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私の本業は会社の経営管理(といっても、経理・営業・総務)・・・・・つまり中小企業によくある、典型的多目的雑用係ですね。請負業なので、人の出入りが多い業種。(現場管理は息子達がやっています。)比較的長く勤務している人が多く、有難いと思っていますが・・出戻り組みも多く、一度やめた人が、「再就職」のお願いにくることもあります。前置きはともかくですが、最近の、アメリカの経済破綻によるしわ寄せは確実に日本にも押し寄せていますね。とにかく、面接が多いんです。毎日のように面接があります。年の瀬を迎えられない失業者が多いのでは、と思います。しかし、特に中高年の応募が多いのですが、就職は難しいですね。中高年の就職口としてうちは、結構広く門戸を開いていますが、この先、生活をどう維持していくのだろうかと・・心配な人が多いです。 私の会社でアルバイトをしていている人の中でここ半年寮に入っている人がいます。、(仮に三沢さんという名前にしましょう。)三沢さんの出身は九州です。彼はうちに来る前は、ホームレスに近い状態の生活でした。住んているアパートは家賃を支払えずに追い出され、(2箇所)分け合って知り合いのうちを頼ってきました。三沢さんには家族がいましたが、離婚して現在は1人暮らし。子供は2人いたのですが、未だに逢っていないみたいです。さて、この三沢さん、少し、難聴です。そのせいか、なかなか仕事がみつかりません。たとえ就職したとしても、すぐにクビになります。なぜでしょうか?いろいろ聞くと実は・・・難聴だけではないようです。「言われたとおりに仕事をしない」そうなんです。難聴なので、指示書を作り、それを見て、仕事をさせるのですが、全く指示どおりできないらしいのです。できないというより、思い込みでやってしまう・・当然、ミスがでます。そうして・・解雇になります。そんな彼の毎日を検証(?)してみると、家賃を支払えないというか・・お金のない原因がとってもよく理解できました。まず、よく食べる・・なので、当然太ってくる。(運動をしないので)特にお米大好き・・みたいです。次にお金が入ると、すぐにパチンコをする。たまにと本人はいいますが、実はほとんど毎日だったのです。儲かるのはごくまれで、ほとんど負け越し。これではお金が残らないわけです。身寄りもなく、家賃も支払いが出来ず、仕事もまともにできない・・これではいずれ、生活が破綻するのは目に見えています。それでも、往く所のない彼をどう働いてもらうか・・悩みはつきませんが!彼曰く「働けなくなったら、福祉のお世話になる」と言っています。収入の少ない彼・・いくらも税金は支払っていません。なのに・・簡単に言います。もっと、自分が努力すれば出来る仕事も、難聴だからと言うハンデイにかまけて、精一杯やっていないような気さえ、してきました。私も経営者として、毎日、資金繰りと経営改善に一生懸命、悩んで、考えて、います。休日でも、家事や、遣り残した仕事をやることもあります。 何が言いたいのか・・明日の生活さえどうなるかもわからない現実。決して本人は望んでいるわけではないでしょう。 でも、そうなってしまう、自身のの生き方に原因があるような気がしてなりません。
November 29, 2008
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先週も 今週も 来週も予定がぎっしり詰まっています。でも、 ちゃんと食べてます 寝てます。ストレス解消に長野にも出かけました。でも、スケジュールを書き込む手帳が真っ黒になりました。はぁ~ 。でも、今週末は大阪で開催される「○○学会」に参加する機会をいただきました。こんな風に今年もあとわずかになってしまいました。みなさん、「元気ですか~」また、機会があれば、お邪魔しま~す。
November 20, 2008
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先日のこと。久しぶりに田舎に戻りました。私の田舎は、今も昔も変わらず、田園風景が広がっているところです。信号も少なく、夏はカブトムシやクワガタを捕まえる楽しみがありました。季節毎に桑の実や木苺、せり、あけびなども採れました。素材ブログ「防腐剤」より画像をいただきました。高齢の母は私に会う度に、自分の生が短い事を言います。85歳になる母ですから、足腰が弱くなっているのはあたり前です。最近は特に身体が思うようにうごかないのがつらいのか、とても気が弱くなっています。箪笥の引き出しをあけて、洋服やアクセサリーを、私に・・と差し出します。「あっても仕方がないから、あげる」といいます。まるで、形見分けのように。私は少し悲しくなりました。遠く離れて暮らす私には「病院」の付き添いも「お買物」も一緒には出来ません。それでも、時間を見つけては、少しでも母と一緒にいる時間を作ろうと頑張っています。母は1人で暮らしているわけではありません。兄夫婦と甥っ子夫婦とひ孫2人。近くには姪っ子がいて、みんながおばあちゃんの事を、気使ってくれています。だから少し安心しています。でもやはり娘の私にはつい、本音を言うのだと思いました。でも、私の周囲には「認知症」「アルツハイマー病」など、病気で悩んでいる人もいます。そんななかで、母は別に呆けるわけでもなく、自分の事は自分でできます。畑に行き、白菜やほうれん草を作っています。「元気でいるのが、一番の子供孝行になるんだから。ありがとう、おかあさん。長生きできるように応援するから。」そう伝えると、母は、笑ってくれました。私の父は20数年前に他界しました。それまで、亭主関白(昔の人はみんなそうでしたよね)の父に仕え、口答えもせず、愚痴一つ言わずやってきました。そんな父が他界してからは、旅行にいったり、カラオケに行ったり、凄く社交的になって、とても明るくなった事を覚えています。私は学生時代、スポーツをやっていて、家に帰る時間も遅く、家にいる事は少なかったのですが、社会人になっても、いろいろ青春を謳歌(?)していたので、母にはいろいろと心配をかけてしまいました。親孝行らしい事もできずに、心配ばかりでした。挙句に20歳になるやいなや、さっさと結婚してしまい、今思うとまぁ自分勝手な人生を過ごしてきたわけです。私が幸せなら母も幸せだと思いますが、もう少し母のそばにいてあげたかった・・と思うようになりました。そんな気持ちになったのも、自分が親になって、初めてわかったのですから・・なんとも情けない話です。いくつになっても、親と、子の、関係は変わらないといいます。どうか長生きしてくださいね、お母さん!
November 9, 2008
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