行こう。それにしてもきのう、ときどきテレビ画面に映る岡田監督と堀内監督の、顔のまあしょぼいこと。体の線の細いこと。その前々日にみたヤンキースのトーリ、デビルレイズのピネラ監督がすごすぎたからなのか。大リーグの開幕戦、日本開催は反対です。日本人監督がしょぼく見えて仕方がなくなるのです。きのうは岡田監督と堀内監督が映るたびに笑いが出てくるのでした。失礼。そしてごめんなさい。昨年の星野監督と原監督とのあまりの差にびっくりしてしまいました。もちろんです。もちろんプロ野球は顔で勝負はしません。でもう、でもね。これも慣れなんでしょうか。慣れてくると両監督にも風格・貫禄が出てくるのでしょうか。きょうも見ましょうぞ。きょうこそは笑いをこらえて見ますぞ。うん。ちょっと自信なし。
2004年04月03日
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ここ楽天日記でも他のレンタル日記でもいえることなのだが、その日記の書き込みスペースがイヤに狭いね。全体が見渡せへん。その全体を見渡そうと思ったら、バタフライならぬ平泳ぎならぬクロールならぬスクロール(これが正解)、そのスクロールをして画面を移動させないと文章が書けないし、見もでけへん。これはそうせんといけないというルールでもあるのかな。小さくしないとサーバーに負担がかかり、パンクするからなのか。金平糖素人のアッシには及びも付かないことだが、ただ文章を書く上ではいまのこの書き込みスペースの狭さはまことに不便。にゃんとか奈良公園の鹿のフンかと思ってしまうのだ。昔、吉永小百合さんがこの奈良公園の鹿のフンを題材にした歌を歌っていたのは有名である。一時期、ギャグにもなった。その歌詞の中ではその奈良公園の鹿のフンが黒豆になぞらえられていたが‥。黒豆て。いやさ、その奈良公園の鹿のフンの話をしようとしているのではない。ここでは日記の書き込みスペースの狭さを嘆いているのだ。なんとか奈良の大仏さんはいつトイレにいくねん。どうしても奈良になってしまうな。京都から嫉妬されそうやで。要するに狭すぎるのだ。ましてやここ楽天日記は「全角5000文字以内」まで書き込めることになっている。だが書き込みスペースでのぞける文字は8行分、200字とちょいなのである。いろんなすぐれ機能が満載の楽天日記、ここ書き込みスペース欄もすぐれてほしいもんやね。可能ならば、書きあがり、実際の画面上に映し出される日記と同じ画面にしてほしいんやがね。「あんさんはきょう何字書かはりまっか。オサルのお尻はマッカッカ」「せやな。イボ字ぐらい」「どんな字やねん!」書き込みの文字数を指定できたらどれだけ使いやすいか。それを指定するとそれだけの書き込みスペースの広さをもった画面が自動的に現われいづる寸法やわな。「あんさんご指定の書き込みスペースを作ったモンネの日記。さあ、書きなはれ」「合点松竹座。えびす橋のすぐ近く。隣がはり重」書き込む小生にも、まさに「はり重」、張り合いが出来るってもんやで。さてさてここまできょうは何字書いてキタの新地は思い出あらへん。行けるご身分でもなし。何字書いて北野高校は十三の近く。1500字くらいなのか。その文字数を自動的に表示する機能もつけてほしいね。欲張りオッサンの長居を、いや願いをかなえたまえ~。テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、ルルルのル~! 魔法使いサリーちゃんよう~。おっほん。きょうはどうも変な展開になってしまったな。思えばきょうは4月2日、新学年の始まりかい。スタートやな。せやその「スタート」で思い出したが、皆の衆はパソコンでインターネットをいざこれから始めるという時にどういう行程をたどられているのか。まあ大半はモニター画面の左下、その隅にある「スタート」ボタンなるところにマウスのカーソルを合わせるやろね。するとなにやらメニューの幕がにゅーと上に伸びる。そこの「インターネット・エクスプローラ」にマウスカーソルをあわせて、ポチ。さあネットに突入、突撃となるのであろうか。あるいはまたデスクトップ上に作ってある「インターネット・エクスプローラ」のショッートカットアイコンにカーソルを合わせて見られるのであろうか。ここではいまひとつの、もっと簡単な「インターネット・エクスプローラ」接続方法をご伝授いたそう。この方法はOSにWindowsXP、ブラウザに「インターネット・エクスプローラ」を使われている方むきだが。ほかのOSやブラウザのことは知りません。キーボードの最下部の列に旗のマークが付いているボタンがあると思う。機種によっては2個あったり、1個しかないものもあるようだ。このマーク、マイクロソフトのロゴマークであるらしいのだが。まあ詳しいことは知りません。小生の場合、その「旗マーク」ボタンを押して、次に「P」のキー、そして次に「I」のキーを押せば、マウスを使うことなく、そのキー操作だけでネットにつながるのです。小生に出来て、皆の衆に出来ぬわけがなし。一度お試しあれ。ただこの方法をやっても出来ない人も出てくるのは確かです。その場合、機種の設定をちょこっと変えんといけないのですが。そこまで書くといやに長くなるわい。またの機会に。逆にパソコンを簡単に閉じる方法もここでついでに。先にもいったようにOSにWindowsXPを使われている方むけなのですが。先にもいった「旗マーク」ボタン今回も登場。その「旗マーク」ボタンを押して、次にキーボード内の「U」のキーを2回連続して押してください。するとあら不思議、かしこまりましたとパソコンが勝手に閉じていってくれるのです。パソコン入門書には書いていないワザですぞ。ぜひお試しあれかし。ふー、きょうも書いたね。何時かしら。おお6時。いーえ、何字? 文字の数を知りたいの。3500字くらいかしら。「全角5000文字」。道は遠いね。きょうはこれまでよ。またあした。
2004年04月02日
