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今日の体重:60.5キロ 血圧:上が124、下が86 体内脂肪値:23.1% 摂取サプリメント:αリポ核酸1カプセル。ビタミンBマルチ2錠。パンラクミン錠(乳酸菌製剤)4錠。 例のMさんの施術を受けたことで、両脇腹および背中の中性脂肪がグンと落ちた、ばかりか、ここ数週間、体脂肪計の数値が20パー前半を保っている。……こりゃ、Mさんのおかげもあるが、「リポ核酸」と「乳酸菌」を毎日摂るようなったからじゃないかと。 俺は知る人ぞ知る「サプリおたく」なので、脂肪値を落とすといわれているモノは、ここ十年の間に、一通りは試したかな。そのどれもがパッとしなかった中で、「けっこうな効果」を感じて一年近く飲み続けたのが、ゴーヤ茶。 そして、今現在試している、「αリポ核酸+ビタミンB+乳酸菌」のコンビネーションだ。この3つの取り合わせを、誰かに勧められたわけじゃないが、長年の、サプリおたくなりの「効用分析」と勘で、イケルんじゃないか? と判断。 核酸もビタミンBも、不足していると体内代謝量がぐ~んと低下する。この代謝量の低下が=肥満なんだな、ブッチャケた話が。もう1つの乳酸菌は、つまり、人間、腸をしっかり守っておけば万病を防ぐのですよ。腸の中の善玉菌の数を優勢にし、つねに悪玉菌を退治してくれる状態を保つことが、体内に「有毒ガス」を溜めないことにつながる。最近の医学会の研究によると、「各種の癌、難病患者は、ほぼ百パーセント、腸の状態が悪い」のだとか。 便秘は諸悪の根元で、知らぬ間に腸壁のあちこちに宿便が溜まり、あれよあれよとデブになる。Mさんの言葉じゃないが「肥満自体がもう病気なんだよ」だ。乳酸菌で「体に優しいダイエット」が出来ることを、意外に知らない人って多いんだよね。 有名なビオフェルミンやヤクルトをはじめ、海外サプリ系ほか、乳酸菌製剤もいろいろ試したけれど、俺のオススメは、三共から出ている「パンラクミン錠」だ。 乳酸菌製剤は、ちゃんと腸まで届かなきゃ意味がない。効果がない。ところがどれほど大量に口から摂取しても、たいがいは胃酸にやられ、効果は十分の一と化す。これが問題であり、薬剤メーカーの課題でもあったわけだけど、前出のパンラクミンは、「有胞子性乳酸菌」なので、腸に届くまでは「じっとしていて」、届いてから「胞子が弾け、効力を発揮する」のだそうだ。 俺のブログを読んで、「該当者」がいるのなら、試してみる価値はあると思う。……が、当たり前だが、俺は三共製薬の回し者ではない。効く効かないは個人差が大であるからして、何ヶ月経っても「デブがデブのまま」であっても、俺のせいじゃないから、よろしくね。 なんてことを、俺はまた、つらつらズラズラだらだら、馬の小便みたいに長く書いてしまったけれど、じつは今日は、そんなことが、言いたかったわけじゃない。 健康サプリのことを、これだけ書いておいて、なんでまた、と思われるかもしれないが、まぁ……お構いなしに「喫煙」の話だ。 はぁ? と思われた方。あー、「禁煙」と書こうとしてキータッチミスをしたのね、と思われた方。ミスではありませんよ。俺は、あくまで正確にキーボード上に「KITUEN」と指を這わしたのだ。 唐突にも、ここでちょこっと、喫煙文化を擁護する話をする。さよう、喫煙は立派に一つの文化だ。体に悪かろうが環境を毒させようが、文化は文化だ。世界各国、喫煙には、長い歴史が物語る「伝統」と「しきたり」がある。 喫煙習慣のない国の「嫌悪感」のみを声高に優先させ、喫煙習慣のある国の「文化」を否定、ばかりか100パーセント、弾圧、抹殺する権利など、断じて認めてはならない。 悪弊は、先進国である限り、早急に消滅させるべきだ、という意見は、一見正しい。……が、一つの文化を、どの角度から鑑みて「悪弊」と見なすか? には、たぶんに個々人の思いが反映されるので、そもそも多数派、少数派、の「数の論理」で是非を決めるなどというのは、そぐわない。 人間って、まったく身勝手な生き物で、自分に関係ない事象だとわかると、わりとたやすく、かつ乱暴に「切り捨てられる」ものだ。 自分が甘いものが「大嫌い」となると、それはあくまで「自分だけの」趣味、食傾向の問題であるにもかかわらず、平気で(たとえば)「饅頭なんて気色悪い食べ物は、この世から一切消え去っちまえ!!」と口走る。そのくせ、自分が大好きな酒の肴の(たとえば)「烏賊の塩辛」を、食べられないやつを目の前にすると、憤然と「こんな旨い味を気嫌うやつは、人間として認めない」……くらいの暴言を吐く。 皮肉屋がこの矛盾を指摘すれば、まず間違いなく、「饅頭みてぇな糞な食べ物と、塩辛を一緒にすんな。あほんだらが!!」とくる。どっちが「あほんだら」なんだか。 こういう手前勝手きわまりない、オノレの、きわめて、ちぃーせぇー、ちぃーせぇー「生活領分」における価値判断のみをベースにして、世の中の事象すべてを語りたがる輩のことを、昔は「カッペ(田舎ッペの略)!!」と侮蔑したものだが、イマドキ、政治家から学者、文化人、タレントなどなど、オール「カッペ」揃いとくりゃ、なんともはやだ。 話を、煙草に戻そう。煙草は、たかだか嗜好品の一つだ。 嗜好品の「嗜」は、「口が老いる日々と書く」……とは、俺の中学時代の恩師の言葉。「(だから)嗜好品に含まれる、人工甘味料、着色料、保存料、香辛料、などを好んでパクパク食べてると、そのうち口が老いて、モノの味が正しく認識出来なくなるから気をつけろ」と脅された。 さらに、「でも」と続けた。「でも、大人になると、口が老いることを承知で、たしなみたいモノが増えてくる。煙草に酒、それに……極上の旨味だけど、脳天が痺れるほど塩辛い鰹の酒盗のたぐい。脂肪でぎっとりの大トロの刺身。フォアグラ。めちゃくちゃ甘い菓子類などなどだ。健康に良い物ばかりを摂取しようが、あえて体に悪い物を摂取しようが、大人になれば、誰しも『大きな御世話」なのだ。自分の体がどう毒されようと、とやかく他人様から言われる筋合いはない。イッチョマエに煙草をふかしたけりゃ、早く大人になれ!!そして堂々と吸え!! ガキの分際で、隠れてこそこそ吸うな!! 煙草に失礼だろうが」 俺の嗜好品と「目の前の誰か」の嗜好品は、違って当然で、俺の嗜好品を嫌う「目の前の誰か」に対して、俺がなかば強制的に「勧める」のも暴力なら、目障りだからと、「目の前の誰か」の好む嗜好品を、俺が勝手に、この世から「ないことにしよう」と企むのも暴力だ。 自分にとって「目障りだ!!」とする物や事象のすべてに、片っ端から難癖をつけ、世の中から排斥しようとする性根は、かりにも自由主義国家であるニッポンにおいて、真っ先に非難されるべきだ。 それを放っておけば、必ずや、話が、たんに嗜好品一つにとどまらなくなる。気がつきゃ、どこぞの洗脳国家となんら変わらない、諸事が「大将軍様」の好悪のみで運営される、きわめて気色悪い世の中になり果てる危険性をはらんでいる。 先日俺は、TVのドキュメンタリーで、愛煙家の「今」と嫌煙権運動の「今」を垣間見た。そして猛烈に義憤に駆られた。「煙草を吸わない権利って、そんなに偉れぇーのか?」 言っとくがチビ傘は、基本的に、煙草を吸う習慣はない。 基本的と断ったのは、一部例外があるからだ。めちゃめちゃヘビースモーカーだった俺の親父が、おっ死んで以降、「追悼」の意味を込め、時折、線香代わりに、懐かしの銘柄の「チェリー」に火を付けては、しばし親父と「対話」しつつ仏壇に供える。それ「以外」の俺の生活において、基本的に煙草は要らない。喉が弱いので、「体に合わない」と言った方がいいかも。 ついでにいうと、喫煙文化は認めるが、マナーを守らない下品な「煙草好き」は、断固認めない。風が強い日にもかかららず、繁華街のど真ん中で、破廉恥にも「歩き煙草」「くわえ煙草」をしてやがる輩など、万死に値する。 ――これ、若い女が意外なほど多い。それも決まってブスだ。間違いない。あとは中年以降のハゲた親父。たいがい身なりもみすぼらしい。男女ともに、愛煙家の中でも「美人」や「恰好いい人」は、決してこういう喫煙の仕方をしない。風貌ばかりか性格まで不細工な連中だけが、由緒正しい伝統的「喫煙文化」を、破廉恥にもおとしめているのだ。 俺は何度、街頭で、煙草の火や灰の被害を受けたかしれない。着ていたブルゾンを焦がし、手の甲を軽く火傷した。が、加害者は、しらばっくれて通りすぎるばかり。あったまきた俺は、かなり本気で、長い柄のついたハサミを用い、火のついた煙草の先を、右から左にチョッキンチョッキン、切って切って切りまくりたい衝動に駆られたほどだ。 それでも俺は、喫煙文化そのものを糾弾し、世の中から排斥しようとする動きには、断固として「NO」と叫びたい。即刻、排斥せねばならぬのは、喫煙文化ではなく、喫煙マナーがなってないくせに、愛煙家を気取ってやがる、不埒な馬鹿どもの方だからだ。 それらを、ひとからげにし、坊主憎けりゃ袈裟まで……のたとえじゃないが、煙草に関するあれやこれやすべてを「見たくない!!」と、こめかみに青筋立ててわめき散らす、幼児性丸出しの野郎メ郎が多いこと多いこと。 もう一度、書く。「煙草を吸わない権利って、そんなに偉れぇーのか?」 たとえば、ある文芸作品、映画やTVドラマに描かれる喫煙シーンにまで、あーだこーだ文句をつける、ばかりか、衆をたのんで出版社や映画会社に圧力をかけるという、……その性根が、俺には理解出来ない。 身分差別、人種差別的描写に抗議するのとは、まるっきり次元が違うだろ? 嫌煙権を訴えたいがために、作品そのものをこの世から抹殺させる行為が許されるというのなら、「甘い物特集」が満載の女性雑誌は、糖尿病に苦しんでいる患者の心情をはなはだ逆撫でるから、即刻回収すべきだし、世の中には猫嫌いも犬嫌いも大勢いるのだから、その心情を鑑みれば、犬猫系のベット雑誌など発刊すべきでない。「青少年に悪影響を与える」という物言いも、いい加減、やめてくれないかなぁ? 俺たちがガキの時分に比べ、そういう動きばかりが目立つイマドキだけれど、――じゃあ聞くが、はたして数十年前よりも、青少年の犯罪が減ったか? エロ本も煙草も酒も、巷に「野放しだった」あの頃の方が、よっぽど青少年は健康的に暮らしていたし、「野放しだった」からって、ガキどもの全員がエロ本や煙草や酒に、うつつを抜かしていたわけじゃない。 神経症的に過保護な世の中は、そこに住まう人間の精神構造を脆弱にする。駄目にする。……そして狂わせる。 野中の一軒家に、たった一人で生きていかない限り、どんな集落においても、玉石混淆、種々雑多な人間どもが生きているものだ。自分の生き方にそぐわない輩を片っ端から排斥していく――その延長上に想定される「世の中」を、俺はまず間違いなく愛せない。 オノレの「嫌い」ばかりを優先する生き方は、オノレの「好き」ばかりを優先する生き方と、いったい何が違うというのか? くわえ煙草で街を闊歩する輩の「無意識な破廉恥さと暴力性」は、そっくりそのまま、嫌煙権主張者の一部の、常軌を逸したヒステリーぶりにも見受けられる。唾棄すべき言動という点において、まさしく同じ穴のムジナだ。 なぜ中庸ではいけないのか? 喫煙マナーを守りつつ、煙草を愛し続ける人間がいて、煙草を吸わない人間もいる。それで、何がいけないのか? 俺はあくまで「基本的に煙草を吸わない」立場の一人として、喫煙者にも嫌煙者にも、猛省をうながしたい。歴史ある「一つの文化」を、この世から消滅させないためにも。
2005.04.19
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(以降、(その1)より続く) おそらく、これ(その1参照)を読んだ多くの人は、「嘘だぁー、そんなの」と思うはず。 俺がMさんのことを話しても、最初から信じてくれたケースは一つもなかったので、その反応は今や慣れっこだ。それどころか、失敬千万、いかにも胡散臭い生き物を見るように、「俺は、ああいう手合いはパスだ」とハッキリのたまう御仁もいる。 Mさんはたしかに、見かけだけで判断すると、ちっとも御利益なさそうな雰囲気だ(笑)。なにしろ筋骨隆々、十代の頃からさんざん悪仲間と遊び回り、喧嘩しまくり、女をやりまくり、まさに百戦錬磨の「怖いものなし」だから、出てくる話は、ヤンキー連中が喜びそうな放送禁止のネタばかり。 俺は、そういう「過去」の持ち主ほど、人間が優しいし、情が深いことを経験則で知ってるけれど、それでも、Mさんが「施術がどうの」、「脳味噌の歪みがどうの」、と真面目に語ってるのを見て、時折、噴きだしてしまいそうなこともある。あまりに似合わないもんだから、その話自体にリアリティを感じないんだよね。「もっとさ、いかにもシンネリムッツリ、お医者様でござい、みたいな顔して、眉間にシワを寄せ、白衣を着て、言葉少なに、患者さんに接した方がいいんじゃない?」 俺がそう諭しても、Mさんは「そんなの、柄じゃないよ。柄じゃ」と一笑に付すばかり。 白衣どころか、革ジャン&革パン姿で、「オバチャンさぁ、そんなビア樽みたいなお腹してちゃ、みっともねぇよぉ。減っこませる努力なんか、な~んもしないで、パクパクパクパク、食べたいだけ食べてきたんでしょ? 脳が歪んでる証拠だよ。そのまま倒れたって、誰も面倒なんかみてくれないよ。倒れる前に、自分で自分の体を『ちゃんと」しようよ。俺が歪みを取ってやるからさ」 あけすけに語るのを、「アハハハ、おっしゃる通りね。じゃあ治してもらうかしら」と前向きに受け止める人ばかりじゃないからね。 俺は横で聞いていて、いつもヒヤヒヤさせられるよ。「腹ン中に何もない」というのも、良し悪しだなぁと、同じタイプの人間である俺も、つくづく反省。反省。 でも、Mさんのことを胡散臭そうに眺めていた人ほど、施術のあと、明らかに体が軽くなり、たるみが取れ、痛かった肩が治り、上がらなかった腕が上がる……自分の体調の変化に気付いた時、途端に「あら? あららららら?」となる。たまげているのが明白だ。「あららら、じゃないでしょ。どうなの? 動かなかった腕が動いたでしょ?」「いや……、それは、だな」「動いたでしょ? 動かなかった腕が?」「ふむ。それは驚いた」「驚いたじゃないよ。さっきまで動かなかった腕が、動いたんですよ、たしかに」「………………」 つまり、にわかに認めたくないんだよな。オノレの体の「変化」を。「これ、…………どんな魔法を使ったんだ?」「魔法なんかじゃないよ。俺はネ、あなた自身の、もともと持っている潜在能力を引き出してあげただけですよ。脳味噌の歪みを修整して、停滞していた血の流れを元に戻してやっただけだから。俺は何もしてないの。あなたが自分で治したの。わかった? それがわかりさえすれば、もっともっと良くなるの。俺は、そのきっかけを作ってあげただけだよ」 気の良いMさんは、絶対に「俺の能力のおかげだ」とは言わない。あくまで、「俺はきっかけを作ってあげただけ」で、「本人の持っているポテンシャルエナジーを、蘇らせる手助けをしたに過ぎない」という言葉を繰り返す。 これさ、なかなか出てこない台詞だよ。なんでもかんでも「自分が」「自分が」と豪語する輩が多い、イマドキに。「俺はきっかけだけ」だなんて……。これひとつ取っても、俺がMさんを愛すべきオッサンと認める理由があるわけだ。 でも、世の中、時と場合によっては、「いかにも」も必要だ、ということなのか?「いかにも」先生っぽくないMさんが、いともたやすくチョチョイノチョイと治してしまう――ように見えるものだから、その施術が、じつは「とんでもなく凄いことなのだ!!」と、心のどこかで認めたくないんだろうな。 長年、あらゆる医療機関の「先生」と呼ばれる人たちに診てもらい、相当にお金も時間も精神力も使ったのだろう。 でも「結局は治らなかった」という患者にとって、ある意味、Mさんは神様に等しい人間であるはずなのに、あまりにMさんが、見かけも言動も神様にほど遠く(笑)、「俺(私)の体を、そんなチョチョイノチョイで治されちゃ、たまらない」と……、屈折した心理でも働くのだろうか?「とんでもない医者にかかって苦しめられている、というから、俺がせっかく、そんな医者にかからなくてもいいように、脳味噌のシステムの歪みを取ってあげても、そこから先は本人の潜在能力の問題だから、意識を前向きにして、病気自体にへこまないように、自分で自分にハッパかけてもらえないと、効果は半減なんだよな」「俺は、患者さんすべてが、(自分が診てあげたあとは)医者にかからなくてもいいように、副作用のある薬を飲まなくてもいいように、そして若い頃と同様、自分の体が自分自身でちゃんと『扱える』ようにしてあげているのに、俺が帰ると、途端に翌日、不安になってまた、かかりつけの病院へ飛んで行く。これ、どういうんだろうね? 結局、病気にかかってる人間って、なんだかんだ口じゃ批判してても、病院が大好きなんだなぁ。白衣を着た医者が、大好きなんだなぁ。こりゃ、どんな藪で有名な医者も、一生クビにならないわけだ、と皮肉りたくもなるぜ」「患者本人も医者も、どこが悪いんだからわからない。でも、わからないなんて医者は死んでも言いたくないから、片っ端から検査、検査、検査でデータ集めに熱心になる。病名がハッキリしないうちから、適当に『効きそうな』薬を処方する。保険の効かない注射を何本も打つ。その後遺症で、かえって体が悪くなり、文句を言っても、病院側は一切認めやしない。『データ的には何も問題ない』『医療過誤はなかった』を繰り返すばかり……。それでもみんな、医者にかかりたいの? 薬を飲みたいの? 注射を打ちたいの? そうじゃない体に、俺がしてあげると言ってるのに、意識がこっちへ向かなきゃ、どうしょうもねぇもんなぁ」 Mさんの饒舌な語りの中には、(全部が全部ではないけれど)俺からみても、かなり合点のいく「現代医療批判」が含まれている。 たとえば、脳梗塞の後遺症がある、俺のカミサンの母親を診てもらった際、Mさんの施術によって、「上がらなかった腕が、上がるようになった」話は、先ほど書いた。 Mさんは、上がるようになった腕(右側)をもっと活躍させれば、もっともっと腕の動きが機敏になるよ。と言ってくれているのに、本人自身が、脳梗塞の後遺症は「一生、残ったままだ」と医者に数十年前に言われた、その台詞を、いまだに後生大事にオツムの中に叩き込んであるものだから、その右腕が自由気ままに動くなんて「有り得ない」ことなのだ。 だから、せっかく動かせるようになっても、ついつい右手をかばう。かばうから、普段は右手をあまり使わない。使わなけりゃ、後遺症があろうとなかろうと、筋肉は硬化する。それもすべて「脳梗塞の後遺症だ」と思い込んでいる。 これこそが、Mさん言うところの、「結局、病気って、脳味噌で、自分自身が勝手に生み出しているんだよ」――だ。 何事も前向きにアグレッシブルに考えられる人は、治るのも早い。体内にある潜在的自浄能力や免疫力が、優れている人ほど、考え方はポジティブだ。 その逆に、何事も懐疑的になる人。「どうせ」や「しょせん」が口癖のマイナス思考の人。「世の中こんなもんでしょ」が口癖の、現状肯定型の人。……は、せっかく目の前に起きた奇跡を、自分で活かさず(活かせず)に無為にしてしまう。 病は気からとは、ホント、良くいった言葉だと思った次第。 さて皆さんは、俺が書いた(↑)話を信じます?
