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花火の音は、少し遅れてやってきた。空いっぱいに桃色の光が開いたあとで、どん、と胸の奥が震える。見えているものと、体に届くもの。そのわずかなずれを、今年はやけにはっきり感じた。隣にいる友達が、顔を上げたまま笑っている。わたしも笑おうとして、手元のりんご飴を持ち直した。赤い飴の表面に、さっきの花火が小さく映っていた。もう消えてしまった光が、まだそこにある気がして、しばらく目を離せなかった。「日菜子、食べないの?」「食べるよ。どこからいこうかなって」本当のことではあった。丸いりんご飴は、思っていたより大きい。屋台で受け取ったときには、もっと簡単にかじれるものだと思っていた。友達は、わたしの手元を見て笑った。「一周眺めてるうちに終わるよ、花火」「そんなに眺めてない」少しむきになって、飴の端へ歯を当てる。硬い。もう一度、角度を変える。ぱき、と小さな音がして、薄い欠片が口に入った。砂糖の甘さが舌に広がる。その奥で、まだりんごには届いていない。「ほら、食べられた」誰に証明したかったのか、自分でもわからない。友達が「よかったね」と言った。その言い方が少しおかしくて、今度はちゃんと笑えた。川辺の草に腰を下ろしていると、浴衣の裾から夜の涼しさが入ってくる。淡い水色の生地に咲いた青紫の花が、膝の上で折り重なっていた。背中の帯はまだ慣れなくて、姿勢を変えるたびに、ここにいることを思い出させる。頬には汗が残っているのに、足元の土はひんやりしていた。すぐ後ろでは、屋台の明かりが並んでいる。焼きそばのソースの匂い。油の弾ける音。誰かがかき氷を注文する声。提灯の下を行き交う人たちの話し声が、ひとつの大きなざわめきになって流れてくる。川から吹いた風が、その中に湿った草の匂いを混ぜた。わたしの髪の先が、顎をくすぐる。片手で押さえると、友達がこちらを見た。「その浴衣、やっぱり似合うね」「さっきも言った」「何回言ってもいいじゃん」「……ありがとう」お礼が、少し遅くなった。褒めてもらうのはうれしいのに、まっすぐ受け取るのは、まだ苦手だ。平気な顔をしようとして、かえってそっけなくなる。友達はもう空を見ていた。わたしも、同じほうを向く。細い光が夜の高いところへ上がっていく。途中で見えなくなって、一拍置いて、金色の花が咲いた。川にも、もうひとつ花が開く。水面のほうは形が揃わない。揺れて、ほどけて、いくつもの細い線になる。それでも、空の花火より長く見ていたくなるような光だった。「来年も、ここがいいね」思いがけず、友達が言った。わたしは頷きかけた。そのまま頷けばよかったのに、口から出たのは別の言葉だった。「来年、忙しいんじゃない?」友達の横顔が、ほんの少しこちらを向く。「まあ、受験とかあるけど」「わたしも、まだどうなるかわかんないし」言い終わるころには、自分の声が嫌になっていた。来年も来たい。それだけだったはずなのに。友達はりんご飴の袋を畳みながら、「そっか」と言った。責めるような声ではなかった。だからこそ、言い直す場所を失った気がした。次の花火が上がるまで、空が暗くなる。さっきまで見えていた友達の表情も、提灯の明かりに縁だけを残した。約束をして、守れなくなるのが怖かった。来年の夏には、わたしたちは今よりずっと忙しくなっているかもしれない。違うことを考えて、違う道を選んで、この夜のことを話す機会も少なくなるかもしれない。そんなことを、まだ何ひとつ決まっていないのに考えてしまう。わたしはりんご飴の棒を、指先で回した。飴の赤が、暗がりの中で深くなる。楽しい時間にいると、ときどき、その終わりを先に探してしまう。なくなると知ってから好きになるより、最初から少し距離を置いておいたほうが、平気でいられる気がして。けれど今、隣にいる友達とのあいだにできた静けさは、全然、平気ではなかった。終わるのが惜しいと思える時間を、わたしは今、ちゃんと生きている。胸の中でそう言ってみた。花火が消えるたびに寂しくなるのも、この夜が好きだからなのだろう。りんご飴をもう一度かじる。さっきできた割れ目から、今度は歯が深く入った。ぱり、と飴が割れて、りんごの果汁がにじむ。甘さのあとに、少し酸っぱい味がした。友達へ顔を向けかけたとき、川向こうから次の光が上がった。一本ではなかった。白い筋が、いくつも空を駆けていく。周りの話し声が小さくなった。隣の友達が息を吸う。その音が聞こえるくらい近くにいるのに、わたしはずいぶん遠い来年のことばかり考えていた。光が開く。金色、その向こうに桃色、さらに低いところで青。夜空に重なった花が、川面まで明るくする。友達の頬も、わたしの浴衣の袖も、草の一本一本も、一瞬、同じ色になった。大きな音が届く。胸の奥で何かが跳ねて、わたしは思わず声を出した。「たまやー!」自分で驚いた。隣の友達がこちらを見て、それから、ぱっと笑う。「日菜子、声出すんだ」「……出すよ、たまには」少し照れて、空へ顔を戻す。友達も、わたしより大きな声で「たまやー!」と叫んだ。その声が周りの歓声に混じる。わたしは笑ったまま、今度こそ言った。「来年も来たい」花火の音に、半分隠れた。友達が顔を寄せる。「え?」「来年も。ここで見たい」声を少しだけ強くした。「忙しいかもしれないけど。来たいとは思ってる」友達は、わたしを見たまま頷いた。「じゃあ、そういうことにしとこう」「そういうこと?」「来年も来たいってことで」あっさりした言い方だった。日にちを決めるわけでも、絶対と付け加えるわけでもない。その軽さに、わたしの肩から、ようやく力が抜けた。「うん」今度は、すぐに返事ができた。川辺の風が、浴衣の袖を膨らませる。りんご飴の棒は、握りすぎて少し指に食い込んでいた。持ち直すと、その跡を夜の空気が冷やした。空では金色の光が、長い尾を引いて落ちている。終わってほしくない。そう思った。でも、次が咲くのを待つ気持ちも、同じくらいあった。友達がわたしのりんご飴を指さした。「そこ、赤いのついてる」「どこ?」「口の端」差し出された紙ナプキンで拭くと、ほんの少しだけ赤く染まった。「取れた?」「うん。たぶん」「たぶんって」二人で笑う。花火を見ていたはずなのに、空を見ていない時間も案外多い。飴をかじったり、髪を押さえたり、言いそびれたことを言い直したり。あとから思い出すのは、どちらなのだろう。夜空いっぱいの光か。隣で笑っていた、この声か。きっと、うまく分けられない。ソースの匂いも、草の冷たさも、帯の少し窮屈な感じも。口の中に残ったりんごの酸っぱさまで、今夜の花火と一緒になる。忘れたくない夜には、光だけじゃなく、隣にいた人の声も残る。友達が、また空を指さした。「見て。次、上がる」わたしは頷いて、顔を上げた。まだ何も咲いていない空に、細い光が伸びていく。来年のわたしが何をしているかは、わからない。でも、今年のわたしがここに来たかったことも、来てよかったことも、もう曖昧にしなくていい。りんご飴を持つ手を、膝の上へ下ろした。川に、最初の光が映る。わたしは隣と同じタイミングで、息を吸った。#青春小説 #日菜子の夏 #花火の余韻 #来年も一緒に #心に残る夜【ランキング1位 メーカー直販】ぱくぱくローラー ケース付き ペット 毛 取り クリーナー 抜け毛取り 猫の毛 犬の毛 髪の毛 ホコリ 掃除 カーペット お掃除ローラー ラグ ソファ カーシート 換毛期 掃除グッズ 毛取りクリーナー 日本シール エチケットブラシ 正規品 N76ST価格:2,420円(税込、送料無料) (2026/10/15時点)楽天で購入
2026/10/15
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かき氷のてっぺんが、少し傾いていた。さっきまで、ちゃんと尖っていたはずなのに。ガラスの器の中で、白い氷が赤いシロップを吸い込みながら、ゆっくり背を低くしている。縁に並べたいちごのひとつが、滑りそうになって、かろうじて踏みとどまった。わたしはスプーンを持ったまま、それを見ていた。窓の向こうでは蝉が鳴いている。薄いカーテン越しの日差しは、見ているだけで熱そうだった。部屋を冷やす風が足首を撫でるたび、外とのあいだに、透明な壁があるような気がする。「これこれ。夏の定番」ひとりで言って、少し笑った。いちごをたっぷり載せたかき氷。赤と白の組み合わせを前にするだけで、夏が来た、と胸のどこかが浮き立つ。ついさっきまで暑いのは苦手だと思っていたのに、ずいぶん都合がいい。テーブルの向こうで、ネネが目を細めた。白い前脚を揃え、しっぽを体に巻きつけている。わたしが器を置いたときには首を伸ばしていたけれど、自分のものではないとわかると、すぐに興味のない顔をした。それでも、こちらを見ている。「ネネのじゃないよ」耳だけが動いた。知ってますけど。そう言われた気がして、わたしはまた笑う。器の外側には、小さな水滴がいくつもついていた。ひとつが隣のひとつとつながり、つう、と流れ落ちる。敷いた布の端に、丸い染みができた。早く食べないと。そう思いながら、わたしはスプーンを置いて、スマートフォンを手に取った。この赤を残しておきたかった。透き通った氷も、いちごの艶も、器に触れている光も。画面の中では、現実より少し色が薄く見える。器をほんの少し回し、角度を変える。背景にノートが入ったので端へ寄せると、ネネがその動きを目で追った。一枚撮った。いちごが影になっていた。もう一枚。今度は器の縁が切れている。あと一枚だけ、と構えたところで、氷のてっぺんが崩れた。音は、ほとんどしなかった。白い山の上から赤い筋が流れ、いちごがひとつ、器の内側へ沈んだ。「あ」思わず声が漏れた。画面の中に、さっきとは違うかき氷があった。綺麗なまま残そうとしているあいだに、綺麗だと思った形がなくなってしまった。スマートフォンを下ろす。スプーンは、まだ一度も口に運んでいない。何をしているんだろう。ほんの少し、胸がしぼんだ。最近、こういうことが多い。楽しかったことを、あとからちゃんと思い出せるように。誰かに見せたとき、その楽しさが伝わるように。そう思って写真を撮ったり、言葉を考えたりしているうちに、目の前のものが遠くなる。今日のかき氷だって、食べたくて用意したはずなのに、いつのまにか、うまく残すことのほうに夢中になっていた。画面には、友達の投稿がいくつも並んでいた。青い海。浴衣。花火の下で笑う顔。それぞれの夏が、四角い枠の中で眩しく光っている。わたしの夏はどうだろう。学校と家を行ったり来たりして、机に向かって、たまにうまくいかなくて。せっかくの休みも、何をしようか迷っているうちに午後になる。十七歳の夏なのだから、と考えてしまう。何か、特別なことを。あとで思い出したとき、あの夏はよかったと言えるようなことを。でも、そうやって考えるほど、今ここにある午後が、足りないものみたいに見えてしまう。ネネが、椅子の上で座り直した。爪が布に引っかかって、小さな音がする。わたしが見ているのに気づくと、顔をそむけた。それから、何でもないことのように片方の前脚を舐め始める。この子は、午後を上手に使おうなんて思わない。眠ければ眠る。気になる音がすれば耳を向ける。撫でてほしいときは、わたしの手の届くところへ来る。わたしが呼んだから来たのではなく、自分がそうしたかっただけ、という顔で。「いいなあ、ネネは」つぶやくと、毛づくろいが止まった。丸い目が、まっすぐこちらを見る。何が?尋ねられたようで、わたしは返事に困った。「……なんでもない」器に手を添える。指先が、ひやりとした。冷たさは思っていたより強くて、頭の中に並んでいたあれこれが、一瞬、途切れた。いちごの甘い匂いがする。その下に、果物らしい青い匂いが、ほんの少し。スプーンを氷に差し込むと、しゃり、と音がした。