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ワシは早寝早起きなのじゃ。きのうは夜の10時にはわがいとしのチャイマンネン床に入って寝付いたわけじゃ。きょう起きたのが4時42分よ。いわゆる「死に番号」ね。ああよかったあ。よかったことがあるかい!! なんと縁起の悪い。しかし待てよ。あと2分後に起きたとしたら4時44分。「死死死、ウッシッシ」、もっと縁起が悪い柳井海、瀬戸内海。たはは。「悪い柳井海」は「悪いやないかい」が政党ね、自民党ね(民主党もよろしく)。ええいもう。変換のバカ。ろくな変換をしよらんわい。「悪い柳井海」は「悪いやないかい」が正当ってことなの!大阪弁で書いて変換すると時々とんでもない結果が出るな。「おまへんな」も「尾間変な」になるし。「なんでやねん」も「何でや念」に。どこの寺のお坊さんかいと思ってしまうがな。さてさてその、きょうの4時42分に起きて、たまたまテレビのリモコンをポチッと押したわけや。そしたらもうニュース、「おはよう日本」がやっているやないの。5時からではなかったのかしら。5時からワシとは同学年のK沼アナ、ちょっとオデコの髪の毛が後退気味(かなりかしら。失礼。たはは)、そのK沼アナが出てきて「おはようございます。5時のNHKニュースです」などという挨拶をしてNHKの番組が始まっていかなかったか。この4時の時間帯は再放送の風景描写番組を流していたはずじゃ。どこやらの草原、どこやらの大河が映し出されていた。それを眠けマナコをこすりつつ、ぼんやりとみつめながら、徐々に確かな意識へと移行してゆくのがいつものパターンであったのじゃ。それがどうしたことか、もはやニュースが始まっているや内科医(外科医もよろしく)。始まっていたのだ。そういえば、ちょっと前に、放送時間が早まるとは小耳にはさんだことがあるぞよ。それがきょうからなのかしら。少し前からもう早まっていたのかシーラカンス。きょうから4月よ。3月のあとで5月の前よ。思えばこの日本語の月名表示のなんと素朴で単純なことよ。英語では3月がMarch、4月がAprile、そして5月がMeimeikoyagiでしたか。たぶん間違っていると思います。スペルも単語もね。だってむずかしいんだもん。それに引き換え、日本語の月名のなんとやさしいことよ。分かりやすいことよ。日本語バンザイよ。そのきょうから4月、新年度になったいうことでNHKの朝の番組も衣替えしたのかな。いつも5時から登場する小生とは同学年のK沼アナは(オデコかなり後退気味よ。がんばって前進させてください。われら世代の希望の星なんですから。無理かな。たはは。失礼)配置転換になったのかな。うーん、どうなんでしょう。きょうから季節の名称も初春から陽春に変わる4月。NHKニュースも装いを変え、放送時間も早まりましたな。その5時前のニュースをつらつら見ているに「世界の天気」なるコーナーあり。「そんなんどうでもええやん。関係あらへんやん。ワシが行くことも住むこともあらへんがな。ましてや親戚・知人は日本だけに居るだけよ」などと毒づいたものです。しかしその中で触れていた「世界の温度」にはさすがに驚かされましたな。タイのバンコクのきょうの予想最高気温が38度だってえ~!?陽春どころか向こうはもはや酷夏よ、夏の真っ只中よ。タイは北半球になかったのかしら。まあ、沖縄のそのまだ南にある国だとは知ってはいましたが。38度とは。パッチはもちろんいらんやろうし、使い捨てカイロなんて用なしなんやろうねえ。気温もここまでくるとあまりうらやましくなくなるねえ。世界はひろいよ。その点、わしの移動する世界は狭いね。3月、大阪市以外の街に出かけたといえば寝屋川市だけ。情けないぜ。道祖神様にも不義理を重ねてばかりよ。明けてこの4月、大阪市以外にワシの足跡がきざまれることがあるのであろうか。見通しはきわめて暗い。せめて奈良・京都には桜を見にいってやらねば。でないと道祖神のオヤッサンに張り倒されるわい。今月は出歩かんといかんやろう。そんな決意をあらたにこころに秘めた49歳の春。同年のK沼アナのオデコが後退するのもやむをえんか。とほほのほ。ちなみにワッシはいまだ髪はフサリンフサチョです。これは言っておきますぞ。キッパリ!きょうから世の中も新たになって動き出すのね。4月1日です。
2004年04月01日
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ええ、オッホン。おとといに引き続ききのうも177ものアクセス進行ちゃんちゃこがあったみたいやな。ええこっちゃ。いろんな人に見てもらえていることはまっこと、いいこっちゃ。しかしそのアクセス進行さんもきょうからちょっとそのテンポー山が鈍るぞよ。ちなみに大阪市の港区にある天保山は標高4.5メートル、日本一低い山と認定されておる。ワシはその山に百回は確実に登りに行ったであろう。大阪男前野郎(in front of man at osaka)であり、大阪健脚野郎(asi strongyanen honmadasse man at osaka)でもあるのだ。おっほん。その大阪男前野郎もきょうからちょっと外に出なくてはいけなくなった。パソコンの前に張り付いて女御さんや更衣さんの、その肌着さえ脱ぎ捨てたあらまほしき、うんにゃ、あられもないそのお姿、要はヌードさん(好きやねん。めっちゃ好きやねん。)を見れなくなった。待ちなされ。ワッシはそうはエロオヤジでもなかりけり。助平ダンディでもなかりせば。もっとほかにも見ること、試すこと、そして楽しむことがパソコン上にいっぱいあり、おり、はべり、いまそがり。係り結びの法則ね。そのパソコン、インターネットに割ける時間がきょうからしばらく減ることになるのじゃ。とある知り合いの配達所。そこはオヤッサンとアネゴさんの夫婦ふたりが切り回す配達所よ。そこのオヤッサンが腸カタルを発症して入院したと聞く。「腸カタルですとな」「そうだんねや。困ってまんねや。アタシ一人では出来もしませんがな」うーむ。腸カタルか。「して、その腸カタル、何を語ってそうも悪くなりましたんや」「うちの亭主は桂米朝さんのめっちゃファンでしてな。その落語を亭主の腸がえらいカタリだしましてな」「それで米朝語るで腸カタルに‥‥。そんなアホなことがあってたまるかい!!」たはは。まさか腸が落語を語るわけでなし。オヤッサンはその腸カタルとかで3日ほど前から入院されたのです。アネゴさんもその世話もせねばならず、さりとて配達の仕事も休むわけにもいかず。「誰か応援を頼めま千昌夫・星影のワルツさんよ」「ワッシでよければ」「まあ、音に聞こえた大阪アホアホ野郎さんが」「誰がアホアホ野郎じゃ!」