2005.04.06
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ここ二週間ほど、俺は「脳の歪みと活性化」という、コムズカシイことについて、あれこれ考えています。 とある五十代のオッサン(Mさん)の、受け売りでもあるんだけどね。 Mさんは、仕事関係の知人の紹介によって、ひょんなことで数年前から親しくさせてもらっている方で、いわゆる典型的な「三代続く」江戸っ子。五月の鯉の吹き流し、の喩え通り、ベランメェ~な口調で景気良くポンポン飛び出してはきても、腹ン中にな~んにもないので、老若男女、多くの人たちに親しまれてしまう。ま、毒蝮三太夫みたいなもんだ、と想像してもらえればいいかな? 俺も、自慢じゃないが、三代続く東京の場末っ子(堂々と「江戸っ子」と書けないところが情けない)としては、ひさびさに出会った生粋の江戸っ子との、「腹ン中に何もない」会話の応酬が楽しくて、結構、頻繁に連絡を取り合ってはいるんだけど……。 ま、はたからみりゃ、饒舌な俺と饒舌なオッサンとがジョーク交じりにくっちゃべってる光景は、もうほとんど落語の中の「長屋の井戸端会議」。うるさくってありゃしない、だろうな、とは思うけどね。 さて、ただのお喋り好きな江戸っ子野郎なら、東京の下町に行きゃぁ、呆れるほどいるけれど、このMさんは「ただ」モンじゃない。 とてつもない「ハンドパワー」というか、「念力」というか、……そういう特殊能力を持ち得たオッサンなのである。 施術を行っているところを見ると、気功師の方法に似てる気もするし、カイロプラティックス風でもあるし、全国各地にある、キリスト教系(?)の「十字会なんたら」とも近い気もする。 が、本人は「全然違うんだから、十把一絡げにしないでくれよ」とむくれる。 いろいろ詳しく聞いてみて、俺自身まだ、理屈がよくわからない部分は多々あるけれど、要は、Mさんは、「脳味噌のシステムの歪みを修整すること」以外に興味がないということ。 いわく、「体の筋骨、内臓、皮膚、すべてに指令を出すのは脳味噌だから、体の不調はすべて脳の歪みの仕業なんだよね」「脳が歪んでる人間は、決まって姿勢が悪い。座らせてもあぐらがかけない。骨格がちょっとでもずれると、もうそれは病気なんだよ。でも元気なうちはそのことに気が付かない。それが怖いんだよ」「人間、気落ちしてる時って、決まって脳の血流が停滞する。システムが歪む。すると無意識に、姿勢がうつむき加減になる。肺が縮こまるから新鮮な空気が流れ込まなくなり、濁った空気ばかりを吸ったり吐いたり……してるうちに、どんどん姿勢が悪くなる。姿勢が悪くなると、よけいに気が沈む。このまま放っておくと、免疫力のない人間から順に、何かしら病気になっていくはずだよ」 この話が、どんな症状に効くかというと、 俺の脇腹の、中性脂肪のたるみを取ってくれたのなどは序の口で、脳梗塞の後遺症が残っているカミサンの母親の、右手の痺れが「ほとんど取れた」り、痛くて上がらなかった腕が、真っ直ぐ頭上高く上げられるようにもなった。 こぶし大の子宮筋腫が、下腹部に「硬く突き出ている」状態の女性がいて、その筋腫を、小一時間の「治療」で、ピンポン球の大きさにまで縮め、触れてみると「柔らかくなった」そうな。 その女性の亭主は医者なのだが、奥さんの「切除手術は受けたくない」との強い意志を受け、困り果てて、オッサンのところにやって来たものだから、目の前で起きた、ある種の奇跡に、大いにたまげながらも、「西洋医学を学んだ自分としては、まるで(メカニズムが)理解出来ないが、信じざるを得ない」と唸ったという。 俺の周りには、なぜか本物の霊能者など、アンビリーバブルな特殊能力を持つ人間が何人もいるので、この手の「奇跡」を、信じるか否かと問われれば、即「もちろん信じる」と答えてしまう。 世の中、常識や理屈で理解されないことが数々あるから、興味深いわけで、どこぞの物理学の名誉教授じゃないが、UFOでも幽霊でも、何から何まで非科学的な現象を「有り得ない」と言い切ってしまっては、ミモフタモナイじゃないかと思うのだ。 Mさんの施術は、まず、仰向けに寝そべった患者(?)の頭部に向けて、両手をかざす。俺もやってもらって感じたことだが、もうそれだけで、眉間あたり(チャクラというらしいけど)がじんわりと「熱く」なるんだよ。 でも、俺もそのくらいじゃ驚きはしない。日本語の「手当て」は、もともとお腹が痛くなった子供に、お母さんが優しく手を当ててやって治した……ことから生まれた言葉だというしね。ブッチャケ「手かざし」を実践する宗派もあるくらいだし。 余談だが、先日ニュースを見ていたら、それこそ「手かざし」治療を標榜して会員を増やしている、新興宗教まがいの某NPO法人が、訴えられているようだね。 藁をもすがりたい難病患者の本人や家族から、ほとんど詐欺まがいに大金を巻き上げ、そのくせ、まるで効果が出ない。 辞めようとすると、「まだお布施が足りない」「まだ教祖(会長)への信心が足りない」「まだ修行が足りない」……恫喝気味のことを言われ、泣く泣く、治りもしない「手かざし」に金を吸い取られていくばかり。 Mさんからすぐに電話が入り、「ああいうのが出ると、えらい迷惑なんだよなぁ。俺がやってることは、『手かざし』系の新興宗教とも、金儲けとも、一切、関係ないから」と嘆いていた。 もちろん、俺を含めたMさんの知人関係にとっては、そんなことは言わずもがなで――。 金儲けどころか、俺の世話になっている人間が「こうこう、こういう症状で」と電話で聞くと、「そりゃ大変だ。すぐ行くよ」と、ほとんど手弁当で駆けつけて来てくれる。 もともと、口コミで始まったMさんの施術だから、やってもらって、体調の変化を実感できた人は、無条件に「こりゃ凄い」と思うし、やってない人は「そんなの嘘だよ」と信じない。それだけのことだというのを、Mさん自身がよくわかっているのだ。「医師」の免許を持っているくせに、ろくな診療もせず、副作用の多い薬ばかりを平気で処方している輩はもちろん、民間療法と称して、ちゃんと治しもしないのに(出来ないのに)、大金だけ吸い上げて平気な顔をしている、有象無象のよこしまな連中がはびこるご時世を、誰よりも憂い、憎んでいるのは、Mさん自身なのだから。 話を戻そう。 Mさんが、他の気功系の治療法と一線を画すのは、脳味噌のシステムの歪みを修正すること以外、「何もしない」ということ。 最初こそ、患者さんに向けて両手をかざすが、そうすることによって、患者の体調を「おおよそ」つかんだのちは、終始一貫、自分の額の中心部(チャクラ?)を、患者の額に向けて、じっとひたすら念を送っている……のだ。 手はあくまで「従」で、「主」は額だ。額同士を、じかにくっつけたり、もする。 これ、言葉だとうまく説明出来ないなぁ。俺の印象だと、患者の脳味噌に、直接、Mさんの脳味噌(「前頭葉」の部分かな)から出てくる「何か」をぶつけている……という感じ? 俺のカミサンなどは、もともと潜在的に持っている「気」のエレルギー値が強いので(よく霊能者にも言われるけれど)、はっきりと、「チャクラが、ぱかっと音をたてて開いて、数センチほどの穴が空く。その穴から猛烈な勢いで、Mさんの念(?)が注ぎ込まれてくるのを感じる」のだそうだ。 早い人で数分、かなり脳味噌の血流の停滞が進んでいる人でも、二、三十分もすると、頭の「芯」がポカポカと温かくなってくる。 そのうち、自分から思わず「ああ、なんだか気持ちイイ」と声を漏らすようになる。「急に眠たくなってきちゃったんですけど」とも。 ←これ、十人が十人。皆さん、ほぼ同じ言葉を口にするみたいね。Mさんは決まって、「いいんだよ。そのまま眠っちゃっても」と答える。 みるみる患者の表情が変わっていくのが、俺にもリアルにわかる。顔色が俄然、良くなるところを見ると、血流の停滞が「ほぐれていくのだ」と納得もするけれど、表情まで、見るからに「変わる」というのはどうだ? 血流とともに、両頬の筋肉、顎の筋肉も「ほぐれて」しまう。ばかりか、ほぼ100パーセント、「たるみが消えていく」のだ。(以降、(その2)に続く。)
2005.04.06
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気温が高くなるにつれ、(毎年のことだが)あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、と……、寒い時期、思考がある種の「冬眠」をしていた分、ここで一気にパパパッと片づけてしまいたくなって、結局、どれもが中途半端。 やりかけのブツばかりが、ただ、俺の行動範囲に乱雑に並ぶだけのことになる。 ――と、ブログの更新がしばし途切れてしまったことへの、みっともない言い訳(^_^;)。 同時に、気分転換つーわけで、部屋の装いを「緑」に変えました。 さらに「日記」のタイトルを、「チビ傘の、語ってなんぼ」に、変更します。内容的には、なーんも変わらないけどネ(笑)。 ま、これからもよろしくお願いします。
2005.04.06
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本日のイメージフォトは、わが家で飲んでいる豆乳飲料(のペットボトル)。ま、話の主人公が豆腐屋だからというだけのことで……。 頃は江戸時代中期のこと。 奈良地方の鹿はすべて「神様の使い」であり、いかなる理由にせよ、「神鹿」を打ち殺したる者は、打ち首獄門の刑が処される取り決めになっていた。また幕府からも、「神鹿」の養育のために、飼料の代金として三千石ほど支給されていた。 さて、奈良三条横町に、親の代から譲り受けた豆腐屋を、女房と二人、真面目に切り盛りしている、与兵衛という男がいた。バカがつくほどの正直者で、たいそう働き者であると、隣近所でも評判だった。 今朝も暗いうちから起き出して、臼で豆を挽く。 絞った残りカス……関東では「おから」というが、あちらでは「切らず」。(豆腐は包丁で切らなくてはならないけれど、残りカスは「切らなくて良い」ところから来ている言葉らしい)その「切らず」の桶を表に出しておいて、ふたたび臼で豆を挽いていると。 表でドサッと音がした。何だろう? と覗いてみた与兵衛さん。どこかの野良犬が、「切らず」の桶をひっくり返し、桶の中に体を突っ込んで、むしゃむしゃ無心に喰っているではないか。 朝っぱらから商売モノを犬に食われるなんざ、いかにもゲンが悪い。そばにあった手頃な薪を一本、掴んではひょいと投げた。ゴン……。みごとに命中したはいいが、犬はぴくりとも動かなくなってしまった。あっさり死んでしまったのだ。 あわててそばに寄り、桶をどかしてみて、ギョッとした。「こりゃ犬じゃない。体つきは小ぶりだが、鹿だ!! えらいことをしてしまった」 狭い町内ゆえ、すぐに町じゅうに知れ渡る。さしたる事件などない、のどかな田舎町で起きた、天下の一大事だ。当時、幕府より任命されている鹿の守役は、塚原出雲という男。奉行所に訴状を差し出し、お裁きということに……。この時の担当奉行は、根岸肥前守という、のちに名奉行となられる御仁。 さっそくお白州の場に、町役人一同、付き添いの上、豆腐屋の与兵衛が引き渡された。奉行は、開口一番、面(おもて)を上げさせ、彼の「生まれ(の地)」を問うた。与兵衛「奈良三条横町でございます」奉行「ああ、待て待て。あわてるでない。その方の住まいを聞いておるのではないぞ。生まれじゃ。生国じゃ。いずこであるか? よもや奈良の生まれではなかろう?」 つまり奉行は、与兵衛を不憫に思い、「他国の生まれ」だからこそ、鹿を神聖視する奈良の「決まり」を知らなかった。……という方便で、無罪放免にしてやろうとの温情だ。が、馬鹿っ正直な与兵衛は、「代々、奈良三条横町」だとしか答えない。奉行「ふむ……(と溜め息をつき)、しからば、鹿を殺せばどのような厳罰が下されるか? 先刻、承知の上であろう。その方、いかなる意趣遺恨をもって、鹿を死に至らしめたか? ありていに申してみよ」与兵衛は、「意趣遺恨など、滅相もございません」と前置きし、コトの顛末について、つまびらかに話して聞かせた。あくまで、「商売モノを盗み喰った野良犬を、追い払うつもりで投げた薪が、当たり所が悪く致命傷になり、しかもそれは犬ではなく鹿だった」……と。 奉行は、さっそく鹿の死骸を運んで来させ、かかっている「こも」を取らせると、しばしブツの検分をした上で、「これは鹿によく似ているが、犬だ」と断定し、「犬ならば、とくにお咎めなし」として裁きを終えようとするが……。これには、鹿の守役の塚原が納得しない。塚原「長年、鹿の守役を務めて参った私めが、犬と鹿とを取り違えることなど断じてござらん。とくと今一度、お改め下さいますよう」奉行「しかし、鹿にしては、肝心の角がないではないか?」塚原「これは……御奉行の言葉とも思えません。総じて鹿と申すものは、春、若葉を食す頃になりますと、角を落とします。これを鹿の落とし角、こぼれ角などと申して、俳諧の方の季語にもなっておりまして」 奉行は、「黙れ黙れ!! 奈良の奉行を務めるわが身が、鹿の落とし角を知らぬと思うか!! 俳諧の講釈など聞く耳持たぬわ」と塚原を一喝し、逆に、「そこまで言い張るならば」……と、彼が、幕府から頂戴する三千石もの鹿の飼料代を、まんまと横領している事実を、「先に取り調べるが、よいな?」と恫喝する。 塚原はたまげる。彼の長年にわたる悪行を、奉行はとっくにお見通しだったのだ。奉行「今ひとたび、その方に尋ねる。性根をすえて返答を致せ。これは犬か? 鹿か?」塚原「い、犬…………でございます。拙者の粗忽により、ただの犬を、鹿だと……。ひらに、ひらに、お許し下さいませ」奉行「ほぉ。鹿の守役までもが、犬であると……。与兵衛、犬ならば、お咎めは無用のことであるぞ。訴状、願い下げにつき、これにて一件落着。一同の者、立ちませぇ」 ――と、奉行はすっくと立ち上がり、「おお、これこれ、与兵衛!!」と呼びかける。嬉し涙で顔がくしゃくしゃの彼が振り向くと、奉行「その方、豆腐屋であったな。切らずにやるぞ」与兵衛「まめで帰ります」 チャンチャン。************ ************** 2005年3月21日の「オチ」 この「鹿政談」は、いわゆる「人情話」という部類に入るネタなので、全編を通じて笑わせる箇所は、ほとんどない。 けったいな落語ばかりを紹介してきた俺が、なぜ今回、こういう話を紹介したかというと、これ、おととしの2月下旬に、上野の鈴本演芸場で行われた、「春風亭柳朝(小朝の師匠)十三回忌追善興行」の場において、このたび九代目林家正蔵を襲名した、こぶ平が、演じてみせてくれた演目だからです。 ここのところ、近しい数人から、林家こぶ平の正蔵襲名について「どう思うよ?」と問われることが多く、その「どう?」のニュアンスが、ほとんどすべて、こぶ平の、マスコミでの売れ方が「ああ」だったから、「こぶチャンの落語ひとつ、まともにやってるところを見たことがないのに、そんな、大それた名前を襲名して、大丈夫なの?」……ってな感じなんだよね。 こういう「日記」をつけている以上、やはり、俺の考えを書いておこうと思った次第。 何を隠そう(べつに本人は隠しているつもりもなかろうが(笑))、こぶチャンは落語が巧いのだ。いや、ここ数年で「みるみる巧くなった」と言った方が正しいかな? 意外だろうが、本当のことだ。 しかも彼は、今回の襲名を、当然めちゃくちゃ意識してのことだろうが、俺の知る限り、ここ丸々三年、ホール落語などの大事な高座では、あえて「人情話」のネタ下ろしばかり、演じてきたはずだ。 これネ、もちろん賛否両論ありますよ。こぶ平が正蔵を継ぐという行為が、彼のこれまでのタレント活動の人気ぶりを思うと、「決して得策はないのでは?」……と。 林家一門は、こぶチャンの父親の、林家三平のイメージがいまだに大きすぎて、「まともな落語は喋れないけど、爆笑ネタで勝負」みたいな印象が強いからね。 ところが、三平の父親(こぶチャンのお爺ちゃん)の、七代目正蔵は、滑稽話も人情話もこなせる本格派だったし、直接、三平の血筋とは関係のない、八代目正蔵(晩年の彦六)も、笑いの少ない人情話や怪談話ばかりを高座にかける落語家だった。 こぶチャンが、九代目の正蔵を継ぐとなった時に、(継ぐのを拒否するのは別にして)今後の彼の、落語家としての「生き方」の選択肢は、ブッチャケ二つあったはずだ。 一つは、父・三平の流れを汲み、「(二代目の)天下の爆笑王をめざす」こと。一つは、歴代の正蔵の芸風を踏襲し、しごくまっとうな「人情話に長けた名人をめざす」こと。 これまでの彼の、マスメディアでの活躍ぶりをみると、ごく自然な流れは前者。というより、後者は、どう考えても無謀に思われる。でも、彼はあえて、「爆笑王」より「人情話の名人」の道を選んだ。 今まで、ほとんど演ったことのない(知らない?)人情話の数々――。 それも現在の林家一門の先輩弟子の中で、義理の兄貴の小朝を除いて、誰一人、人情話を「(こぶ平に)教えられない」という決定的なハンデを背負いながらも、数年かけて、みずから必死に勉強し、覚えていく……ことの試練の方が、父親・三平の芸風を追いかけることより、「自分の性格に合っている!!」と思ったのだろう、こぶチャンは。 じつにあっぱれな心意気だが、皮肉を言わせてもらえば、その「道」を選ぶことで、幼い頃から彼が、宿命的に抱き続けてきた、強烈なファザーコンプレックスの呪縛から「逃げた」のだ。それほど、父親・三平の圧倒的な存在感は、彼にとって重圧以外のナニモノでもなかったのだろう。 ――結果、意外なことに、こぶチャンは変わった。芸人の世界でよく言う、「化ける」だ。 ネタ数にして、おそらく数十個の人情話を、こぶチャンはまさに執念で、次々と高座にかけてきた。ちょうど世間的には、「TVへ出る回数が減ったかな?」と思わせる……くらいの時期から、ずーっと。 俺が拝見した、二年前の「鹿政談」――、これが悪くない。 いや、かなりGOOD!! マジにおったまげた。 林家の正装、黒門付きの羽織りを着て、クリクリ坊主のこぶ平が高座に上がったとき、極度に緊張しているのが、三列目の正面に座っていた俺だからこそ、リアルに感じられた。 こりゃ、勝負かけてやがるな、と咄嗟に思った。誰に? 自分の義理の兄貴であり、若くして人情話の達人であり、この時の落語会の中心人物、春風亭小朝に。(間違いない) それも、ネタがあろうことか、上にご紹介した、ほとんど、くすぐり(笑い)の入れられない「鹿政談」だ。おい、こぶチャン、そんな気張っちゃって、大丈夫? と声をかけたくなったくらい。 今思うと、「そこまでの余裕」がなかったのだろうな。話の本筋に入る前の枕(マエセツ)は、ほとんどなく、いきなりネタに入った感があった。余計に不安になった。大丈夫か、こぶチャン? でも、ものの数分も経たぬうちに、俺の心配は、まったくの杞憂であることを思い知らされたのだ。あまりの熱演ぶりに、途中、完全に俺の意識は「鹿政談」の世界に引きずり込まれてしまい、主人公が、時の奉行の温情と機知に救われたとわかった瞬間、不覚にも涙がこぼれてしまった。 くそーッ、よりによって、こぶ平の落語に泣かされるなんて(笑)。「あっぱれ!! やるじゃんかよ、こぶチャン!!」――俺は胸の内で喝采を上げた。 この「鹿政談」のポイントは、奉行の威厳をどう出すか? とくに、オーラス手前の「黙れ!!」の一喝を、どうキメるか? このネタを演じる落語家は、みな、この「黙れ!!」に勝負を賭けるのだ。 俺はビビったよ。こぶチャンの「黙れ!!」に。やや甲高い口調を抑え気味に、ずっと飄々と語らってきた奉行が、ここで突然、威圧感丸出しで吠える。そのギャップ。……まずは大成功。 彼より先に、小朝が高座に上がって、余裕シャクシャク、彼流の解釈で「芝浜」をやりやがったが、ハッキリ書こう、ち~っとも良くなかった。「俺はこのネタは、いつやったって巧いんだぜ」という不遜さ(これ、今思うと、こぶ平の、予想外の急成長に対する、小朝の軽いビビリの裏返しだと睨むけどね)が前面に出過ぎていて、俺は、この日の小朝の「芝浜」はまるで買わない 何日か前、こぶチャン、いや九代目林家正蔵が、大名跡襲名直後の抱負を聞かれ、相変わらずたどたどしい口調で答えていて、思わず噴きだしてしまったが(笑)――。 でも高座に上がったあとの彼は、もう、「モグモグコンボ」(だいぶ前のTV番組)で、「やめてくだちゃいよぉ~、ヒロミしゃ~ん」と、はしゃいでいた頃のこぶチャンじゃない。 父親・三平とは違う「芸道」を歩み始めた、林家一門の跡取りの「これから」に、俺は落語好きの一人として、おない歳の男として、大いに期待する。 頑張れ、こぶチャン、もとい、九代目正蔵!!
2005.03.21
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註)タイトルを読まれてピンとこない方は、御手数ですが、このページの一番下にある「日記一覧」をクリックされて、2月23日「檀流クッキング」の項を、あわせてご覧下さいませ。 先日、俺の友人宅で、ほぼ十数年ぶりに、作家の檀一雄直伝、「カレーライス(西洋式)」を作ってみた。 カミサンと結婚した当初、彼女の気を惹こうと、イッチョウ作ってやるかと頑張った挙げ句、あまりの不味さにしばらく口をきいてもらえなくなってしまった――。 その苦い体験以来のチャレンジだ。あえて避けていたわけでもないが、やっぱトラウマになっていたのかな? 他の料理はいろいろ作る機会もある俺なのに、このメニューだけは、ずっと「封印」の恰好になっていた。 前説はこのくらいにして、友人宅の、とても使いやすいオープンキッチンをお借りし、しばし男子の厨房、略してダンチューの始まりだ。 まず、玉葱を人数分、千切りにする。この日は大人子供合わせて7~8皿分だと踏んで、中ぶりの玉葱を8個、ひたすら切り刻んだ。 馬鹿でかいボールに一杯、それはそれはと~んでもない量の玉葱の千切りが出来上がるまでに、当然、俺の目からは涙、涙、になる。ついでに、ニンニクも5~6欠片、細かく切っておく。これを、フライパンを使って、丁寧にいためるのだ。 いわば、この玉葱炒めが、カレーライスの「ルーのもと」になる。 ただ炒めりゃいいのだが、油断をすると焦がしてしまう。前回、俺の作ったカレーを、カミサンが「まずい」と言ったのも、炒める段階でかなり焦がしてしまったことに、かなりの原因がある。(……と思っている) 鍋代わりに煮炊きもできるような、大きめなフライパンに油を注ぎ、と~んでもない量の玉葱の千切りを、一気にドバッと入れてしまうと、うまくシャモジでかき回せないものだ。 でも、しばらくトロ火で格闘していると、そのうち「青菜に塩」ならぬ「玉葱に火」、熱を帯びるにつれ、くた~~っとなったブツが、急速に体積を減らしつつ、フライパンの上で炒まっていく。 この様子を子細、じっくりと眺めているのは、なぜか俺のストレス発散にはもってこいだ。有名人の誰だかが、何かのエッセイに、「洗濯機が回っている、その水の渦を見つめるのが好きだ」とか何とか、書いていたが、まさしく同じ想い!! じくじくと、いかにも潔くない音をたてて抵抗している玉葱の姿に、今のオノレを投影して、つい目頭が熱くなる……。 などと勝手な妄想にふけっていると、どこからか、「なぁに、恰好つけてんのよ!! さっさとカレー、作りなさいよ」と声が飛んできたような気がして、ハッとしたのだが――。あれは、空耳だったのか(^_^;)? 冗談はさておき、実際一時間ほど、トロ火で炒め続けると、と~んでもない量の玉葱は、およそ四分の一程度の体積に……。シャモジでいじくってみると、ねばねばぐちょぐちょの「卵おじや」のようになる。色もなんとなく「おじや」に似ている。「狐色に色づいて、ほとんど汁気がなくなった頃」が目安と、檀さんは書いている。このタイミングが、じつは難しい。株式投資でいうところの、「もう」は「まだ」、「まだ」は「もう」ってわけだ。……喩えが違う気もするが(笑)。 つまり、狐色にこだわり過ぎて「もうちょっと炒めようか」と、ほんのわずか、目を離したすきに、黒く焦げてしまう。俺は「それ」だけは絶対に防ごうと、玉葱の行方から一度も目を離さなかった。 ちょうど良い色合いを確認すると、玉葱炒めにケリをつけ、例の「おじや」に小麦粉を絡ませて、さらに炒める。壇さんは「茶碗に半杯ぐらい加える」と書いていたが、俺の場合、やや量が多かったみたい。←これ、今回の、最大の反省ポイント1。 たしかに、小麦粉でルーのとろみを出すのが「西洋式」の特徴だから、思い返すと、俺のガキの時分の、給食のカレーシチュー(あの頃はカレーライスは出なかった)が、まさに「これ」だった。溶かし切れぬ粉が、ダマになってネチョネチョ浮いていたっけ。 でも、昨今のカレー事情でいえば、「これ」はあまり流行らない。どちらかというと、さらさらで「水っぽい」カレーが、現代人の食感には合っているはずだ。 そこを、今回は「あえて」昔風のカレーライスに挑戦しているわけだから、小麦粉で玉葱炒めをコーティングしなくては、先へは進めない。それはホント。でも粉の量は、檀さんの指定より、ずっと少な目にした方が、美味しく食べられる気がした。俺は入れ過ぎてしまい、なんだか「もんじゃ焼き」みたいになっちゃった(笑)。 それにもめげず、さらにカレー粉を加えて炒める。檀さんの指定は「ない」。適当、ということだ。市販の缶などには、大さじ2~3杯、などと表示されているが、もっと入れてOKだと思う。料理の途中で、辛みがかなり飛んでしまうことが、今回よくわかった。 途端にスパイシーな香りが部屋中に拡がりだす。この段階まで、俺がいくら説明しても、今晩の献立がカレーライスだと、どうしても信じてくれなかった、友人の子供たちが、やっと「うわぁー、カレーだ」と嬉しそうな顔をしだしたのが、おかしかった。 思えば、市販のルーを使わずに作るカレーライスなんて、まず、今の子供たちは見たことがないよなぁ。しかも、小麦粉を加えて「ルーのもと」を作る光景なんてネ。 出来上がった「ルーのもと」に、大量の水を加え、コンソメを加え、煮たったところに、ブーケガルニだのブイヨンだの、香味と旨味を引き立てるモノをあれこれぶち込んでおく。そして弱火でコトコト煮続ける。 この段階での味見は、パーフェクトだった。じつにGOOD。 俺の友人は、食に関して、一家言も二家言も持っている男だが、「おお、いいじゃんか。いいじゃんか。これ、イケルよ。出来上がりが待ち遠しいよ」と喜んでくれた。ずっと不安げに、遠くで見ていたカミサンも、匙ですくって舐めてみて、「うん。あの時のカレーの味とはまったく別物だわ」と言ってくれた。 よっしゃ!! そうこなくっちゃ!! べつのフライパンで、お好みの肉(この日は、安い豚バラ)を炒め、あらかじめ用意しておいた、人参、ジャガイモ、それになぜか椎茸を加えて、柔らかくなるまで炒める。 ここで、反省ポイント2。いや、俺が反省するというより……、ううむ、大尊敬する檀さんに、俺がこの場で喧嘩を売るわけにもいかないけれど。 なぜここで「椎茸」なのか? 俺はいまだに疑問だ。周りのみんなも心配した。当然だ。椎茸の入ったカレーライスなど、見たこともない。過去、何度も檀さんのレシピで作ってみたとき、この「椎茸」はどうしたんだっけか? 無視したのか? ちゃんと入れて作ったから、カミサンに「まずい」と言われたのか?「(略)その中に、ジャガイモや、ニンジンや、シイタケなど好みの具のサイの目に切ったものを加えながら」 と、たしかに「壇流」にはある。今回はすべて檀さんのレシピ通りに「やってみよう!!」というのが主旨だから、仕方ない、俺も椎茸をフライパンに放り込んだ。炒まったところで、先ほどの、イイ味に出来上がっている鍋に移す。そして、しばらく煮込む。 ここで、ふたたびみんなに味見をしてもらったところ、先ほどとは評価ががらりと変わってしまったのだ。「さっきの方が美味しかった」との意見が続出。俺も、そう思った。 原因は? そう、椎茸だ!! 椎茸の風味が全面に出過ぎて、スパイシー感とルーの旨味を台無しにしてくれたのだ。「ま、大丈夫だよ。味を調節すりゃあ、なんとかなるよ。俺たちが子供の頃に喰ったカレーだと思えば、上等、上等」 友人は、俺が落ち込んだと思ったか、おかしなフォローをしてくれた。 塩で味を調え、チャツネを加え、最後にカレー粉を足して……、出来上がり。こりゃ、見かけも味も、カレーライスというより、田舎風、肉と野菜のカレー煮込みだ(笑)。 椎茸のせいで、ちっとも味がスパイシーに戻らなくなったところへ、小麦粉の入れすぎで、粘りが強く出過ぎて、なんだか見かけがメチャメチャ悪すぎるぅー。 案の定、お味の方は……良くも悪くも、俺の子供の頃の、大衆食堂のカレーライスだ。まず色からして、ちっともスパイシーじゃない。ないないない!!「檀流クッキング」の連載が、某新聞紙上で始まったのは、昭和44年。俺がまだ、小学校に上がったばかりの頃だ。つまり、べつに檀さんが悪いわけじゃない。その頃は、このカレーライスが「当たり前」だっただけだ。 あれから36年、日本人が作るカレーも食べるカレーも、格段にスパイシーになった。「本場の味に近づいた」というよりは、あの頃のカレーが、そもそも「違うもの」だったのだろう。それを、(当時の俺たちは)当たり前に喰っていた……だけのことだ。「でもよ、これはこれで旨いよ。ベリグーだよ。最近、こういうカレー、まず喰えないからなぁ。いいんじゃない、たまには、こういうの。俺たちのガキの時分を懐かしんでさ」 友人がまたしてもフォローしてくれた。ありがたいね。でも、俺は自分自身に納得がいかなかった。本当に、小麦粉の量がまずかったのか? 椎茸か? それとも、このカレーライス自身が、もう、俺たちの口には合わなくなったのか?「俺……、もう、このカレーはパスだな。続けてまた、作る気がしないよ」 ぽつりと言った途端、カミサンが、憎いくらいに絶妙の間をおいて、「そりゃ良かった」とつぶやいたのだ。ドッと、みんなが湧いた。「まずくはないけど、ちょっとね」 その「ちょっと」は、決して俺の料理の腕のせいではない、と信じつつ、「檀流クッキング」実践編。これにて、おしまい。 2005年3月16日の喝!!「カレーライスの具に、椎茸は、やっぱ合わないっしょ?」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.03.16