赤く染まったところと、まだ白いところを一緒にすくう。一口、食べる。舌の上で氷がほどけた。甘い。そのあとに、いちごの酸っぱさが追いついてくる。口の中が冷えて、思わず目を細めた。喉を通ったあとにも、涼しさだけが残っている。「……おいしい」今度の声は、さっきより小さかった。誰かに聞かせるためでも、写真に添えるためでもなく、勝手に出てきた声だった。もう一口。いちごをスプーンの縁で割ると、柔らかい果肉から赤い汁がにじんだ。氷と一緒に口へ運ぶ。種の小さな手触りが、舌に残る。肩から、少し力が抜けた。幸せは、残そうとしているあいだにも、目の前で溶けていく。そのことが、今日は少しだけわかった気がした。わたしはスマートフォンを裏返した。撮り直したい気持ちは、まだあった。さっきより氷が低くなったことも、少し悔しい。それでも、次の一口を選んだ。スプーンを差し込む。すくう。食べる。たったそれだけのことを、こんなにはっきり、自分で決めたのは久しぶりだった。冷たさがこめかみの奥へ響いて、わたしは額を押さえた。「ああ、ちょっと待って」ネネが目を丸くする。「大丈夫。急ぎすぎただけ」しばらく動かずにいると、ネネが椅子から降りてきた。床へ着く音は軽い。わたしの足元まで来て、足首にしっぽを触れさせる。心配したのかもしれない。そう思って手を伸ばすと、一歩だけ避けられた。「そこは逃げるんだ」けれど手を戻したら、今度は自分から頬を寄せてきた。七年経っても、この順番は変わらない。わたしは片手でスプーンを持ち、もう片方の手でネネの額を撫でた。白い毛はさらさらしていた。耳の付け根だけ、少し温かい。かき氷で冷えた指に、その温度がゆっくり移ってくる。冷たいものと、温かいもの。どちらも同じ午後にある。ネネは顎を少し上げた。指で掻くと、喉が低く鳴った。「こんな時間、ずっと続けばいいのにね」返事はない。ただ、わたしの指先へ預ける重さが、少し増えた。器の中では、氷がまた溶けている。さっきなら気になったはずなのに、今は、その変化を見ていられた。形が変わったぶん、シロップは氷の奥まで染みている。器の底には淡い赤の水がたまり、スプーンですくうと、最初とは違う甘さがした。同じものを食べているのに、少しずつ味が変わる。わたしはそのことを、もっと早く知っていたはずだった。ネネの小さかった体が大きくなったことも。制服の袖がいつのまにか手首に届かなくなったことも。変わってしまったからこそ、気づいたものがある。窓の外で、蝉の声がふっと途切れた。静かになった隙間に、スプーンがガラスへ触れる音が響く。ちん、と澄んだ音。ネネが耳を向ける。わたしも、少しだけ顔を上げる。カーテンが揺れて、テーブルに落ちていた光の端が動いた。器の水滴が、その中できらりと光った。写真は撮らなかった。撮らずに見ていると、光が消えるまでを見届けられた。最後のいちごをすくう。少し迷って、ゆっくり口に入れる。噛むと、甘さの奥に酸っぱさがあった。食べ終えたくないと思いながら、ちゃんと食べ終えた。空になった器には、細かな赤い種がひとつ残っていた。指のあいだで、スプーンが少し温まっている。夏らしいことを、何かしなくちゃ。さっきまでのわたしは、そう思っていた。でも今、口の中にはいちごの余韻がある。足元にはネネがいて、窓の向こうでは、また蝉が鳴き始めている。わたしは、ちゃんとこの夏にいた。ずっと続いてほしい午後が、ひとつできただけで、この夏を少し好きになれた。ネネが前脚を伸ばし、わたしの足の甲に載せた。「しばらく、ここにいる?」わたしが尋ねると、目を閉じる。そのままでいいらしい。器を片づけるのは、もう少しあとにしよう。わたしは椅子に座り直して、指先に残った冷たさを確かめた。甘かったね、と口の中だけでつぶやく。午後は、まだ続いていた。#青春小説 #日菜子とネネ #いちごのかき氷 #夏の午後 #溶けていく幸せ【ポイント5倍】 キャットタワー 猫タワー キャットタワー 据え置き スリム 大型猫 多頭飼い おしゃれ 抗菌 消臭 中型 大型 ハンモック付 かわいい おもちゃ 運動不足 安定 頑丈 爪とぎ 爪研ぎ 麻紐 子猫 シニア 省スペース 送料無料 AIFY価格:5,480円~(税込、送料無料) (2026/10/15時点)楽天で購入
2026/10/15
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時計の針が、思っていたより先へ進んでいた。ほんの少し目を閉じただけのつもりだったのに、窓から入る光はもう、部屋の奥まで届いている。床に落ちたカーテンの影が、さっきより細長い。わたしのそばで、ネネが眠っていた。白い背中が、ゆっくり上下している。片方の耳だけがこちらを向いていて、眠りながらも、わたしが動く気配を聞いているらしい。手を伸ばすと、指先に柔らかな毛が触れた。ネネは目を開けず、しっぽの先を一度だけ動かした。撫でてもいいけど、起こさないで。たぶん、そういうことだ。「……今日も休みだったなぁ」声にしてから、変な言い方だと思った。休みだったことは、朝から知っていた。それでも、何も予定を入れないまま一日が過ぎていくと、あとになって気づいたみたいな気持ちになる。机の上には、閉じたままのノートがある。昨日の夜、明日はここまでやろうと決めて、付箋を貼っておいた。読みかけの本も、その隣に置いてある。少し遠くまで散歩するのもいいなと思っていた。どれも、できなかったというほど難しいことではない。ただ、どれにも手をつけないまま、光の色だけが変わっていた。枕元のスマートフォンを取る。画面には、友達が送ってくれた写真があった。駅前の新しいお店。大きなグラスに入った飲み物。向かい合う二人の手元。『思ったよりおいしかった!』短い文章の後ろに、笑っている絵文字。いいな、と思った。それは本当だった。けれど、いいな、のすぐあとに、小さな棘のようなものが残った。わたしは今日、何をしていたんだろう。返信の欄に『よかったね』と打つ。少し迷って、『今度わたしも行ってみたい』と続けた。送信すると、部屋がさっきより静かになった。窓の外から、自転車のブレーキの音が聞こえる。遠くで誰かが笑っている。カーテンが膨らんで、洗濯した布の匂いがふわりと鼻先を通った。外では、ちゃんと一日が進んでいる。そんな言葉が浮かんでしまって、わたしはスマートフォンを伏せた。ちゃんと、って何だろう。ノートを何ページ進めたとか、初めてのお店に行ったとか。人に話せることがあれば、今日を上手に使えた気がする。十七歳の休日は、もっと忙しくて、もっと眩しいものなのだと、どこかで思っていた。ネネが身じろぎをした。前脚をゆっくり伸ばして、爪を少しだけ出す。小さな口を大きく開けてあくびをすると、わたしを見上げた。「起こしちゃった?」返事の代わりに、目を細める。もう一度撫でようとすると、今度は顔をそらされた。「はいはい。もういいんですね」手を引っ込めると、その手の甲に、湿った鼻が触れた。離れたいのか、そばにいてほしいのか。七年一緒にいても、全部はわからない。それでも、こうして少しだけ触れてくるとき、わたしはいつも、続きを急がずに待つことにしている。ネネはわたしの指の匂いを確かめてから、手の下へ額を滑り込ませた。「結局、撫でてほしいんじゃない」声に笑いが混じった。耳の後ろを掻くと、喉の奥で低い音が鳴り始める。指から手首へ、その振動がかすかに伝わった。スマートフォンの向こうではわからない、小さな音だった。わたしはネネの背中を、首からしっぽの付け根までゆっくり撫でた。陽の当たっていた毛は温かく、内側にはもっと確かな熱があった。今日、何もしていない。そう思っていたけれど、ネネの機嫌が直るまで待ったことは、何も、に入るのだろうか。片耳が少し折れていたのを戻したこと。寝返りの邪魔にならないように、足をずらしたこと。この子があくびをしたとき、一緒にあくびが出てしまったこと。どれも、人に報告するほどではない。写真に撮っても、きっと同じような白い猫の写真になる。けれど、その時間にわたしがいなかったら、ネネは別の場所で眠っていたかもしれない。何もなかった一日にも、誰かといた時間は残る。ネネの喉が鳴るたび、その言葉が、わたしの中で少しずつ本当になっていった。机の上の付箋が、風に持ち上がった。薄い紙の端が、かさ、と鳴る。やっぱり少しだけ勉強しよう。そう思って体を起こしかけると、ネネが前脚をわたしの手首に載せた。軽い重さだった。振りほどこうと思えば、すぐにできる。ネネだって、わたしが立ったからといって傷ついたりはしない。たぶん一度こちらを見て、また眠る。それなのに、わたしは動きを止めた。載せられた脚の下で、自分の脈が打っている。明日の授業。まだ少し苦手なところ。みんなの前で発言するとき、言葉を探して黙ってしまうこと。休みの日にも、それらをどこかで持ち歩いていた。何かしておけば安心できる。そう思っていたくせに、始められない自分に腹を立てて、休んでいるあいだまで、ずっと自分を急かしていた。ネネが、わたしの手首を抱えたまま目を閉じる。その顔を見ているうちに、胸の奥から、長い息が出た。「……今日は、ここにいようか」誰に向けて言ったのか、自分でもわからなかった。わたしは背中を預け直した。机はすぐそこにある。ノートも、付箋も、手を伸ばせば届きそうな距離にある。でも、今は開かないことにした。明日のわたしに任せるのは、少し怖かった。明日もできなかったら、という声がすぐに顔を出す。それでも、ネネの前脚の下から手を抜かずにいた。一日じゅう迷いながら休むより、残っているこの時間だけは、ちゃんと休んでみたかった。「今日のわたし、あんまり頑張ってないけど」ネネの耳が動く。「ここ、貸してあげたからね」得意げに言うと、ネネは薄く目を開けた。わたしの顔を見て、それから、何の用もなかったように閉じる。わたしは小さく笑った。窓から入った風が、首筋を通り抜けた。少し冷たくて、気持ちがいい。髪の先が頬に触れる。さっきまで気にならなかった音が聞こえてきた。時計の針が進む音。カーテンが壁を撫でる音。ネネが鼻から息を吐く、ごく小さな音。目を閉じると、部屋の中に、こんなにたくさんのものがあったのだと気づく。一日を埋めなくても、ここにはもう、いくつもの音がある。しばらくすると、伏せていたスマートフォンが震えた。友達からの返信だった。『行こう! 日菜子、今日は何してた?』わたしは画面を見つめた。何もしてない、と打ちかけて、消す。嘘ではない。けれど、今はもう、少しだけ違う気がした。『ネネと、ずっとのんびりしてた』送ってから、白い頭を見下ろす。『最高じゃん』すぐに返ってきた文字の下に、猫のスタンプがついていた。そうか。それでよかったのか。急に何かが解決したわけではない。机のノートは閉じたままだし、今日やろうと思っていたことも、そのまま残っている。惜しかったな、という気持ちだって、まだある。でも、その惜しさの隣に、温かいものを置いてもいいのだと思った。わたしはスマートフォンを手の届かないところへ置いた。ネネが顔を上げる。「大丈夫。どこにも行かないよ」そう言うと、当然でしょう、という顔で、またわたしに寄りかかった。窓の光が、白い毛の輪郭を淡い金色に染めている。この子がわたしと暮らしている七年のあいだに、こんな午後は何度あったのだろう。思い出せないくらい、たくさん。思い出せないことが、少し寂しい。けれど、忘れていても、ネネはこうして迷わずそばへ来る。重ねた時間は、どこかに残っているらしい。「明日は、ちゃんと起きるから」ネネは返事をしなかった。代わりに、わたしの手に頬を押しつけた。わたしはその小さな重さを受け止める。今日を惜しむ気持ちと、今日が好きだという気持ちは、一緒にあってもよかった。もう少ししたら、起き上がろう。今度は、一日を取り返すためではなく、お腹がすいたから。ネネの水を替えて、それから自分の飲み物を用意しよう。明日のことは、そのあとでいい。時計の針は、相変わらず進んでいる。わたしはもう一度だけ目を閉じた。手のひらの下で、ネネの寝息が続いていた。#青春小説 #日菜子とネネ #何もしない休日 #猫と暮らす #心を休める【送料無料】手作り猫 首輪 【ミニドット シンプルシュシュ首輪 鈴付き】猫用 猫用首輪 猫首輪 ドット 子猫 ~ 成猫 おしゃれ かわいい シュシュ リボン 安全 超軽量 選べる 鈴付き ねこ首輪 ハゲない ハゲにくい ポスト投函 国産 ハンドメイド価格:1,199円(税込、送料無料) (2026/10/15時点)楽天で購入