「大阪エロオッサンが」「誰がやねん」「来ていただけるのね」「来ていただけましょう」てな話になってきょうからしばらく、そのオヤッサンが無事に、腸カタルから腸カタリマセンになって病院を退院するまで、オイラが手助けすることになったんよ。なんだか2.3ヶ月はかかるそうなのよ。うーむ、それまで小生のパソコン修行、エロエロ写真を見ること(バカおっしゃい)、違いまして、世界のいろいろな、有益かつ為になる情報をインターネット上から仕入れることに時間を十分には取れなくなりました。ここ楽天日記周遊にもそう時間を取れなくなりましたぞ。掲示板に書き込みをされてもご返事は帰ってから、夕方ぐらいからになりましょうぞ。ごめんやして、おくれやして、ごめんやっしゃあ、末成由美どのでござる。通勤なるものをするのは2年ぶりかの。きょうは自転車、愛車「りん号」にまたがりてそこまで向かいます。弁天町の近くなんよね。ワーオ。なんだかあのあたり、めっちゃ自動車の排気ガスが多そう。広い道が交差しているからのう。そこに自転車でむかう一人の大阪男前野郎、もうすぐ50、ほっとけ。でも足は自慢よ。さっきも言ったように天保山に百回もの登山経験あり。大登山家ともいえるんとちゃうか。エベレスト初登頂のヒラリー卿もワッシには一目置くカモネギ音頭よ(誰が置くかい!)。まあきょうから久しぶりの害近海。なんやねん。外勤かい(これが正解)。初日晴れてくれたのはなによりよ。カッパ来て自転車通勤はつらいものがあるぞよ。8時から出勤ね。そのまえにこうやってきっちり「書く欠く詩か字か」だけはちゃんと書く一人の男前がここにおり。いい風景ですな。おっと、その男前にもっと磨きをかけんがためにこれから朝風呂に入らんか。朝湯ともいえるね。小原庄助さんやな。ほんならこれで本日の書き込みは終わるぞよ。ものの見事にきょうも内容のない日記になったね。さすがや。たはは。
2004年03月31日
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きのうは、にゃにゃ、にゃんと! 177もの、アクセクアクセク苦労の甲斐の国は武田信玄、アクセスがあったにょであった。ありがたいこっちゃで。しかしあらためて思うのは、楽やん、楽天日記はんのものすごさよ。アッシはこう見えても顔は男前で心もきれい。ただ足の裏がクサイだけ。それだけが欠点といえば欠点よね。オッホン。その大阪男前野郎がネットの楽しさに目覚めたのは4年前でごんす。2000年3月よね。父が亡くなったのはその年の1月8日よね。大正に生まれ、昭和そして平成と生きた父よね。その父はその平成をまるまる10年ちょうど生きて亡くなったわけでごんす。パソコンを買ったのが1999年12月27日でした。マンションの自室に届いたのが明けて2000年1月4日。父はその時、意識はありませんでしたな。病院に通う日々が続きました。パソコンは箱も開けられず部屋の隅に。父が亡くなりまして、何もする気が起きず。当然、パソコンの箱にもホコリが積もるままでした。パソコンの箱をあけたのは2月に入ってから。当時、小生の好きだった人の誕生日が2月1日。「おお。きょうこそ、きょうからこそ気合を入れて、われ、生活のあれや、これや、いりやクリヤキンと取り組んでいきたいとぞ思うなりけん志村けん。高倉健にアキレス腱。青森県に狼少年ケン(古いね。誰も知らないね)」などと思ったものでした。その2月1日にパソコンの荷箱をあけて、組み立てて、あっちこっちと線をつなげたり、ほかの機器ともつなげたりしつつ、2月はあっと飛雄馬に(巨人の星ね。土曜午後7時から放送。なつかしいね)飛び去って行きました。なんせその時は完全なるポソコン(パソコンだろっ)素人よね。分からへん。しかし、人から聞いて組み立てるのも癪やん。小生、人から教えられるのが大嫌い。自分で探すわい。自分で見つけるわいが小生の流儀よね。その小生の流儀をこのときほどウラミに思ったことはおませんな。分からへん、全然。マニュンガーゼットやトリアタマさんに聞いても、あん? マニュアルやトリセツ(取扱説明書)を見ても分からへん、全く。どうしたもん太&ブラザース。どうしたらいいノサップ岬。アッシは悩んだものです。しかし時間の経過とは偉大ですな。最初は分からなかったものや仕組みが何度も読み返し試行錯誤を繰り返すうちに、タマネギの薄皮をはがすように、はたまたゆでたタマゴの殻をひとかけらづつ剥いていくように分かってきたものです。このインターネットにも何回接続に失敗したことでしょうか。ようやく接続できたのが3月2日よね。まだアナログ回線でダイヤルアップ従量制というやつ。使った時間で料金が決まるものよね。まあ当時はアダルトサイトに嵌りましたな。男ですからね。オッサンですからね。時間があれば、パソコンを開けば、アダルトサイトに向かうボク。しかしさすがにそういうことにもアキがくるときがきます。(いーえ。今も好きなボク。むほほ)。ほかのことにも関心が向かいます。そんなときに出会ったのがレンタル日記というものなのでした。それ以前に小生、自分で作ったホームページ上にも日記欄を作っていましたが、それに毎日更新して追加していくとすぐにページがいっぱいになり、あらたなページを作らないといけなくなるのでした。面倒じゃのうと思いつつ作っていたホームページ上の日記。そこに現われたのがレンタル日記というネット上で書き込める日記よね。これは便利、しかもタダときている。始めは一つだったものが、これはありがたいとあっちのを借り、こっちのも借りて気付けば今では10を越えてる始末。いかんな、これは。たはは。そのレンタル日記にこの楽天日記も加えて、もう10日もたったわけでございます。正直、この楽天日記はアクセスのケタが違います。小生、ここ1年間他の日記レンタルサイトで必死のパッチで書いて書いて書きまくって最高のアクセスが52であったのです。その3倍ものアクセスがきのうアッサリと(シジミも入れてやって。ハマグリもよろしく)記録されているのです。驚きいったや楽天日記。なぜにもっと早く気がつかなかったのか。これからはこの楽天日記に小生のアホアホエネルギーをそそぎこまんか。うーんしかし、ここでひとつの問題が。小生、まもなく50のオッサンよ。