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本日のイメージフォトは、これ。 鈴をぶら下げた置物の猫が一匹。ちょっと揺すると、チリリリ~ンと音がする。 ……そのココロは? ◇ ◇ 相州藤沢にある遊行寺(ゆぎょうじ)は、一遍上人が開いた「時宗」の総本山。 当年で齢85になる大僧正は、近頃めっきり体力、気力に衰えを感じ、「もうここらが潮時」と思い定めたのを機に、自分が亡きあとも、末永く、そして正しく、教義を衆生に伝え広め、ゆくゆくはこの寺の大僧正として、「自分のあとを取らせる」人間を一人、早急に決めておくこととあいなった。 ――が、同門宗派の修行僧は、べらぼうに数が多い。全国の寺院より、「彼こそが最適任!!」とお墨付きをいただいた若い僧の数だけでも、ざっと千人。 いずれも、一心に仏門の徒として教義を守り、数々の厳しい修業に耐えてきた「しごくまじめな」僧ばかりのため、人品にはほとんど差などない。「その中から一人」となると、大僧正の身であれど、さすがに決めかねるのだ。「これは弱った……。いかがしたもんかのぉ?」 あれこれ近しい有識者に意見を求めたところ、とある人間から、じつにけったいな方法を授けられたのだ。 大僧正は十日ばかり、その方法を実行に移すべきか否か、一人で思案した。「いかんせん、私にはもう時間がない。いささか奇天烈とも思われるが……、この際、致し方ないかな」 旧暦の5月28日。 同門の各寺院より推薦を受けていた、千人あまりの修行僧全員を、遊行寺の客殿に呼び集めた。見渡す限り、くりくり坊主頭の若い男どもばかり。それも、みな仏門の徒であるからして、表情からして純朴そのものの若い男どもばかり――。 彼らを前に、大僧正は威厳ある声で言い放った。「本日5月28日は吉日によって、特別に皆の者に、これより酒肴を振る舞うことにする。しばし存分に興ずるが良い。……が、その前に、そなたたち一人一人の面通しを致したい。呼ばれた者は、すみやかに別室へ」 これには、客殿じゅうがどよめいた。自分たちの前に、次から次へと膳が運ばれてき、その上には、仏門の徒として修業を始めた段階で、「なまぐさいモノ」として厳しく禁じられてきた食べ物ばかり。魚の刺身に酒……。その匂いが、純粋無垢な彼らの意識を攪乱する。「あの大僧正、歳のせいで、頭がおかしくなってしまったのではないか?」 そんな陰口がここかしこで聞こえだす。しかしそれも、大僧正にとってはすべて計算のうちだ。 怪訝な顔の修行僧が、一人、また一人、別室に呼ばれていく。ここでまた彼らは、大僧正から申し渡された言葉に耳を疑った。「私の思うところあって、済まぬことじゃが、そなたの『前のモノ』に、しばしの間、『これ』をくくりつけておいてもらいたい」「これ」とは、親指大の金色の鈴。同じく金色のヒモが伸びている。そして「前のモノ」とは、要するに男のイチモツだ。 当然、言われた方は「なぜ?」と思うが、長年、規律正しい縦社会の中で生きてきた彼らにとって、大僧正の立場にある者の言葉は、釈迦に言われたも同然。逆らう気など、ゆめゆめない。 素直に大僧正の前に、オノレの愚息をさらす。その根元に、大僧正みずからの手で、金色の鈴をくくりつける。「窮屈なことじゃとも思うが、私が許すまで、この鈴をぶら下げたままでいることじゃ。決してこの鈴に触れてはならぬぞ。よいな?」 じろりと睨まれると、その威厳に、修行僧はすくみ上がり、ただただ無言で何度も頷いて、別室をあとにする。 これを千人分、繰り返した。 さて、全員の修行僧の股間すべてに、鈴がぶら下がったのを確かめたところで――。 大僧正は、ポンポンと両手を打ち鳴らす。 それを合図に、奥の間に控えていた女性陣が出てくる出てくる……。それも、ただの女じゃない。新橋や柳橋などから、この日のためにわざわざ呼び寄せた、名うての芸者ばかりが、なんと三百人!! 仏門の徒にしてみれば、女人は「なまぐさいモノ」の筆頭格だ。その「なまぐさい」女に酌をされながら、「なまぐさい」酒肴に手を伸ばすなど、暴挙という以外にない。 みなの衆が、ちらちらと大僧正の顔色を窺う。……が、大僧正は、彼らの正面に鎮座まして、じっと目を閉じて座禅を組んでいる。 始めはまるっきり手のつかなかった膳に、一人、また一人と手を付け出すと、そこは修行僧といえど若い男どもばかりだ。旺盛な食欲でそれを平らげていく。飲み慣れぬ酒に頬も赤らめる。 そこへ、トビッキリの芸者が「どうぞ、お一つ」などと、代わりばんこ、代わりばんこ、お酌をしに来る。時に、芸者は意識的に膝を立てたり……なんかする。 真っ白く滑らかな女の太股が、あらわになって彼らの目にさらされる。よけいに修行僧の頬が赤らむ。赤らむものだから、芸者は商売柄、彼らをついついからかうようなことをする。「今日は暑いわねぇ」などと、胸元をぎりぎり見せつけて来る。「そそそ、そのようで……」などとどもりながら答える彼らは、次第にでへでへな顔になっていく。 顔だけでなく、愚息の方もでへでへに。 ――と、 チリリリ~ン。チリリリ~ン。 客殿のあちこちで、けたたましく鈴が鳴る。 チリリリ~ン。チリリリ~ン。 千個あまりの鈴が、いっぺんに鳴りだしたものだから、その賑やかなことといったらない。 チリリリ~ン。チリリリ~ン。 鈴の音の合奏の中で、大僧正だけは微動だにせず、目を閉じて座禅を組んだまま――に思えた。しかしその胸中は、ひどく絶望感にさいなまれていたのだ。「じつに……じつに嘆かわしい。かように、いともたやすく邪淫道に堕ちる者ばかりとは……仏法も、いまだこのていたらくなのか…………」 大僧正の頬をツツーッと涙がつたう。 しばしのち、大僧正がようやく目を開ける。「なまぐさいモノ」に取り囲まれて、我を忘れるばかりの修行僧どもの中で、でもたった一人だけ、自分と同じように目を閉じて座禅を組み、瞑想にふけっている若者がいた。「おおお、……いたぞいたぞ!! 私のあとを継ぐにふさわしい者が、あそこに!!」 大僧正は嬉しくなって、みずから彼のもとに近づいて告げた。「そなただけじゃ。鈴が鳴らなかったのは」 するとその若者、恥ずかしそうに身をすくめ、小さい声で答えた。「申し訳ございませぬ。鈴はとっくに振り切れておりました」 チャンチャン。************ ************** 2005年3月14日の「オチ」 賢明な方は、もうお気づきでしょうけれど、前回の「日記」の続きみたいなものでね。今日はどうしても「これ」を紹介したかった。 あのぉ、……なんで鈴が鳴ったのか? おわかりにならない方、いらっしゃいませんよねぇ(笑)? ま、男なんて、どいつもこいつも「こんなものだ」という……。 要は理性でどう抑えておくか? エエ歳こいてなお、抑えておけないと、中西みたいに「ミットモナイこと」になっちゃうぞ、と。でも、厳しい修行を積んできた坊主でさえ、ムクムクきちゃうわけだからなぁ。 男はつらいよ、ってか。
2005.03.14
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馬鹿な野郎だな、こいつ。そうとしか言いようがない。 港区六本木三丁目の路上で、深夜二時過ぎ、見知らぬ女の乳を、服の中に手を突っ込んでまでして、思いっきり揉んじゃった。 現行犯逮捕された直後のコメントも、前代未聞なほどにふるってる。「客引き女だと思った」 じゃあなにかい? 客引きの女なら、いきなり路上で乳揉んでも、あんたの認識では「ノープロブレン」なのかよ?「かりにも政治家たる者が」、と、自民党のお偉方連中は大変なオカンムリだが――、悪いけど「政治家」は関係ない。ごくフツーの齢40になる男は、いくら酔っ払ったからといって、深夜の六本木の街頭で、見ず知らずの女の乳をモミモミしたりは、「しないはずである」。 したい気持ちはやまやまだろうけど、「しないはずである」。 もしや、すでにポコチンが半分ほどむっくりしちゃってるかもしれないけど、その場はグッとこらえ、「しないはずである」。 どうしても乳を揉みたい衝動が抑えきれなくば、さっさと我が家や別宅に向かい、好き放題に揉める女房や恋人の体にむしゃぶりつくか? それが許されない事情でもあれば、合法、非合法問わず、金銭を媒介にして、乳を好き放題に揉める風俗嬢の体にむしゃぶりつくか? はたまた深夜営業の個室ビデオ屋に飛び込み、一人でヌクか? ……の選択肢を行使出来ない夜は、ひたすらグッとこらえ、「しないはずである」。 痴漢しかり援交しかり、「たかだか一瞬」の悦楽と引き替えに待ち受けている、いわゆる破廉恥罪の「後始末」というものが、どれだけコッパズカしくて惨めであるか? イマドキ、利口な連中であればあるほど、よ~く認識しているからこそ、「しないはずである」。 ――とここまで書いたうえで、 先ほど、「したい気持ちはやまやまだろうけど」と書いたことで、多くの女性陣からのアレルギー反応が予想されるが、本当のことだから、しょうがない。 男って「そういう」生き物だ。開き直るわけではなく、動物の牡の本能だから、しょうがない。 とくに春先の今、近所の、盛りのついた野良猫たちが、毎夜毎夜、「ハゥウウウウウウ~ン」と悩ましげな声を上げ、異性を求め合っているのと同様、ホルモンバランスの関係からか、だいの大人だって、いや大人だからこそ、「人間流」の盛りがつく。 山手線の車内において、吊革につかまり、ぼんやり窓外を見つめる、妙齢でナイスバディの女を間近にすれば、つい……ムラムラきて、「ううむ、やりてぇーなぁ、一発、コイツと!!」と胸の内だけで妄想するのが男という生き物だ。「僕は(そんな妄想は)絶対に抱かない」と強く言い張るやつは、おそらく先天的に性的能力に欠陥があるか、ホモだろう。……間違いない。 問題は、そのムラムラを、せっせこせっせこセンズリこきまくっている中坊じゃあるまいし、だいの大人は、理性で「なんとかするはずなのに」……ということだ。 おまけに、この中西という野郎、路上でたまたま見かけた女に近づき、抱きつき、電光石火の早業で「服の中にまで手を突っ込んだ」――。いやはや、これねぇ、相当慣れていないと、なかなか出来ない芸当ですぞ。女に抱きつきざま「服の中まで」なんて。 それだけじゃない。各局TVの報道によると、こやつ、随分前から酒癖が悪いことじゃ有名だったみたいじゃないか。議員になる前から、かなりね。「たいして酒が強くないくせに、めちゃめちゃ酒好き」 「飲むとすぐにべろんべろんになって、誰彼かまわず、そばの女に抱きついたり触ったりする癖がある」 銀座の某高級クラブのママの噂話としても、彼の破廉恥ぶりは、つとに有名らしく、「隣についたホステスのスカートをたくし上げ、相手が嫌がりゃ嫌がるほどテンションが上がり、パンティの奥にまで、掌を差し入れて、じかに陰毛はおろか、アソコも触ろうとしたり……」 俺が現場を見たわけじゃないので、嘘かホントかは知らない。でも、火のないところに、決して煙は出ない。 これまでは、自民党所属の代議士だということもあって、客ダネとして、この不景気な時代のクラブ経営的には「恰好のカモ」だったろうけど、いったんバッチが外されりゃあ、ただの人だ。今の時点では「この程度」の破廉恥ぶりしかピックアップされてないが、早晩、もっとドバドバ、彼の変態ぶりがマスコミ各媒体を賑わせてくれるだろうよ。 しかしまぁ、言うに事欠いて、「客引きの女だと思った」の台詞。 この発言プラス、「すかさず服の中まで手を突っ込んだ」行為――だけ取っても、普段、このジャスト四十歳男が、女に対してどんなロクデモナイ認識を持ち、本人が無意識のまま、過去にどれほどの破廉恥三昧を繰り返してきたか、が、「よぉ~わかる!!」。 まさしくお里が知れるよ。 じつに情けないね。ここんところ、エエ歳こいた男女の、「お里が知れる」事件ばかりがマスコミを賑わせている。 お里……。 東京都大田区出身。現在も地元に住んでいるという。 活動拠点は、JR蒲田駅周辺だ。 なんてことない、俺のお里と一緒やないけぇ~(^_^;)。おまけに歳も、ほぼ「どっこいどっこい」。これが、俺の中の情けなさに拍車をかける。 ああ……、また、口が悪りぃ~知り合い連中に、「いかにも蒲田にふさわしい事件やなぁ」と知った風なことをヌカされる。事実、俺も「そう」思うから、怒るに怒れない(笑)。 この際だから、「乳揉み」つながりで、思い切って書いちゃうけどさ。1990年の4月の終わり頃に起きた、本当の話を。 当時、俺は、今のカミサンと、「矢口の渡し」という、JR蒲田駅から東急多摩川線(当時の目蒲線)に乗り換えて1つ目の、駅周辺のマンションで同棲生活を始めたのね。 俺の方は、生まれ故郷の蒲田の生活の「匂い」は、嫌になるほど熟知していたから、あえて蒲田をはずし、矢口のマンションを選んだのだが、北関東出身のカミサンにとって、蒲田は生まれて初めて足を踏み入れるエリアだった。 JRの駅の改札を出た途端、その老若男女の、生きている人間どもが発する「エネルギー値が高い」といえば聞こえはいいが、要するに、どこもかしこも猥雑感あふれるばかりの、街の「ありよう」に、カミサンは自家中毒を起こしかけた。 それでも俺が説得し、「矢口は、蒲田とは趣が違うから」とだましだまし、暮らしだした……その三日目。 彼女が単独で初めて、蒲田の駅ビルのエレベーターに乗っていた時のこと。二階で彼女が下りようとした際、労務者風の初老の親父が、彼女にわざとぶつかる風に乗り込んできたという。 擦れ違いざま、彼女はむんずと乳を――、それも両乳を同時に揉まれたばかりか、「チッ、なんだ、ちぃーせぇーのな!!」と捨て台詞まで吐かれたのだ。 今だったら、その野郎をとっ捕まえて、警察に突き出すほどの激情をあらわにすることもあるカミサンも、その頃はまだネンネというか、白昼堂々、しかも十分に人気(ひとけ)のあるデパートの館内で行われた、この痴漢プレイを、いったい「どう解釈したらよいのか?」……。 もちろん恐怖感も相当だったろう。しばしオツムの中がこんがらがってしまったようで、ウチへ帰ってきてから、半べそかきかき、時間差で猛烈に憤っていたっけ。 でも申し訳ないが、俺の認識だと、「蒲田だから、その程度のことは日常茶飯事」に思ってしまっていた部分も、たしかにあった。 いや俺だけじゃない。当時、この話を酒の席で、おなじく蒲田出身の幼馴染みに愚痴ると、全員が全員、大笑いしだしたのだ。「そりゃ災難だったなぁ。でも、昔からよくいるんだよなぁ? そういうふざけたエロ親父がさ。駅の周りは特にね」……で、チャンチャン。 チャンチャンにならないのは、俺のカミサンだけ。 今でも、デパートのエレベーターに一人で乗る時、ドアが開いた瞬間に、いかにもドスケベげな顔つきの親父を認めると、反射的に両手で胸前を隠すようになってしまった。十五年間、俺のカミサンの意識から、消え去ることのないトラウマだ。 断っておきますが、現在のJR蒲田駅周辺に、「(そういうのが)よくいるんだよ」かどうかは知らないよ。あくまで1990年当時の実話を書いたまでのこと。 俺は、かりにも三代続く蒲田っ子(自慢にもなんにもなりゃしない)なもんだから、今でも幼馴染みも含め、あのエリアにはたくさんの知り合いが住んでいるし、実際俺もちょくちょく遊びに行く。 つまり、故郷への「愛情あればこそ」の発言だと、理解していただくしかないのだけれど……。俺たち蒲田っ子は、生まれてこの方、つねに「玉石混淆で『石』の数の方が多い」ような老若男女の群れの中で、バカはバカなりに、利口は利口なりに、生きてきた感が強い。 そのバカ者の中に、つい理性をなくし、女の乳を白昼堂々、モミモミしたくなっちゃう輩が、ごくごく「たまに」いる。そういうやつは、エエ歳こいたって、なかなか自分の悪い癖が治らない。バカは死ななきゃ……だ。これが困っちゃうんだよ。 そこに生きる人間の「エネルギー値が高い」ということは、個々の人間の喜怒哀楽がいつだって「あらわ」に渦巻いている街だということだ。よく転がれば、街の活性化を促進する原動力になるし、下手すりゃ、無軌道かつ破廉恥な連中ばかりがはびこることにもつながる。 俺の個人的な想いでいえば、悪いやつも良いやつも、多種雑多な連中どもが住まう街こそが、人間の「正しい暮らし」だと言いたいが、今の時代、もはやその理屈も通らないだろう。 外から移り住んだ若い女性たちが、俺のカミサンのようなトラウマを抱えずに、安心して暮らせる街を作るよう、地元選出の政治家にも働きかけたいのに――、その政治家みずからが「バカは死ななきゃ」の典型ときてるのだから、洒落にもならない。 捕まった中西は、大田区内で町工場を経営するウチに生まれたとか。ってことは、やはり糀谷とか大鳥居とか、京急羽田線のエリアかな? それとも矢口か六郷か? こやつが骨の髄まで、かつての「蒲田の空気」に毒されてしまっているのだとしたら、たとえ今回パクられたところで、本気で反省するわけねぇな。「女の乳の一つや二つ、揉んでやったからって、何がどうしたってんだ?」 取り調べを受ける彼の思考回路の中には、おそらく、いや絶対に、この「何がどうしたってんだ?」があるはずだ。 俺にいわせりゃあ、玉石混交の「石」も「石」、極め付きの大バカ野郎の一人が、なんかの間違いで代議士になってしまったんだな。もともと、そんな器じゃないくせに。 本名が一善だからって、小学校の道徳の授業じゃあるまいし、本気で「一日一善」を公約に掲げてしまう神経が、まず俺にはわからない。そんなものは、一人、ひっそり黙して行われるべき行為であり、有権者の評価を期待して「善行に励む」など、本末転倒もいいとこだ。まったく、バカにもほどがある。 そうか!! 今、いいことを思いついた。 それほど女の乳を揉みたいのなら、懺悔の意味を込めて、地元大田区にある、数多くの老人ホームを訪ね歩けばいいのだ。 お年寄りのSEXの問題は、イマドキ、重要な政治案件でもある。 まじめもまじめ、大まじめだ。元代議士らしく、有権者へのお詫びかたがた、次から次へと、寝たきりのお婆ちゃんの乳を揉んでやる。 久し振りの愛撫に、お婆ちゃんたちは、つい、うっとりと恍惚の表情に……。それが生きる原動力となってか、乳をモミモミされたお婆ちゃんは、みな「女」を取り戻し、一気に活力がよみがえる。まるっきり動かなかった体が奇跡的に動きだし、みずからの足で散歩も出来るようになる。 もしそんなことにでもなれば、めっけもんだよ、マジで。「一日一善」ならぬ、「一人一揉み」。 この公約は、しっかり守れそうだな(笑)? 2005年3月12日の喝!!「たかが乳揉み、されど乳揉み、性犯罪は「あと」が高くつくぞ!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.03.12
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今日のイメージフォトは(ちょっと写りが悪いけど)俺が普段使っている、電動ヒゲ剃りです。しかしてそのココロは? ◇ ◇ ある信心深い老夫婦が、子供もなく、浅草の観音様の裏の方で、ちっぽけな雑貨屋を営んでいた。 すぐそばには、古びたお稲荷さん(稲荷神社)があって、老夫婦は互いに、朝な夕なのお参りを欠かさなかった。 この店は、通りに面しており、決して場所が悪いわけでもないのだが、なにぶん年寄り商売であり、積極的な営業努力をしているわけでもない。品揃えもさして良くないので、ここのところはずっと、開店休業状態が続いている。 おまけに、季節は長梅雨の真っ只中だ。人っこ一人、寄りつかない。亭主「仕様がねぇなぁ。こう長雨に降られちゃあ、商売も上がったりだ」女房「ああら、よく言いますよ。そうでなくたってお客さんが来やしないでしょ? 雨のせいなんかにしたら、オテントウ様のバチが当たりますって」亭主「お、そりゃそうだ。いけねぇいけねぇ。あははははは」女房「ヤですよぉ、お爺さんったら。あはははは」 どんな境遇にあっても、二人のこの明るい性格が頼り。長年、夫婦をやって来た、その年季といおうか、なんとも、いじらしくも微笑ましい。 そんな昼下がり、いっとき雨も上がったようで、久し振りに夫婦揃って、その曇り空を見上げてぼんやりしていると、珍しく、一人の旅人が草鞋を買い求めにやってきた。 雨降りの中を、長い距離歩かされる旅人は、すぐに草鞋が駄目になってしまう。雨が止んでいる今のうちに、換えの草鞋を二足ほど、手に入れておこうと思ったようだ。 店先に、天井から長いヒモを下げ、草鞋を何足も吊して売っているのだが、この長雨では仕入れもままならず、あと残りは、たった一足になっていた。「あいにく、手前どもがお売り出来る草鞋は、これっきりなんで、どうか勘弁して下さいな」 亭主が、草履吊しのヒモの、その一番下から、最後の一足をひょいと抜き出し、旅人に差し出した。旅人「ほぉ、そうかい、あと一足だけかい? ってことは、あそこにぶら下がってる草鞋は、売り物ではないということなんだね? ご主人」亭主「ぶら下がっている草履?」 怪訝に思い、亭主が草履吊しのヒモを見やると、たしかに一番下に、「もう一足」ぶら下がっているのだ。女房「あらまぁ、お爺さん、もう一足、残ってるじゃありませんか?」亭主「そんな馬鹿な……。うわぁ、本当だ!! どうしたことだ? わしは、ここ当分、仕入れた覚えがないのに」女房「お爺さん、ちょっとボケてきたんじゃありませんか?」亭主「ン? ボケ? ううむ、そうかもなぁ。あははははは」旅人「で、売ってくれるんですかい、駄目なんですかい?」亭主「こりゃ相済みません、お客様を放りだしちまって、勝手な話を……。もちろんお売りいたしますよ」 亭主はあわてて草履吊しの一番下から、先ほど同様、ひょいと一足、抜き出して、旅人に差し出した。亭主「毎度ありがとうござ~い」 久し振りに景気の良い声を張り上げて、亭主は旅人を見送る。 ――と、入れ代わりに、別の旅人がやって来て、「草履が一足、欲しい」という。亭主「あいすみませんが、草履の仕入れに事欠いている始末でして、今、手前どもには、お売り出来る草履が一足もございませんので……」旅人「なんでぇ、そりゃねぇよ、親父さん。モウロクしちまったんじゃねぇのかい? あすこによぉ、ちゃ~んと草履が一足、ぶら下がってるじゃねぇかよ? それともなにかい? 俺には売ってくれないっつー了見かい?」 口は悪いが、決して喧嘩を売ってるつもりもない。店先に堂々と一足、草履がぶら下がってることに気付かない、この店の亭主を、からかってみたまでのことだ。亭主「あんれまぁ!! これはこれは、どうしたものか?」 さすがに目を丸くした亭主は、おおいにたまげながらも、草履吊しの真下から、またまたひょいと一足、抜き出して、旅人に売った。亭主「おい、婆さんや、こりゃどうした加減だい? 仕入れた覚えのない草履が、ちゃんとここに一足!!」 そこへまた旅人がやってきて草履の注文。オウム返しに「あいすみませんが……」と言おうとして、はたと気が付き、草履吊しを見やった。 なんと、またまたまた、一番下に草履が一足ぶら下がってるではないか。 それどころじゃない。草履吊しの一番下から、亭主が草履を一足、引き抜くと、けったいなことに、あとから草履が一足、「ぞろぞろ」と出てくる。 次の一足を引き抜くと、そのまた次の一足が「ぞろぞろ」。そのまた次の一足を引き抜くと、そのまた次の次の一足が「ぞろぞろ」。 何度やっても、次から次へと草履が、ぞろぞろ、ぞろぞろ、ぞろぞろ……。 そしてまた、今日は草履を買い求めるお客が、次から次へと「ぞろぞろ」、「ぞろぞろ」やって来る。近年まれにみる大繁盛に、老夫婦は嬉しいやら驚くやら。女房「お爺さん、お爺さん、これは、私たちが朝に夕にお参りしている、あすこのお稲荷さんの御利益じゃないかね?」亭主「ン? お稲荷さん? ほぉー、そうだそうだ!! わしたちが、雨が降っても雪が降っても、毎日毎日、お稲荷さん詣でを続けた甲斐があったということだな」女房「ありがたいことですねぇ、お爺さん」亭主「いや、まったく、ありがたやありがたや」 この話をこっそり聞いていたのが、雑貨屋の向かいに店を出している床屋の亭主。 こちらは長雨とは関係なしに、あまり散髪の腕がよろしくないので、いつだって客が寄りつかないのだが。「よぉし、俺んとこだって!!」と常日頃から、信心などとは無縁、グータラを絵に描いたような生活をしている、この亭主が、この時とばかりに、お稲荷さんに「にわか詣で」。 いろいろお供え物をしては、「お客の頭数が増えますように、増えますように」と拝み倒す毎日が続いて……。 と、数日後、珍しく一人の客が散髪にやって来る。 ふむふむ、なるほど、早くもお稲荷さんの御利益だ、と大はしゃぎで、いつも以上に念入りにカミソリを研ぎ、お客のヒゲを剃りだすと、 剃っても剃っても、新しいヒゲが、あとからあとから、ぞろぞろ、ぞろぞろ、ぞろぞろ……。 チャンチャン。************ ************** 2005年3月9日の「オチ」 落語のタイトルには、この話のように、「ぞろぞろ」だの「だくだく」だの「つるつる」だの、物語の中にたまたま出てくる「けったいな擬音」を、そのまま引用したものが、ままあります。 また、この「ぞろぞろ」は、ラストの下げ(オチ)まで通して話しても、さほど長いものでもないので、都内に四ヶ所(新宿「末広亭」、浅草「演芸ホール」上野「鈴本」、池袋「演芸場」)ある、定席(「じょうせき」と読みます。基本的に一年三百六十五日開いている、演芸専門の小屋のこと)と呼ばれる寄席の舞台でも、多くの噺家が時々、演じてくれるネタです。 この話の底辺には、ブッチャケ「お稲荷信仰」や「地蔵信仰」のPRというものがあって、今のようにマスコミ各媒体やインターネットなど、幅広い層に宣伝する適当な手段がなかった時代には、庶民の娯楽の代表格であった、寄席で演じられる落語が、その役を担っていたという……、そんな見方も出来るでしょう。 ま、そんなコムズカシイ説明はともかく――。 俺がこの話が好きなのは、タイトルにある「ぞろぞろ」という擬音の、単純な意味での語調のインパクトと、ヒゲがあとからあとから「ぞろぞろ」生えてくるという、シュールなオチとが、じつに巧みに融合しているからなんだけど。 初めて、ナマの「ぞろぞろ」を聞いたのは、たしか学生時代によく通っていた、浅草演芸ホールだったと思う。 演じてたのが誰だったかは、とっくに忘れてしまったれど、その時のマクラ(物語に入るまでの「マエセツ」)だけは、今でもよく覚えている。 全国各地にある稲荷神社、通称「お稲荷さん」に祀られているのは、狐や狗などの、決して上級な霊ではない。 人間どもが、五円だの十円だの、安いお賽銭を投げたくせに、延々と、家内安全に無病息災、受験合格、昇進成就、恋愛成就、などなど……、やたら頼み事の方が多すぎると、御狐様のオツムが混乱し、面倒臭くなり、ついつい悪戯心が芽生えた挙げ句に、かえって人間どもに災いを振りまいてしまうのだ、と。「だから、お稲荷さん詣でをした時は、せめて千円札ぐらいは、太っ腹覚悟ではたいてやって、ポンポンと柏手二つ打ったら、お願い事はこれっきゃない。『一丁、ドカンと一発、儲からせて下せぇーよ。たのんまっせぇー!!』」 この話が嘘かマコトかは、いまだに不明だけど、俺……妙に信じちゃってさ。 毎度毎度「千円」というわけにもいかず(やっぱセコイね(笑))、最低百円、気合いを入れた時は五百円玉一個(ごくごく、たまにね)を放り投げ、余計な願い事は一切、心によぎらせず、ただただ「儲からせて下さい!!」だけを祈るようにしている。 ま、その御利益があったとして、俺の商売は雑貨屋でも床屋でもないので、いったい何が「ぞろぞろ」「ぞろぞろ」と出てくるのだろうか? 季節外れのゴキブリとかは、ぜ~ったいにやめて下さいよぉー、近所のお稲荷さん!!