2026/10/15
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枕を、三度も直していた。右の角を持ち上げ、真ん中を軽く押し、白いカバーの皺を手のひらで伸ばす。いつもならそれで終わるのに、今夜は置いたそばから、少し傾いている気がした。もう一度、両端をつかむ。布の擦れる音が、静かな部屋に妙に大きく響いた。ベッドの上で、ネネがわたしを見ていた。前脚をそろえ、しっぽを体に沿わせている。枕の隣。毎晩、わたしが横になる前に、一度は座る場所だ。「もうちょっと待ってね」ネネは瞬きをした。七歳の白い猫には、枕の角度など、どうでもいいのだろう。たぶん、わたしにも。ベッド脇のランプが、蜂蜜を薄く溶かしたような色で部屋を照らしていた。壁に掛かった植物の絵も、小さな時計も、その光の中では輪郭が柔らかい。カーテンの隙間には、濃い青の夜があった。お風呂上がりの首筋を、部屋の空気がゆっくり冷ましていく。淡い色の部屋着は軽く、腕を動かすたび、洗剤の匂いがかすかに立った。もう眠る準備はできていた。歯も磨いた。明日の鞄も揃えた。目覚ましも、いつもの時刻に合わせてある。それなのに、枕から手を離せない。置けば、今日が終わってしまうからかもしれなかった。寝る前に考え始めると、昼間は見えていなかったことばかり、よく見える。もう少し早く取りかかればよかった課題。分からないところを聞かれて、うまく説明できなかったこと。それから、友達から届いていた一通のメッセージ。『今日、ちょっと元気なかった?』心配してくれているのは分かった。嬉しくもあった。けれど、何かあったの、と続けて聞かれたら、何と答えればいいのか分からなかった。大きな出来事はない。泣くほどのこともない。ただ、いくつかの小さなつまずきが、靴の中の砂みたいに、ずっと気になっていた。だから、『全然。大丈夫だよ』と返した。そのあとに来た『そっか、よかった』を見て、少しほっとして、少し寂しくなった。自分で閉めた扉なのに。枕の中央を押すと、へこんだ場所がゆっくり戻った。「別に、悪い日じゃなかったんだけど」ネネに言う。彼女はわたしの手元を見ていた。楽しいこともあった。笑ったし、おいしいものも食べた。なのに夜になると、うまくできなかった数分が、一日の真ん中に座ってしまう。そんなものに席を譲らなければいいのに、わたしはわざわざ、その前へ椅子を運ぶ。なぜああ言ったのだろう。どうして、あそこで黙ってしまったのだろう。次なら、もっと上手にできるだろうか。考えるほど、眠ることが後回しになった。「あと一個だけ、ちゃんとしたら」何を、と聞かれたら、答えられなかったと思う。終わっていない課題は、明日続きをやるしかない。口にしてしまった言葉も、頭の中で言い直しただけでは相手に届かない。それでも、すっきりしないまま眠るのは、何かを途中で投げ出すようで落ち着かなかった。ネネが、ひげを動かした。わたしはやっと枕を置いた。すると彼女は立ち上がり、整えたばかりの端へ前脚を載せた。「あ」白いカバーに、新しい皺が寄る。ネネは気にしない。念入りに鼻を近づけ、片方ずつ足を踏み替えて、その場所を確かめる。「せっかく、今」言いかけて、口を閉じた。ネネがこちらを見上げていた。何か問題でも、と言いたげな目。わたしは枕の皺を見た。数秒前なら、すぐ伸ばしていたはずの皺だった。でもその上には、丸い白い足が二つある。「……いいです。そこは」笑うと、頬が思ったよりこわばっていたことに気づいた。ネネは許可など待っていなかったらしく、もう別の場所を嗅いでいる。きれいに整った寝床より、自分が落ち着く寝床を探していた。わたしはベッドの縁に腰を下ろした。マットレスが沈み、ネネの体がわずかにこちらへ傾く。彼女は一歩踏み直し、それから、わたしの膝へ鼻先を寄せた。冷たい感触に、指が自然と動いた。耳の後ろを撫でる。白い毛の奥は温かかった。今日を好きになれないままでも、今日のわたしを休ませていい。ふと、そんな言葉が浮かんだ。声にはしなかった。代わりに、肩から息を落とすように、ゆっくり吐いた。ネネは目を細めた。撫でる手が少し強かったのか、次の瞬間には顔をそむける。「あ、ごめん」手を止めると、今度は額が指へ戻ってきた。加減が難しい。七年一緒にいても、まだ難しい。でも分からないたびに、最初からやり直しになったりはしない。少し手を緩めて、もう一度触れば、それで済むこともある。ベッド脇で、スマートフォンの画面が光った。通知ではなかった。置き方がずれて、手が触れただけだった。そこに、さっきのやり取りが残っていた。『そっか、よかった』明るい文字が、暗がりの中で近すぎる。わたしは画面を消そうとして、指を止めた。今さら、と思う。大丈夫だと言ったばかりなのに。もう向こうは別のことをしているかもしれない。眠っているかもしれない。何もなかったことにして、明日いつもどおり話すほうが簡単だ。ネネの背中から、手を離した。彼女は文句を言わず、枕の横に座り直した。わたしは短く文字を打った。『さっき大丈夫って言ったけど、ちょっと疲れてたかも。気づいてくれてありがとう』読み返す。大げさではないだろうか。かえって心配させないだろうか。また消しそうになって、今度は、その下へ一行足した。『また明日ね。おやすみ』胸の奥が小さく跳ねたまま、送信した。音はしなかった。部屋は何も変わらなかった。ランプは相変わらず温かい色で、時計は同じ速さで進んでいた。それでも、さっきまで頭の中だけで言い直していた言葉が、一つ、外へ出た。わたしは返信を待たずに、画面を伏せた。今夜中に全部説明しなくていい。明日、顔を見てから話せることもある。「……では、寝ましょうか」少し改まって言うと、ネネがこちらを向いた。「お待たせしました」差し出した指の匂いを、彼女は短く確かめた。許されたのかどうかは、分からない。掛け布団をめくると、シーツはひんやりしていた。足を入れ、体を横たえる。枕の端にはネネがつけた皺が残っていて、頬に当たると、少しだけ感触が違った。直さなかった。ネネは布団の上を歩いてきた。前脚の重さが、順番に伝わる。慎重そうに歩くのに、わたしのお腹を通るときだけ、なぜか遠慮がない。「そこ、ちょっと」小声で抗議すると、白いしっぽが顎をかすめた。彼女はわたしの腕のそばで向きを変え、一度丸くなりかけてから、やっぱり少し伸びた。今夜の形が決まったらしい。手を置くと、柔らかい胸の動きが分かった。一度、二度。数えているうちに、自分の息までゆっくりになった。今日うまくいかなかったことは、消えていない。明日のわたしが向き合うことも、まだある。でも、いま確かめなければならないのは、その全部ではなかった。ネネの寝場所を潰していないこと。足先が冷えていないこと。目を閉じたいと、体が言っていること。わたしは空いた手を伸ばし、ランプのスイッチに触れた。消す前に、もう一度だけネネを見る。半分閉じた目が、こちらを見返した。きちんと終われなかった日にも、おやすみは言っていい。「おやすみ、ネネ」灯りが消えた。カーテンの隙間から入る夜の光で、白い背中だけがうっすら見えた。暗さに目が慣れるのを待たず、わたしはまぶたを閉じる。手のひらの下で、ネネが少しだけ身じろぎした。それから、温かい額が、指の間に収まった。今度はわたしも動かずに、その重さを受け止めた。枕は少し傾いていた。ちゃんと、眠れそうだった。#青春小説 #日菜子とネネ #おやすみの前に #今日の自分を休ませる #猫と眠る夜\楽天ランキング1位/ 【獣医師監修】 猫 おもちゃ 猫 おもちゃ 電動 猫 おもちゃ 自動 電動ねずみ ねこ ねずみ おもちゃ 玩具 電動 猫 玩具 自動 2種類のモデル リモコン付き USB充電式 簡単操作価格:2,480円~(税込、送料無料) (2026/10/13時点)楽天で購入
2026/10/13
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ネネが、いつもより三歩も近くにいた。リビングへ入るとき、わたしは危うく立ち止まりそこねた。普段ならソファの上から片耳を動かすだけの白い猫が、今日は入口のすぐそばで、しっぽを立てて待っている。「ただいま」返事は短かった。にゃ、と一声。それから視線が、わたしの顔を通り過ぎ、手元の紙袋へ落ちた。「……そっち?」袋を少し持ち上げると、ネネの顎も上がる。下げると、下がる。分かりやすすぎて、笑ってしまった。「お土産、あるよぉ」声に出した途端、今日ずっと言いたかったのはこれだったのだと気づいた。窓から差す光が、床を長く照らしていた。レースのカーテンが膨らみ、ソファの紫色のクッションに薄い影を落としている。外では気づかなかった汗が、首筋にじんわり残っていた。肩から黒いバッグを下ろすと、紐の当たっていた場所がふっと軽くなる。わたしはラグの上に膝をついた。紙袋を置く。ネネも座る。まだ何も出していないのに、もう話が通じているみたいだった。「順番にね」持ち手を開くと、乾いた紙の音がした。ネネの鼻がすぐに近づく。ひげの先が袋に触れ、かすかに震えている。その真剣さに、わたしまで声を落とした。「まず、ごはん」白い袋を取り出すと、中の粒がざらりと動いた。ネネは鼻を寄せて確かめ、それから袋の向こうを覗き込む。まだありますよね、という顔。「はいはい。分かってます」次に、桃色のおやつの袋。ラグの端へ置くより早く、白い前脚が伸びてきた。「それは、あと。今は開けないよ」わたしが指を添えると、ネネはぴたりと手を止めた。そのまま目を細める。最初から触るつもりなんてありませんでした、という顔が、七歳になってますます上手になった。そして最後。黒い柄をつまみ、白と紫の羽根を袋から抜く。小さな鈴が、ちり、と鳴った。ネネの顔が変わった。耳が前を向き、さっきまで余裕のあった体が、ほんの少し低くなる。瞳の中に、窓の光が丸く映っていた。わたしは左腕にごはんを抱えたまま、右手のおもちゃをそっと持ち上げた。白い前脚が、それを追った。ぱ、と開いた足先。爪の出ていない、柔らかそうな手。「気になる?」聞くまでもなかった。ネネは返事をする代わりに、もう一度、少し遠くまで腕を伸ばした。羽根に触れた先端が、ふわりと揺れる。買ってよかった。こんなに早くそう思えるなんて、売り場で迷った時間が可笑しくなる。でも同時に、もう少し喜んでほしい、と思ってしまった。せっかく選んだのだから。いくつも手に取って、色や柔らかさを比べて、これに決めたのだから。わたしは羽根を右へ動かした。ネネの顔も右へ動く。今度は左。次もついてくる。嬉しくなって、少し速く振った。鈴が続けて鳴り、羽根が光の中で細くほどける。けれど、三度目には、ネネは動かなかった。片方の前脚を下ろし、座り直した。「……あれ?」もう一度振る。見ている。でも、手は出さない。「さっき、欲しそうだったじゃん」わたしは小声で言った。ネネは胸元を一舐めした。わたしのほうを見もしない、その余裕。まだ始めたばかりなのに。左腕のごはんの袋が、妙に重たくなった。わたしは意外と、こういうことにむきになる。