ああ、そのオッサンにふさわしき婦女子の日記のなんと少なきことよ。40代、50代の書き書きレディはいてはらへんのか。きのうも探せど、ほとんど見当たらず。オッサンは若い女の子が好きだと思ったら大間違いよ。ワッシはいわゆる「オバサン」「オバチャン」こそが好みなのじゃ。その「オバサン」「オバチャン」がここ楽天日記には至って少ないのじゃ。弱った能舞台。なんとか奈良の大仏さんよ。楽天日記はんも考えてほしいね。テンプレートに渋めで和風の、漢字表記のものをもっと増やしてほしいね。きのうのアクセス177の中に小生の愛する「オバサン」「オバチャン」はいてくれはったのかしら。10人もいてなかったと思うのよね。小生これからはその「オバサン」「オバチャン」を笑わせるためにこの「書く欠く詩か字か」を書いてゆくかんね。来たれ。「オバサン」そして「オバチャン」。いや「同世代の女の子」と言わせていただきましょうぞ。ワッシにとっては永遠のアイドルよ。ほんまだっせ。きょうもまたその「同世代の女の子」を求めてわれは楽天日記を書いたのであった。
2004年03月30日
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おお、そうなのか。オイラの気高き(せやな)アホ日記も(誰がアホ日記じゃ)、きょうにも1000の大台ケ原に(あそこは雨が多いよ)、乗ーらん・ライアン(アメリカ大リーグの速球王、奪三振王といわれた偉大なピッチャーよね)しようとしているところじゃ。そのここ「書く欠く詩か字か」に尾と擦れられた(なんやねん)訪れられた(これが正解)すべてのマシュマロ(違うね)いやモロビトに(これが正解)感謝のマコッチャンを捧げるものにゃりよ。ありがとう権佐衛門!!きょうからはその1000という数字に思いっきり甘え(甘えるな!)、日記も2日か3日おきに(毎日書けよ)、書いて(マタはかくなよ)、いこうかしら(大工のカシラにタイのオカシラ)。いやさ、そうはイカんかな(タコも入れたれよ)。毎日牛乳を(明治牛乳、雪印牛乳、はたまたいかるが牛乳も忘れたらいかん)飲むように、日記も書かなイカン訳やな。さればきょう、1000と千尋の神隠し、その大台エーの連覇はなるか。1000という数字におごることなく(お金がないねん。カツカツやねん)またきょうも書き進めてイカンとぞ思ふのこころにゃりけん、ござそうろう。長いな、前置きが。無駄な言葉も多い川(越すに越されぬ大井川)。たはは。ワシもたしかに悪い。しかしそれを許す楽天日記ハンももっと悪いがな。「全角5000文字以内」まで書き込み可能姉妹なんてあなた。裸の女の子が小生に避けようともせずにぶつかってくるようなもんやで。それを全身ただ硬直させて、手もうしろに組んだままで、ただやり過ごすバカ男もそうはおらんやろて。さわらせていただきますぞ。これを痴漢行為とは言わせませんぞ。向こうからやってきたんやから。それもアンサン、裸だっせ。どうぞさわって下さいと言ってるようなものやん。これを触らずしてなにをさわるねんという話や。ワッシはさわったのである。それも1000回近く。気持ちよかったです。神様、お許しください‥‥。なんでやねん。ワシはさわらず、ただ書いただけよ。その書いたことに、なにやら反応があって、その反応が1000回に近づいたわけやな。めでたい事やといえるわな。ありがたいこっちゃ。えーさてさて、これで何時、5時23分。違う。何字やねん。きょうはこれを4時半ぐらいから書き始めている。早起きやろ、自分。男前やろ自分。2345文字とみた。末広がりのええ数字や‥‥。ガビコーン!! ここで思い出したぞ。きょうはきのうの散髪話の続きを書かないかんとこやったんやな。にゃるほどチャンコ鍋。1000の話は置いといて3の話じゃ、さん髪の話ぞ。その散髪、日頃は神戸は元町のH理容に行ってるわけや。イニシャルがHだからといってHビデオを見せながら散髪をしてくれるわけではない。念のため。そんなんすると顔がにやけてくる。スケベ顔になる。ヒゲソリの邪魔にもなろう。Hビデオは散髪屋にはいらんね。そう思うぞ。その行きつけの元町・H理容には行けず、ごくごく近所のホナレンコ理容に(仮名ぞよ。誤解のないように)行ったわけや。1000円という料金に引かれた。元町・H理容は850円と確かに安いがそこまで行くには交通費がかかるわけや。それを思えば1000円は安いかなという話になってくる。入る。ギュイーン、ゴー、ビシビシ、ガッシャン! そんな入口ドアの音もなく(ないのよ)静かにその扉は開きました。「毎度!」初めてやん。来るのが1回目やん。しかしこれが大阪流の店のアイサツの仕方よ。「どうも。ももんが。がちょう。ちょうねんてん」「シリトリをしてる場合か。しかも最後はシリトリになってへん」「”ウッカリ”してました」「”立派です”。ウン。それでヨシコちゃんよう」アホ店員とアホな客との、上記のような会話もなく、「いかがいたしましょう」。「短く刈ってください」。「合点承知の助」と店員は小生のキムタク並に長く伸びた髪の毛をキムチなみの長さに短く刈ってゆくのでした。元町・H理容ではこのあとにヒゲソリがあって洗髪もあるのですが、そこホナレンコ理容ではその調髪だけで1000円なのでした。追加で、かっこよく言えばハクション、もといオプション料金でヒゲソリ&洗髪をしてもらえるのです。ケチな散髪屋。いらんわい。髪の毛がキムタクからキムチへ。顔は男前ですから結構お似合いよ。決まってもいます。「これで結構です」。ワッシはオハギたる、ワラビモチたる、ダンゴたる、いやさ断固たる態度で言い放ちます。1000円を払い、そそくさとドアをギーッと開け(お化け屋敷か)店外に出ます。外に出るとそこに一陣の風。ワッシのキムチなみになった髪の毛をゆらします。「春じゃのう。春がきたのじゃ」 髪きりて キムチの髪を 風ゆらす一句おもい浮かんだものです。その後ワッシは愛車「りん号」にまたがって大阪のまちに繰り出しました。ああ、春がきました、この町に。ホコリと騒音満ちるこの街に。大阪も春本番を迎えたのです。さあ、これでどや。5000字にはならんかい。この楽天日記1000アクセス達成かというその善き日に。しかし疲れるな、実際。ここで終了や。読み直しもしてへんで。誤字があっても知らん。ここでアップ。ギブアップ。ポチ!