2005.03.10
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数年前から、一人の、大阪出身、六十代の御住職(Fさん)と、個人的にお付き合いをさせてもらっている。 とても一言では語れない「過去」のすべてを捨て去り、日本ではなく、タイ国の上座仏教の寺院で得度をしたという、風変わりな経歴の持ち主だ。「わいは、仏陀という男の生き様に惚れて、舎弟分にさせてもらったんや」 ――が口癖の、Fさんの、ばりばりベランメェ~口調のお説教を聞いてると、俺が子供の頃によくTV番組にも出演していた、作家でもある、今東光師の放つ「喧嘩説法」を思い出すことも多いのだが。 ある時、Fさんが俺に言った。「自分(あんた)な、齢四十を過ぎて、どんな風に生きていったら良いかに悩んだ時は、先に、『どんな風に死んでいきたいか?』を考えりゃあええんや。あんたの『死にざま』やな。どんな死に方をしたいか?」「わいの昔の仲間にな、エエ歳こいてもなお、女が大好きで大好きで、好みの女とまぐわったまま、『俺は腹上死したい』と阿呆なことヌカしとる輩もおるが……。それが本望ならば、他人がどうこうクチバシ挟む問題やねぇやろ? ちゃうか? わいはただ、『ああ、こやつは、ほんま、お可哀想な人間やなぁ』と思うだけや(笑)」「わいはな、それを否定はせん。ええやん、本人がそうやって死にたきゃ、死なせてやりゃあ、ええだけのことや」「わいはちゃう(違う)でぇ~。わいはな、なるべく大勢の人たちの、たくさんの笑顔に包まれ、その笑顔と笑い声が一杯の中で、『ああ、気持ちええなぁ~。最高やなぁ~』とつぶやいて死んで行きたいんや。ゆーなら、わいの人生最期、究極のズリネタや。究極のマスターベーションや。こりゃ気持ちええやろなぁ~(笑)。みんなの朗らかな笑い声を聞きながら、昇天していきたいんや。それがしたいからこそわいは、ええ歳こいてまで得度したんや」「自分はどうや? どんな風に死んで行きたい? それを、いっぺん真剣に考えてみぃ。その、あんたの望む最期から逆算すりゃあ、今の、自分の行動のすべてが決まるやろ?」「たとえば目の前に、万札のたんまり入った財布が落ちていたとしてや、黙ってポッポ入れちまうか? 警察に届けるか? そのままホカしておくか? な? あんたやったら、どないするよ?」「ええか。大事なことはな、法律がどうの、しきたりがどうの、ではないっちゅーこっちゃ。ポッポ入れることが悪くて、警察に届けることがええことや、なんちゅー議論には、わいはまったく興味がない。どっちだってええんや。人それぞれでええ。それぞれにふさわしい死にざまが、オノレの最期には待ってる、ちゅーだけのことや」「要は、あくまでオノレの魂の問題や。あんたの魂が、その行為を許すかどうか? それだけや。な? 簡単な話やないけぇ」 下手糞な関西弁もどきで申し訳ない(笑)。こんな風なことを語られた、と思ってもらいたいわけだけど。 ううむと唸るしかなかったね。 とても、俺にとっては「簡単な話」ではない。でも、この話を伺って以来、何か行動を起こす際に、俺の魂が「それ」を許すかどうか? つねに意識するようにはなったよな。 人間なんて、しょせん破廉恥な生き物であって、俺の四十数年間の「過去」をつらつら思い返してみるだけで、コッパズカシくて口にも出来ない言動を、数多く繰り返してきたよ。 一つ一つ懺悔するとなると、もうとてもとても、おっつかないほど、恥多き人生を歩いてきた……んだね。 たぶんこれから先も、何も変わらないとは思う。 変わらないから「俺なんだ」とも思う。(情けないけどね(^_^;)) でも、今までと、結果的には同じ行為に及んだとしても、その行為にいたるまでの間に、多少でも逡巡する自分が「そこにいるか? いないか?」で、その後の俺の人生は、大きく変わるのではないか……。そんな風に、俺は勝手にFさんのお説教を解釈した。 逡巡=思いためらうことが、とても大事なのだ、と俺はFさんから学んだ気がする。 世の中には、平気で人の幸せを踏みにじろうとする輩がいる。顔色一つ変えずに、人の命や物を奪ったりする輩がいる。 自分のこと以外には、まるっきり百パーセント、心が動かない輩がいる。 子供がよく口にする、「みんながやってるんだから、いいじゃん? 何が悪いの?」を、だいの大人になってもなお、行動基準にしている輩がいる。 正しいことを「正しい」と言うと、「なに恰好つけてやがって」と返してくる輩がいる。 どいつもこいつも、まさしく吐き気がするほど、「お可哀想な」連中ばかりだ。 そういう野郎どもに限って、自分の権利が損なわれそうになると、途端にキレまくる。それも常軌を逸したキレ方だ。 こちらの要求には、まるで暖簾に腕押し、のらりくらりを通しまくっていた人間が、立場が変われば、即座に「こう」……。お里が知れるとはこのことだ。 どうせ、ろくな死に方をしないだろうと、前々から思ってはいたが、Fさんの「自分の死に顔」論を聞いて、ああ、やっぱり!! と合点がいった。 俺は今まで、そういう野郎どもに出会うたび、本気で激怒し、やり合ってもきたけれど、金輪際、やめた。「ろくな死に方しない、とわかってる輩といがみ合ってたって、時間がもったいないだけやろ? やめとけやめとけ」とFさんに言われてみて、ハッとした。 俺だって、十分に破廉恥な人間だ。でも、せめてそのことに、思い悩める人間でいたい。「なんで、そんなことをしちゃったのかなぁ?」と、反省の出来る人間でいたい。 ……ま、反省だけなら猿でも出来るけど(笑)。 はたして、俺にとっての「人生最期の究極のマスターベーション」は、いったいどんなズリネタで行えばよいのか? 正直、まだよくわからない。 それに、俺は数ヶ月前、大学時代の同期の仲間を大津波で亡くしたばかりだ。彼女はそんな、衝撃的かつ悲惨な末路にふさわしい人生を送ってきたのかと問われれば、即座に「NO!!」と答えたい俺がいる。 なぜ、不埒な馬鹿どもばかりが、のうのうと生き長らえ、真面目にオノレの魂と向き合ってきたはず(それが仕事だった)の彼女が、早逝せねばならないのか? あまりに理不尽ではないか? と俺は、Fさんが「わいの親分はん」と称する仏陀に、胸の内だけで思いっきり異議を唱えてみるが、返事はない。 ――自分の「死にざま」。 わからない、わからない。 わからないことだらけだ。 でも、ひとつだけはっきりしているのは、その答えが見つからないうちは、「俺は死ねない」。いや「死にたくない」ということ。「今のままじゃ、半勃ちのチンポで射精しちゃうようなもので、そんな中途半端なエクスタシーでは、死ぬに死ねないなぁ」 俺が冗談交じりにぼやくと、Fさんは大笑いしながら言った。「だから自分……今を生きてるんとちゃう? 苦しかろうがなんだろうが、あんたが猛烈に気持ち良く、人生最期のマスターベーションをして果てられると思うまで、そんなズリネタが見つかるまで、生きるしかないんや。それが人間なんやでぇ」 2005年3月8日の喝!!「「お可哀想な」人生だけは、まっぴら御免だ!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.03.08
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江戸時代のお話。(なのに、イメージフォトが「シーバス」とは、これいかに(笑)?) とある藩では、酒癖の悪い家臣が二人、酔いに任せて大喧嘩になり、腰に下げた真剣を抜いての大立ち回りの果て、双方が命を落とすという事件が起きた。 生来、生真面目な殿様は、たいそうこの一件に心を痛め、けじめの意味を込めて「禁酒令」を緊急発動し、以降一切、藩屋敷内での飲酒行為を禁じてしまったのだ。 ばかりか、通用門の脇に「禁酒番屋」まで設け、さまざまな出入り業者が屋敷内へ持ち込む、そのすべてのブツについて、一つ一つ、厳重に取り調べることとあいなった。 ここで「ううむ」と唸ってしまったのが、藩一番の酒豪を自他ともに認める、近藤という家臣だ。三度の飯より大好きな酒が、「禁酒令」ごときで止められるものなら苦労はない。 さっそく馴染みの酒屋の主人を呼びつけ、恫喝し、「どんなことをしてでも、酒を俺のところまで運んでこい!!」と命じる。 困り果てたのは酒屋の方だ。そりゃ近藤は大のお得意様だから、出来ることなら酒を持って行ってあげたい。でも「番屋」がある以上、屋敷の手前で追い返されるのがオチだ。「ううむ……どうしたものかなぁ?」 酒屋の主人までが唸ってしまう始末。店の若い衆にも知恵を借り、「番屋」の目をあざむく方便として、菓子屋になりすまし、南蛮渡来のカステーラの箱の下に、一升酒をうまく隠して持っていくことに……。門番1「待て待て待て、その方、見慣れる顔じゃな。わが屋敷にナニ用じゃ?」(酒屋の)若い衆「表通りにこのたび店を開きました、菓子屋にございます。こちらのお屋敷の、近藤様よりご注文の品、お届けにあがりました次第です」門番1「なに? 近藤氏(うじ)に?」門番2「しかして、その中身は?」若い衆「え、あ……そ、それが……カ、カステーラで」 極度の緊張のために、ついどもってしまうのを見て、門番二人は、即座に「怪しい!!」と気付いてしまった。だいいち、大の酒飲みの近藤が、甘ったるいカステーラを頬張る光景など、ゆめゆめ思い浮かばない。 さっそく箱の中身を吟味すると、なんと、本物のカステーラだ。若い衆「(ホッとして)ですから私は、何度も申し上げたではありませぬか。近藤様が、ご進物用にと、カステーラを御所望なされて」門番1「そうじゃったな。悪く思うな。これも職務なのじゃ。その方を疑いたくて疑ったわけではない。許せ」若い衆「いえいえ、わかっていただければ良いのです。では、これでもう、お屋敷の中に通していただけるので?」門番2「ふむ。要らぬ手間を取らせて悪かったのぉ、菓子屋。ここを通ってよいぞ」若い衆「ははぁ……」 一礼して菓子屋がふたたび箱を持ち上げた時、一升の酒が入った瓶が重たいもので、つい、無意識に「どっこいしょ」と言ってしまった。 門番1「なぬ!? おい、菓子屋、ちょっと待て!! いま『どっこいしょ』とぬかしおったな? おかしいではないか? カステーラごとき一つ持ち上げるのに、大の男が、 なにゆえに『どっこいしょ』などと?」若い衆「いえええええ、ああああああ、そ、それは?????」門番2「怪しい!! その方、まさかとは思うが、カステーラの箱に、よからぬ仕掛けをほどこしてはおらんだろうな?」若い衆「そそそそそそ、そんなぁ……めめめめめ、滅相もございません」門番1「なら、その方、どうしてそんなにブルブル震えておるのじゃ? 顔も真っ青ではないか? ふむ、いま一度、箱の中身を吟味いたす。その方、控えておれ」 あらためて箱の中身を吟味すれば、案の定、カステーラの下に、瓶に入った一升酒が隠されているではないか。 さらに問いつめられて、若い衆は、口から出まかせ……、瓶の中には、たいそう霊験あらたかな、帝釈天の境内の井戸から汲み上げた水が入っており、これを飲めばたちどころに無病息災。今後ともご贔屓たまわりたい、近藤様への、ほんの手土産代わりだと。門番1「手土産と申したな? 近藤氏(うじ)への……。つまり、この瓶の中身は、あやつが頼んだ品ではないということじゃな?」若い衆「え、そりゃ、まぁ……そういうことで」門番2「ならばじゃ、近藤氏とわれわれは、この屋敷の家臣仲間であるからして、手前どもも、少しぐらい、その霊験あらたかだという水を分けてもらっても、何らおかしくはあるまい? なぁ、御同輩?」門番1「ふむ、そりゃその通り。菓子屋の手土産というのなら、遠慮は無用というものじゃ。さっそくご相伴に預かろうではないか」 勝手な理屈をつけて、二人の門番は、瓶の口を開ける。たちまちプ~ンと、酒特有の甘い香りが鼻をつく。門番1「ほぉ、こりゃ……たしかに霊験あらたかな水じゃわなぁ、御同輩? あっはははははは」門番2「いかにもいかにも。こりゃ、体に効きそうですぞ。あっははははは」 なんのことはない、二人とも、相当にいけるクチだ。 菓子屋と称する若い衆を、「この、いつわり者めが!! さっさとこの水を置いて立ち去れ!! さもなくば即刻、叩き斬るぞ!!」と恫喝し、とっとと追っ払い、二人して酒を一升、差しつ差されつ飲み干してしまったのだ。 悔しいのは酒屋の主人。お次は、油屋になりすまし、番屋を通り抜けようとするが、これもすぐにバレてしまい、「いつわり者めが!!」と追い返され、またまた一升酒を、ただで門番どもにくれてやる恰好になってしまった。「くそーッ、番屋のロクデナシどもめが!! 近藤様にお渡しする酒を、これで二升もただで横取りされたとあっては、たまらない。どうしてやるか、見てやがれ!!」 主人は腹立ちまぎれに、一升瓶の中に、店じゅうの者の小便を順に注ぎ入れ、たっぷり満タンにして栓をした。 みたび若い衆に、屋敷まで持って行かせ、「近藤様からのご注文で、なんでも、大事にしている松の木の、肥やしにしたい……とかで、これを」と門番に説明する。 すでに門番二人は、二升の酒を腹の中におさめ、ベロンベロンに酔っ払っている。 若い衆がはっきりと、箱の中身は「小便です」と答ているのに、信じようとしない。「おやめになった方がよろしいですよ」との忠告も聞かず、瓶の栓を抜き、中身を吟味する。 まだ「中身」は温かい。ブクブクと細かい泡まで浮いている。おまけに、思いっきりプ~ンと鼻を突く香りは、これまでの甘い香りとは似ても似つかない。門番1「こりゃ、なんじゃ?」若い衆「だから先ほどから何度も申し上げております通り、小便です」門番1「(酔った口調で)小便だとぉ~? たわけたことをヌカすな、バカたれが!! ただでは済まさぬぞ」門番2「まったく近頃の町人どもは、油断も隙もないですなぁ、御同輩?」門番1「しっかし、今度の酒は、……こりゃ燗ですかな? ちょうど人肌の飲み頃になってるようで……。アブクがひどいけれども…………、ううむ、こりゃ、あまり高い酒ではござらぬな?」門番2「(泡をフーフーと吹いて飛ばし、無理にでも飲もうとして)うわぁ、こりゃ、鼻にも目にもピリピリきますなぁ。……どうも、こりゃ…………ふうむ、この刺激が、じつにどうも、たまりませんなぁ」門番1「まさしく。ちょうど拙者、甘い香りの酒には、いささか飽きも出てきたところでしてな。このツンとくる酸っぱい刺激は、これはこれで、なかなかどうして……」 二人同時に、せーの、で口に含んだ。門番1「(即座に吐き出して)ななななな、なんじゃ、これは? 酒ではないではないか?」若い衆「(平然とした顔で)ええ。正真正銘、間違いなく、小便です」門番2「うううう、うむッ、……こ、このぉ、正直者めが~ッ!!」 チャンチャン。************ ************** 2005年3月7日の「オチ」 高校時代に落研の部長をやっていた時、文化祭で催すことになった「寄席公演」の演目の、最終打ち合わせの場で、一人の後輩君が、この「禁酒番屋」をやりたい、と申し出てきた。 俺自身は当時、このネタを知らなかった。さっそく目の前で演じてもらうと、あまりにオゲレツな話なので俺はたまげてしまった。(その頃の、純情だった俺に戻りたい(笑)) このネタを、かりにも高校の文化祭の場でやってしまって構わないのだろうか? と悩んだ。顧問の教師も悩んだ。 が、本人は「どうしても、これがいい」という。さんざん討議の結果、「どうってこと、ないんじゃないの?」の意見が多数を占め、そのまま文化祭当日、後輩君は「禁酒番屋」を演じたのだ。 あろうことか一番真ん前の席に、普段から気難しいことで有名な、校長先生が陣取っている。マズイ!! 校長の前で、ションベン飲ませる話は!! 知らないぞー。俺のせいじゃないぞー。みんながOKを出したんだぞー。俺は反対したんだぞー。すっかり「逃げモード」の俺だ。 ところが校長は、話の途中からクスクス……がゲラゲラ。最後の、門番が小便を口に含んだ後、思いっきり吐き出して、酒屋の若い衆を怒鳴りつけるところなどは、あまりのおかしさからか涙まで流してやがった。 終演後、校長が楽屋を訪ねて来て、こう言った。「私が思う落語の魅力の一つは、権力をかさにきせて威張り散らしているような輩を、普段は弱くつましく生きている庶民と呼ばれる連中が、アイデアを巡らせ、一瞬で猛烈にヘコませてやる。――そこだな。いやぁ楽しかったし、大いに考えさせられもした。今後は、私も君たちに、間違っても小便を飲まされぬよう、せいぜい気を配って生きるとするよ。あはははははは」 負けた、と思った。「これこそ落語」だと思った。 俺たち、当時の落研部員はみな、古典落語の名作をひたすら覚え、お客さんの前で、ただ覚えたことをそのまま、さして何も考えずに演じていたが、校長はひとり、「禁酒番屋」の話に大笑いしつつ、今の自分の立場とオーバーラップさせていた。 校長にとって、「禁酒番屋」は古びた話ではない。「今」なのだ。 立川談志師匠いわくの、「落語は、人間のすべての業を活写する芸である」の言葉。 人間の業に、今も昔もない。 小便を運ぶ側の業と、飲まされる側の業……。 S武グループのお家騒動を新聞で読むとき、ふと、「誰か一人でも、T氏に小便を飲ませる度胸のあるやつは、いなかったのか?」との思いが頭をよぎった。
2005.03.07
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女房の父親が、通販で、マイク一体型のカラオケ機を購入したものだから、「ちょっと試しに歌ってみてくれや」とご指名が来た。 ウチは二所帯住宅の二階家で、二階が俺たち夫婦、あちらが一階。あちらのリビングに出向き、普段はTVを観ている、その画面をモニター代わりに、しばし即席のカラオケ大会となった。 カラオケBOXがわが家にやって来たようなもので、便利なことは便利。それは認めるれどさ、マイクに内蔵されている超小型チップに、楽曲のすべてが入っているためか、予想通り、曲数は極端に少ないんだよね。ダムだのジョイサウンド、というわけにはいかない(^_^;)。 歌本をめくっていても、さして歌いたい唄も見つからず、仕方なく選んだのが、今日のタイトル「男と女の間には~」で始まる、「黒の舟歌」だったというわけ。 歌本には「加藤登紀子の歌唱」となってるけど、これを大ヒットさせたのは、誰がなんといったって、直木賞作家の、あの野坂昭如だ!! 余談だが、俺の大好きな野坂センセイ、脳梗塞で倒れてから、どうなさいましたか? 噂では相当に病状が悪いそうだけど……。昔の仲間だったはずの大島渚も、一足先に同じ病に倒れたでしょ? 「朝まで生TV」に競演し、さんざん罵倒しまくってたお二人なのだから、病気だけ「仲良しごっこ」をしなくたって良さそうなものなのに。 話を戻して。盲目のギターリスト、長谷川きよしも、「黒の舟歌」を自分の持ち歌にしてますよね。 作曲は、その昔、コントの制作集団として一世を風靡した、三木鶏郎主宰「冗談工房」の門下生、桜井順氏。作詞の能吉利人は、桜井氏のペンネームだ。(売れっ子になる前の野坂が、「冗談工房」のマネージャーをしていたことは、有名な話) この桜井氏は、CMソングの作詞作曲者として、凄腕の持ち主で、たとえば皆さんにもすぐに「ふむふむ」と思ってもらえそうなのは、「石丸電気は秋葉原デッカイワー」あたりかな? 俺の大学時代、なぜか実家の物置の片隅で、野坂が歌っているシングル盤のレコードが埃をかぶっているのを見つけ、オフクロに捨てられないうちに、俺の部屋で「保護」した記憶がある。 さて、久し振りに歌った「黒の舟歌」。 この歌を初めて聴いたらしい女房の母親が、「なんか、風変わりな歌ね」とつぶやいていた通り、たしかにメロディーラインが、普通の歌謡曲というよりは、ロシア民謡風といえばいいのかな? ラストの「ROW AND ROW」の繰り返しなどは、特に、歌っているうちに、次第に本当に俺自身が、船を漕いでいるような錯覚に陥ってしまう……ような、歌の構成になっている。 おまけに1番から5番まで、それぞれ短くて覚えやすい歌詞が並んでいるので、同じメロディーに乗せて、順に5番まで歌っていくと、めちゃめちゃ記憶の悪い俺の脳味噌にも、しっかりと「男と女の間」にまつわる真理というか、教訓というか……、がインプットされていく。「♪~ROW AND ROW ROW AND ROW 繰り返すな ROW ROW」「繰り返すな」と懇願してくるくせに、その実、何度も何度も繰り返す「ROW AND ROW」は、まさに「男と女の間」そのものに思えてきたのだ。 恋愛において、だいの大人が、何度も何度も同じ過ちを犯しては、そのたびに最後はかならずどちらかが「嫌な想い」をし、「こんなに辛いのなら、もう二度と恋なんてしない」と自分自身に泣いて誓った……、その舌の根も乾かないうちに、また別のところで浮き名を流し、好いた惚れたでくっついたものの、最後はかならずどちらかが「嫌な想い」をし、「もう二度と」と泣いて誓い、…………また…………。「恋は一瞬で、賢者をも愚鈍に変える」の喩え通り、よほどの求道者でもない限り、人は、目の前に「おおッ!!」と思う異性が現れてしまったら最後、瞬時に、そやつの持ち得るすべての理性が吹っ飛んでしまう。 同じことを繰り返したってラチが明かないんだから、「やめときなさいよ」と誰に忠告されても、恋の渦中にいる者にとっては、「てやんでぇ~、べらぼーめぇー」ってなもんだ。「ローエンドロ~ ローエンドロ~ とっくに船は漕ぎだしちまったんだぜぃ。悪いけど、もう引き返せねぇんだよ。ローエンドロ~ ローエンドロ~」 俺たちが「今」生きている、この、ちっぽけな地球という星に、初めて人間という生物の「男」と「女」が一匹ずつ誕生して以来――、全世界中のそれぞれの国における、とてつもなく長い長い「時の流れ」の中で、いったいどれだけの数のドンキホーテどもが、何人もの制止を振り切り、「深くて暗い川」に櫓を突っ込み、果敢にも、無謀にも、船を漕ぎ出して行ったことだろう?「♪~エンヤコラ 今夜も 船を出す」 さすが、売れっ子CMソングライターの作品だと、感心してしまうほど、1番と5番の歌詞に二回出てくる、この「エンヤコラ」という、なんともドンピシャな掛け声が、しつこく俺の耳に絡みついて離れない。 エンヤコラ エンヤコラ 母ちゃんのためならエンヤコラ(こりゃ唄が違うか?) 不倫は文化だ、と豪語した挙げ句に、その相手に、あっさりと振られちゃった情けない野郎は誰だっけ(笑)? たとえ文化だとしても、それを声高に唱えるのは、お里が知れるというもの。でもさ、世の中にもし、公明正大のキレイキレイな「愛」しか存在しなければ、古今東西、気の利いた芸術作品など、何一つ生まれ出でやしなかっただろうことは、自明の理だ。 だから「他の男(女)の相手を寝取っちまえ!!」と奨励しているわけじゃないよ。「その人」と出会うまでに、なんの苦労も障害も生じないところから始まる恋などに、知的生物である人間様は、ブッチャケ魅力を感じないものだ、と言いたいだけ。 男は、馬鹿だ馬鹿だと自他ともに認めつつ、見初めた女に逢いに行く。女は女で、口では「お願いだから無茶しないで」と言いつつ、相手が本当に無茶しなけりゃ、大いにがっかりし、激怒する(笑)。 勝手なもんだよなぁ、男も女も。こと「恋」に関しては。 そしてその、それぞれの勝手さが、いつだって微妙に異なるからこそ、本質的に男と女は「わかり合えない」存在なんだと思うんだけどね。 でも「逢いたい!!」。逢えば、いつしか、ほんのささいなきっかけで、いがみ合い出すのは経験則でわかっている。わかりすぎている。……なのに「逢いたい!!」。この、摩訶不思議な心理。「♪~たとえば男は阿呆鳥 たとえば女は忘れ貝」 四番の歌詞に出てくるこのフレーズを口にした時、俺はハッとなった。 男は阿呆鳥。女は忘れ貝。 阿呆鳥……忘れ貝。阿呆鳥……忘れ貝。 うまいこと言いやがるなぁ、本当に。 年がら年中、能天気に「どこかに旨い女でもいないかなぁ?」とあちこち飛び回っている阿呆鳥――が、訪ねてきてくれるのを、忘れ貝は、決して自分から「ここよ、ここよ」とはしゃがずに、われ関せず、といった風情で、上下二枚の貝を固くぎゅッと閉じつつ待っている。 そしていざ、阿呆鳥がやって来て、「これは!!」と思えば貝の合わせ目を開き、鳥を受け入れる。鳥が完全にデヘデヘになったとわかった途端に、貝はふたたびぎゅッと合わせ目を閉じ、鳥をがんじがらめにしてしまう。 やることさえやっちまえば、とっとと逃げたい鳥と、「逃がすものか!!」の貝。 しばしの攻防戦の結果、飛ぶのをあきらめた鳥を、末永く自分の元につなぎ止めておくのに成功した貝がいる。うまく逃げおおせた鳥を、舌打ちしつつ見送り、ひとしきり泣きじゃくった後、そんな過去など「とっくに忘れた」ような顔で、ふたたび鳥の来訪を待つ貝もいる。「♪~たとえば男は阿呆鳥 たとえば女は忘れ貝」 鳥は鳥同士、貝は貝同士、愛し合ってりゃいいのにネ。そうはいかないんだよねぇ、人間は。つねに「無い物ねだり」していないと気が済まないんだね。……馬鹿だね。 もっとも近頃じゃ、どこぞの「ごくごく普通の」主婦が、家事全般をすっかりホカして、朝な夕な、イケメン系の年下ホスト君との逢瀬にハマっているご時世だとか。 ひたすらじっと侘びしく、カップラーメンなどをすすりつつ、女房の帰りを待っている亭主こそが「忘れ貝」――。 洒落にならねぇや。 2005年3月5日の喝!!「阿呆鳥の俺に、貝の気持ちなんて、しょせんわからねぇっつーの!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.03.05
