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2007.03.07
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カテゴリ: フランス映画
LES ENFANTS DU MARAIS
Jean Becker
(115min)

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寸評:小さな幸せに生きる人々を描いた実に気持ちのよい作品で、2時間弱の間心地よい時間を与えてくれますが、脚本のわざとらしさと弱さのために、見終わると現実感が希薄です。

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ジャン・ベッケルの作品は『殺意の夏』や 『エリザ』 等好きなのですが、そしてこの作品も気持ち良いものではあるのですが、ややわざとらしいです。物語では5歳のクリクリが老齢になって回想するという最後の枠作りが、結果的には全体を安っぽくしたと思います。物語はフランス大統領の暗殺というのが出てくるので1932年だと思います。フランスの地方の小都市、そこの郊外に大きな沼があって、その沼がもたらしてくれる自然の恵みやちょっとした賃労働で暮らす人々の物語。原題は『沼の子供たち』ですが、文字通りの子供ということではなく、「沼に育まれた人々」と言った意味だと思います。物語は当時5歳だった少女クリクリが現代の時点で過去を回想するという枠構造で、最後には70数歳の姿で登場して物語を締めくくります。

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回想の中のまた回想としてジャック・ガンブラン演じるガリスがこの沼畔にやってきた様子が描かれる。第一次世界大戦が終わり、激戦地ヴェルダンから幅員してきたガリス。謎の人物で詳細は描かれないのですが、行くあても特になく、歩いて歩いてこの沼にやってきた。そこに住んでいた老人の小屋に泊めてもらう。やがて老人は死に、ガリスはそこに住むようになる。そして中心となる物語の現在。1932年4月30日。隣の小屋に住むリトン(ジャック・ヴェルレ)と沼畔の森でスズラン採りをしている。フランスでは5月1日は親しい人にスズランを贈る習わし。翌日町に出て売って少しばかりのお金を稼ごうというわけだ。しかしリトンは飲んだくれで、ろくにスズラン採りもしない。リトンには妻と何人もの子供がいて、その1人が5歳の少女クリクリで物語の語り手なのだが、ガリスが世話になった老人が死んだ日、リトンと暮らしていた彼の最愛の女神であったパメラという女性が出て行ってしまい、パメラのことを忘れられないでいるのだ。1918年、1919年頃の出来事だろうから約十数年前で、今の妻との子供の年齢とも符合する。一方のガリスはそれ以来このぐうたらリトンの世話もしながら日々を送ってきたのだろう。

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(以下ネタバレ)
その夜二人は町に春の歌を歌いに出る。ガリスが持参の小型アコーデオンを弾いて二人で家々の窓辺で歌い、小遣い銭を貰う。廃れつつある古くからの習慣らしい。途中例年のように資産だけで暮らすエレガントな紳士アメデ(アンドレ・デュソリエ)も誘うが、今年のターゲットが自分の家と同じ地区だというのでアメデは参加しない。途中で立ち寄ったお屋敷ではマリー(イザベル・カレ)という女中と出会い、ガリスは彼女に恋をする。騒音嫌いの銀行家の家からは黒人の召使いに追い出される。リトンは人喰い人種と思って逃げ出すが、短い会話でガリスとは一次大戦の参戦の思いで心が通じ合う。

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翌5月1日。二人はスズランを売りに町に来ている。そこに登場するのがボクシング・ヘビー級フランスチャンピオンのジョー・サルディ。金に任せてガリスの売るスズランを全部買ってくれるが、自分はチャンピオンだと言い「ムッシューと呼べ」と言うサルディに対して、ガリスは「おっさん」という言葉をやめない。自分にも誇りはあり、人は平等だというガリスの思いだろうか。一方カフェでパメラの思いに耽りながら飲んだくれるリトン。そのカフェにサルディが来て、些細なことから喧嘩になり、ガリスに促されてリトンは去るが、怒りのおさまらないサルディは店内でひと暴れして警察に逮捕されてしまう。彼はチャンピオン・タイトルは剥奪され、ボクサーとしての資格も失い、6ヶ月の刑で収監される。店や人への賠償のために彼が母親のために買った家まで処分したと弁護士に伝えられ、愛人ミレイユも新しい恋人が出来て去っていく。ちょうど大統領の暗殺が報じられるが、ポール・ドゥーメル大統領の死は1932年5月7日のことだ。

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そしてその冬の12月、ガリスの小屋にはターヌの誕生日を祝うべく4人が集まっていた。ぺぺも参加したかったが、孫娘の婚約披露という金持ち社会のパーティーがあり参加できない。その頃刑を終えて元ボクサーのサルディは出所していたが、彼は狩の流れ弾事故に見せかけてリトンを殺そうとしていた。パーティーの最中にサルディはリトンの住所を訊きに来るが、娘婿が教えてしまう。それを知ったぺぺは危険を察知して雪の中を沼に向かうが、途中で心臓発作で倒れて死ぬ。そして翌朝サルディは沼畔でリトンに猟銃を向けるが、クリクリが後ろから押して沼に彼を落としてしまう。沼にはまれば助からない。それをリトンとガリスが助ける。リトンは助ける際に脚を骨折して入院中でいないが、死の恐怖を味わったサルディは改心し、リトンに礼を言いたいと言う。

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そしてそれから7年近くたった現代。沼を見下ろす丘で老女となったクリクリがその後の思い出を語る。サルディとリトンは1944年に二次大戦で戦死し、他の皆も今はいない。クリクリ自身はめでたく初恋のピエロ(ぺぺの孫)と結婚し、ピエロはその後医者になり、まだ健在だと。ガリスは一人沼を去っていって消息はわからないが、彼は来たときのように歩いて歩いてニースに行き、夏休みに主人に伴いニースに行ってそこで薬剤師と結婚して戻って来なかったマリーを薬剤師から奪って一緒になったと思いたい、とクリクリは語る。そして今は埋め立てられ大型スーパーになったかつて沼があった場所が写って映画は終わる。

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貧しいながらも慎ましく楽しく暮らす沼の人々と、それを愛するアメデやぺぺ等のハートウォーミングな美しい物語で、おとぎ話と捉えればよいのかも知れないが、理想は理想として、沼に関係する人々があまりにも美しく描かれ過ぎている。リトンとガリスとターヌまでは良い。沼での過去に郷愁を持つぺぺだが、娘や娘婿との関係があまりにもわざとらしいし、アメデやアメデの知人でリトンとガリスが庭仕事を請け負う金持ちの老婦人にしてもやはりわざとらしい。リトンのパメラに対する思いもはっきりしないし、ボクサーのジョー・サルディの改心もあまりに簡単過ぎる。金持ち社会のパテぃーでの「やがてヒットラーが政権をとり戦争になり、そうすれば我々も儲かる」などという会話も唐突にそれだけ語られ不自然だ。沼の生活を美化するあまり、町でもありうる堅実な美しい生き方など存在しないと暗に語られてもいる感じもする。クリクリの語る枠構成は良いが、最後の老クリクリの回想はアリキタリ過ぎ、映画全体を安っぽくもしている。良いテーマで、各役者の演技も良いだけに、名作になり損ねた駄作という感じで残念だ。ただ見ている2時間弱はそれなりに心地良い時間を過ごせるかも知れない。

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Last updated  2007.03.16 04:11:20
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