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一昨日の土曜日、7/4に樹の四十九日法要をしました実際の四十九日は来週の月曜日なんだけど、ご住職の都合やらなにやらで早めに。お経を聞いていると不思議と心が静かになって休まりますずうっと聞いていたいけど、ずっとだと飽きるのかな、やっぱりさて会う人ごとにわりと聞かれるのが「もう大丈夫?」や「落ち着いた?」なんだけどどう答えたらいいものか「はい、もう大丈夫です」と言っておけばいいのだろうとは思うんだけどその辺は私のきっと不出来なところでま、その時々、相手によって、答え方は違うんだけど何がどうなったら大丈夫なのか、落ち着いたと思えるのかその辺も分からないし、大丈夫にもならないし落ち着くこともないと今はまだ思っているからなお更「はい」と答えられないのかもで、よしもとばななの「サウスポイント」を読んでいたらまさにそうそう、という表現が出ていたので書いておきます ↓その度に珠彦君の死がよみがえってきてまたおかしな夢の中にいる感じになった何重にも重なって入れ子になった透明の箱の中に閉じ込められているみたいだったそうそう、そんな感じだ と分かりにくいか、やっぱそれとこれは「今の感じ」とは違うんだけどうまくあらわせない気持ちの、端っこのところこんな感じかもしかたないよそういうふうに現実的に分かっていったじっくりとおきらめていくのは、たまになにもかもが昔に戻ったようなこれからなにもかも良くなっていくと錯覚させるような希望の瞬間があるぶん急にあきらめることの何倍も悲しいということを私は知った期待すればするほど、悲しみも重くなる会うたびにひとつ、またひとつと持っていた希望を消していくあの感じは心にしみのように残っているしかも電気のスイッチを無意識に切るようにではなく、ろうそくの火をひとつずつ消していくみたいに、より自覚的に消していく感じだった亡くなる前の日、ちょうど月曜日で授業があってその日は「身体の授業」もある日で、担任の先生ともう一人、身体の先生が来てくれてその時にも「今日でもう最期だ」って私は分かっていてでも身体の授業を受けているうちに樹の呼吸がみるみる楽になっていくのがわかって本人も苦しそうだったのが楽そうになって、ウトウト眠りだしたりしてもしかしたらまた奇跡が起きて、このまま今日一日は楽に過ごせて明日も明後日もその先もあるのかも、と本気で思ったもうどうしても、何がどうなってもダメなのは苦しいくらいに分かっていたんだけど書き込みながら、苦しい気持ちがガツガツ上がってくるのでやめておきます
2009.07.06
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