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今日から、やや俺の「日記」も模様替えします。 チビ傘の「今日の喝!!」と日替わりで(不定期)、「今日のオチ」と題し、俺の大好きな芸能である古典落語の、その膨大な数のネタの中から毎回1つ、皆さんにご紹介。 ついでに、俺なりに「あーだこーだ」思ったことを、ちょこっと、この機会に書き留めておこうと思いまして。 よくご存知の話も、初めて目にする話もあるでしょう。 ま、もともと俺のブログは、「文字で読む落語」を目指して始めたものですから、ちょいと思いついて、そんな形も試してみようかなぁと……。 皆さんの中には、熱心に寄席通いをされてる方(ちょっとビビルなぁ(笑))も、寄席って何?という方もいらっしゃると思われます。 俺の後輩などは、真面目な顔で、「落語って、あの、笑点の大喜利とは何が違うんですか?」と訊いて来やがった(笑)。 おおいにズッコケつつ、でも若い人たちの「落語の認識」なんて、そんな程度で当然だという気もする。「今、一人、芸人の名前を挙げよ」と問われて、波田陽区よりも先に川柳川柳(そういう名前の、俺が大好きな大ベテランの落語家がいるんです)と言い張る高校生がいたら、正直、俺も引くなぁ(笑)……。 そんなわけで――しょっぱなは、「一眼国」。「いちがんこく」と呼びます。 落語の世界は、われわれ人間の、それも、あまり出来のよろしくない一般ピープル(俺のような?)の喜怒哀楽の集大成でありまして、政治ネタ、経済ネタ、社会ネタ、教育ネタ、エロネタなどなど、大げさにいやぁ、新聞で取り上げられるような話題はすべて、落語に出てきます。「隣のウチに囲いができたってねぇ」「へぇー」などという、ミモフタモナイ駄洒落ばかりが落語じゃありません。 話題の「呪怨」顔負けのホラー作品もあれば、今日取り上げる「一眼国」のような、SFタッチの作品もあります。 ◇ ◇ 頃は、江戸時代でも文化文政あたり……、下町の寺院の境内や参道には、さまざまな種類の夜店、露天商がならび、大変な賑わいだったとか。 お馴染み「見せ物小屋」でも、ろくろっ首や河童、大イタチなど――はすでに客に飽きられ気味で、早いとこ目新しい出し物を探さないと、興行自体が成り立たなくなってしまう。 コトは急を要する、というわけで、小屋主のオッサンは、客がおったまげるような「とびっきりの出し物」はないか? とあちこち情報を聞きまくっていた。 その過程でたまたま、全国を行商で巡っている男と知り合い、幸いなことに「ドンピシャリの逸材がいますよ!!」という話を耳にする。「江戸から百里以上も離れた、草も木もない、ただただ荒漠とした野っ原のど真ん中で、おかしな少女に出会いましてねぇ。道でも尋ねようと近づいたら、なんと、コイツ、眼が一つしかねぇんですよ。その眼がぎろりと光って、あっしのことを睨みつけてきたもんですから、あっしはもう怖くて怖くて、一目散に逃げ帰ってきちまいやしたけど……。どうですかねぇ?そんな気色悪い娘っ子でよろしけりゃ、ご自分の目で確かめてみたらいかがです?」 こりゃいける!! と踏んだ小屋主は、はるばる遠出し、たしかに男の話通りの、あまりに寒々しい、見渡す限り、野っ原という……そのど真ん中までやって来た。 人家はまるでなく、「さぁて、そんな一つ目の娘など、どこにいるのやら?」と、やや途方に暮れつつ、くるりと振り向くと、そこには、いつの間に現れ出たか、たしかに一つ目の少女がぽつんと立っていた。 一瞬ギョッとしたものの、「商売商売」と思い直し、さして抵抗されないのを良いことに、なんなく捕まえると、さっさと逃げ帰ろうとした。――と、その時、どこで待ち伏せしていたのか、逆に大勢の男どもに簡単にとっ捕まってしまい、奉行所で取り調べを受けるハメになってしまった。 ここは一眼国であり、奉行所の人間はもとより、それを見つめるすべての民衆はみな、少女とおなじく一つ目だ。 あたり一面、一つ目だらけ……。 男はさすがに肝を冷やして、ぶるぶる震えながら小便をチビってしまう。「その方、顔を上げよ」と奉行に言われ、小屋主が怖々と、首をすくめながら顔を上げた途端、「ううむ、ほほぉー!! こりゃじつに珍しい二つ目野郎だ。皆の者、こやつをすぐに見せ物にして、一儲けしようじゃないか」 チャンチャン。************ ************** 2005年3月3日の「オチ」 われわれ人間が、偉そうにふんぞり返っていられるのも、しょせん相手が自分と同じ人間だからであって、別の生き物が支配する国に迷い込んでしまえば、人間どもの価値観など、まるで通用しなくなってしまう。 まさか、とも思うけど、映画「猿の惑星」が良い例でしょ。 科学的根拠など、まるっきり抜きの、ほとんど戯れ言で許してもらえるのなら、あまりに広大で、まだまだ未知だらけの銀河系宇宙の「どこか」に、地球人以外の生物体が、「まったくいない」と言い張る方が無理があるのでは? ま、それはともかく、あれこれ夢想、妄想すればするほど、まるっきり「荒唐無稽な話」と思えなくなってくるところに、この演目の、あとからゾーッとくる、気色悪い魅力がある。「猿の惑星」が制作されるず~っと前に、すでに落語の世界では、このようなストーリーは「当たり前」だった。 誰が語っていたか忘れたけれど、「もしスピルバーグが落語という文化を知っていれば、軒並みネタをパクられてしまうぞ」……って。 まさしく落語は偉大です。 笑点の大喜利とは、ちと(いやいや大いに)違う(笑)。
2005.03.03
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「――ところ嫌わず」という言葉がある。 くしゃみにあくび、オナラ、いびき、歯ぎしり、寝言、などなど。 そこに糞チビリや寝ゲロも加えていいのか? という疑問は、あるにはある(笑)。 俺ばかりがブログ上で恥をかくんじゃ癪にさわるので、ちょこっと知人のことをやり玉に挙げるけど。 俺が前回書いたような失敗をして、あわやカミサンに三行半を叩きつけられそうになった話を、当時、とある飲み屋で披露していたところ、一歳年上の仕事上の先輩が、ゲラゲラ大笑いした後で、「お前、バカじゃねぇの。居間の絨毯にウンコくっつけるまで気付かないなんてよ。俺もひどく酔っ払うと、時々、寝小便はするけどよ、糞はチビらねぇぞ、糞は」 俺はおおいにたまげて、「ねぇ先輩、寝小便をするんですか?」と問うた。「……たまにな」 「今でも?」 「ああ、今でもな」 「マジで?」 その時の俺の顔は、きっと引きつってたんだろうなぁ。先輩もやや照れ臭そうな顔で、「こんな話、嘘ついてどうするよ?」 「…………」 「な、なんだよ、黙るなよ」 「いや、…………でも」 「お前だってするだろう、寝小便ぐらい」 「しませんよぉー、寝小便なんて!!」 俺は店じゅうに聞こえるような声で叫んだものだった。 某有名な漫才コンビの片割れOは、泥酔したまま寝入ってしまうと、そのまま寝糞をしてしまう「癖」があるらしい。ある時、H関係にあった彼女の部屋に泊まって、それをやらかしてしまい、さすがに「ヤバイ!!」と思いきや、結果的に彼女との関係は、より密接になったというから、男と女の仲はまさに理屈じゃ判断しがたい。 糞チビリも寝小便も寝糞も、すべて「そんなのやるはずない」と明確に主張する男なのに、付き合ってた彼女とのHの最中、いささか酒に酔いすぎた彼女が、彼の上に馬乗りになってアンアンヒーヒー上半身を前後左右に揺すってるうちに、突如、嘔吐してきた、という奇特な経験の持ち主を、俺は知っている。「それもよ、その女ったらイク寸前でさ。俺の顔に思いっきりドバババババ~ッと大量のゲロをぶっかけてきながら、失神しちまいやんの。可哀想なのは俺だよ。こいつが乗っかってるもんだから、重たいし、くせぇーし、俺のは萎えるし……。踏んだり蹴ったりとは、まさにこのことだぜ」 べつに「キタナイ話」自慢をしようっていうんじゃない。 要するに、男も女も「出ちゃったものは、しょうがないでしょ!!」と開き直るしかないってことを言いたかっただけでね。 そして、おそらく俺が思うに――、たぶん、恋愛対象にあるやつの前で、「そういう」ミモフタモナイ光景を相手に見せてしまうような輩は、(俺も含めて)付き合いだした段階で、そやつが(例えば)糞チビリを許してくれるお方かどうか? 本能的に見抜いているフシがある。もちろん無自覚で。あくまで俺の推論だけどね。 もし、初デートの最中に思わず屁をこいてしまったとして、それを彼女に悟られたとして、それまで上機嫌だった彼女が、いきなり激怒して往復ビンタを喰らわしてくる……ような女を、出物腫れ物を抑えられないタイプの男どもは、はなから口説いてない気がするのだ。 つまり確信犯なんだな、俺たちは(笑)。 生まれつきそういう「性格」の女なのか? それとも長年一緒に暮らしていることからくる「習い性」なのか? 定かじゃないが、気がつきゃ「そんなの、どうってことないじゃない?」と言ってくれるような相方を、俺たちは図々しくちゃんと選別しているのだ。 コトが生理的なことであるからなのか、自分がいわゆる「生理的嫌悪感」というやつを、相手の出物腫れ物に抱くか否かは、ほぼ出会い頭の嗅覚で決まるのではないか? 野生の獣が、こいつは敵か味方かを瞬時に峻別するがことく……。 某、夫婦揃って有名俳優(五十代)である、その旦那の方が、何かの雑誌で語っていたっけ。「僕は、べつに恰好つけるわけではないけれど、彼女との数年の交際期間も入れて、結婚生活二十五年の間、一度も妻の前でオナラをしたことがない」 それが恰好つけ、っていうんじゃないか!! と俺は、読んでた雑誌に向かって怒鳴り散らしたけどね。同時に疑問も抱いた。もしそれが事実であるなら、「普段のM・Tは、いったいどこで屁をこいてるのか?」 二枚目で渋声の彼が、オナラが出そうになるたびに、持ち前の迫真の演技(爆)でそれを巧妙に隠蔽し、売れっ子当時は俺も大好きだった「元アイドル」出身の妻に悟られぬよう、自宅の「どこか」で必死に音を消しつつ、プップクプップク……放屁している光景が、俺の頭に焼きついてしまい、しばらく思い出し笑いが消えなかったよ。 相方のY・Mは、出物腫れ物に即「往復ビンタ」タイプの女だったのか? それとも彼だけが、長いこと勝手に「そう」思い込んでいるだけで、じつはとっくの昔にM・Tは、旦那のオナラの音も匂いもご存知なのか? ちょこっと付き合い、どうこうなって、さっさと別れてしまうような間柄の男女ならともかく、こと夫婦となれば、二人揃っての毎日の生活は、それはそれはもう、まったくもって綺麗事では済まされない。 いや、この際だからハッキリ、綺麗事など「ほとんど有り得ない」と断言しよう。 惚れたハレタでくっついた挙げ句、長年、営んでいる夫婦生活の中で、たかだか亭主のオナラ一つ、嗅いだことのない女房というのは、はたして本当に幸せだといえるのか? 俺は糞チビリをみずからブログで公言してしまった手前、今、相当にひねくれているから言うんじゃないが――、たかが屁である。 そんな程度のモノ一つ、恋女房には絶対に気配すら勘づかせない美学(イケスカネェ~)の持ち主が、別の女との「コトの大事」に至って、まんまと「シッポ」を出すはずがないではないか。騙されるなよ~、Mチャン!! たとえば俺が子供の時分、(当時)超大人気だったアイドル歌手の南沙織が「オシッコもウンコもしない!!」と言い張っていた同級生がいた。 世代が違えば、「吉永小百合様ともあろうお方が、よもや屁をこくなどというようなことは……」と、彼女の大ファンらしいタモリがよくTV番組で語っていたりする。 イマドキ、どのTV局の番組を選んで見ても、人前で、平気で屁をこきそうな若手女性タレントばーっか出てるじゃないか。 屁どころじゃない。集団で物流倉庫に押し入り、段ボールごとドリンク類を半年近くも盗み続けていたという、(誰がどう考えても)正真正銘、れっきとした「窃盗団」の一味まで、のうのうとアイドル面していやがる時代だ。 亭主の糞チビリぐらい、何ほどのことがある?(……と言い切ると、ますますミジメな気持ちになっていく(^_^;)) 別に、結納の目録の一つとして「出物腫れ物一覧」が取り交わされることなど、ないはずだが(笑)、でも、それは、ごくごく当たり前の、大人の常識の範囲内というものだろう。 ところがその「常識」というやつは、当然ながら各々違うので、亭主のオナラまではノープロブレンな女房が、糞チビリまでは、まるっきり想定していない――という事態が、まま生じる。 では、許せる範囲が「屁こき」までの女より、「糞チビリ」までの女の方が偉いのか? 馬鹿なのか? 「寝ゲロ」までなら、どうなんだ? 「寝糞」は? ……こうなると、「寝言」や「いびき」など、入り込む余地がないくらいに、ちぃーせぇーちぃーせぇー。 とにかく許せる許せないのボーダー値の増減は、それぞれ夫婦の日常生活において、「そんなモノ」よりもっと「許せない事件」が起きるたびに、どんどん更新されていく。「そんなモノ」なんか、「これ」に比べりゃ、「どうってことないんじゃない?」……と。 くりかえすけれど、夫婦の営みは「綺麗事」じゃない。 仕事の問題、家庭の問題、子供の教育の問題、両親の介護の問題、嫁姑の問題、病気の問題、etc.――。形而上、形而下問わず、じっくり腰を据えて思案せねば解決しない、諸問題ばかりがドドドと押し寄せ、「正直、糞チビリごときにいちいち目くじらをたてているヒマはない」 ズバリ、これが本音。2005年3月2日の喝!!「糞チビリで喧嘩しているうちが華と思うべし!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.03.02
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(註)お食事中の方は、読まない方がよろしいかと思います。 漏らしちゃいました!! それも「大」の方を。 誰かに移された風邪の菌だかウイルスが、腸に棲みついてしまっらしく、おとといの昼間から物凄いピーピーです。 二月の頭にインフルエンザ(B型)もどきにかかり、カミサンおよびカミサンの父親ほか、大学の同期の仲間数人にも移してしまった罰なのか、仕事でタイ&ミャンマーへ行っていた先輩が、現地でもらったらしい「とんでもないパワー」の風邪を、今度は俺が移されてしまったみたい。 わが家のトイレの洋便器の前に立ち、いつものように放尿しようとしたところ、ついでのように後ろの穴からも、ピ~チュルチュルルゥ~と水っぽいやつが垂れてきてしまったんだよね。 ヤバイ!! と思って、あわてて便器に座り、たしかめてみたところ、パンツばかりかズボンにまで茶色い染みが!! 猛烈な臭い!! 仕方なくトイレの中から、下半身丸出しのままカミサンに向かって叫んだ。「おーい、換えのパンツとジャージの下、持ってきてくれ」と。 カミサンは別段驚くでもなく、俺に言われたブツを持ってトイレまでやって来た。「もしかして、やっちゃった?」「……………………うん」「間に合わなかったの?」「……………………つーか、知らぬ間に出てたんだ」「あ、そう。当分、オシッコする時は便器に腰かけてしなさいね」「……………………うん」 こうなると、四十男も幼稚園児も返答に変わりはない。「やっちゃった?」「……………………うん」 カミサンが「別段驚くでも」ないのには理由があって、これが初めてではないからだ。 初めてでないどころか、新婚生活半年目に、すでにカミサンは、これと同様のトンデモナイ光景を俺に見せられている。 慣れっこというより、あきらめの境地だろう。 初めての糞チビリは、夫婦喧嘩の真っ最中だった。 夏の真っ盛りだった。俺は短パンとTシャツ。カミサンもそれに類似したラフな恰好で、お互い、険悪な状態を迎えていた。 原因はもちろん俺にある。詳細は忘れてしまったが、おそらく俺が、どっかのネェチャンに色目をつかい、まだ「そういう行為」には到ってないものの、やや気もそぞろの状態だったのだろう。カミサンは早くも勘づいてしまったのだ。 彼女に問いつめられれば弱いが、俺はまだ「やってない」のだから、その段階で見つかってしまったショックの方がでかく、かなりの逆ギレ状態で、なぜか理不尽にも彼女を猛烈に責めたててしまったのだ。「お前は何もわかってない!!」とかなんとか。 本当にわかってないのは、てめぇの方だろ? と返されればその通り(笑)!! でも彼女は、そういう風には俺を追いつめない。「あなたみたいな変態でキ×ガイな人と暮らしていくには、私自身も変態でないととても務まらないわ」 溜め息混じりにそう言ったのをいいことに(ちっとも良くないんだけど)、俺はそれこそキ×ガイの論理で、「俺は変態でないやつなんか信用しない。人間、皆、変態なんだ。そうでないと言い切ってやがる野郎は、みんな大嘘つきなんだ!!」 いやはや……、昔を思い出しながら、こう書き綴るだけで、恥ずかしさに嫌悪感すら覚えるね(笑)。夫婦喧嘩の最中に、そんな抗弁する男は、俺が女だったら即座に離婚だよ。 彼女もそう思ったらしい。でもあえて黙っていた。 俺は調子こいて、さらに饒舌に変態論(?)を展開し、最高潮に盛り上がった時、ふと、俺の嗅覚にプ~ンとくる「何か」を感じたのだ。 それも、この「何か」は良い匂いじゃない。どころか、トンデモナク嫌な匂い。ハッキリ言えば、ウンチの匂いだ。「おい、何か匂わないか?」「ン? そういえば。これって……?」 まだこの時点で彼女は、俺が糞チビリの「癖」があることを、まるっきりご存じない。「だろ? これって、やっぱ、あれだろ? 大家の、あのバカ犬が上がってきて、玄関先に糞でもして行きやがったかもしれないぞ。ちょっとお前、見て来いや」 偉そうに、この俺は……、浮気疑惑で責められている分際で、自分で見に行ってくりゃイイだけのことを、わざわざカミサンにそう命じた。彼女も、一瞬、「なんで私が?」という顔をしつつ、渋々、玄関のドアを開け、出て行った。 しばらくして戻ってくるなり、「犬のウンチなんて、どこにもないわよ」 「ンなわけねぇだろうが。こんなに部屋に匂いが漂ってるんだ、玄関先じゃなけりゃベランダか?」 さすがに俺も立ち上がり、ベランダをたしかめてみたが、何も異変はない。 あるわけないのだ。当時の俺のウチはマンションの五階だ。一階の大家の犬が、階段を上がって五階まで糞しにくるとは、常識で考えたって有り得ない話だ。 しかし俺は、犬のウンチにこだわった。こだわることで、夫婦の話題がうまく逸れてくれることを期待しての方便だ。 どこからも犬のウンチの「証拠」は見つからなかった。 おかしい。では、この強烈な匂いはどこから来るのか? ――と、次の瞬間、カミサンは見つけた。その時に俺たちが座っていた、ちょうど真横の絨毯の上に、小さな焦げ茶色の塊を。「ねぇ、あれ、なんだろう?」「え? ……なんだぁ? 何か食べ物でもこぼしたか?」 ひょいと手を伸ばし、焦茶色の塊を取ろうとした。すでにそれは乾ききっていて、絨毯の毛足にこびりついてしまっていたが、指で擦るとすぐ取れた。「なぁに、それ? そんな色の食べ物、最近、食べたかしら?」 俺は、指でつまんだ、その焦げ茶色の塊を、何気なく鼻先へ持ってきた。さほど近づけなくても、確実に匂いが俺の嗅覚を襲ってきたのだ。 臭い!! めちゃくちゃ臭い!! 「ほら、やっぱり大家ンちのバカ犬の仕業だ。これ、ウンチの塊が乾いたもんだよ。ちっくしょー、あのバカ犬!! ……よし、今から俺は、大家に文句言ってくる。いくら夏場で玄関のドアが開いてることが多いからって、無断で犬に上がり込まれたんじゃ、ウンチの問題だけじゃなく、不用心だもんな」「それもそうよね。でも……」「でも? なんだ?」「ううん、別に。行って、あなたの気が済むなら、行ってくればいいんじゃない? でも、また引っ越さなくちゃならなくなるほど、大家さんと揉めないでよ」「わかってらい」 俺は絨毯から立ち上がり、玄関へと向かった。内心、これで今日の夫婦喧嘩はなし崩しだぞ、と……。 ところがカミサンは発見してしまった。出て行こうと腰を上げた俺の短パンの、股間の部分が、何やら茶色く汚れているのを。「あ、ねぇ、ちょっと待って!!」「ななな、なんだよ? さささ、さっきの話の続きなら、あとでちゃんとするから、待ってろよ」 かなり被害妄想的に言葉を返すと、「そうじゃないの。そうじゃなくて、あなたのお尻」「お尻? 俺の尻がどうした?」「短パンに何かくっついてるのよ。それ、どうしたの?」「どうしたって? 何がだよ?」 俺は急きょUターンし、カミサンの前で短パンを脱いだ。たしかに股間部分に、親指大の焦茶色の染みがある。すでに乾いている。 焦茶色? ……………………まさか!? あわてて俺はパンツまで脱いだ。 万事休す。パンツの股間部分にも(ズボンよりはっきりと)焦茶色の染みがこびりついている。 やっちゃったな。咄嗟に思った。「どういうことよ?」「いや、どうもこうもないよ。だから、……出ちゃったんだよ」「出ちゃったって、何が?」「見りゃわかるだろうが。糞だよ、糞。今朝からちょっと腹の具合が良くなかったから、屁でもこいた勢いで、つい、ちょこっと出ちゃったんだろ?」 開き直りとコッパズカシサもあって、俺はわざとぞんざいな口調で答えた。 夏場だから、トランクスと短パンの薄い布地を「こし網」にして、柔らかなブツがちょこっと、絨毯にまで押し出されてきたのだろう。 犯人は大家の馬鹿犬ではなく、俺という馬鹿者だった。「あのさ、変態と一緒に暮らすってことは、こういうことにも慣れろって言いたいの?」「いや、それは………………だな」「しばらく外で頭を冷やしてくるわ。でも私……、絨毯の真ん中で、無意識にウンチをしちゃう人とは、金輪際、暮らせないかもしれない。そういう結論になったら、ごめんね」 おい、違うんだ。俺はべつに、糞を漏らしたくて漏らしたんじゃない。勝手に穴から飛び出て来ちゃったんだから、しょうがないじゃないか。 そう言い訳しようと思ったが、あまりに虚しくて、やめた。 世の中に、亭主の糞チビリが原因で離婚まで到る夫婦って、どのくらいの数、いるんだろうか? 俺のところが、もしカミサンの言葉通りの結論で離婚をしていたら、今頃俺はどうなっていただろうか、と思うと、ゾッとする。 仲人をしていただいた俺の仕事上の大先輩に、離婚の理由を説明するときに、「絨毯の真ん中で糞をちびりました」と正直に答えたら、大ウケにウケるだろうか? 叱られるだろうか? どうあれ、幸か不幸か、俺たち夫婦はその時に離婚しなかった。 言葉には出さなかったが、俺はカミサンに胸の内で大感謝した。 ――が、後年、つらつらと思うことがある。 亭主が一度でもシモのことで女房に弱味を握られると、未来永劫、偉そうな理屈を振り回して、カミサンと激しく夫婦喧嘩がしづらくなるなぁ……と。 なぜなら、言葉の応酬の最中に、かならず一つの妄想が、俺の頭をよぎるようになったからだ。 カミサンが胸の内で、俺の、あの時の糞チビリを思い出し、ほくそ笑んでいるのではなかろうか、という妄想が。「コイツったらさぁ……偉そうな説教、私に垂れてるだけじゃ気が済まず、ウンチまで垂れちゃうのよねぇ。こんな馬鹿、世の中のどこを探したって、ほかにいないわよねぇ。あはははははは……あはははははは」 糞チビリの効用とでもいおうか、回を重ねるごとに、確実にカミサンと揉める機会が減っていくのも事実だ。 今回、久し振りに「やっちゃった」もので、またしても当分、俺の方からは喧嘩を売れなくなった。……情けない限り。お粗末。 2005年2月28日の喝!!「一度でも糞をチビったら最後、女房には頭が上がらないと思うべし!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.02.28