一度うまくいくと、同じようにやれば、もう一度うまくいくと思ってしまう。そうならないと、さっきより頑張ればいいのだと、力を入れる。勉強でも、練習でも。親切のつもりで何かをしたときまで。相手が少し困った顔をして、ようやく手を止めることがある。ネネは困った顔をしない。ただ、毛づくろいをする。その迷いのなさが、今日は少し羨ましかった。「お気に召しませんか」わざと丁寧に聞いてみる。ネネの耳だけが動いた。分かっている。おもちゃが気に入らないとは限らないし、ずっと遊び続ける約束をしたわけでもない。それなのに、わたしはさっきの、前脚をいっぱいに伸ばした顔を、もう一度見たかった。喜ばせたい気持ちには、ときどき、喜んでほしい気持ちが混ざる。右手を下げると、鈴の音が止まった。部屋の中に、時計の針の音が戻ってくる。わたしはごはんの袋を紙袋の横へ置いた。両腕が空くと、歩き回った疲れが今さら膝へ集まってきた。「ちょっと、休憩」誰への言い訳か分からないまま、そう言った。ラグは日差しの当たるところだけ温かい。指をつくと、短い毛足がさらりと倒れた。ネネの白い背中も、同じ色の光を受けている。おもちゃを膝の横に置き、わたしは小さく息を吐いた。そのとき、ネネが立った。羽根へ向かうと思った。けれど白い体は、それを通り過ぎた。わたしの膝のそばへ来て、Tシャツの裾を嗅ぐ。外の匂いがするのだろう。鼻先が布越しに触れ、ひんやりした。次に手首。それから、何も持っていないわたしの指。「なに?」指を丸めると、ネネが額を押しつけてきた。一度。少し離れて、もう一度。思っていたより強い力だった。わたしの手が、押されて膝の上へ戻る。ネネはその下へ、自分から頭を入れた。「……そっか」声が小さくなった。お土産を出すのに忙しくて、まだ一度も撫でていなかった。待っていたのは袋なのだと、勝手に決めつけていた。もちろん、袋も待っていたのだろう。ごはんも、おやつも、気になるに違いない。でも、今ここにある額は、わたしの指を押し上げている。わたしは首の後ろへ手を滑らせた。毛の表面は日に温められ、その奥にはネネ自身の熱があった。指の腹でゆっくり撫でると、耳が少し横へ開く。低い音が、手のひらまで伝わってきた。「ただいま、ネネ」さっきよりも静かに言った。ネネは目を細めたまま、喉を鳴らしている。急に、帰ってきた気がした。靴を脱いだときでも、バッグを置いたときでもなく、この白い頭の重さを受け止めた今になって。外でのわたしは、思っているよりいろいろな顔をしている。店員さんに声をかける前の顔。道を譲るときの顔。知らない場所で、知っているふりをしそうになる顔。どれも嘘ではないけれど、少しずつ力が入っている。ネネの前では、それが指先から抜けていった。「いっぱい選んできたんだよ」返事はない。「でも、まずこっちだったね」撫でる手を止めると、ネネはすぐに顔を上げた。わたしは笑って、もう一度耳の後ろを掻いた。しばらくして、彼女は満足したらしく、何の挨拶もなく一歩離れた。そして今度こそ、床の羽根を見た。見る。わたしを見る。また、羽根を見る。「今なの?」その間のよさに、笑いがこぼれた。今度はおもちゃを、低く動かした。ラグの端に隠して、少しだけ見せる。ネネのお尻がわずかに揺れた。白い前脚が伸び、羽根を押さえる。わたしはすぐには引かず、そのまま少し待った。捕まえたものを確かめる横顔は、真剣で、どこか得意そうだった。「つかまった」わたしが言うと、ネネは柄のほうへ目を向けた。誰が動かしているのか、知っている。知っていて、遊んでくれる。鈴が一度鳴った。窓の光がさっきより低くなり、紙袋の影がラグへ伸びていた。おやつも、ごはんも、まだ封をしたまま並んでいる。買ってきたものは、これから少しずつ減っていく。けれど今日のこの時間には、レシートに載らないものが増えた気がした。待っていてくれる誰かがいると、ただの帰宅が、会えた時間になる。わたしは羽根をほんの少し動かした。ネネが押さえ直す。「もう一回?」白い前脚は、まだ離れない。「はいはい」わたしは膝の位置を直して、ラグの上に落ち着いた。帰ってからやろうと思っていたことを、一つだけ、あとにする。その代わり、空いていた左手で、ネネの背中をそっと撫でた。今度は、忘れずに。#青春小説 #日菜子とネネ #ただいまの幸せ #猫へのお土産 #待っていてくれる存在猫 おもちゃ LEDポインター ライト 猫じゃらし ねこじゃらし USB充電 猫用おもちゃ 運動不足解消 ねこ ネコ キャット ペット 光るおもちゃ 肉球 ほね さかな ハート ねずみ ストレス解消価格:680円(税込、送料無料) (2026/10/13時点)楽天で購入
2026/10/13
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あれ、こんなに小さかったっけ。受け取ったソフトクリームを見て、最初に思ったのはそんなことだった。白い渦が三つほど重なって、先端が少し横へ曲がっている。コーンの網目も、それを包む薄い紙も、覚えていたとおりだった。なのに、手に収めると、何かが違った。「はい、気をつけてね」売り場のおばさんが言った。わたしは頷き、商店街の端へ二歩ほど寄った。左手の紙袋が脚に当たって、かさりと鳴る。袋の口から、ネネに買った猫じゃらしの紫の羽根がのぞいていた。右手にソフトクリーム。左手に猫のごはんとお土産。両手がふさがって、髪が頬にかかっても直せない。そういうところまで、なんとなく夏休みみたいだった。透明な屋根を通った午後の光が、通りの敷石に四角く落ちていた。焼き鳥屋から甘辛いたれの匂いが流れてくる。その隣では、揚げたてのコロッケが金網の上へ並べられたところだった。少し先に、和菓子屋の赤い庇が見える。知らない店も増えたけれど、匂いの順番はあまり変わらない。わたしはソフトクリームの先を、そっと口に含んだ。冷たい。次に、甘い。それから、ミルクの味がした。舌の上で滑らかにほどけ、喉へ届く頃には、もう形がない。「……これだ」誰に聞かせるでもなく、言っていた。思い出そうとしていたわけではなかった。それなのに、口の中へ入ってきた甘さと一緒に、日焼けした腕や、汗で額に貼りつく前髪まで浮かんできた。夏休みの買い物。母の持つ大きな袋。歩くたび、裸足の踵から離れるサンダルの音。記憶はいつも、出来事から戻ってくるとは限らないらしい。何を話したかより先に、あの日も指がべたべたしていた、と分かることがある。わたしはコーンを少し回した。日差しの当たっていた側に、細い白い筋ができている。慌ててそこを口にすると、今度はコーンの縁まで歯に触れた。さく、と小さな音がする。まだ、そこを食べる予定ではなかったのに。削れた縁を見つめて、わたしは一人で笑った。「落ちるから、早く食べなさい」昔、何度も言われた声が、すぐそばに聞こえた気がした。今なら分かる。あれは急かしたかったのではなく、わたしが泣く前に、どうにかしたかったのだろう。でも当時のわたしは、頑固だった。自分で持つと言ったら、絶対に渡さない。手伝おうかと差し出された手から、少し体をひねってソフトクリームを遠ざける。全部、自分のものにしたかった。冷たさも、甘さも、持っている誇らしさも。今のわたしは、ちゃんと一人で買える。小銭を数えて、袋を持って、人の邪魔にならない場所を探して食べられる。ただ、溶ける速さには、まだ少し負ける。左手の持ち手が指に食い込んできた。猫のごはんは、持ったばかりのときより重い。いったん袋を足元へ置くと、肩から力が抜けた。紫の羽根が二、三度揺れて、止まる。わたしは空いた手を開いた。指の付け根に、赤い線がついている。その手を、ソフトクリームの横へ並べてみた。ああ、と、ようやく思った。小さくなったのは、これではないのかもしれない。わたしの手が、大きくなったのだ。昔はもっと必死に握っていた。コーンを壊さないようにと言われても、加減が分からなくて、薄い紙がぐしゃぐしゃになるくらい。今は指先だけで支えられる。それを成長と呼ぶには些細すぎる気がしたけれど、目の前には確かに、その違いがあった。十七歳は、大きくなったねと言われる年齢なのに、自分ではあまり実感がない。進路の話になると、何がしたいの、と聞かれる。まだ考えている、と答える。嘘ではない。でも、ときどきその言葉を、考えがまとまらないことを隠すために使ってしまう。興味のあることはある。やってみたいことも、一つではない。けれど、一つ口に出した途端、それだけを目指す人にならなければいけない気がして、言葉の手前で止まってしまう。子どもの頃は、知らないものを見つけると、すぐに指を差したのに。ソフトクリームの表面に、小さな艶が広がる。わたしはまた一口食べた。大きくなった手にも、まだ持ちきれないものがある。甘さが喉を通っていく。将来のことを考えながら食べても、ソフトクリームは律儀においしかった。そのことが少しおかしくて、ありがたかった。隣で、靴音が止まった。小さな男の子が、母親と一緒にソフトクリームを持っている。白い先端を見上げる顔が真剣で、こちらまで姿勢を正したくなる。母親が屈み、何かを言った。男の子はすぐに首を振った。「じぶんで」わたしは視線を落とした。笑ったら、悪い気がした。でも口元は緩んでしまう。その子の母親は、持とうとしていた手を引っ込めた。ただ、ハンカチを出したまま、隣に立っている。わたしにも、あんなふうに待ってくれていた人がいた。自分では一人でできたつもりのことを、誰かがすぐそばで見ていた。ソフトクリームから、白い雫が指へ落ちた。「あ」冷たさに、現実へ戻る。慌てて舐めようとして、かえってコーンを傾けかけた。何をしているんだろう。十七歳になっても、結局これだ。売り場へ目を向けると、おばさんがこちらに気づいた。「紙、いる?」わたしは反射的に、大丈夫です、と言いかけた。その言葉が舌の先まで来て、止まる。右手はべたべただし、バッグの中のハンカチを出すには、また持ち替えなければならない。大丈夫ではある。どうにかできる。けれど、それと、受け取らないことは同じではなかった。「……一枚、ください」おばさんは二枚、紙ナプキンを差し出してくれた。「今日はよく溶けるねえ」「はい。追いつかなくて」「ゆっくり急いで」変な言い方だった。わたしが笑うと、おばさんも笑った。紙をコーンに巻き足し、汚れた指を拭く。それだけで、ずいぶん食べやすくなった。手伝ってもらったからといって、わたしのソフトクリームではなくなるわけではなかった。昔の自分に教えたら、きっと納得しないだろう。今のわたしだって、たぶん、毎回はうまくできない。それでも今日は、一枚くださいと言えた。足元の袋を壁際へ少し寄せて、もうしばらくここで食べることにした。歩きながら全部こなそうとしなくてもいい。白い渦は、もうほとんど残っていなかった。コーンの内側へ溶けた部分が染み込み、縁だけが少し柔らかくなっている。そこをかじると、冷たい甘さのあとから、焼けた小麦の香りがした。わたしは、この辺りが好きだった。子どもの頃も、たぶん。最後に近づいて寂しいのに、いちばんおいしい。頭上で、古い提灯がわずかに揺れた。通りを抜ける風が、汗ばんだ首筋を冷やしていく。ふと、母にもこの味を聞いてみたくなった。昔から同じだったのか。わたしはいつも何を話していたのか。どのくらい食べるのが遅かったのか。全部は覚えていないだろう。覚えていなくても、一緒に笑える気がした。次は二つ買おうと思った。一つを買ってもらっていたわたしが、今度は二つ、窓口で頼む。まだ自分のお小遣いでは少し大きな買い物だけれど、できないことではなかった。戻れない頃の味が、これからの約束になる。コーンの先を、ひと口で食べた。歯の間で、軽い音がした。口の中の甘さが消えないうちに、足元の紙袋を持ち上げる。持ち手の跡はまだ残っていたけれど、さっきほど気にならなかった。「ごちそうさまでした」売り場のおばさんへ声をかける。またどうぞ、と返ってきた。わたしは一度頷いて、光の落ちる通りへ足を出した。大きくなった手の中で、紙袋が鳴る。唇の端には、まだ少し、あの頃と同じ甘さが残っていた。#青春小説 #日菜子の日常 #思い出のソフトクリーム #商店街の午後 #変わらない味獣医師監修 猫 おもちゃ 一人遊び 運動不足 球体自動猫じゃらし にゃんにゃんタマタマ 動く ねこじゃらし USB充電 ねこ ペット 猫用品 ストレス発散価格:1,699円(税込、送料無料) (2026/10/13時点)楽天で購入