2004年03月29日
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ここでは三発の話をしようかいの。パンパンパン。パンシローンでパンパンパン。違うっての。射撃でもなく、薬の話でもないぞよ。「散髪」の話ね。小生、大阪市内に住みしもの。1年ちょっと前までは堺市内に住んでいたわけや。その大阪府の人間が散髪をするのは兵庫県と決めていたのよね。神戸は元町の阪神電車元町駅・地下一階改札口出てすぐのH理容に決めていたわけや。もうあなた15年以上に渡って散髪はそのH理容でズイズイズッコロバシとしてもらっていたのである。その理由はなにか。安かったからである。850円なんだから。そのH理容はその850円の中にすべての作業が含まれる。ハサミで髪を切り、バリカンでも髪を切り、またある人はハサミで紙を切ってウサギさんやクマさんを作ってくれた‥‥ことはさすがになかったね。その髪の調髪に加えて、ヒゲ剃りはモチのロンとして、洗髪さえもしてくれる。ある人なんか、それに加えて小生のクチビルに熱きキッスはいかがと迫ってくる。ワーオ! オッサンのキスはいらんぞ。さすがにこのサービスは断りました。実際はないんですけどね。あってもいいのに。そのH理容は至れり尽くせりパセリにセロリ、ニンジン、ダイコン、ネギ、ショウガのサービスをしてくれて850円なんですから。ありがたいこってす。初めて見つけたのが15年ぐらい前ですか。それ以来散髪はその元町のH理容ときめておりました。散髪がすむと、ちょっと足を伸ばして湊川神社に参拝です。「アッシ、山中環太郎、ただいま散髪つかまつりけり」とご神体であられる楠木正成公殿にご報告に参るわけでございます。「ウイやつじゃ。ほんならこれからも毎日の人生を楽しみなはれや」楠木正成公殿が小生に言ってくれてるような感じがします。「合点松竹梅。つつがなく毎日を送らせていただきまする」「そうしておくれやす。頼んまっせ」「おおきに毎度あり。ありがたき幸せ」「最後に賽銭はタンとね」「楠木はんもまた商売がお上手で」「アホ。ワシは神や。アキンドとちゃうで」そんなやり取りがあったあと、ワシは賽銭箱にいつも歳の数だけのお賽銭を入れるのでした。おっほん。これで小生の散髪行事はつつがなく終了となるのでございます。それがですね。今回は弱ったことに時間がなかったのでございます。神戸までは行けなかったのです。ちょっと話が長くなってきましたな。続きの話は明日書きましょうかいの。きょうは最高気温が大阪では20度に達しようかという日和のええ日となるそうです。「汗ばむ気候となりましょう」だって。むほほ。汗ばむ季節になってきてこましたのね。パッチを捨てて町に出よう。ええ季節になってきました。
2004年03月28日
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関西方面では「パッチ」というのである。全国的には「股引き」というのかな。あの、白き、時には茶色のこともある、そして時には黄色のこともあるねえ。ズボンの下に存在し、われの両足を寒さから守ってくれる、長き、あったかき下着、その名は「パッチ」、ありがとにゃん。芭蕉のオヤッサンもその奥のほっそい道にこれからいきましょうかいねというときにその旅の準備として「股引きの破れをつづり‥‥」なんのかんのと言ってはいなかったか。むかしから股引き、パッチは男の愛用品であったのよねえ。ところがどっこい池の鯉。錦鯉に酒もってコイ。この「パッチ」という言葉、最近は南蛮渡来の言葉として別な意味で使われているね。いわゆるIT用語のひとつとなって使われているのじゃ。その「パッチ」とは、ふむふむふむ。 一旦完成したプログラムの一部を修正すること。また、修正を行なうために変更点(差分情報)のみを抜き出して列挙したファイル。「パッチファイル」「差分ファイル」などとも呼ばれる。バグ(不具合)の修正や、小規模なバージョンアップなどを行なう際に、ソフトウェア全体を入れ替えるのは効率的でないため、修正点だけを抜き出してパッチ作成し、これを既存のソフトに組み込むことで修正を行なう。多くはインターネットやCD-ROMなどを通じて無償で配布される。なお、パッチを使って修正することを「パッチを当てる」と言う。分からへんがな。だいいち「パッチを当てる」とはどういうことやねん。懸賞でパッチが当ったんかい。大体、賞品に「パッチ」がある懸賞は見かけへんぞ。ワシなら応募するけどね。おっほん。ここで書く「パッチ」はコンペイトー用語の「パッチ」ではないぞよ。あくまでも「はく」パッチね。この冬、ずっとあったかく、ワレの足を寒さから守ってくれたんやから。いま一度、礼をマウス。カチャカチャ、ポチポチ。違うね。礼を申す。ありがとにゃん!さてその「パッチ」や。なぜに「パッチ」をパッチというのか。「みなしごハッチ」が着ていたからという説は否定されている。なんかアニメ上ではパッチ状に近いものを着てはいたがあれはパッチではない。「パッチでデート」から来ているのか。男がパッチで女がモンペを穿いて出てくる出会い番組や。「一旦穿いたその日から、恋がめばえることもある。あなたが穿けばわたしも穿ける。パッチでデート!」。そんな番組はなかったか。あれは「パンチDEデート」であったか。それともそれとも流行語であった「パッチグー」からか。それもいうなら「バッチグー」か。分からんぞ。「パッチ」の由来が、その語源が。「パッチリ決めるぜ」からきているのかしら。たしかにパッチを穿くとなにやら身がひきしまるのよね。なにか若さが発散したくてたまらない気分になってくるわけや。ならへんか、パッチでは。そのパッチさんとも、どうやらこうやらお別れする時期がきたような感じがするわけや。春どのが玄関先にお出でになったからね。冬将軍おいでの時期はパッチは欠かせぬものですが、春どのの前ではパッチは礼儀を欠くものとなってしまいます。その春どのがちょっと今、玄関で立ち往生されているところですが。きのうはその春どのが見てる前でパッチをはいて、しかも自転車をこいでしまいました。下半身が少しムンムンムレムレになりにけるかもね。さすがにきのうはいらんなと思わせるあったかさでございましたな。オサラバする時がきたのでしょう。ありがとうよパッチ。また会う日まで。また穿く日まで。押入れの下着入れの中でゆっくり休んでおくれ。ありがとにゃん。パッチグーの冬でありましたぞ。