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「お前はどうして、わざわざ女性歌手が歌った唄ばかり、歌いたがるんだ?」 ある時、一緒にカラオケに行った友人に言われた。 どうして? 理由なんてない。その時、その時、自分が「今」歌いたい唄をカラオケの歌本から選ぼうとすると、どうしても「女唄」に偏ってしまう。 研ナオコの唄が好きだったことがある。阿木曜子作詞・宇崎竜堂作曲の「愚図」がとくに好きで、それに続くのが、中島みゆきが作詞作曲した「LA-LA-LA」「あばよ」「窓ガラス」の三連発。ちょうど俺が中学一、二年生の頃に流行った唄ばかりだ。 中島みゆきが(当時の)アイドル歌手に楽曲提供したものでは、ほかに桜田淳子の歌った「追いかけて横浜」や「しあわせ芝居」も良かった。 俺は、歌謡曲を聴く場合に、なぜか、前奏や間奏を含んだ全体の、曲調の方に好悪の関心が向かってしまい、正直、詞については「あと回し」みたいなところがあるが、こと中島みゆきが作ったモノに関しては、しっかりと詞も、俺のすでに呆け気味のオツムにインプットされている。さすが、中島みゆき。曲にも詞にも、抜きん出た「力」があるということだろう。 唄は世につれ世は唄につれ、などという古い文句もあるけれど、実際、その通りだと思う。モノ心ついてからこの方、どの時代を振り返ってみても、「その時の俺」を象徴するエピソードとともに、かならずBGMとして、当時流行っていた「あの唄」「この唄」がよみがえってくる。 と同時に、その曲のメロディーが象徴すべき「俺だけの」思い出が映像となって、登場人物はすべて「あの当時のまま」、俺の記憶の中に鮮明にフラッシュバックしてくるのだ。「しあわせ芝居」の一番の歌詞の冒頭の、「泣きながら電話をかければ、馬鹿な奴だとなだめてくれる……」を口ずさめば、今でもしっかりと、当時のクラスメートの、ある「特定の女子」の顔が思い浮かぶ。 あれは英語の授業中だった。それも卒業式を数週間後に控えた――そう、ちょうど今頃の時期だったろう。受験も終わり、卒業後の進路も決まり、授業中といえども、教師も生徒も、どことなく気が緩んでいる……ような「空気」が漂っていた。 俺と二人で学級委員をやっていた、その合方の彼女が、教師の目を盗み、こっそりノートに落書きをしていた。彼女には片想い中の彼氏がいた。俺の隣に座っている、バスケ部のやつだ。卒業までに「どうしても自分の気持ちを告白したい」彼女の胸の内は、そのことだけではち切れんばかりだったようだ。「泣きながら電話をかければ、馬鹿な奴だとなだめてくれる……」 中島みゆきが書いた、そのフレーズに、彼女は「今」の自分を二重写しにしていた……らしい。「恋人がいます 恋人がいます 心のページに綴りたい。恋人がいます 恋人がいます けれど綴れないわけがある」 そこまで書き終えた時だ。教師がふいに、彼女のそのノートを強引に引ったくった。「あーン、先生、やめてぇ!! 返して!!」……が、師範学校出の、質実剛健を絵に描いたような、剣道部顧問の初老の教師は、わざと意地悪そうな口調で「泣きながら……」の部分を読み上げ、一言つぶやいた。「馬鹿もん!! わしは死んでも、貴様みたいなアホンダラのことをなだめてやらんぞ」 しばし後、ドッと教室じゅうが湧いた。彼女だけは泣きじゃくっていた。 その光景を、今でも俺は、つい昨日のことのように思い出す。と同時に、もう、あの刺々しくも甘酸っぱかった「時代」は、二度と戻ってこないことを悟るのだ。 俺が中学を卒業すると同時に、後楽園球場で解散ライブを行ったキャンディーズの唄は、オンタイムよりも「その後」に聴き直してみて、ハマってしまった。とくに「わな」という曲が好きだ。 二十代の半ばだったか、初めて仕事関係者のSさんに、新宿二丁目にある「生粋の」ホモバーに連れて行ってもらったことがある。 Sさんも「生粋の」ホモだった。そのことを、俺以外の誰にも教えていなかったのだが、彼は仕事にピリピリして来ると、無意識にオネエ言葉になるので、みんな、気付かぬふりをしていたものの、とっくの昔に「知っていた」のだ。 俺はSさんによるとノンケ(同性愛の気がないこと)らしいが、俺は過剰な好奇心の延長上で、「そういう世界」を覗き見てみたい欲望が強くつのり、こっそりSさんに頼んだら、(二週間悩んだらしいが)結局は「俺だけ」を、Sさんの本拠地に連れて行ってくれたのだった。 店にはジュークBOXが置いてあった。「何かリクエストしてよ」と髭面で小汚いママ(?)に言われ、俺は迷うことなく「キャンディーズの『わな』が聴きたい」と答えた。 途端に、カウンターに座っていた、俺とSさんを除いた客たちの視線が、一斉に俺に集まった。なななな、なんなんだ? その「意味」をSさんに目線で問いかけたが、ただニヤつくばかり。 曲の間奏の時、こっそりSさんが耳打ちしてきた。「この『わな』って曲はねぇ~、あたしたちが、めちゃ泣けちゃう唄なのよ。大好きなのよ、みんな。二丁目リクエストの、ナンバー1よ。あんたノンケのくせに、どうしてこんな唄が好きなのよぉ~?」……ギュッと脇腹を思いっきりつねられたものだ。 俺がいまだに基本的に「女唄」が好きなことと、二丁目族の皆様が「大好き」なキャンディーズの「わな」を、この俺も「大好き」なこととは、無関係ではない……気もする。いや、話が大いにリンクするはずだ。ってことは、俺も????? 本物のホモ(おかしな言い方だが)のSさんにはっきりと言われた、「あんたはノンケよ」という診断(笑)だけを信じて、俺はこれまで生きてきたが、精神構造の根本のところでは、ブッチャケ俺も、ほとんど「そちらの」人間なのかもしれない。 だからなんなんだ、という気もする。べつにいいじゃん、とも思う。 ふむ。話がおかしな方向にきてしまった。チビ傘は、こんなところでカミングアウトしてやがると、知り合いに思われるのも癪だし困るので、はっきり言っておきますが、俺はノンケだそうです。この期に及んでなお、「だそうです」という自信なさげな言い回し。(ううう、Sさん、あらためてちゃんと診断書を書いて下さいよぉ~!!) 歌謡曲の話に戻ろう。 俺は、東京の最南端の歓楽街である、蒲田に生まれ、(当時の)国電のホームの真ん前(東口)あたりで育ったものだから、幼い頃から、商店街のスピーカーから流れてくる有線のメロディは、次から次へと耳に入ってくるたびに、ごく自然に覚えてしまった。 おまけに、時代はまだまだ大衆キャバレーの全盛期。「ロンドン」に「ハワイ」に「ウタマロ」に「ブルームーン」などという名前のけばけばしい店々に、「バーブ佐竹ショー」や「美川憲一ショー」など、有名な芸能人が営業でやって来るときは、こっそり裏口から覗かせてもらったりもした。 いわゆる大人になるまでに、もちろん俺だって、いろんなジャンルの音楽を聴いてきたけれども、「何が一番好きか?」と問われれば、やっぱり「昭和40~50年の歌謡曲が好きだ」と答えてしまう。 そのことを、大学の同期で音楽プロデューサーをしているやつに、罵倒され続けている。「一番耳が敏感な十代の頃に、まともな洋楽のひとつも聴かないで育つなんて、可哀想なやつだなぁ」と。 本当に俺は「可哀想」だったのだろうか? ビートルズのナンバーとキャンディーズのナンバーを比べてみること自体、あまりに愚かすぎて「お話にならない」そうだが、しかしその楽曲がリスナーに与えた影響――を考えると、これについて、俺の意識が彼の意識より「ダサイ」といわれりゃあ、腹も立つ。 ダサかろうが、どうしょうもなかろうが、今の俺の思考回路の中に、数々の歌謡曲からもたらされる有象無象のイメージが、すでに抜きがたいモノとして入り込んでいるのは事実なのだ。これは誰に否定されることもないはずだ。 ま、そのあたりの話は、また日をあらためて書いてみようと思います。いや、正直、自分でもよぉわからんのです。なぜ俺が、歌謡曲にこれほど執着するのか? それもイマドキ、若い連中にとっては、すでにもう歌謡曲なんて言葉自体が「有り得ないジャンル」で、あるとすれば演歌だといわれてしまう状況下で――。 でも、なぁ。大橋純子の「たそがれマイラブ」まで「えー、あれって演歌じゃないんですか?」と当然のように聞き返してこられると(実話。二十歳の女の子に)、お前、全然わかってないじゃん、などと反論することすら馬鹿馬鹿しくなってしまう。 ううむ……………………。 ところでね、「女唄」ばかりを好んで歌っている俺が、ひさびさに「男唄」にハマっている。 「荒鷲のうた」。俳優でもある石橋凌さん率いるARBの新曲(なのかな?)、かつ、新球団「楽天ゴールデンイーグルス」の応援歌だ。 こりゃ良い。まずもって前奏が恰好イイ。ビートの効いた軽快なサウンドに思わず拳を握りしめ、「GO GO GO GOES ON!! 」と大声で歌っている俺がいる。 ここ、大事なところだよ。「口ずさんで」ではなく「大声で」ネ(笑)。 俺は今、ノンケだかどうだか「はっきりしろ」と、皆さんに責められているような男だけど(そうだったの?)、幼い頃から野球は大好きなのだ。 まだ大洋ホエールズ(横浜ベイスターズの前身)が川崎球場を本拠地にしている頃、多摩川を隔てた隣町に住んでいた俺は、ちょくちょく試合を見に行った。 俺自身、超下手くそだけれど、少年草野球のチームに入っていた。超下手なくせに、プロ野球選手に憧れ、自分も「弱っちぃー大洋だったら入れるかも」と真剣に思い、野球部のやつに相談したところ、普段はぼーっとしてることしか能がないそいつが、マジに烈火の如く怒ったのを思い出す。「おい、○○!! プロ野球をナメんなよ!! 大洋をナメんなよ!!」 俺は「ゴールデンイーグルス」を少しもナメてない。新参の寄せ集めチームだと世間が揶揄しようとも、俺はナメてない。 巨人も中日もロッテも、そしてイーグルスも、プロなのだ。プロとは、お客様の期待にこたえる「何か」をしてくれる人たちのことだ。俺はイーグルスを応援し、期待もする。「荒鷲のうた」を応援歌に持った、楽天ゴールデンイーグルスというプロ野球チームを応援する!!「真剣を研ぐ もののふのように 一瞬のその時に賭ける 光り輝く 刃に映る 未知なる自分を誓い合う」 くそぉー、石橋凌ぉー、悔しいくらいにイイ詞を書いてくれちゃったじゃないの。こりゃあもう、「泣きながら電話をかければ~」などと歌ってる場合じゃない。 中島みゆき VS 石橋凌!! 俺の中で、「女唄」と「男唄」の一騎打ちだ。 当然、今の俺の気持ちからすると「男唄」の勝ち。 いろいろ嫌なこともあって、正直、女性の愚痴はこりごり……な心境なので(笑)、今現在は、圧倒的ながぶり寄りパワーで「荒鷲のうた」の勝ち!! それにしても、こんな単純明快、幼い子供からお年寄りまで、大声でがなり立てることができる「男唄」は、久しく現れ出なかった気がする。 みんなで肩を組み、みんなで拳を振り上げて大声で、「GO GO GOES ON!!」 こりゃ完璧な応援歌だな。 イーグルスの応援はもちろん、俺たち私たちの人生の応援歌だ。「GO GO GO GOES ON!!」 ふと思ってみる。はたして「しあわせ芝居」を口ずさんでいる俺と「荒鷲のうた」を大声でがなり立てている俺――、どちらがより「俺らしい」のか? その答えは、またの機会に。 2005年2月25日の喝!!「「女唄」でも「男唄」でも、オノレの魂を焦がす唄を歌うべし!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.02.25
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昨日の「檀流クッキング」に続いて、「料理本」シリーズ第二弾。 ビミライサンと読むらしい。 自分で書いておいて「らしい」というのもナンだけど、こういう偉そうなタイトルの本があるのだ。作者はブリア・サヴァランというフランス人。 日本全国、たいていの洋菓子屋で売っているサバランってケーキね。かなり甘いもんだから、うっかり子供が誤って食べると、たちまち酔っ払っちゃう……。生地にラム酒がたっぷり仕込んである「あれ」は、この作者の名前を取ったものだ。 生理学者で哲学者で政治家で食通で、パリの社交界のボス。めちゃめちゃ博識があって、あらゆる学問に通じていながら、食をこよなく愛し、研究し、文化として正しく広めた第一人者……と言うんだけどさ。 俺はもちろん、こいつに会ったことも話したこともないが(19世紀の人物なのだから、当たり前)、こちとら江戸っ子でぇ~い。想像だけでモノをいうのは愚かなことだとわかっちゃいるが、いかにもイケスカネェ~、気障ったらしい野郎なんだろうねぇ~(笑)。 でも、この「美味礼賛」、今現在もなお、フランス料理を修業する人間はもとより、世界各国あらゆる料理人たちにとって、一度はひととおり全編に目を通さなければならない、「儀式的」存在の書物であるらしい。 俺は、ちょうど「檀流クッキング」にハマりつつある頃、「美味礼賛」もちょいと触れてみた。壇さんには「ハマり」、サバランさんには「触れる」というところがミソだ。 もともと、読みたくて読んだ本じゃない。 作家の曾野綾子氏がお書きになった、「太郎物語」という素晴らしい青春小説があって――。俺が高校二年生の頃だったかな、それを原作にしたドラマが、NHKの「銀河テレビ小説」の枠で放送されたんだよ。ちなみに母親役は岸田今日子さん、主人公の「太郎」を広岡俊さん(彼、どうしてるのだろう? 好きな俳優だったのに)が演じていたっけ。「太郎」は、じつにコマッシャクレタ高校生なのだが(モデルは曾野さんの御子息)、考古学者か民俗学者を目指していて、幼い頃から「食作りは男の領分」とばかりに、めちゃくちゃ料理の腕を上げていく。 ちょうど俺自身、高校卒業以降の進路について悩んでいた時期でもあり、このドラマの内容と自分の「今」とを、笑っちゃうほどリンクさせて観てたんですよ。同時に原作も手に入れて、おなじくリンクさせて……。 その、原作だかドラマの中だけか、に、サバランさんの書いた「美味礼賛」のことが、時折ネタとして使われていたんだ。 とにかく当時の俺は、「太郎」がやることを、一通り真似してみようと思うくらい、この作品に心酔してたので、彼がオーストリアの詩人リルケの書いた「マルケの手記」に感銘を受けたといえば、それを読み、彼が名古屋にある某私大の文学部(実在!!)を受けると知ると、俺も「行ってみるかな」と担任教師に相談したほどだった。 その勢いで、サバランの「美味礼賛」にも「触れて」みたわけね。どんなことが書いてあるかというと、要は、彼の「食」へのこだわりが生んだ、「モノを喰うとはこうあるべきだ」的な、あらゆるウンチク&格言がてんこ盛り。 いきなり巻頭の言葉が、「食べているものを私に言ってみなさい。君がどんな人かを言ってあげよう」だ。 ふん。悪かったね。どうせ、あたしゃ、「下品なまでにドミグラソースがべっっちょりかかったハンバーグが好き」(過去ログ参照)……な、ような人間ですよ。 まだ中身をろくすっぽ読んでもいないうちから、こんなに嫌な気分にさせられてまで、あたしゃ、食文化に精通しなくてもいい!! いや、そんな思いまでして、食通にならなくなっていい!! ……そう思ってしまったんですよ。マジで。 俺みたいな生来のぐーたらには、昨日書いたように、檀さんの「エエ加減」が一番フィットする。つーか、「檀流クッキング」の解説で、故・荻昌弘さんも啖呵を切ってくれている通り、「食」を語るふりして「文明批評」をホザく「偽牧師」連中の説教――は、俺もだいっ嫌いだからね。 ましてや「美味礼賛」に出てくる出てくる……説教は、「偽」でなく「モノホン」だから、余計に始末に悪い(笑)。どこぞの低俗評論家とは、格もレベルも違うのだ。俺が相手にしちゃいけないオッサンだったのだ。 でもね、気障なオッサン、いいことも一杯言ってるんだ。「新しい料理の発見は、人類の幸福の為には星の発見よりも効果がある」「消化不良になったり酔っ払ったりする者たちは、飲み方も食べ方も知らないのだ」「ワインを替えてはいけないと主張するのは邪説である。舌が飽きてしまい、三杯目からは至上のワインも鈍い感動しか呼び起こさなくなる」「一家の主婦は常に卓越したコーヒーを、そして主人は一級品のリキュールを確保しておかなければならない」 ヤバイ!! 久し振りに中身に「触れて」みて、その通り、その通り、と頷いている俺がいるぞ(笑)。 とくに次のフレーズは、まったくもって「その通り!!」と手を叩いてしまいたくなる。「遅刻をした賓客を待ち過ぎることは、すでに揃っている者たちに対しての敬意が欠けている」「友人たちを迎え入れても、用意しておいた食事に、自ら全く気を配らないほどの者は友人を持つに値しない人間である」「誰かを招待するということは、同じ屋根の下に居る間じゅう、その人の幸福を引き受けるということである」 いいじゃん、いいじゃん、サバランちゃんよ。あんた、ただのペダンチックな爺じゃないねぇ?(誰もそんなこと言ってないって) 高校生だった俺は、ただのイケスカネェ食通フランス人じゃねぇかと、たかをくくっていたが、なんのこたぁない。俺の思考回路がネンネだっただけだ。 この歳になると、早速どこかで使ってみたくなるような、含蓄あるお言葉のオンパレードじゃないか。「あのさ、ワインというものはねぇ、キミぃ~」とかなんとか。 ううむ、よそうよそう。これじゃあ、俺の方がよっぽどイケスカネェ糞野郎だ。……反省。 お詫びついでに、昨日「字数オーバー」で書けなかった話を、最後に。「ところで、旨いモノを喰ってりゃ幸せな俺が、近頃、『死ぬまでに、あとどのくらい旨いモノが喰えるのだろうか?』と思うようになったのだが……」の続きですね。 なぜ俺がそういうことを思うようになったこというと、まず一つは、(繰り返しになりますが)例のスマトラ沖の大地震の余波で、大学の同期の仲間が一人、スリランカにて大津波に巻き込まれ、急逝したこと。これが一番でかいかな。 ホントいうと、数年前に初恋の女性(中学校時代の同級生)に乳癌で先立たれた際、ちょこっと「そう」思った。二年前に、放蕩無頼、「世捨て人」同然だった親父にのたれ死にされ、やや本気で「そう」思った。そして今回、大学同期の仲間の死で、完全に「そう」思ってしまった。――こりゃ、ヒトゴトじゃないぞ、と。 今の時代、次の瞬間、何が起きるかなんて、誰にもわからない。 どんなに健康に気を配っていたとしても、事故や天災は防ぎようがない。 となると、今晩、最高に美味な「何か」を胃袋に納めたら最後、二度と何も食べられなくなることだって、考えておかなくちゃいけないわけだ。俺にとっての、最後の晩餐だ。 ちょうどそんな心持ちでいる俺に、さらに追い打ちをかけたのが、今現在、産経新聞で連載されている、秋元康さんの小説「象の背中」だ。 主人公の「俺」は四十後半。俺より五つぐらい年上ってことになるかな。働き盛りの彼は、たまたま受けた健康診断で、癌を宣告される。それも末期癌。余命半年……。 とてつもない衝撃と動揺の中で、さんざん悩み抜いた「俺」が取った行動は、入院もしない。抗ガン剤も打たない。ただ二週間に一度はかならず検診を受け、痛み止めだけ処方してもらう。自分の息子以外、カミサンと娘には決して「言わない」。 残りの人生を、「今一番会いたい人間に会いに行く」ことでまっとうしようと決意する。初恋の女、昔の同級生、などなど、その昔、言葉を交わし損なったために、想いが遂げられなかったり、訣別したり……の人間たちに、自分から会いに行き、「癌でもうじき死ぬのだ」と告げる。 そして当時、言えなかった言葉(初恋の女に「キミが好きだった」とか)を告げる。見ようによっては、自分勝手でけったいな行動だが、これが彼の「遺書」なのだ。命の刻限が迫っている人間には、逡巡している余裕などない。 ま、そんなような作品だが、ちょくちょく出てくるのが、モノを食べる描写だ。たとえば(女房ではなく)愛人と、予約が非常に難しい都内の和食屋で待ち合わせをする。カウンターに座り、ふたり並んで蟹を喰う。それも、普通はなかなか食べられない「とびっきりの」蟹だ。 ふと「俺」は思う。「俺は死ぬまであと何回、こうして、旨いモノを旨いと感じられるのだろうか?」 痛い。かなり痛い。ヒトゴトじゃない気分の俺だから、猛烈に痛い。 あと四十年生きるとして、一日3食×365日×40年=43800回、飯を喰うことになる。二十年なら半分の21900回。十年なら10950回。五年じゃ5475回。一年じゃ1095回だ。「3食」が基準だから、当然ながら、毎日2食ならグ~ンと減る。 俺は「死ぬまであと何回」と書いたが、人間、「旨いモノを旨い」と感じられなくなってもなお、ただただ生き長らえることの方が、実際には多いのだ。医療の進歩とはそういうことだ。 ま、今の時代、幼稚園児からしてすでに、味覚音痴が急増中だというし、はたしてどれだけの日本人が、普段から「旨いモノを旨い」と言って飯を喰っているのか、見当もつかない。 俺は、股間にぶら下がってるナニの感覚は、この歳でもう、半分以上はNGだが(笑)、幸いといっちゃなんだけど、舌の感覚はまだまだ「現役」だ。日々、ミネラルを豊富に取るよう心がけてもいるので、同世代ではけっこう敏感な部類に入ると思う。 旨いモノを喰って、何も舌が感じなくなってしまったら、いくら命だけ長らえようとも、そんな人生、地獄だよ。そうならないようにするためには、この歳の俺は、いったい何に留意して毎日の生活を営めばいいのか? 情けないけれど、俺にはまったくわからない。 きっとある日突然、昨日まで旨かったモノを「まずい」と感じる日が、この俺にも来るのだろう。ツラいねぇ、歳を取るということは……。 味覚が感じられなくなって以降は、何を喰ったって一緒だ。 明日の夕飯だろうが、最後の晩餐だろうが、「旨い」と思えればこそ、「何を喰おう?」という欲にもつながる。 つまり健康でいられるか否かで、最後の晩餐のメニューも変わるのだ。これは大変だ。不摂生で下っ腹を突き出しつつ、エヘラエヘラ笑ってる場合じゃない!! ただ…………、一つだけ、俺の体調がどうあれ、味覚がどうあれ、「この食事が最後だ」と明確にわかった時に、この歳からもうはっきりと決めていることがある。 それは、一人で飯を喰いたくないということだ。誰でもいい、最後の晩餐のパートナーが欲しいということだ。 どんな旨いモノを喰っても、一人じゃ味気ない。人間、ただ目の前に出された食事を平らげながら、じつは目の前にいる誰かさんとの「会話」も腹におさめているのだ。 いや、むしろ、最後の晩餐で「何を喰う?」よりも、「誰と喰う?」ことの方が、とんでもなく大切なんじゃなかろうか? 今、俺の頭の中には、瞬時に数人の顔が浮かんだ。その中の一人は、恥ずかしながらカミサンであることを、この場を借りて告白しておきたい。(……ま、とりあえず(笑)) 2005年2月24日の喝!!「食へのこだわりやウンチクを語る前に、まず自分が健康であるべし!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.02.24