2026/10/13
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「ごはんだけ、の予定だったんですけど」そう言いながら、わたしの右手には猫じゃらしが握られていた。店員さんの視線が、その先へ移る。白と薄紫と淡い緑の羽根が、冷房の風を受けてふわふわ揺れていた。わたしが何もしていなくても楽しそうで、それが少し、言い逃れのできない感じだった。「よくあります」店員さんが笑う。わたしも笑って、左腕に抱えた猫のごはんを持ち直した。袋の中で粒が動き、ざらりと音を立てる。窓際から、白い耳がこちらを向いた。ネネは低い棚の上の休憩スペースに座っていた。猫と一緒に入れるこの店で、七歳の彼女は早々にお気に入りの場所を見つけ、買い物をわたしに任せきっている。背中には午後の日差し。前脚はきちんとそろえて、いかにも付き添いで来ました、という顔をしていた。買い物の主役は、そっちなのに。「ネネ。これ、どう?」少しだけ柄を傾ける。白い顔が動いた。羽根を見る。わたしを見る。それから、窓の外を見る。以上。「あれ」思わず漏れた声に、店員さんが口元を緩めた。「今は外が気になるのかな」「……家だと、もうちょっと反応するんです」なぜか、ネネの名誉を守るようなことを言ってしまう。本当は家でも、気分次第だ。わたしが張り切っている日に限って眠そうで、宿題を始めると急に遊びたがる。こちらの都合を分かっていて外しているのでは、と疑いたくなるくらい、間が悪い。それでも、机の下から白い前脚が伸びてくれば、わたしは大抵、ペンを置く。店の中には、乾いた木と段ボールの匂いがした。棚には猫の顔が印刷された袋が並び、ガラスの照明から柔らかい光が落ちている。ミント色のTシャツの袖から出た腕には、冷房が少し涼しかった。猫じゃらしの柄は、手のひらにさらりとなじむ。値札は、もう三回見た。買えない値段ではない。でも、何も考えずに買えるほど、十七歳のわたしのお財布は頼もしくない。ごはんのお金とは分けてある、小さなお小遣い。これを買ったら、帰りに何か甘いものを選ぶのは、また今度になる。わたしは羽根を見た。次にネネを見た。ネネは自分の胸元を、丁寧に舐めていた。せめて少し、迷うのを手伝ってほしい。「おもちゃ、いっぱい持ってるんですか?」店員さんに聞かれ、わたしは曖昧に笑った。「いっぱい、というか……増えちゃって」引き出しの一段を思い浮かべる。布のねずみ。小さなボール。短いリボンのついた棒。使い込んだものもあれば、ほとんど新品のものもある。好きだと思って似たものを買うと、新しいほうには見向きもしなかったりする。同じに見えても、ネネには違うのだろう。その違いを知りたくて、また手が伸びる。この羽根なら。この柔らかさなら。こんなふうに動かしたら、あの、ひげを前へ向ける顔になるかもしれない。「結構、好みが難しくて」わたしが言うと、店員さんは窓際を見た。「選ぶほうも真剣になりますね」「そうなんです」思ったより強く頷いてしまった。真剣なのだ。こんな小さな買い物なのに。好きな相手のことなら、ちゃんと分かっていたい。七年も一緒にいるのだから、これなら喜ぶ、と迷わず選べる自分でいたい。なのに、ネネは七年経っても、ときどき初対面みたいな顔をする。昨日は撫でてほしがった場所を、今日は嫌がる。さっきまで一人でいたそうだったのに、急にわたしの手の下へ頭を入れてくる。分からないところが残っていると、少し悔しい。その悔しさで何度もおもちゃを振り、最後にはネネのほうから背中を向けられることがある。わたしは、ごはんの袋の角を指でなぞった。「前に買ったの、全然遊ばなくて」「そうでしたか」「でも、入ってた袋には入ったんです」店員さんが笑い、わたしもつられた。笑うと、ちょっとした失敗だったものが、いつものネネの話になった。あのときは、本当にがっかりしたのに。おもちゃを横へ置いて紙袋に収まる白い体が、今は妙にはっきり思い出せる。取っ手の間からこちらを見て、何か問題でも、と言いたげだった顔まで。喜ばせたかったはずが、いつの間にか、正解を当てたくなっていた。猫じゃらしを持つ手を下ろす。羽根が揺れなくなると、店の奥で流れている音楽が、少しよく聞こえた。ネネは、わたしの採点をしているわけではない。遊ばなかったからといって、わたしのことまで嫌いになったりはしない。そんな当たり前のことを、猫じゃらし売り場で考えている自分がおかしかった。「少し動かして、見せてもいいですか」わたしが尋ねると、店員さんは頷いた。「ゆっくりだと、どうでしょう」ネネのそばへ一歩寄る。顔の前で振りたくなる手を止めて、羽根を低い位置へ下ろした。棚の縁に隠すようにして、ほんの少しだけ動かす。ネネは、動かなかった。もう一度。今度は紫の羽根の先だけを見せる。白い耳が、こちらを向く。わたしは息を止めた。ネネの目が細くなくなる。そろっていた前脚の片方が、わずかに前へ出る。来る。そう思って、嬉しくて、つい大きく動かしてしまった。ネネはぴたりと止まった。それからゆっくり座り直し、わたしを見た。「……今の、早かった?」もちろん返事はない。けれど、さっきまでの無関心とは少し違う気がした。わたしは羽根を下げたまま待った。取り返そうとして、すぐ次の動きを足さない。店員さんも何も言わなかった。窓の外を車が通り、その光が天井を静かに横切った。ネネの背中の毛が、日差しの中で一本ずつ光っている。わたしが諦めかけたとき、白い前脚が伸びた。羽根の端へ、ぽす、と触れる。ほんの一度。それだけでネネは手を引っ込め、まるで何もしていないような顔をした。「見ました?」わたしは振り向いた。声が弾んでいた。「見ました」店員さんが頷く。ネネは窓の外を向いていた。褒められるのを待っていないところまで、いつものネネだった。わたしは笑った。もっと遊んでくれるかもしれない。やっぱり、今日の一回で終わりかもしれない。そのどちらでも、続きを見てみたかった。「これも、お願いします」カウンターに猫じゃらしを置く。決めてしまうと、不思議と値札を見直したくならなかった。確実に喜ぶものを見つけた、という自信ではない。帰ったら少し振ってみよう。眠そうなら、また今度にしよう。それくらいの気持ちで買うお土産があっても、いいと思った。レジが短く鳴る。わたしはお財布から小銭を出した。百円玉が指の間ですべり、慌てて受け止める。店員さんは急かさず、猫の絵のついた紙袋を広げてくれた。ごはんが底へ収まり、猫じゃらしの柄が斜めに入る。羽根を潰さないよう、袋の口は少し開けたままだった。「帰ってから、楽しみですね」「はい。わたしが」言ってから、少し照れた。でも、たぶんそれがいちばん正確だった。わたしが楽しみなのだ。ネネの丸くなる目も、空振りする前脚も、急に飽きてしまうところも。おもちゃを片づけようとした瞬間に、また姿勢を低くするところも。遊んでほしいのは、わたしのほうだった。窓際を見ると、ネネがこちらを見ていた。袋の音が気になっただけかもしれない。それでも目が合うと、わたしはつい笑ってしまう。「お土産、買っちゃった」一緒に来ているのに、お土産というのも変だけれど。ネネはゆっくり瞬きをした。紙袋の持ち手を握る。ごはんの重さが指にかかり、袋の口から薄紫の羽根がのぞいた。まだ起きていない楽しいことが、そこに一つ入っている。誰かを思って選んだ時間は、渡す前から、もう幸せなのだと思う。「帰ったら、ちょっとだけ付き合ってね」ネネの耳が動いた。わたしは袋を持ち直した。羽根がまた、ふわりと揺れる。今度はネネの目が、それを追った。気づかないふりをするのに、少しだけ苦労した。#青春小説 #日菜子とネネ #猫へのお土産 #飼い主は今日も甘い #小さな幸せ【40%OFFクーポン配布中 光沢/マット】iPhone17 ケース iPhone18Pro iPhone17e ケース iPhone16e iPhone15 iPhone16 ケース iPhone14 iPhone12 iPhone13 mini ケース iPhone18 Pro Max Air Plus 11 SE3 iPhoneケース スマホケース クリア カバー 軽量薄型 かわいい 韓国 人気価格:1,000円~(税込、送料無料) (2026/10/11時点)楽天で購入
2026/10/11
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指先に、何も触れていない。それなのに、わたしは思わず、くすぐったくて笑ってしまった。ガラスの向こうで、子猫が前脚を上げていた。わたしの人差し指と、小さな白い足先。その間には透明な一枚があるのに、こちらの体温まで伝わっているような気がした。買い物の途中、猫のおもちゃが並ぶ棚に目を留めただけだった。それが今は、店の隅でしゃがみ込んでいる。白いスニーカーの爪先に体重をかけ、膝の上へ片腕を載せる。肩のバッグがずり落ちそうになっても、直すのが惜しかった。子猫は、わたしが指を少し動かすたびに首を傾けた。茶色と黒の縞模様。白い胸元。顔に対して、まだ少し大きすぎる耳。ネネとは、全然違う色をしていた。なのに。「……こんなだったなあ」口に出した途端、胸の奥に、小さな重さが落ちた。店内には木の匂いがした。棚に掛かった色とりどりの首輪の金具が、暖かい照明を拾っている。低く流れる音楽に、袋を開く音が重なった。ガラスの内側には、柔らかそうなベージュの台と、桃色の寝床がある。子猫は台の端に座り、しっぽを後ろへ流していた。前脚を上げたままでは疲れるらしく、ときどき下ろしては、また持ち上げる。何度でも。その不器用な一生懸命さに、覚えがあった。ネネも、そうだった。動くものを見つけると、まず前脚が出る。届くかどうかは、そのあと考える。うまくいかなければ、少し離れて眺め直す。そして、何事もなかったような顔でもう一度。わたしの記憶の中では、いつも成功する直前で止まっている。実際には、転んだり、飽きたりしていたはずなのに。「うちにも、いるんだよ」子猫に囁く。「白くてね。もう七歳」子猫はわたしの口元を見上げた。話を聞いているのではなく、動く唇が気になるのだろう。そう思うと、また笑ってしまった。ネネなら、ここで目を細める。分かったから静かにして、とでも言いたげに。抱っこをしようとすると、前脚を突っ張るくせに、わたしが本を読み始めると膝に来る。名前を呼んだだけでは動かないのに、部屋を出ようとすると、いつの間にか足元にいる。あの気まぐれにも、ちゃんと順番がある。七年かけて、わたしは少しずつ、それを覚えた。ガラスの子猫が、わたしの指を追って立ち上がりかけた。小さな体がふらりと揺れる。「あ、危な……」指を止めると、子猫はすとんと座り直した。わたしだけが、慌てていた。ガラスに映った自分と目が合う。眉が下がって、口が半分開いている。学校ではあまり見せない顔だった。その向こうに、小さな縞模様が重なっていた。ネネがうちへ来たとき、わたしは十歳だった。七年。口にすれば短いのに、その頃の自分の声を、もうはっきり思い出せない。ネネを初めて呼んだとき、どんなふうに名前を言ったのだろう。今より高かったはずだ。手だって小さかった。