2004年03月27日
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にゃるほどチャンコ鍋。開設1週間目の朝を迎えたアホ日記(誰がアホ日記じゃ!)「書く欠く詩か字か」にゃのである。そのタイトルにある「欠く」日もなく、ここ1週間は毎日つつがなく、ニワトリも鳴く、書いてこられたのは、ひとえにこのワシ、このワッシの男前の顔があったからこそやろな。めっちゃ男前やからね。英語でいうところの「in front of man」 やからね。その男前のほどは近郷近在、少なくともワッシの住みし大阪市北部一帯では鳴り響いておらんからね。おらんのかい!まあねえ。ふだんはその男前を隠すために、頭どころか顔全体をインド人以上にターバンを巻き付けて隠しているからね。ときどき前が見えなくなるぐらいよ。顔を隠さんとあなた、婦女子がまあ、まとわり付いてくるからね‥‥。えー、オッホン。きょうはそういう自慢話もマントヒヒ? オランウータン? 違うね。ここは素直に「サル」ね。きょうはそういう自慢話もサルことながら(これが正解!)、皆の衆に感謝の言葉を投げつけねばならんぞよ。きょうの朝、みればそのアクセスちゃんちゃこが600に達しているでは内科、小児科、外科に産婦人科(産婦人科医にはなりたかったぜ。それと番台のオッサンね。見放題やもんなあ。なんの話じゃ)。ジャスト600じゃったのじゃ。ここでいやあな温州ミカンが、いやさ伊予ミカンが、ちゃうねヨカンが(これが正解!)したのだ。ひょっとして、もしかして、ワッシがお踏みねえさんなのかシーラカンス!?ガビコーン!! やっぱりこのオレ様がお踏みねえさんになってしまったのよ。さえないの。まあ、まだ600よ。中途半端な数字よ。ええやん別に。本人が踏んではイカン、イヨカン、夏ミカンはないねんから。ああきょうで解説1週間かあ。神風さん、今の相撲はいかがでしたか。「大鵬の横綱相撲でした。磐石です」。その解説じゃ、ねえ。開設1週間よ。ここに訪れられるひとのまあ多彩なことよ、年齢層の広いことよ。小生が書いている他の日記サイトではありえんことよ。楽天どのの勢いを肌で感じた1週間でございました。これから続く2週目もまたどんな出会いが待ち構えているのかシーラカンス。めっちゃ楽しみですY。ほたらこのへんできょうはアップといきましょうかいの。この1週間、内容が全くなかったね。超薄味やったね。それが痔万かな。イテテ。痔が一万あってはたまるかい。自慢です(これが正解)。これからもほとんど内容のない日記を、欠くことのないように書いてゆくぞよ。期待しないで待っていらっしゃい。開設1週間、訪れられた人、皆々様に感謝を込めて。あんがとねえ。めっちゃ、あんがと!!!
2004年03月26日
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ふむふむふむ。どれどれどれ。ポキポキポキ。アッシのこのアホペ-ジも(誰がアホペ-ジじゃ!)時を重ねて七日目の朝を迎えんとしているところじゃ。いまコーシーを沸かして、あほ、コーシーが沸かせるか。ええ、お湯を沸かして、いやさ、水を沸かしてが正解。その水を沸かした熱きお湯、摂氏100度よ、煮えくりマンモスよ。その100度のお湯に1分間手を浸けていたら確実にヤケドよ、病院送りよ。やってはダメポ。ヤケドをしない方法はただひとつ。手をそのお湯の中に突っ込まないことじゃ。分かったかの皆の衆。肝に銘じてホシイカのところでござる。さてさてその日記。わがいとしこいしの(夢路いとしさんは昨年お亡くなりに。あらためて合掌。その「合掌」を「合唱」と間違えないように。なにを「合唱」すんねんという話や)「書く欠く詩か字か」へのアクセス数もまもなく500に達せんかという数字になってキタの新地は思い出ばかり。雨模様。ありがたいこっちゃで。しかしこの500の数字。すべての人がオイラの日記を読んでくれているとは限らないわけで。がんばるぞオイラ。書きまっせオイラ。なお一層の読者獲得にむけて、新たにまた、やっすいインスタントコーシーを作るワレなのであった。しかしまあきょうですべての曜日を重ねて明日で開設1週間と鳴門海峡大橋。渦潮がきれい。この500という数字は多いのか少ないのか、はたまたヤリイカなのかスルメイカなのか。うーむ。ふーむ。大阪ドーム。近鉄戦、観客めっちゃ少ない。一回は行ったれよ。多くもなし少なくもなし、二十世紀ナシというところかいな。このアクセスの中には他日記サイトには見られない大きな特徴、「小・中学生の多さ」がある。こんなに多いのであれば、小・中学生をひとつにまとめず、独立のクラスにすべきであろう。小学生は小学生、中学生は中学生である。パソコン好きなそれら小・中学生がここ楽天に集結している感がある。おどろくべきサイトが多数ある。軽く見過ごすと痛い目にあう。日本もまだまだ大丈夫だなと思わせるものがあるね。ワッシもまもなく人生半世紀なのだ。このネットの世界にもようやくなじめてキタの新地は思い出ばかり。雨模様。さっき使ったね。ボケてきたね。そのボケをできるだけ遅らせる有効な手段がこのネットの世界よね。ありがたいものが発明されたものじゃ。ここに尻だけ今は載らさせていただいておる。ネットどの、これからもよろしくね。また楽やんもよろしくね。機能満載の「楽天日記」なことよ。重宝してます。アクセス1000、うんにゃ10000、いやいや一億めざし頑張るべえよ。よろしくトロロ昆布うどん。
2004年03月25日