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檀流――、檀さん。檀一雄。緒方兼主演で映画にもなった、小説「火宅の人」の作者であり、女優の檀ふみさんのお父上。 太宰治や坂口安吾と時代を共にした無頼派作家の一人、と書くと、またコムズカシイ話を、と思われるかもしれないが、なぁに檀さん、小説家としての評価はこっちへ置いておいて、女好き、食べ物好き、料理好き、旅好き、etc.……じつに人間的で魅力ある、おもろい不良オッチャンなのだ。 料理好きと書いたが、そのこだわりがハンパじゃない。いまだに文壇で、檀さん以上に男が「飯を作る」、いわゆる男厨(「男子、厨房に入る」の略)に燃えた作家はいないだろう。「この地上で、私は買い出しほど好きな仕事はない」 買い出しとは、もちろん「食材」の買い出し。こう言い切ってはばからない檀さんに、俺は十代の後半、かなりハマってしまった。 俺自身、食材の買い出しは幼い頃から、もっぱら俺の「仕事」だったからだ。もっとも俺の場合、こだわって買い出しに行ってたわけじゃあない。 親父がぐーたらの呑ンベエの放浪癖で、ウチに一銭も金を入れず、借金の請求書だけウチへ送りつけてくるもんだから、家計は年がら年中、火の車。外で働くオフクロの姿が、俺と妹にとって「当たり前」だったので、必然的に兄貴の俺が、家事全般を受け持つことになる。 つまり俺の料理はあくまで、生活上、いたしかたなくやらされた「煮炊き」であり、檀さんの「作品」とは違う。 が、買い出しに関しての言葉は、まったくもって同感。 いや、檀さんに「そう」言ってもらったおかげで、なんらオテントウ様に羞じることなく、大の男が白昼堂々、食材を抱えて街を闊歩できるようになったのだ。 今でも、カミサンと一緒にデパートに出かけると、俺の足はおのずと地下の食料品売り場に向かう。一日いたって飽きやしない。 片っ端から食材を見て歩き、時折、試食オバチャンに勧められると、二つは断り、一つは口にする。ホントは全部、試してみたいところだが、買い出しはともかく、どう考えても試食は、イイ歳した男が嬉々として受け入れて良い「文化」だと思えないので、三つに一つだけ、と決めている。 どうせなら全部、拒めばいいのだが……、つい、手が出てしまう。みっともない。俺が、死ぬまで檀さんにはなれない理由の一つでもある。 近頃、郊外に次々とオープンしている超大型スーパーなどは、俺のストレス発散にはもってこいだ。 カミサンにとって、食材選びは、毎日「しなければならないこと」であり、正直「したい」ことではない。 俺の方は、普段は家では料理を作らないので(正確にいうと、俺よりカミサンの料理の腕の方が、数段上なので、『作らせてもらえない』のだ)、勝手なもんだ。予算も手間ヒマもな~んも関係なしに、今朝入荷されたばかりのレタスの新種だの、泥付き人参だの、果物各種だの、くまなく見て回る。 鮮魚コーナーのオッサンには、日頃から声をかけ、いろいろ質問をしつつ、出来るだけ仲良くしておくに限る。テキも人間だ、鰺と鯖の区別もつかない馬鹿奥さんを相手にするよりも、「ワカサギをマリネにしたいんだけど、手頃なの、今日は入ってきてる?」などと問いかけられた方が、ヤル気が出るというもんだ。 カミサンは俺と結婚するまで、スーパでも魚屋でも八百屋でも、店頭に並んでいる商品を、ただ黙って買ってくるもんだと思い込んでいたらしい。 俺と一緒に買い出しに行くと、やたら店員に話しかけるので、最初はすごく恥ずかしがっていたが、そういうコミュニケーションで買い物をすると、時折、(店頭に並べてない)掘り出し物に出くわす喜びを知ってからというもの、不慣れながらも「スイマセン」と声をかけるようになった。 そう、どんな状況下においても、人間は対話を欠かしちゃいけません。黙ってる限り、相手は俺のことを知らない。俺も相手を知らない。知らない中でモノを買う行為の方が、よっぽど恐ろしいのです。 そのことも、今思うと、檀さんの著作の中で自然と学んだ気がする。やはり読書は偉大だ。自分を知るうえでも、出来るだけ数多く、他人の書いた文章の中で「泳いでみる」こと……。 たしか今から二十五年前、たった320円で買った檀さんの著作(文庫本)が、大げさにいえば俺のその後の生き方を変えるくらい、どでかい影響を与える「こともある」のだから、活字を読むことが、いかに人間形成において大事であるか? これはあくまで余談だけど、よく知り合いから「私の(俺の)ウチの子供がちっとも本を読まないの。どうすればいい?」と相談を受けるけれど、どうするもなにも、親のあんたらがまともな小説一つ読んでないのに、「子供が読むはずないでしょ?」と言ってやることにしている。 親は子供の手本です。三つ子の魂なんとやら。子供はよく見てるよ、親の言動を。大人になってまで、あれもダメ、これも食べられない、と偏食癖が直らない親の子供は、決まって偏食だよ。「私は食べられないけど、体にいいんだから、あんたは食べなさい」などという言い方は、子供の側からすりゃあ、迷惑千万な話で、自分の親ですら口に出来ないモノを、「どうして私が食べなきゃいけないの?」――と、普通はそう思うわなぁ。 読書も一緒。自分はシチメンドウクサイから、子供にだけ強いるのは、一種のDVです。 さてここでようやく、今日のタイトル「檀流クッキング」について。 そういうタイトルの本があったんですよ。 あったどころじゃない。初版から幾度も版を重ね、この本と「火宅の人」の印税の合計だけで、檀一雄は溜まりに溜まった借金をすべて払っただの、いや借金を一発でドカンと返したいがために、「あえて」これを書いただの、文壇ゴシップネタにされたくらい、ロングセラーになった。 そして今でも、(当時の原本は絶版だが、数年前に改訂版が出たようなので)男厨派の連中の、隠れた(全然隠れてないが)バイブルにもなっている……らしい。 これは、檀さんが某新聞紙上に連載していた、「料理の作り方」に関するにエッセイ&レシピをまとめたもので、いやはや全編、檀さんが「これはどうしても、この手で作っておきたい」とこだわった料理ばかりが、92種類も載っている。 なにしろ、なまじ筆が立つもんだから、一行一行から食材の色かたち、料理を作る過程の仕種、音、匂い、などなど、すべてが、あまりにリアルに読み手の脳裏に浮かび上がってくる。 バーチャルというのは、このことなんだろうなぁ。まだ作っても食べてもいないのに、ワンテーマ読み終えた途端に、すっかり満腹になる。 満腹になりながら、胃袋がグググとなる。これが檀流マジック!! 自分でも作らずにはいられなくなる。今すぐにも食材を求めて、街のあちらこちらへ走らずにはいられなくなる。 中でも俺が過去、何度もチャレンジしたのが、「カレーライス(西洋式)」というやつだ。 檀流クッキングがヒットした理由の一つは、レシピは載っていることは載っているが、基本的に、作りたい、食べたいという意志さえあれば、いささか手順が狂おうが、煮炊きの時間計算を間違おうが「どうということはない」という、いかにも豪放磊落、無頼を気取った作家らしい、このエエ加減な教えにあると思っている。 エエ加減、良い加減、……よく考えると、これが一番難しい。「そのコハダの内と外に、充分塩をして三、四時間ほったらかす。三、四時間目に、今度は酢で表面の塩を洗いおとし、新しい酢の中に三十分ばかり、コハダをつける。塩でしめる三、四時間が五、六時間になったって、酢でしめる三十分が一時間になったって、ビクビクすることはない。ただ、それ以上時間を短くすると、くさりやすいだけだ」(「コハダずし」の項から抜粋) そう、ビクビクするこたぁ、ないんだ。男の料理だもん。 で、檀流「カレーライス(西洋式)」――、これを書くにあたって、久し振りに本棚から引っ張り出してページを繰ってみたけれど、「カレーライス(西洋式)」のところだけが染みだからけだ。濃い染み、薄い染み、一部、字の読めなくなってしまった箇所もある。俺の悪戦苦闘ぶりが窺えるというもんだ。うう、懐かしい!! 西洋式とはいったい? 檀さんの文章によると、こうなる。「西洋人が、インドのカレー料理を、インド式につくるより、西洋式につくった方が、簡単でもあり、手馴れてもおり、口にも合うと、そう思って西洋式に、つくり変えてしまったのが、西洋式カレー料理で、私達が日頃食べ馴れているカレーライスは、その西洋式の流れを汲むものだろう。」 もっと具体的にいうと、「インドでは、ルーをつくって、カレー汁にとろみをつけることはしない。ギーという乳製品とか、植物油とか、椰子の実の汁とかを、たんねんにいためて、とろみをつけるのだが、西洋式だと、メリケン粉で、ルーをつくって、カレー汁のとろみをつけるわけである。」……だそうだ。 大量のタマネギ(大玉で5個程度)を薄くスライスしたものを、フライパンで、とにかく「丁寧に炒める」のがこの料理のポイントだというので、俺も、涙をだらだら流しながらタマネギを薄切りにし、弱火でじっくりトロトロ炒めたものだ。 檀さんの記述に、「テレビでも見ながら、時折まぜてやるだけで、一時間あまりいためる方がよいだろう。」とあるので、火をつけたまま、イイ気になってTV番組にうつつを抜かしていたら、タマネギをこがしてしまったことが二度ある。良い加減は難しい。 書いているうちに、無性に作りたくなってきた。もうかれこれ、十年は作ってない。 一度、カミサンの気を惹こうとして、作ってやったことがあるが、その時のタマネギもこがしてしまったので、俺の手作りカレーの味は、彼女の中ではずっと「たいして美味しくない」ままなのだ。 悔しい。リベンジ出来ぬままの十年だ。 よし、イッチョウ、週末にでも作ってやるかな。「檀流」に学ぶべきことは多々あるが、文庫本の解説に、映画評論家として著名で、かつ「食文化」にも相当精通されていた、故・荻昌弘氏は、こう書いてらっしゃる。「(壇流クッキングを通して)自分が最も学んだ点は何だ、ときかれたら、私は自省をこめて答えないわけにゆかない。『それは、檀氏がここで、〈文明批評〉をホザいてないことだ』、と。(中略)怠惰な無気力と無精の極におちいった消費市民の群れ。それへの憤懣と歯がゆさをいっぱいにたぎらせながら(そうでなくて、誰が、こんな本を書くか)、しかもそれをすべて文章の心底にこらえ、抑えて、『氏がここで偽牧師の説教はしなかったことだ』、と」 ううむ、正直、耳が痛い。 と同時に、俺の頭の中で瞬時に浮かんだ、あいつに、こいつ……マスメディアに出まくってやがる、俺の大嫌いな「料理を語る」偽牧師め、反論できるもんならしてみろ!! ザマーミロ!! ところで、旨いモノを喰ってりゃ幸せな俺が、近頃、「死ぬまでに、あとどのくらい旨いモノが喰えるのだろうか?」と思うようになったのだが、そのことに触れようとしたら、ここで「字数オーバー」だそうです。……お粗末。 2005年2月23日の喝!!「食材の買い出しは、男子一生の仕事だと思い、女房任せにするな!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.02.23
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おとといからず~っと、同じことについて想いを巡らせているのだが、昨日の日記に書いただけで「おしまい」とはならなくなってきた。 いや、自分の恥をさらけ出すようなことを書いてしまったのをきっかけに、別の、あんな話、こんな話……、「食」がらみのネタが、俺の意識の中にドドドとなだれ込んできたのだ。 目玉焼きに醤油をかける「癖」が抜けずに、ソース派の女房に捨てられてしまった哀れな知人もいれば、食の好悪の趣味だけは、あまりにぴったり合い過ぎて嬉しい限りなのに、それ以外の「相性」が、これまたあまりに合わな過ぎて、結局、それ以上の仲にならない(なれない?)男女の話もある。 ある地域のお偉方が、別の地域のお偉方を招いての一大セレモニーの席上、「世紀のご馳走」のつもりで振る舞った料理に、ケチをつけられたことに端を発する戦争もある。 たかが食事ではあるが、されど食事。人間の胃袋のご機嫌を、甘くみていると痛い目にあうものだ。 長年連れ添った最愛のご主人に先立たれた奥さんが、もうかれこれ十数年間、ご主人の命日のたびに、本人の大好物だった「蛸ちゃんウインナー」を炒めるという。よく子供のお弁当のおかずとして母親がこしらえる、赤いウインナーに切れ目を入れて蛸の足に見立てた……あれだ。 なぜ大の男が、蛸ちゃんウインナー炒めを好んだのか? そんなことを詮索しても意味はない。 本人が「好きだった」のだから、しょうがない。 奥さんは、それをフライパンで炒めながら、亡きご主人を偲ぶ。「もっとほかに美味しいモノを、主人と二人、いっぱい食べてきたはずなのに、亡くなる前にぽつりと、『お前の作るあの料理は最高だったな』って。『あれ、また食べたいな』って……。『あんなものでよろしければ、すぐに作ってきますよ』私はそう言って笑いました。それっきり。それが主人との最後の会話でした」 それが蛸ちゃんウインナー炒め。 なんか、いい話だなぁ。フォアグラでもキャビアでもなく、どこのスーパーでも売っている、真っ赤な着色料を使った安価なウインナー。それも、蛸ちゃん。 目玉焼きの「醤油」で亭主を捨てやがった女に、聞かせてやりたいぐらい、いい話だ。だいたい、なんでおめぇら夫婦は、目玉焼きの味付けのチョイスが醤油とソースだけなのだ? 塩とコショーという、シンプルかつ上品な選択肢はないのか? 亭主の方が昔からのダチだから、悪く言いたかないが、所詮「その程度の」夫婦だ。目玉焼きで別れなくたって、先行きはおのずと知れている。 ま、かように「食」にまつわる話題は多い。 考えてみれば、俺たちは生まれてこの方、たいがい一日三食を一年三百六十五日カケル年齢分、胃袋におさめてきた。むろん病的な拒食症、過食症は除いてのことだけど。 これだけ喰ってきて、よく飽きないもんだとたまげてしまうが、まったく飽きない。 むしろこの歳になってみて、あれを食べたい、これを食べたい、という、きわめてガキっぽい衝動が昔より募ってきたように思うのだが、これは老化現象と何か関係があるのだろうか? 生活パターンの急速な変化で、一日二食でOKという人もかなりの数、見受けられるが、よほど個人的な理由(武術修練のためとか、宗教的または治療目的のための断食だとか)でもない限り、一日一食でコト足れりという人はいないはずだ。 かならず数時間おきにおなかが空く。いくら本人がその欲望を無視しようとしても、胃袋の方からグググ~ッとシグナルを発してくる。 どうせ、おなかが空くのならば、旨いモノを喰いたいと思う、……のが人情だ。 でも、世の中には、この、しごく当たり前の欲望に異議を唱える輩がいる。「食べ物なんて、腹が一杯になりさえすりゃあ、何だっていいんだよ」と豪語している、無粋きわまりない御仁だ。 寺田農さんは、鞄の中に折りたたみ傘を突っ込んでる男とは「酒も飲みたくない」らしい(「過去日記」参照)が、俺は、上のような野郎とは「酒も飲みたくない」し「仕事も一緒にしたくない」 食べ方のマナーは「まるでなってない」俺ではあるが、一食一食、「どんなモノが自分の口に入るか?」には、かなりうるさいタチだ。 大学の同期の仲間が運転する車で、都内を移動中、「何を喰おうか?」という話になって、なぜかその日、俺は無性にハンバーグが喰いたかったので、そう答えた。 それも、つばめグリルの「あれ」ではなく、もっとドミグラソースが下品なほどたっぷりかかった、いかにも「子供が喜びそうな」ハンバーグが無性に喰いたかった。 なんのことはない。前の日の深夜、何かのTV番組の中で、お笑い芸人の一人が、「そういう」ハンバーグを食べさせる店を紹介していたのだ。観た途端、食べたくなった。 食べたくなったら最後、俺は数日内に、なんとか「それ」を喰おうと努力する。そう決めている。 ふと運転中の彼が、「あそこ行くか?」と言いだした。大学時代によく食べに行った、キャンパスのそばの、某洋食屋。「あそこなら、絶対にあるよ、そのハンバーグ」「うん、行こう!! あそこに行こう!!」 車はちょうど、「その」方向に向かって走っていた。「この通りをまっすぐに行けば、大学のそばに出るから、ちょうどいいんじゃない? ラッキーだね」 俺の口の中は、(汚い話だが)すでに期待の唾に満ちていた。 食べられる。あのハンバーグが食べられる。食べられる食べられる食べられる……。 道中、彼と仕事の話をしていたはずが、ここから先は上の空。 ジューシーな肉汁、濃厚なドミグラソース。添え物は、この際、なんだっていい。ポテトフライがついてなくたっていい。人参の代わりにモヤシ炒めでも文句言わない。 ただただハンバーグ!! ハンバーグが早く喰いたい!! すっかり舞い上がってしまった俺は、彼に、車のナビゲーションを頼まれていたことを忘れていた。つまり、今走っている大通りの、どの曲がり角から大学方向に入るのか、運転者に伝える義務を、俺は怠ってしまった。 車は、軽快に大学のそば――を通り抜け、ひたすらまっすぐ突き進む。俺は気が付かない。上の空で、まったく気が付かない。 あるところで彼が、「あー、やっぱり見過ごしちゃったな。いまのところ……。あの通りを左に入らないと、大学にはぶち当たらないんだった。しばらくこの道走ってないから、忘れちゃったよ」 ふうん。あ、そう。 俺はまだこの時点で、コトの重大さに気付いていない。彼はごく当たり前にUターンし、洋食屋に向かってくれるだろうと、思い込んでいた。 が、よく考えれば、彼の、この日の胃袋のご機嫌からすれば、べつに、わざわざ俺に付き合ってハンバーグを喰わなくたって良いわけだ。別のモノでも十分に、満足出来る。いや本当は、むしろ別のモノを「食べたい」と思っていたかもしれない。 つまりハンバーグにこだわっているのは、俺だけなのだ。 車はさらにしばらく進む。「悪い。ここ片側三車線だし、渋滞もひどくなってきたし、もう引き返せないや。ごめん」 え? あ? う? つーことは、「もう、あそこの洋食屋には、辿り着けないってこと?」 そりゃないよぉ~~!!!!!! 自分のナビの不備を棚に上げ、俺は叫んでいた。胸の内だけで……。大声を出して叫ぶことは、さすがにギリギリの理性が「みっともない」との判断だ。 が、彼も、俺とは長年の付き合いだ。俺の、その、憤懣やるかたない口の歪め方を横目にとらえ、「こりゃ大変だ」と思ったようだ。「わかったよ。戻ってやるよ。お前が口を猛烈にヘの字に曲げると、そのあと、決まってロクでもないことが起きるからな」 彼は憮然として、舌打ちを一つ。 面倒臭そうに、でもなんとかUターンを試みてくれた。 およそ十分後、無事、車は洋食屋のそばに到着した。「ほら着いたぞ。ホント、しゃーねぇなぁ。イイ歳して車の免許ひとつ持ってないやつにかかると、俺の運転は、ドラエモンの『どこでもドア』と一緒だもんなぁ。まったく、勝手なもんだ」 彼の顔にようやく苦笑いが浮かんだ。 いまこうして当時のことを書いていても、俺の自分勝手さに辟易するが(^_^;)……、くだんの洋食屋のハンバーグは「思った通り」の味だった。 これ!! ……そう、これが食べたかったんだ。「ありがとう○○チャン」と、やっと彼に、御礼の言葉が突いて出た。現金なもんだ。 たかがハンバーグ一つで、こういう騒動があったとして――、 夫婦であれば、亭主の「食」の好み、女房の「食」の好み、一年三百六十五日カケル×年、お互いが「それ」に付き合わなくてはならないのだとすると、そりゃあ、時々、どちらかがブチ切れて当然だと……思った次第。「食の相性」が人付き合いの基本だと、言ってもおかしくないほど、「食感」の好悪なり「癖」なりを、絶対にないがしろには出来ない。 よく奥様方の愚痴の中に、亭主に「何でもいい」と言われて作ったら、「なんだ、また、こんなもん作ったのか?」と言われてアッタマ来た……というのがある。「毎日毎晩の献立だって、一人で考えるの大変なのに、協力する気配も見せないくせに、出来上がったものに文句だけつけるなんて最低!! もう二度と、こんな男と一緒にご飯を食べたくない、と本気で思っちゃうことが週に何度もあるわ」 俺の知り合いの若妻は、酔うたびに年中、そう俺にぼやく。 彼女はとても可愛くて愛嬌のある女の子なので、できれば俺も、彼女の肩を持ってやりたい気持ちはやまやまではあるけれど――、ここに一つ、大きな問題がある。 彼女の料理は「まずい」。決定的に「まずい」。 おそらく味覚音痴なのだろう。 めちゃめちゃ可愛いのにネ。……関係ないか(笑)。 俺が亭主でも、彼女の料理を毎朝毎晩、食べ続けるのは苦行以外のナニモノでもないなぁ、と……思うけれど、それをストレートには言えない。火に油を注ぐようなもんだ。 難しいネ、夫婦って。 ある作家が、こんなことを書いていた。「亭主や恋人に浮気をされない最良の方法。それは、料理上手の女になることである」 けだし名言だと思う。 テレ朝の「エプロン対決」を観ていても、もう、もろ「その通り」。 いくら有名で美人なタレントであれ、重曹と小麦粉の区別もつかない「イイ歳をした」女と、まともな結婚生活が続くとはとても思えない。少なくとも俺は、そう思う。 もっとブッチャケりゃ、一、二度、エッチする相手としてはGOODかもしれないが、毎日の生活を共にする気にはとうていならない。 若妻チャン、「そう」なんだよ。 亭主をボヤく前に、あんたももっと努力しましょう。 お互いの幸せのために。 2005年2月22日の喝!!「たかが食事、されど食事。一食一食、大切に作り、喰うべし!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.02.22