それなのに記憶の中では、今のわたしの手が、小さなネネを抱いている。覚えているつもりのことが、少しずつ、今の形に直されている。それが急に、寂しかった。バッグからスマートフォンを取り出す。写真の一覧を開き、猫ばかりの画面を指で送った。眠っているネネ。窓辺のネネ。わたしのノートに、お腹だけを載せているネネ。大きくなったネネが、何枚も続く。その間に、古い写真をまとめたアルバムがあった。開くと、白い毛の塊みたいな一枚が目に入った。小さすぎて、耳だけが目立つ。「あった」声が少し弾んだ。画像を広げると、輪郭がぼやけた。暗い部屋で撮ったらしく、顔も少しぶれている。画面の端には、幼いわたしの膝が写っていた。もっときれいに撮っておけばよかった。思ってから、十歳のわたしには酷だ、と気づく。きっと写真より、触りたかった。画面を確かめるより先に、追いかけたかった。それでも、もう少し、と考えてしまう。あの頃の重さ。鳴き声。手のひらに収まった感触。一つ思い出せると、その隣に、思い出せないものが見つかる。「小さいころって、あっという間ですよね」近くで棚を整えていた店員さんが、静かに言った。わたしは画面を少しだけ見せた。「うちの子です。今は、もっと……大きくて」当たり前の説明になってしまった。「お名前は?」「ネネです」名前を口にすると、遠くなりかけていたものが、少し近づいた。店員さんは笑って、写真を覗き込んだ。「ネネちゃん。今のお写真もあります?」「あります。いっぱい」今度は、すぐに答えられた。画面を戻して、一枚選ぶ。洗濯物の上に座ったネネだった。畳みかけのタオルをお腹の下へ敷き、こちらをまっすぐ見ている。どいて、と言った直後の顔だ。「なんか、偉そうですよね」「落ち着く場所、見つけたんですね」そう言われて見ると、確かに、そういう顔にも見えた。譲る気のない顔。ここにいていいと、知っている顔。わたしは写真から目を離せなくなった。小さかった頃の写真にはない安心が、今のネネの顔にある。七年は、そこにも写っていた。店員さんが作業へ戻ると、子猫がガラスのそばへ鼻を寄せた。わたしがスマートフォンばかり見ていたあいだに、指を探していたのかもしれない。「ごめんね」画面を伏せ、もう一度、手を上げる。けれど今度は、すぐにネネを重ねなかった。目の上の細い縞。鼻の横の白い毛。右のひげだけが少し上を向いていること。この子には、この子の顔があった。わたしの指の手前で前脚を止め、何か考えるように瞬きをする。「きみは、きみだね」小さく言うと、子猫は大きな欠伸をした。思っていたよりずっと大きく口が開いて、薄桃色の舌が見える。伸ばしていた背中が丸まり、前脚が二本とも台へ戻った。もう眠いのだ。わたしは指を下ろした。まだ遊んでほしい気持ちを、そのまま膝の上へ置く。子猫は一度こちらを見てから、足先を舐め始めた。ガラスに置いたわたしの手の跡が、斜めの光に浮かんでいた。触れたつもりのなかった場所に、淡い跡が残っている。今のネネを、ちゃんと見ていただろうか。毎日一緒にいるから、知っていると思っていた。撫でれば喜ぶ場所も、嫌がる抱き方も知っている。でも、昨日の寝顔を説明しようとすると、いつもの寝顔、としか言えない。小さい頃へ戻ってほしいわけじゃない。今のネネが膝に乗ったときの、あのずしりとした重さも好きだ。わたしの声だけで耳を動かすところも。誰もいないと確かめてから、額を押しつけてくるところも。そういう一つ一つを、慣れたまま通り過ぎたくなかった。わたしはスマートフォンのメモを開いた。『今日のネネ』そこまで入力して、止まる。続きは、帰ってからにしよう。思い出で埋めずに、今日のネネを見てから。立ち上がると、しゃがんでいた膝が少しこわばった。Tシャツの裾を直し、肩へバッグを掛け直す。子猫はもう、わたしの指を探していなかった。台の上で丸くなる場所を、念入りに選んでいる。「またね」返事の代わりに、耳が動いた。その仕草だけはネネによく似ていて、今度は寂しくならずに笑えた。足元のおもちゃのかごには、色とりどりの房が並んでいた。わたしは柔らかい黄色の猫じゃらしを、一つ手に取った。遊んでくれるかは分からない。鼻先で確かめて、それきりかもしれない。きっとわたしは少しがっかりして、それでも片づける前に、もう一度だけ振るだろう。そのときの顔を、見たいと思った。いつか懐かしくなる今日を、まだ、きみと過ごせる。黄色い房が、指の動きに合わせてふわりと揺れた。ガラスの向こうでは、子猫が目を閉じかけていた。わたしは音を立てないよう、おもちゃの柄を持ち直した。#青春小説 #日菜子とネネ #猫との暮らし #いつか懐かしくなる今日 #小さな命と過ごす時間【40%OFFクーポン配布中 春夏に人気】iPhone17 ケース iPhone18Pro iPhone17e ケース iPhone16e iPhone16 ケース iPhone15 iPhone14 iPhone12 iPhone13 mini ケース iPhone SE 第3世代 iPhone18 Pro Max Air Plus 11 カバー iPhoneケース クリア スマホケース かわいい 韓国価格:1,000円~(税込、送料無料) (2026/10/11時点)楽天で購入
2026/10/11
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いつもの商店街に、知らない音がしていた。ちりん、と一度。少し間を空けて、もう一度。自転車のベルより細く、食器の触れる音より遠い。わたしは歩幅を緩めて、透明な屋根の下を見上げた。店先の看板が並ぶ、そのどこかで鳴った気がする。けれど、パンの絵が描かれた看板も、花屋の白い旗も、何も教えてくれなかった。風が通り抜ける。頬にかかった髪が浮き、紫がかった毛先が視界の端をかすめた。今日は白いTシャツに、横へ白い線の入った黒いパンツ。制服ではないだけで、足まで少し自由になった気がする。新しく洗ったスニーカーの爪先が、日なたへ出るたび眩しかった。肩に掛けた小さな黒いバッグから、折り畳んだメモを取り出す。トマト。玉ねぎ。食パン。お母さんに頼まれた三つの下に、わたしが書き足した「黒の替え芯」がある。それだけ買って帰るつもりだった。知らない音は、もう聞こえなかった。八百屋の軒先には、緑色の庇の下まで野菜があふれていた。葉の先に水を残した小松菜。つやつやした茄子。木箱の中で肩を寄せ合うトマト。手書きの値札が、風にぱたぱた鳴っている。「今日は赤いの、いいよ」店のおじさんが、わたしの手元のメモを見て言った。「あ、じゃあ……」差し出された袋に手を伸ばしかけて、その隣に、小さな黄色いトマトがあることに気づく。細長いものも、ころんと丸いものもある。光をためた飴みたいだった。「それも、トマトですか」聞いてから、見れば分かるのに、と思った。おじさんは気にせず、黄色い実を一つつまんだ。「そう。こっちは少し歯応えが違うね」買ってみたい、と思う。でも、メモにはただ「トマト」としか書かれていない。いつも食卓にあるのは赤いものだ。黄色いほうがよかったと言われることはなくても、普通のでよかったのに、と言われる可能性はある。そこまで考えている自分が、急に面倒くさくなった。「……赤いの、ください」「はいよ」袋の内側に、小さな水滴がついていた。受け取ったトマトは、指にひんやり重かった。頼まれたとおりに買えた。それなのに、立ち去るとき、黄色いほうをもう一度見てしまった。わたしはたぶん、好きなものを選ぶのに少し時間がかかる。嫌いなものなら、すぐ分かるのに。かわいいと思った服も、似合わなかったらと考える。気になる本も、最後まで読めなかったらと戻してしまう。誰かに勧められたものなら、その人の名前を理由にできるから、少し安心する。自分だけが好きだと思ったものは、説明するのが難しい。しかも、一度選ぶと、わたしはなかなか引き返せない。失敗だったね、と笑う代わりに、よかったところを意地になって探してしまう。だから最初から、失敗しそうにないものへ手が伸びる。十七歳にもなって、と思う。十七歳だからなのかもしれない、とも思う。向かいのカフェから、コーヒーの匂いがした。黒板に白いチョークで描かれたカップ。その足元には、小さな花が鉢からこぼれるように咲いている。水をまいたばかりらしく、石畳の色がそこだけ濃かった。通りの先で、パン屋の扉が開く。バターの甘い匂いが、コーヒーの苦い香りをふわりと追い越した。わたしのお腹が、小さく鳴った。「……それは、分かりやすいね」誰にも聞こえない声で言う。食べたいものくらい、こうして全部、お腹が教えてくれたらいいのに。パン屋のガラス越しに、丸いパンが並んでいるのが見えた。表面に粉をまとったもの。焼けたチーズが端からはみ出したもの。名前の分からない、ねじれた形のもの。食パンだけ買うつもりだった。その「だけ」が、今日は何度も足元に引っかかる。買い物メモは、忘れ物をしないために書いたはずなのに。いつの間にか、それ以外を見ないための紙になっている。欲しいものより先に、欲しがっていい理由を探していた。メモを裏返すと、何も書かれていなかった。白い面に、屋根の骨組みの影が斜めに落ちる。わたしは紙を畳み直し、バッグへしまった。そのときだった。ちりん。さっきの音が、今度は右側から聞こえた。花屋の隣に、間口の狭い雑貨屋があった。いつもは色とりどりの鉢植えに目を取られて、通り過ぎていた場所だ。軒先に、小さなガラスの飾りが下がっている。透明な魚の下に、細い金属の棒が三本。風が吹くと、魚がゆっくり回って、棒同士が触れ合う。わたしが探していた音は、それだった。近づくと、魚のお腹に小さな泡が閉じ込められているのが見えた。作るときに入ったのだろうか。それとも、わざとだろうか。指で触ってみたくなって、でも割りそうで、手はバッグの紐を握ったままだった。「いい音でしょう」店の奥から声がした。生成りのエプロンをつけた女の人が、棚の上の布を畳んでいた。「あ、はい。向こうまで聞こえて」「今日は風があるからね」女の人はそう言って、また布へ目を戻した。何か買わなければ、とは言われなかった。少しだけ、肩の力が抜けた。店先のかごには、小さな布の袋や、陶器のボタン、木でできた鳥が並んでいた。その横に、色違いのしおりがある。細い紙に押し花を挟み、透明な膜で包んだだけの、薄いしおり。青。黄色。淡い紫。わたしは紫の花へ手を伸ばした。隣のものより、花びらが一枚、少し内側へ曲がっている。茎もまっすぐではない。けれど、その傾きが、風の中で踏ん張っているように見えた。裏返すと、値段は百八十円だった。自分のお財布から払える。使い道もある。読みかけの本には、いま、レシートを挟んでいる。それでも一度、かごへ戻しかけた。他の色も見たほうがいい。もっときれいな形があるかもしれない。そもそも、しおりがなくて困っているわけじゃない。頭の中に並び始めた言葉の途中で、ガラスの魚が鳴った。わたしの指は、まだ紫の花を持っていた。朝の光を通した花びらには、細い筋が何本も走っている。遠くからは分からなかったものが、手に取ると見えた。「これ、ください」自分の声が、思ったよりはっきり響いた。女の人が顔を上げる。「紫のね」「はい」かわいかったので、と言いそうになって、やめた。理由は聞かれていない。百円玉と五十円玉、それから十円玉を三枚。小さな皿へ置くたび、乾いた音がした。女の人は薄い紙袋にしおりを入れ、口を一度折ってくれた。「ありがとう」「ありがとうございます」受け取っても、ほとんど重さはなかった。なのに、バッグへしまう手つきが、さっきまでと違っていた。折れないように。トマトと一緒にしないように。小さな内ポケットへ、まっすぐ差し込む。たった百八十円の買い物で、何かが変わったと言うのは大げさだと思う。わたしはきっと、次も迷う。選んだあとで別の色を思い出すかもしれないし、花びらの曲がりが気になる日だってあるかもしれない。でも、今日、この光の中で好きだと思ったことまで、間違いにしなくていい。店先を離れると、風がTシャツの袖を膨らませた。玉ねぎの入った袋が脚に当たり、かさりと鳴る。パン屋の前には、さっきなかった焼き上がりの札が出ていた。わたしは扉の前で足を止めた。食パンを買おう。それから、あのねじれたパンの名前を聞いてみよう。買うかどうかは、聞いてから考えればいい。ガラスに映ったわたしは、黒いバッグの紐を握っていた。いつもと同じ顔なのに、口元だけが少し緩んでいる。寄り道の帰りには、自分の好きがひとつ増えている。バッグの中で、紫の花が揺れた気がした。まだ替え芯も買っていない。買い物は途中だ。わたしはメモを出さずに、パン屋の扉へ手を掛けた。#青春小説 #日菜子の日常 #商店街の寄り道 #小さなときめき #自分の好きを見つける<先行予約限定1,000円>【年間ランキング6位】 裏起毛 レギンス トレンカ 冷え取り 冷えとり あったか レディース 暖かい 10分丈 元祖裏起毛 防寒 裏ボア リブレギンス 【元祖裏起毛もっこもこレギンス】 ダークエンジェル価格:1,000円(税込、送料無料) (2026/10/9時点)楽天で購入