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ここ楽天日記は「全角5000文字以内」まで日記が書ける訳である。「全角5000文字」て、あなた。すさまじい量である。ここに書かれてる他人様(ぜひぜひ「ヒトサマ」と読まれよ。「タニンサマ」ではないぞよ。「他人事」も「タニンゴト」と読むなかれ。「ヒトゴト」と読むのが正しい。「人事」は「ジンジ」とだけ読むべし。「ヒトゴト」と読んではイカのテンプラぞ。「ヒトゴト」は漢字では「他人事」と書くのじゃ。分かったかの、皆の衆。分かったらこれからはそうされなんせ。頼みましたぞう)の日記をつらつら、ふむふむと読んでみるに、さすがに5000字、限度ぎりぎりまで書いている日記には出会わんな。そしてあまり出会いたくもないねえ。どうせろくなことも書いておらんだろうて。またここは日記欄なのである。その日記に5000字も書き込むバカもおるまいて。日記を書き込むまでに昼が来て夜が来て、日が移るカモよ、スズメよ、アホウドリよ。いまだ5000字まで書き込んでいる日記に出会わん。出会わんかったら、いっそ自分が書いたろかいと、これから書いてゆくのが5000字の日記ぞい。たはは、書けるかしら。小生、この日記のほかに「千字クスリ」という日記も書いているわけや。それはその題名の通り、毎日千字書いている日記でござってな。それを書くのも疲れるわけや。今回はその5倍かい、何を書くかい、アコヤ貝、婦人会にサンシャイン36階(もっとあったかな)。たはは、先にあげた「千字クスリ」を書いている場合、このあたりで文字数が気になるところや。感じでは800字くらいと思うねやが。うーん。ここ楽天日記にはその文字数をチェックできる機能は付いてへんのやな。ええーい、勘で書いてゆくぞよ。ここは一行が何字までやねん。数えたら27字みたいやな。それを5000で割ってみると、にゃにゃ、にゃんと185行書かんと5000文字まで到達しないぞ。それもきっちり最後まで文字を詰めての話。実際は改行して空白も出来るから200行は越えて250行くらい書いて初めて5000文字に達するのか。ふーふーふー。ここまで実際何文字やねん。ここ楽天日記には数多くの機能が兼ね備えられているが、文字数を数える機能は付いていないな。うーむ、目安、1583文字と見た。いけいけGOGO。その先にあげた「1583文字」、どうしても小生の好きな数字が出てきてしまうな。3と5と8。昔から好きやったね。なんせあなたワシの誕生日が8月3日やからね。そんで8引く3が5やからね。銭湯のゲタ箱にクツを入れるときも3や8の番号のところに入れるのが習慣になっていた。そや。昔は銭湯に入るのが普通やったね。番台越しにオババやオバハンのしなびたオッパイがよく見えたものだ。もちろん小さい頃はなんの関心も、むしろ見たくもなかったそれらのオッパイ、いまは機会があればぜひにと変わってまいりました。神々しささえ感じるいとしきオッパイの群れ群れでごわす。柏手を打ちたくなるのです。拝んでみたくもなるのです。やはり人間のふるさとよ。まさに母なる泉、それがオッパイ。好きでごわす。さわらして~。なんの話をしているのか。たはは。しかしこれで大きく前進したか。これで半分の2500字くらいまできたのか。小生、誤字当て字には厳しく、ないようにとチェックおさおさ怠らないが、今回だけはお許し願いたいね。読み返すのにめっちゃ時間がかかりそう。あってもええやん、別に。第一、この5000字の日記を誰がまともに読むであろうか。書いている本人が読み返したくないのに。さて、なんじなのかしら。イボ痔、切れ痔、それとも裂け痔?痛そう。今は時刻は7時27分よ。この朝の忙しいときに5000字の日記をひたすらに書く一人のアホの大阪のオッサン。もうすぐ50。ほっとけ。これで3000字はいっていないか。こういう無駄なフレーズを入れている間にも数字は増えていく。せやここで大きな疑問が湧いてくる。たとえば5000字近くを書いたとする。アップするわな。小生が「千字クスリ」を書いているサイトからはその千字を超過して書いた場合「文字数が多すぎます」とのメッセ-ジがでる。ここは千字までが書き込み出来る限度なのだ。も一度戻って、文字を千字になるまで削るわけや。それが出来るここ楽天はどやねん。5000字書いてアップするわな。それが多かったとする。その場合、メッセ-ジがでるのかな。分からんぞ。もしかしたら「すんませんな。文字が多すぎるようでんな。も一度始めから書き直してくださいませませ。今の日記は自動的に削除しました。悪く思わんといてや」とのメッセ-ジが!!!ガビーン。そんなアホなことがあってたまるかい。せっかく書いた5000字はどないなんねん。「そんなん、アテの知ったこっちゃおまへん」にゃにぃ!!!ありえることじゃ。世の中、一寸先は闇で、五寸ときたら釘で、グスンときたら風邪なのだ。くわばらくわばら、桑原和男さん。「ごめんください。桑原の和子ばあさんです。お入りください。ありがとう」。ドテッ、バタッ、ガシャン。いまも続いている吉本新喜劇の桑原和男さん特製ギャグである。小生の高校時代からあったような印象が。これで何字なのかなあ。相当書いてきたぞ。4000字まであとわずかに迫っている印象があるが。さすがにさすがに疲れてきた。きょうはこれぐらいにしておいてやる。5000字挑戦は次の機会にゆずってやるぞ。安心しろい。なおこの日記は読み直して推敲はしておらんぞ。それも安心せい。もしあっても、広きこころ、あったかき度量で許してつかわす。よかったねえ自分。あとはゆっくりコーシーでも昆布茶でもロイヤルミルクチーでも、飲むがよいぞ。ズズズズー。ただしお酢はいかん。醤油もいかんな。あれは調味料で使うもの、飲むものではない。はあ。さすがに指先がだるくなってきた、痛くなってきた。むかしは5000字も書けばペンダコができたもの。今はそのペンからキーに使うものが変わった。タコの出きる位置が変わってきたね。ここまで読んでくれた人はおるんかい。書くほうも大変やが読む方も大変な5000文字挑戦であった。勘では4156文字とでた。書き終わるのに「ヨイコロ」である。この辺でアップといこう。まさにアップアップの今日の日記ではあったな。それではアップ。ポチュ。ここまで付き合って読んでくれた人はありがちう。あちがとう。それも言うなら「ありがとう」だろう。目も霞ヶ関ビルになってこました。たはは、「きました」ですって。ここで本当に了。ポチッ。何文字かシーラカンス?