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食事のマナーが「なってない」と、カミサンと付き合いだした頃から、しょっちゅう叱られていた。 だいたいが、この歳になって箸がまともに持てない。 いわゆるバッテン箸だ。 オフクロの名誉のために言っておくが、幼少時にはもちろん「ちゃんと」習った。小学校に入った頃、爺ちゃんが心配して、引っぱたかれながら「ちゃんと」習った。中学に入る頃、自分でもさすがにヤバイと思い、担任の先生に頼み込んで「ちゃんと」習った。 でも駄目だった。生来の不器用さがアダなのか、それとも根性が足りなかったのか、結局は挫折してしまい、いまだに塗り箸では、小さな煮豆は摘めない。 格式の高い場所にお呼ばれしたときは、仕方ないので、必死になって誤魔化す。でも、もともと下手なやつが、誤魔化すことによってかえって無駄な力が箸に働き、かえってミモフタモナク粗相してしまう。 箸が駄目なら、かわりにナイフにフォークでも可憐に使いこなせれば、助かることも多いのだろうが、こちらは箸以上におぼつかない。生粋の日本人なのだ。なのに箸がまともに使えない。 純白のテーブルクロスが敷かれていても、俺の前だけ、わずか数分で染みだらけになってしまう。なぜ? 俺の食べ方が汚らしいからだ。 パンを食べれば、ボロボロボロボロ、俺の前だけ滓だらけ。スープはダラダラダラダラ。酢の物を出されると、かならずむせる。いや、酢のせいじゃない。ビールだってむせる。牛乳だと大迷惑だ。「嚥下機能に問題があるんじゃないの?」とカミサンに真剣に心配されたことがあるが、そうなのだろうか? とにかくむせる。 薄いけれど絶妙な味付けに保たれているスープに、味見もしないで豆板醤をたっぷりぶちこんでしまったこともあった。カミサンは激怒し、二度とこのメニューが食卓にのぼることはない。 クチャクチャ音をたてて食べる癖が俺にはあった……ようだ。「ようだ」というのは、結婚するまで、自分ではまったく気がつかなかったからだ。「モノを口に入れたら、唇を閉じるのよ。そんなこと、常識でしょ?」初めてカミサンに指摘された時は、ショックだった。 なぜ今まで気付かなかったんだろう? と、よく思い返してみると、つまりは俺の家族も、似たような食べ方をしていたからだろう。みんなでやれば怖くないってことか? この癖だけは、なんとか克服した。そういう食べ方をするやつが、俺自身、許せなかったからだ。自分がやっていたのでは、なんの説得力もない。これは、すぐに直った。 よく、食べながら口の中に指を突っ込んで、歯の隙間の詰まりを取るやつがいる。男ばかりか女でもいる。これは汚い。メチャクチャ下品だ。 俺は、これだけは絶対にやらないから、自信を持っていうが、意外なほど、女でこれをやるやつは多い。もちろん無意識なのだろうが……やめて欲しい。 口に突っ込んだ指を、どこで拭うのだろうかと、見るとはなしに観察していると、ナプキンや手ぬぐいを使うやつは良心的な方で、たいがい、自分のズボンやスカートのどこかになすりつけたり、椅子のクッションになすりつけたり……、みっともないから是非やめていただきたい。 これから真剣に口説こうかなぁと思う女とのデートの最中、「これ」をやられたことがあって、本人は「さりげなさを装いつつ」行っているのがわかり、横で見ていて非常に不愉快になった。 その口にキスをする気が失せたのだ。かなり美人の部類に入る女だったのに、どうしても許せなかった。 でも、偉そうなことほざいてる俺が、食事のマナー的に、どうしょうもない「ていたらく」なのだから、テキはテキで「許せない」こと多々あるに違いない。「自分のことを棚に上げて、良く言うわよ!!」と返されるのがオチだ。「許せないこと」と「許せないこと」がぶつかり合った場合、どちらが主導権を握るのだろうか? と愚かな疑問を抱いたが、なんのことはない、両者の「許せないこと」をすべてクリアにすればいいだけのことだ。大人なのだから。努力すればいいのだ。 が、そうはいかないところに、食文化にまつわる「癖」の厄介さがある。 なにしろ「癖」だから、よほど覚悟を決めて直さない限り、忘れていた頃に、ひょっこり顔を出す。それも、出て欲しくないと思うときに限って、「癖」は出てしまうものだ。 同じ「癖」を持った者同士がツルむだけならば、お里が知れる、とはたで笑ってみていればいいが、どちらかだけが、ある「癖」を持ったまま食事に臨む。もう片方は、ほぼ一方的に、自分にとっては許せない、相手のその「癖」を見せつけられる。これはツライ。非常にツライ。 離婚理由の第一位は、今も昔も「性格の不一致」だと相場が決まっているが、じつは内情は「食の不一致」ということもあるのではないか? いや、かなりの確率で、これは「ある」と思う。 わが家の場合は、俺の「癖」をカミサンがただただ耐えるだけのように見えるが、一点だけ、食べ物の好悪に関してだけはドンピシャ、じつに馬が合う。 だからもうかれこれ十四年、続いてるのだろう。 あとは俺が、カミサンを怒らせぬよう、おかしな「癖」のすべてを克服するだけだが、これはなかなかはかばかしくない。 三つ子の魂なんとやら、だ。 この歳になってしまうと、「癖」が治らないどころか、かえって症状がヒドくなってきた気配があって、俺は今、怯えている。 俺の後輩で、目玉焼きに醤油をかける「癖」が治らないばかりに、「ソース派」の女房に捨てられてしまった阿呆がいる。 いや、阿呆などといってはいられない。 明日はわが身だ。マジに。 2005年2月20日の喝!!「せめて箸ぐらい、まともに持てる亭主になるべし!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.02.20
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もう何年も前のことになるけれど、俳優の寺田農さんがとある文芸誌に、ダンディズムのあり方に因んだエッセイを載せていらした。 寺田さんはもちろん、(ここであえて説明するまでもないが)今や大ベテランの風格さえ漂う、演技巧者の個性派バイプレーヤーだ。 俺は昔から寺田さんが好きで、……言っちゃなんだが、富豪刑事などという、深キョン主演の学芸会のゲスト出演でしかお目にかかれないんじゃ、あまりに寂しいし、もったいないことこの上ない。 ま、それは置いておいて、寺田さんは、演技ばかりか文章も巧い。巧くて味もある。色気もある。ほとんどプロ作家の仕事だ。 いや、今現在の売れっ子作家だって、巧い、味、色気、三拍子揃うとなれば、いったい誰がいるか? 演技が良くて文章が良けりゃ、ほかに何にも要らねぇだろうと思うが、そのうえ男としての生き様が格好良いときてる。 ううむ、嫌味なオッサンだなぁ(笑)。 みごとにハードボイルドしてくれちゃっているのです。 そしてその、寺田流ダンディズムの、ほんの「さわりだけ」を、エッセイで披露してくれちゃった――というわけネ。 詳細は忘れてしまったが、俺が一番落ち込んだのは、次のフレーズ。「男のくせに、鞄の中に折りたたみ傘を常備しているようなやつは、野暮の極みである」 遣らずの雨という言葉もある。元来、男と女の出会いは、予期せぬことをきっかけにして起こり得るものであって、普段から折りたたみ傘を鞄に入れているような男は、何事も予定調和でコトが進まないと気が済まないのだろう。 性格ならばお可哀想にというしかないが、私はそういう野暮天とは酒も飲みたくない。 だいいち、あの折りたたみ傘というシロモノは、小さけりゃイイといわんばかりで、オブジェとしてのセンスの欠片もない。おまけに傘としての作りが華奢で、嵐の日には傘としての用途も果たせない。 そんな「とりあえず」でしか価値のないような物を、さも後生大事に鞄に入れているような男には、私が社長ならば、一大事業を任せる気に、とてもならない。 ……たぶんに被害妄想的に内容をデフォルメしているきらいはあるだろうが、そんなようなことを、寺田御大はお書きになった。 読み終えて、しばし呆然としてしまった。 まったくその通りだと思った。 書かれていることに、いちいち納得がいく。 でも困ったことに、私の鞄には、一年三百六十五日、春夏秋冬、晴れでも曇りでも、もちろん雨でも、折りたたみ傘が常備されているのだ。 それも、通販やネットで探しに探してやっと手に入れた、四段折のちっちゃくてちっちゃくて手乗り文鳥ほどの(ややオーバーだが)傘が、鞄の隅にちょこんと、縦に入れ込んであるのだ。 うわぁー、こりゃ、どうしよう????? 大好きな寺田御大から、「お前は野暮だ、大野暮だ。悔しかったら片足上げてワンと鳴け。ほら、ワン!! ワン!! ワン!!」と言われてしまったのだから。 でもなぁ、たかが折りたたみ傘一本で、「一緒に酒も飲みたくない」とまで言われてしまうとはなぁ。……ブツブツブツ。 たしかに、俺の鞄の中は、「とりあえず」にあふれている。「とりあえず」の傘、「とりあえず」の地図。「とりあえず」の辞書に「とりあえず」のティッシュ&ウエットティッシュ。「とりあえず」のコンドーム……は、持たなくなって久しいが(^_^;)、「とりあえず」の虫刺され軟膏とハンドクリームなどという、今書いてても恥ずかしくなるような物まで、「とりあえず」突っ込んである。実際に使うことなど、年に数回であるにもかかわらず。 いかん。野暮の骨頂だ。 俺自身、こんな鞄の持ち主の男が、もし目の前にいたら、口もききたくない。(かなぁ?) いかんいかん。……いかんいかん。 この話を、とある口の悪い先輩に言いました。「ショックです」と。するとそのオッサン、飲み屋中に聞こえるような大声で笑いだしながら、「お前、鞄の中の折りたたみ傘だけじゃなくて、股間のナニも、たしかに野暮なほどちぃーせぇーもんなぁ。よし決めた!! 今夜からお前の渾名は、チビ傘だ。こうなったらお前、寺田農の説くダンディズムなどに見向きもせず、チビ傘流の野暮天人生を歩め。あっははははは、こりゃいい。チビ傘!! ……野暮!! あっははははは、寺田農、最高!! あっははははははは」 以上、チビ傘の由来の全編。 お粗末。 2005年2月19日の喝!!「モノはチビ傘でも心は錦と思うべし!!(ううう、男はつれぇ~なぁ~)」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.02.19
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などというタイトルのメールが、(昨日も書いた)大学の同期のオバンども、もとい、お美しいお姉様方(しつこいね)から寄せられるようになった。 早い話、俺がまるっきり「そういうこと」を知らないから、いろいろ教えてもらってるのです。先輩ブログニスト(?)たちに。 そのメールの中に、こんなフレーズがあった。「(結構、ページリンクまでやると)あたしたち、理系向き、なのよ」 たしかに彼女は、バリバリの理系思考の持ち主。はるか昔、現役受験の頃は、化学に物理に生物に数学3まで「当たり前に」履修していたというから、その意気込みはハンパじゃない。 そやつが何故、一浪の間にさっさと宗旨替えし、理系とも文系とも判別のつかぬ、わが大学の○○学部××学科に入学してきたのか? よく考えるとかなり不可思議なのだが、なぜか今まで一度も、本人からはっきりと理由を聞いたことがない。 ま、とにかく今現在もなお、(子供たちに教えることが彼女の本職だから、当たり前といえば当たり前だけど)京大受験対策用の英語や数学ぐらい、ちょちょいのちょと解いてしまう……はずだから、彼女のオツムの中身は、きっと俺のそれとは、構造からして違うのだろうなぁ。ただただ溜め息が出ちゃうよ。 しかし、彼女に「あたしたち」と言われてみてハッと気が付いたのだが、そうだよ、俺だって高校時代のクラスは完璧に理系だよ。 同級生のうち、医学部2人、歯学部5人、薬学部4人、その他、工学系、化学系多数という……今思えば、なんでそんなクラスに俺がまぎれていたんだと、呆れて笑っちゃうくらい、男子も女子も猫も杓子も、教室じゅうに理系のオーラが充満しているような空気の中に、俺もいたんだな。 俺の方は、微積分が出てきたあたりから先は、まるっきりOUT!! ペケ!! だったけど、卒業までクラス編成がそのままなので、仕方なく俺を含めて数人、理系の落ちこぼれどもは、ごく自然のなりゆきで、経済学部だの法学部だの商学部だのを受験した。 ……のであるが、俺だけは一人、イヤラシク変化球を狙った。 理系とも文系とも判別がつかぬ、いや、人の評価次第じゃ、東大よりも「入るのが難しい」と言われた学部学科を狙い、そこに入学した。 東大より「入るのが難しい」と言っても、それは偏差値の高さってことじゃ、もちろんありません。念のため。天分と野心とその場のノリ、に、かなり左右される「ような」学問を、選んだという、ただそれだけのことです。 だから、四年間で学んだことと問われると一番困る(笑)。何一つ、まともなことは修得してない。 まともでないことばかり、教授陣やら先輩やらから学び、それはそれで今、俺の思考の重要な指針になっているといえば、いえるかなぁ。 つーか、そもそも、まともって何よ? 何がまともで何がまともでないか、を決めるのはわれわれ個々の思考回路であって、あらかじめ世間や社会に決められるものでも、ましてや、たかが大学の教授ごときに「こうだ」と教わるべきものではさらさらない。 ……などと、愚にもつかない屁理屈ばかりこねくり回すような、たぶんに偽悪的かつ露悪趣味なイケスカナイ性格になってしまったのも、もとはといえば、俺が理系のクラスから脱落したからだ。 それまでの俺は、自分でいうのもナンだが、じつに単純明快、物わかりの良い男の子だった(ホントかよ?)。 つまり――。 そうです、ここからがやっと今日の本題。 ようするに、理系を脱落した俺は、たとえば二次方程式を解いて導きだされる解答「X=3、-5」……のような、明確に、誰がどうシノゴノ屁理屈をほざいても、「この答えしかない!!」と主張できる、唯一無二の答えを、まるっきり必要としない世界に飛び込んでしまったのだ。 答えが一つでない、というのは、数学が苦手な人にとっては、とても「ありがたい」お話かもしれない。たんなる計算間違いを、採点者が勝手に「ふむ、そういう考え方もあるな」と都合良く解釈してくれて、マルをつけてくれるかもしれないのだから。 が、実際はじつに厄介なシロモノで、答えが一つでないのだから、俺がどんなに「これが正しい」と主張しても、かならず「違う」と言い張る輩が現れる。「違う」ならまだイイ。俺の考えと対立していることが明白であるわけだから、対抗する論理をすぐに立てやすい。 困るのは、いちおう俺の考えを認めた「ようなフリをする」やつら。「私もなになにの考えは正しいと思いますが」と前置きしたあとで、「正しいとは思いますが、どうもしっくりきません。その考えを導きだしてきたプロセスに、どうも嫌なものを感じるのですが?」……などとチクチクと俺のあらを突いてきやがる。 なななな、なんだよ、「しっくりこない」だの「嫌なものを感じる」だの、ってさ? オフィシャルな議論の場で、そもそもアンタの好き嫌いなんか、関係ないことだろうが? ンなことほざきやがるなら、俺だってアンタのやることなすこと、だ~いっ嫌いだよ。反吐が出るほどに。 ――とは口が裂けてもいえないので(^_^;)、俺が打ちたてた考えの中から、相手に「しっくりこな」そうで「嫌なもの」っぽいニュアンスを取り除き、「これでいかがでしょう?」と再度、相手の様子を窺う。「ううん、そうねぇ、だいぶよろしいですけど、こういう形になるのなら、そもそもその考え方を死守する必要もないんじゃございません?」「そうよねぇ。そもそも、たいして魅力ある考えでもなかったし」 おーい!! てめぇら、頭がおかしいんとちゃうか? 俺の考えを「正しいと思う」と言ったのは、どこのどいつだよ? というようなことが、年中、現場で起きるのも、俺自身が「答えが一つでない」世界で飯を喰ってるからであります。 とくにここ数年、先のまったく読めない、ドツボの不景気地獄に突入して以降、政治でも経済でも教育でも文化でも、何一つ「これだ!!」という単純明快、確かな答えが成り立たなくなっているでしょ? おまけに台風だ、猛暑だ、地震だ、津波だ、数時間、いや数分、数秒先のわれわれの命の有り様さえ、まるっきり「読めなく」なってしまった。 昨日の日記に取り上げた○○子の運命が、いつなんどき俺に、あるいは貴方に、すり替わったとしても、少しも不思議ではないでしょ? そんな時、ふと俺は、(一種の神経症的な代償行動なのかもしれないけれど)数学の方程式同様、単純明快、答えが一つ!! 誰がどこで、どんな条件下において解いたとしても「答えは一つ」――という世界に逃げたくなるんだよね。 学生時代に、大講堂で行われていた一般教育の授業中、冒頭に記した「理系女史」が、なにやら必死になって問題を解いていたことがあった。「何やってんの?」と問うと、彼女いわく「高校の数学の問題を解いてるの。時々、こういう問題を解いてないと、私、なんだか落ち着かないんだ。どんどん馬鹿になっちゃいそうで……」 その時は大いにたまげたもんだが、今、彼女の気持ちがよくわかる。 つい最近も、大学入試のセンター試験っていうんだっけ? あれの「数学1」の問題を解いてみたよ。数問やって、すぐに計算が面倒臭くなってホカしちゃったけれど(笑)。 すでに気が付いた方もいるでしょうが、ここまでの文章の中で、さっそく教わったばかりの「ページリンク」を試してみました。 なんで「そう」なるのか? 意味なんてもちろんわからないけれど、教わったとおりに半角で、カギカッコだのイコールだのテンテンだの、を打ち込むと、入力に間違いがなければ、誰でもリンクが張れるってわけでしょ? 単純明快、万に一つも例外がない。 高校時代に理系クラスの一員だった頃は、俺は、顔色も変えずに片っ端から微積分を解いてしまう同級生どもの、その単純明快な○×的思考が、許せなかった。 やつらは、すぐ答えを知りたがる。「で、どうなるの、その話?」とくる。「勝ったの? 負けたの?」「面白いの? つまんないの?」「現れたの? 消えたの?」……ったく、味も素っ気もありゃしない。 話の前フリも伏線も途中の小ネタも、全部吹っ飛ばして、結論だけ知りたがるような無粋な輩は、「おととい来やがれ!!」ってなもんだった。「人生なんて、そんな単純明快にいってたまるかよ、べらぼーめ!!」 17、8歳のみそらで、人生の何がわかってるのだか、今思えば、当の俺自身が「べらぼーめ!!」だけれど(笑)、理系クラスの同級生どもに向かって、俺は何度、腹の中だけで啖呵を切ったかしれない。 あれから二十四、五年経って、世の中自体があまりに混沌とし過ぎ、その渦中にもがき苦しんでいる俺は、単純明快な「答え」に飢えている。……勝手なもんだね、人間なんて。置かれる状況次第で、どうにでも主張が変わるのだから。 ブログにいささかハマりだした俺の、本音は、単純明快な理系っぽいネットプレイに、しばし、うつつを抜かしていたい、という今現在の「心の訴え」なのかもしれないな。 なんだかんだいって、いまだに俺も、思考的にはしっかり「理系向き」な人間してる、ってことなんだな。たぶん。 ではでは。 2005年2月18日の喝!!「答えが一つでも一つでなくてもいいから、オノレ自身の出した解答には責任を持つべし!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.02.18
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大学時代の同期の仲間の一人(女性)が、先のスマトラ沖大地震の余波の、あの大津波に巻き込まれ、スリランカで急逝した。 数週間もの間、消息が不明で、懸命の捜索の結果、ようやく遺体が見つかった時には、損傷が激し過ぎて、ほとんど歯形で本人照合するしかなかったようだ。 それでも、まだまだ消息不明の方々が各国、大勢いらっしゃる中で、発見されただけでも奇跡に近く、ようやく本人が鎌倉のご実家に帰ってきた時は、俺たちはみんな「お帰り」「お帰り」と涙を流した。 たった13人の仲間だったこともあり、俺たちだけで何かやれることはないのか、とみんなで思案し、同期の連中限定のメーリングリストにアップされた、みんなの言葉をコピペし、編集し直し、一冊の小冊子をこしらえて、ご実家の仏前に供えていただいた。 さらに、彼女が幼少時代より親しみ愛し、最後はその愛ゆえか、命を取られてしまった「海」に、俺たちなりの精霊流し……、紙粘土で作ったプレートに、個々、彼女への想いを書いて、沖へと流した。 黙祷を捧げたそのあとは、場所を移して一晩、それぞれ時間が許すまで(一部は朝まで)彼女の大好きだったビールをさんざん飲み干しつつ、「○○子を語る会」だ。彼女のあんな話、こんな話、俺たちの学生時代の話、今の話……とにかく語りまくった。 卒業以来、ほぼ全員が揃っての飲み会なんて、一度もなかったことだから、これは間違いなく、亡くなった彼女が「仕組んだんだ」と、俺たちは信じている。「あんたたち、同期会をやる、やる、って言いながら、全然実行してくれないじゃない? 私がこんな目に遭わなくちゃ、それが叶わないなんて、ホント、駄目な人たちね」 そう彼女にどやされてる気がしたもんでね。 だからみんなで誓い合ったんだ。 今後はもっとこまめに、回数多く、会える人間だけでも会って、語り合って、笑い合い、泣き合い、学生時代の時のように、これからの俺たちの人生、ふたたび「共に歩いて行こうよ」って……。 昔は、正直、「仲間だから言えない」こともあったと思う。 そりゃ恰好つけたい盛りだし(笑)、イイことは語れても、自分にとって都合が悪いことは、やっぱり語りたくないのが本音でしょ? でも、あれから二十年。あっという間だった気もするけれど、それでもお互い「いろいろあって」の二十年だから。 いまさら誰に恰好つけることもないわけでさ。 いや、むしろ「仲間だから言える」ことの方が多くなってきた気もするしね。 仲間の一人に先立たれ、その現実をどう受け止めたらよいか、俺は俺、みんなはみんな、苦しくなるほど悩んだけれど、その結果わかったことは、亡くなった彼女も含めて、「ああ、俺たちみんな、仲間なんだな」 っていう単純なこと。 かけがえのない仲間同士なんだな、っていうこと。 俺たちは岸のこちら側、彼女は向こう側。 住処が変わりこそすれ、仲間同士の結束は何も変わらない。いや、学生時代よりももっと、結束は固い気がする。……それがわかる分、お互い、歳取ったってことだろうけど。 友にいざ死なれてみなければ、何一つ本当のことがわからない、俺たち四十代の「立派な大人」に、命の大切さを皮膚感覚的に捉えられないガキどもを叱りとばす資格なんてねぇぞ。と自己反省。 でも、わかった以上は「同じ過ちは繰り返したくない!!」 それが、せめてもの俺たちの意気地であり、亡き彼女への誓いでもある。 じつは、このブログを立ち上げたのも、彼女の死に際して、何でもいいから「けじめ」みたいなことを、今の俺の生活に課せようという、その意思表示のひとつ。 同期限定のメーリングリストでの、俺の発言がやたら長いもんだから、「どうせならブログをやりなさい」と怖いオバサン方、もとい、お美しいお姉様方に脅されて(笑)、気の弱い俺は、つい……ね。 いや、ウソウソ。感謝してますよ。あなたたちに尻を叩かれなけりゃ、いつまでも「考えてる」だけだったから。 というわけで、俺の仲間には、強力なブログニスト(?)が二人もいます。新参者の俺など、太刀打ち出来ないほど、すんげぇー内容が充実しています。 そこと比べられると、俺のなどは……ブツブツ。まぁ、これからね。徐々に。HPの体裁やデザインも、そのうち変えていかなくちゃね。ま、徐々に……。 そのうち、先輩姉御のサイトとリンクすることになるでしょうが、正直、ちょっちゅビビる。皆さん(誰に言ってるんだ?)、お手柔らかに。 話が横に逸れた。「○○子を語る会」の翌日にネ、数人で穏やかな海を眺めていた時、ホントに偶然、沖合にたなびく淡雲の上に、雨上がりでも何でもないのに、色とりどりの虹が――、それも天界に向かってすーっと垂直に、立ち昇って行くのを目撃したんだよ。「あ、虹に乗って○○子が昇っていくよ!!」 良かった!! と思ったね。同時にまた涙が出来てきたよ。 今まで俺たち仲間は、現世での○○子に、もしかするとすごく寂しい想いをさせてしまったかもしれない。 でも、これから先は、常に行動は一緒だ。 どこへ行っても、○○子の魂が、ちゃんと俺たちを監視している。うわぁー、これじゃ隠れてコソコソ×××も出来やしない(笑)。カミサンより怖い存在になってくれちゃったのねぇ~。 ま、しゃーないねぇ、あちらは足がないから、俺たちがどんなに逃げても、はなから勝ち目はないってこと。 だったら、しっかりと「お目付役」の業務をまっとうしてもらおうじゃないの。 その代わり、もし俺たちが困ったときは、無視しないで助けてくれよな。力を貸してくれよな。 頼んだぞ、おい!! プロフィールで予告した通り、初日から長くなりました(笑)。 この日記は、いちおう「今日の喝!!」と銘打ってる以上、最後にかならず本日の喝を入れさせていただきます。 ではでは。 2005年2月17日の喝!!「生きているうちに、出来る無理はすべし!!」 カ~~~~~~~~ツッ!!
2005.02.17
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