2026/10/09
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今朝は、起こされなかった。いつもなら、まぶたを開けるより先に、頬へ冷たい鼻が押しつけられる。気づかないふりをすれば、遠慮のない前脚が飛んでくる。それでも起きない朝には、枕元で、いかにも困りましたという声で鳴かれる。なのに今日は、静かだった。薄く目を開けると、白い耳がすぐ下にあった。ネネは、わたしの腕の中で眠っていた。ピンクの縞のパジャマに頬を預け、前脚をそろえて、少しだけ口元を緩めている。カーテン越しの光が毛の一本一本を透かして、耳の内側だけを淡い桜色にしていた。「……おはよう」囁いても、返事はない。片耳が一度こちらを向き、用件はそれだけですか、とでもいうように元へ戻った。起きているのかもしれない。でも、そのことは追及しないでおく。背中の枕が、ちょうどいい具合にへこんでいた。昨夜洗いたてのカバーへ替えたばかりで、頬を寄せると、かすかに石鹸の匂いがする。掛け布団から出た手首には朝の空気がひんやり触れ、そのすぐ内側にはネネの体温があった。右腕が、少ししびれている。動かせないほどではない。ただ、動かすには惜しい。窓の外で、自転車のブレーキが短く鳴った。遠くで誰かが挨拶をして、車の走る音にまぎれていく。部屋の中では、カーテンの裾が窓辺を擦っていた。朝はもう、とっくに始まっているらしかった。枕元の時計を見ようとして、わたしは首を少し伸ばした。その動きが気に入らなかったのか、ネネの前脚が、パジャマの胸元をきゅっと押した。「起きなきゃ」口にすると、胸の奥が小さく縮んだ。今日は学校が休みで、部活もない。誰かとの約束もない。それでも、起きなきゃ、と言ってしまう。昨夜、机の上にノートを開いておいたからだ。苦手な数学を三ページ。英単語の見直し。机の引き出しの整理。読みかけの本も、できれば少し。余白に思いつくまま書き足していたら、休みの日の予定なのに、時間割みたいになっていた。目を閉じても、その箇条書きが浮かぶ。一番上には、丸で囲った「七時起床」。時計は枕の陰にあって、ここからでは針の先しか見えない。見えないことにほっとしている自分が、少しだけ後ろめたかった。わたしは、できないことがあると、すぐにもう一度やりたくなる。分からないまま終わるのも、昨日よりできないまま眠るのも、なんとなく悔しい。もう十分だよと言われると、かえって頑固になる。十分かどうかは、わたしが決めたいと思ってしまう。そのくせ、自分で決めた小さな約束を守れないだけで、簡単にしょんぼりする。七時に起きる。たったそれだけのことが、いまはずいぶん難しい。ネネの背中を、指先で一度撫でた。白い毛は表面だけが朝日に温められていて、その下に、もっと深いぬくもりがあった。小さな胸がゆっくり上下する。わたしの手が途中で止まると、喉の奥から低い音がした。「はいはい」撫で直すと、音が少し大きくなる。普段は、抱き上げただけで後ろ脚を突っ張るくせに。名前を呼んでも振り向かないことだってあるくせに。こうして自分から来た朝だけ、当然みたいな顔で、わたしの腕を寝床にする。七歳のネネには、十七歳のわたしが立てた予定など、たぶん関係がない。それがちょっと羨ましくて、ちょっと助かった。「今日、やることあるんだけど」ネネのひげが、わたしの手の甲をくすぐった。「……そんなには、ないけど」言い直したら、部屋がさっきより静かになった気がした。本当は、分かっている。いま起きなければ間に合わないことなんて、今日は一つもない。ただ、何もしないままでいると、どこかで誰かに追い越される気がする。顔も名前も浮かばない誰かが、わたしの知らないところで、ちゃんとした朝を過ごしている。そう考えながら、わたしは目の前のネネを、半分しか見ていなかった。幸せな朝にも、わたしは「ちゃんとしなきゃ」を持ち込んでしまう。眠っているネネの眉間には、細い毛が少しだけ逆立っていた。指で直そうとすると、鼻に皺が寄る。触らないで、と言われた気がして、そっと手を引いた。見落としていたのは、こんな顔だった。子猫だったころは、両手ですくえるほど小さかった。いまは腕からお腹が少しはみ出す。抱いていると、ずしりと重い。その重さを感じながら、ときどき、七年という時間に触っている気がする。いつの間にこんなに大きくなったんだろう。たぶんネネも、わたしについて似たようなことを思っている。小さかった手が大きくなったことも、泣くときに声を出さなくなったことも、知っているのかもしれない。もっとも、何かを相談したところで、返事はたいてい欠伸だ。いまもネネは、わたしの気持ちなど知らない顔をして眠っている。その顔を眺めていたら、右の指先がじん、と強くしびれた。「ちょっとだけ、ごめんね」肘を引こうとすると、ネネが目を開けた。細い隙間からこちらを見て、ゆっくり瞬きをする。わたしも、なぜか同じように瞬きを返した。これで起きるだろうと思った。ネネが布団を降りたら、わたしも起きよう。そうすれば、自分で何かを決めなくて済む。けれどネネは、前脚を伸ばしただけだった。小さな爪が袖に引っかかる。外してやるあいだ、文句も言わずに待っている。それから、わたしの胸元へ額を押しつけ、さっきより深く体を預けてきた。預けられた分だけ、腕に重さが増した。わたしは慌てて、その体を受け止めた。温かい息が、パジャマの襟から肌へ届いた。「……そっか」何に納得したのか、自分でもよく分からなかった。窓から差す光が、布団の皺に細い金色の線をつくっていた。カーテンが膨らむたび、その線は薄くなったり、濃くなったりした。わたしは左手を伸ばした。枕元のスマートフォンに、指が触れる。時刻を確かめようとして、途中でやめた。画面を下に向け、手を戻す。ほんの小さな音がした。それだけで、胸の中でずっと急いでいた何かが、ようやく腰を下ろしたようだった。「あと五分だけ」いつもの言い訳と同じ言葉なのに、今日は少し違って聞こえた。起きられなくて延びる五分ではなく、ここにいたくて選ぶ五分。そう思うと、しびれた腕の置き場所も、自分で探していい気がした。枕を少し寄せ、ネネの背中を支えながら肘の下へ挟む。ネネは薄目で一部始終を見届けると、また目を閉じた。「これなら、いいでしょ」喉が鳴る。許可が出たらしい。わたしは枕へ頭を預けた。頬にかかった髪の先が、ネネの耳へ触れる。耳がぴくりと動く。その小さな動きがおかしくて、声を出さずに笑った。机の上のノートは、開いたままだ。数学の問題も、知らない英単語も、あとで向き合えば、きっと相変わらず難しい。今日の終わりに、予定の全部へ丸をつけられるかどうかも分からない。それでも、起きたら一ページ目から始めようと思った。三ページを思い浮かべるより、そのほうが少し楽しみだった。目を閉じると、まぶたの裏が柔らかい橙色になった。石鹸の匂い。布団の重さ。腕の中の寝息。その寝息に合わせて息を吐くと、肩が思っていたより高いところにあったと気づく。ゆっくり力を抜いた。ネネのお腹が膨らみ、わたしのお腹がへこむ。しばらくすると、それも同じ速さになった。何も進まない五分に、置いていきたくないものがある。この温度を、起きてからも覚えていたい。また自分を急かしそうになったら、今朝はいい朝だった、と言えるくらいには。「おやすみ……じゃなくて」口の中で言い直して、わたしは笑う。「あとで、ちゃんとおはようしようね」ネネは返事をしなかった。ただ、袖に添えられた白い前脚から、少しだけ力が抜けた。わたしも、もう一度目を閉じる。次に開けたら、まずカーテンをもう少し開こう。腕の中のぬくもりを抱えたまま、そんな小さな予定を、一つだけ立てた。#青春小説 #日菜子とネネ #あと五分だけ #猫と暮らす朝 #小さな幸せ【クーポンで3980円】U.S. POLO ASSN. 別注 ロゴ刺繍 フーディ パーカー 大人カジュアル ワンポイント ポロ 長袖 裏起毛 トップス レディース おしゃれ 2026秋冬作 【lstpaw25-pl003】【即納:1-5営業日】【送料無料】宅込価格:8,960円(税込、送料無料) (2026/10/9時点)楽天で購入
2026/10/09
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窓に映るわたしの顔が、思ったより明るかった。ベッド脇のランプを消し忘れたのかと思って振り返る。けれど灯りは、いつもと同じ弱さだった。窓の外には細い月が出ていて、その下に街の光が小さく並んでいる。わたしは青い縞のパジャマの袖を引き、ベッドの端に座り直した。日菜子、と昼間呼ばれたときの声が、まだ耳の奥に残っている。今日は何度も名前を呼ばれた。授業で答えを求められたとき。廊下で友達に呼び止められたとき。部活で、もう一度同じところから吹いてみようと言われたとき。どれも普通のことだったのに、夜になると、そのたびの自分の返事を思い出す。あのとき、うなずくのが少し遅かった。あの言い方は冷たく聞こえただろうか。最後の音が揺れたのは、息が足りなかったからだろうか。考え始めると、昼間の時間が順番をなくして戻ってくる。「もう寝よう」自分に言った声が、思いのほか小さかった。枕元の白い布団は、きれいにめくられたままだ。眠る準備なら、ずっと前に終わっている。寝つけないのは準備のせいではないと分かっていても、わたしはシーツの端を指で伸ばした。そのとき、ネネがベッドに上がってきた。七歳の白猫は、わたしの足元を通り過ぎ、窓のほうを一度見た。それから、空いているわたしの腕の中へ前脚を入れる。「今日は抱っこでいいの?」返事はない。普段は、抱き上げようとすると体をするりと抜く。甘えたいときも、気づかれないようにわたしの横へ座る。なのに今夜は、自分から胸元に収まった。腕を回すと、ネネの毛は外の空気よりずっと温かい。首のあたりに顔を寄せれば、洗った布と日に干した毛布を混ぜたような匂いがした。前脚がパジャマの袖に触れ、爪を立てずに留まる。窓ガラスには、ネネを抱いたわたしも映っていた。黒い髪の先がランプの光を受けて、かすかに紫に見える。反射した顔の向こうで、月は何も知らないように細く光っている。「今日ね」言いかけて、やめた。ネネに一日の出来事を話すことはよくある。でも今夜は、どこから話しても「うまくできなかった」に行き着きそうだった。楽しかったことだってあったはずなのに、それを探すより先に、ひっかかった場面が浮かぶ。ネネがわたしの腕に顎を乗せる。体の奥から、低い喉の音が伝わってきた。