2004年03月24日
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小中学生がやたらと小生のサイトにアクセスしてくる。その理由が最初分からなかった。アクセスしてくる道理がないのだ。言っておくがオッサンなのである。そのオッサンが好きでアクセスしてくるとは到底思われない。どうもこの日記に付属の「ランダム」アクセス機能が原因のようやな。どこにアクセスするか見てのお楽しみというやっちゃ。好奇心旺盛な小中学生世代のことよ。やたらと押している模様だ。感じでは、アクセスのほぼ半数がこの小中学生世代なのである。たぶん「なんやあ。オッチャンのサイトかいな。おもろな」とすぐに立ち去っていることであろうて。これから春休み、ますます小中学生からのアクセスが増えると思われる。その対策を少しは考えんといかんかな。リンクにゲ-ムのサイトを加えるとか。いや待て、今は小中学生世代の方がはるかに詳しいか。いまや、ものごころ付く前からパソコンに触れられる時代になってきた。おそるべし小中学生世代。あだやおろそかに扱ってはえらい目にあうぞ。漢字や英語の、むずかしい言葉もあまり使えないな。まあ英語は大丈夫。こっちもあまり知らんから。小中学生世代にも分かる文章をとこころがけて書いていこう。しかしいまの小中学生世代の親が万博の時には生まれてすぐか、小さかったかの話やもんなあ。時は流れて、あれから34年かい。ガビーン。年老いて、野辺にたたずみ、昆布茶飲む。ズルズル~。昭和は遠くなりにけり。24 日の日記 (AM 08:56)--- からのメッセージ: 合計書き込み文字数が半角5400文字と出た。すると全角では2700文字ってことなの。少なっ!まだまだ書けるってことなのかい。もうええ、きょうは。これは書き込み催促メールに書いている。ここもどこにどうやって書くか未だに判別つかんな。もう少し分かりやすく設定してもらいたいものだが>
2004年03月23日
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きのうも書いたことやが、楽やんからきょうも日記を書き込んだらどやねんとの催促のメールが来るわけやな。そのメールが来るのが当日の晩、きのうは夜の8時頃に来てこましていたのかシーラカンス。まあ日記であるからして当日起こった出来事を書きこむものであるから晩に書くのがもっともフンフンな事も分からぬではないが。楽やんの催促が晩になるのも分からぬではない。しかしワシは朝に掻くのが、ポリポリポリ、股を掻くなって。朝に書くのが普通なのだ。そのメールにきょうの朝に書き込んで返信しても前日の日記に掲載されることになるんだな、もしかして。あかんがな。これでは。ひょっとして日付を変える方法があるのかしら。あったら誰か教えてホシイカのところではあるね。さてさてこの楽やんの日記サイトには他の日記サイトに見られぬ日記書き込み機能があるね。「my diary非公開日記」というやっちゃな。「この部分は公開されません。 本人のみが読むことができます」との但し書きがある。う~む。小生は使わんかもね。小生だけ読んでもあかんがな。小生の最大のターゲットは「おばちゃん」。その「おばちゃん」に読んでもらうがためにワシはこの日記を書いているのじゃ。読んでもらわんと意味ないがな。こんな機能もありますぞよと言ってはおこう。ここも全角5000字まで毎日書ける。太っ腹の楽天日記よのう。アクセスも三日で200を越えたね。ありがたいこっちゃ。そこに愛する「おばちゃん群団」が少ないのは哀しい。とほほ。その代わりに「小・中学生群団」のなんと多いことよ。どこからこの人たちは小生のページに舞い降りてくるのかな。若すぎるオバチャンも多い。早い話が娘さんね。タイトルの中の「詩」に引かれてやってこられるのかな。はじめそのタイトルを「書く欠く死か痔か」にしようかなとも思っていたわけや。しかしこれではあまりに縁起が悪い。それでまあ「書く欠く詩か字か」にしたわけやが。うーむ。ま、いっか。どなたさんでも来なはれや。この内容のないページに。ほっとけ。きょうもまた夜は明け、ワシは日記をここに書いた。つつがない一日の始まりぞ。しかし雨やな。冷たい雨です。
2004年03月22日
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ありゃりゃ!?さきほどメール画面上から21日の日記を更新した訳である。この楽天日記にはそういう機能もあるようなのだ。楽天さんからそのムネを知らせるメールさんが届いていたのよね。やってみた。ところがどっこい池の鯉。21日の日記画面には出てけえへんがな。あれれのれ。れれれのれ。どうしたもん太&ブラザース?も一回つくって送ってみた。画面はそのまま。なんでやねんと画面をながめていたら、なな、なんと、南都雄二。20日の日記の下に登場しとるやないかい。どないなとっねん、これ。確かにメール上では日付けは21日になっておる。ま、いっか。ホタルイカにモンゴーイカ。スッパイはお酢のがぶ飲み、失敗はセイコーの母、シチズンの父。次がうまくやれるための大事なステップさんでもある。このママに、あるがパパにしておくぞよ。てな訳で21日の日記をここに書き加えん。ポチッ!21 日の日記 (PM 09:49) 間に書けばいいのかな。テストなり。ピチ。いや、ポチッ
2004年03月21日
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ふむふむふむ。この楽天に書かれている他の作者の日記をチラホラドレドレと読んでみたのである。若い。総じて若い。中学生や小学生のもある。それが例外ではなく数も多いのだ。思うに学校の授業とかでパソコン上に日記を書こうとした場合に先生が勧めているのがこの楽天日記かと思われる。極めて簡単に作ることが出来、書くことも出来、いろんな機能も兼ね備えている。そんな平均年齢がひょっとしたら10歳台になるかも知れない日記サイトにこの「大阪男前野郎50マジかよオッサン」が参戦するのもちょっと照れるものがあるねえ。「陽気な大阪のアホのオッチャンで~す」とでも言っておこう。よろしくちゃんこ鍋。メール画面から 21日の日記を更新よ (AM 09:19)にゃるほどやってみよう。この楽天日記はメールからでも日記の更新が出来るらしいのだ。これはまた珍しい。いや小生には初めて出会う新機能ぞ。やってみるぞよ。エイ。これがセイコーしたアカツキには(シチズンやオメガも入れてやって)この楽天日記はできるだけメール画面から更新してゆくことにしよう。にしてもネット技術は日に日に進歩していくものよのう。ワシもトシをとっていくハズや。それではここでボタンを押しますぞよ。どんな画面が日記上に出ることやら。楽しみ~。テスト: 21 日の日記 (AM 09:24)にゃるほどやってみよう。この楽天日記はメールからでも日記の更新が出来るらしいのだ。これはまた珍しい。いや小生には初めて出会う新機能ぞ。やってみるぞよ。エイ。これがセイコーしたアカツキには(シチズンやオメガも入れてやって)この楽天日記はできるだけメール画面から更新してゆくことにしよう。にしてもネット技術は日に日に進歩していくものよのう。ワシもトシをとっていくハズや。それではここでボタンを押しますぞよ。どんな画面が日記上に出ることやら。楽しみ~。
2004年03月20日
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楽天日記ここに始まる。見ればここには「全角5000字以内」まで書けることになっている。気が遠くなるぜ。小説でも書くならともかく。とにもかくにもここに楽天日記が始まったわけやな。ここではふんだんに大阪弁を使用してゆくぞよ。まずは一発目の日記、ここに登録せん。ポチっ。
2004年03月19日
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