わたしは、ネネの背中を一度だけ撫でた。学校では、次こそ間違えないようにと思う。知らないことは覚えたいし、できなかったことはできるようになりたい。その気持ちは明日も持っていたい。ただ、寝る前まで一日をやり直し続けていると、夜のどこにも座れなくなる。ベッドの端には、わたしとネネの分の場所がある。窓の外の街はまだ明るい。帰る途中の人も、起きている人もいるのだろう。ここでは、ネネの呼吸がゆっくり続いていた。一日の終わりに必要なのは、全部に答えを出すことではないのかもしれない。そう思った途端、昼間の声が消えたわけではなかった。気になった言葉も、揺れた音も、まだ覚えている。それでも今、わたしの腕の中にいるネネの重さまで遠ざけて、考え続けなくていい。「明日、もう一回やってみる」ネネの耳が、ぴくりと動いた。わたしはそれを返事にして、窓の外を見る。薄い雲が月のそばを通ると、ガラスに映る顔が少しはっきりした。たぶん、さっき明るく見えたのは、ランプの光だけではなかった。今日、うまくできなかったことを、わたしは気にしている。次はもっとよくしたい。それだけ分かったら、今夜の分はもう十分だ。ネネの首元を撫でる手を止めると、喉を鳴らす音もやんだ。寝たのかと思って覗き込む。ネネは目を開けて、窓を見ていた。「まだ眠くない?」小さく尋ねると、ゆっくり瞬きをする。わたしも、すぐには眠れないかもしれない。なら、もう少し一緒に起きていよう。月が雲から出るのを見て、それから布団に入ればいい。ネネはわたしが腕を緩めても降りなかった。前脚を袖に預けたまま、街の灯りを眺めている。わたしを見守ってくれているのか、それとも窓辺が気に入っただけなのか、本人にしか分からない。「ネネは、どうだった? 今日は」聞くと、ネネがこちらを向いた。わたしは笑った。答えを急かさずに聞いていられることが、少しうれしい。ネネの一日にも、わたしの知らない時間があったはずだ。夜の風がカーテンを動かし、ランプの光が白い毛に淡く乗る。わたしはネネを抱いたまま、布団へそっと体を移した。ネネは一度だけ体勢を直して、胸元に丸く収まる。今日の続きは、明日のわたしに渡そう。そう決めると、枕に頭を預けられた。昼間の出来事を忘れたわけではない。うれしかったことも、悔しかったことも、わたしの中にある。ただ今は、ネネが安心して目を閉じるのを見ていたい。窓には細い月。すぐそばには、温かな寝息。「おやすみなさい」ネネの耳が、最後にもう一度だけ動いた。明日がどんな日になるかは、まだ分からない。だから今夜は、ネネの眠りを起こさないくらい静かに、わたしも目を閉じる。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #おやすみなさい #AIイラスト[クーポンで5%OFF] マットレス 高反発 シングル 三つ折りマットレス 敷布団 敷き布団 三つ折り 高反発マットレス セミダブル ダブル 極厚10cm 3つ折り 消臭 メッシュ生地 ベッドマットレス シングルマットレス セミダブルマットレス価格:3,980円~(税込、送料無料) (2026/10/7時点)楽天で購入
2026/10/07
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ネネが、アイスより先にわたしの手を見た。いつもならカップの匂いを確かめに来るのに、今夜は持ち上げた手のひらをじっと見つめている。指を一本動かすと、青い瞳もそれを追った。「ん? チョコミント、気になる?」わたしがカップを少し遠ざけると、ネネはようやくそちらを見た。開けた窓から、夜の風が入ってくる。薄いカーテンが膨らみ、わたしの肩に触れて離れた。外には小さな星と、窓の明かりを灯した建物が見える。昼間の熱がまだ床に残っているのに、風だけは涼しい。扇風機の低い音が、部屋の隅で続いていた。わたしは床に座って、膝のそばにネネを呼んだ。白い体がすぐ横へ来る。七歳になっても好奇心は変わらないらしい。スプーンでアイスの表面をすくうと、薄い緑色の中に細かなチョコが見えた。冷たさを口に入れた途端、ミントの香りが鼻へ抜ける。昼間ずっと欲しかった味だ、とやっと思えた。ネネはわたしの口元を見上げている。「これは、だめだよ」ネネが瞬きをした。「そんな顔しても、だめ」言葉の意味を分かっているのか、ネネはひと声も鳴かない。ただ少し首を傾け、今度はカップを見つめる。その静かなお願いが、鳴かれるよりずっと困る。子猫のころ、わたしが食べるものなら何でも、自分も試してみたいという顔をしていた。ネネの目には、わたしだけが特別においしいものをもらっているように見えたのだろう。今もたぶん、そうだ。カップを持つ手に、冷たさがじんわり伝わってくる。ネネのひげが届きそうで、わたしは少し体を引いた。何かを拒むのは、いつまでたっても上手にならない。学校でもそうだった。友達に誘われたとき、行けない日は行けないと言えばいいのに、先に相手の残念そうな顔を想像してしまう。引き受けてから自分の予定に困って、ひとりでむっとする。ネネには、そんな回りくどいことは通じない。「ひと口だけ、って顔だね」見上げる目がまっすぐで、わたしは笑いそうになった。それでも、スプーンは自分のほうへ戻す。あげられないものをあげない。それも、ネネと長く一緒にいるためにわたしが選べることだ。「おやつなら、あとでね」ネネは少しだけ耳を動かした。納得したのかどうかは分からない。わたしの膝に前脚をかけ、カップへ鼻を寄せようとする。「こら」わたしが空いた手のひらをそっと間に出すと、ネネはそこで立ち止まった。鼻先が指に触れる。湿った、小さな感触。押し返すほどの力はいらなかった。ネネはわたしの手の匂いを嗅ぎ、するりと膝から降りる。冷たい床に座り直して、今度は窓の外を向いた。つれない横顔だ。都合が悪くなると、わたしのことを忘れたふりをする。「怒った?」しっぽの先だけが、一度揺れた。わたしはカップを手元に置き、ネネの横顔を眺める。耳には街の明かりがかすかに縁取りをつくっていた。子猫だったころ、ネネが初めてこの部屋の窓から夜を見たときも、こうして身じろぎせずに座っていた。あのときは、わたしのほうが眠くなるまで話しかけていたっけ。「あとで、おやつ出すから」もう一度言うと、ネネは振り向いた。言葉が分かったというより、声を聞いてくれたのだと思う。さっきまでそらしていた顔をこちらへ向け、ゆっくり瞬きをする。その目つきに、わたしの肩の力も抜けた。アイスをもうひと口食べる。溶けかけたところは少し甘く、チョコの粒が舌に残った。わたしはカップを安全な場所に置き、立ち上がる。ネネの猫用おやつは、部屋の棚の引き出しにある。小さな袋を手に取ると、背後で爪が床を踏む音がした。「さっきまで知らん顔だったのに」ネネはわたしの足元で止まり、見上げる。わたしは袋に書かれた分量を確かめ、小皿におやつを出して床に置いた。ネネはすぐには食べず、まずわたしを見た。「どうぞ」ようやく口をつける。小さく噛む音を聞きながら、わたしも元の場所に座った。カップのアイスは少し溶けて、スプーンが滑らかに入る。ネネは自分の皿の前。わたしは自分のカップを持つ。同じものは食べられなくても、同じ時間にはいられる。窓から風が入り、カーテンがまたふくらんだ。ネネが食べ終えてこちらへ戻ってくる。わたしの膝に乗るかと思ったら、そのすぐ隣に体を寄せて座った。甘えたことを知られたくないような顔で、しっぽだけをわたしの脚に添える。「おいしかった?」答えのかわりに、ネネがわたしの手に額をこすりつける。さっきカップとの間に出したのと同じ手だ。今度はその手で、耳の後ろを撫でた。ネネは目を細め、少しだけ喉を鳴らす。断ったあとも、こうしてそばにいてくれる。そのことがうれしくて、わたしは溶けかけたアイスをもうひと口食べた。ミントの冷たさと、ネネの体温が同時に残る。「来年の夏も、別々のおやつで乾杯しようね」ネネのしっぽが、脚の上で小さく動いた。わたしはカップをそっと掲げる。ネネは気にも留めず、撫でていた手の下に頭を預けた。窓の外の星はさっきと同じ場所にある。わたしたちはそれぞれのごほうびを食べ終え、もう少しだけ、涼しい風を待った。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #夏の夜 #AIイラストおもしろ Tシャツ 猫 ( ザ ニャンコフェイス 選べるデザイン ) ブランド にゃんこフェイス プレゼント グッズ ねこ メンズ レディース キッズ 子ども ニャースフェイス ユニセックス 男性 女性 子供 半袖速乾 猫砂 動物 ふざけ ベビー クッション ゴルフボール 消しゴム価格:2,480円~(税込、送料別) (2026/10/7時点)楽天で購入
2026/10/07
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レモンの輪切りが、グラスの底で止まっていた。さっきまで氷に押されてゆらゆら動いていたのに、いつの間にか水面も静かになっている。テーブルには開いたままの本。午後の続きを読もうと思ってソファに座ったはずだった。胸の上に、ネネがいる。白い前脚をわたしのTシャツに預け、目を閉じていた。もう七歳なのに、眠るときだけは子猫のころと同じ顔になる。耳の内側が、カーテン越しの光で淡く透けている。「……ネネ」小さく呼んでも、動かない。かわりに、規則正しい寝息が一つ聞こえた。膝にはネネの体がすっぽり収まり、片手は背中の上に置いたままだ。いつ乗ってきたのか、はっきり覚えていない。窓辺から歩いてきて、わたしを見上げたところまでは覚えている。「少しだけね」と言って、場所を空けたことも。少しだけのつもりだったのに。ソファの背に頭を預けると、編み目のあるクッションが頬に当たった。レースのカーテンが風に揺れ、床に落ちる花の影も揺れる。棚の本と鉢植えが午後の光を受けていた。部屋には、グラスの水滴が木のトレーへ落ちる小さな音がする。読もうとしていた本のページは、まだ一枚も進んでいない。今日はちゃんと休むつもりだった。休日くらい、予定を詰めないでおこうと思っていた。けれど、ソファに座って十分もしないうちに、本を読めば「読んだ」ことになる、と考えた。読み終わったら机の上を片づけよう、とも。何もしない時間がほしくて作ったはずなのに、気づくと、その時間に何かを入れようとしている。ネネは、わたしの胸の上で小さく息を吐いた。体重のかかったところだけ、Tシャツが温かい。そこへ意識を向けると、わたしの呼吸までゆっくりになる。鼻先に近い毛から、日なたの布に似た匂いがした。背中を撫でようと指を動かしかけて、やめる。眠っているなら、そのままにしておきたい。わたしはテーブルの本を見た。手を伸ばせば届く。でも今取れば、胸の上のネネを起こすだろう。そう思っているうちに、ページをめくりたい気持ちは薄れていった。「今日は読まないの?」誰かに聞かれたわけでもないのに、心の中で返事を探す。ネネが乗っているから。今は動けないから。どちらも本当で、どちらも少し言い訳だった。たぶんわたしは、もう眠かった。朝からそうだったのに、認めずにいた。わたしの手の下で、ネネの背中が上下する。子猫だったころ、ネネは眠くなるとどこにでもくっついてきた。宿題をしている腕の横、脱いだ上着の上、わたしの膝。今は呼んでも来ない日のほうが多い。甘えたい気分を知られるのが嫌みたいに、こちらが見ていない隙に近づく。今日も、わたしが本に目を落としたところへ来たのだろう。わたしが顔を下ろすと、ネネのひげが胸元でかすかに動いた。額に触れたいけれど、起こしたくない。かわりに、背中に置いた手の力を抜く。休んでいる時間に、名前をつけなくてもいいのかもしれない。読書でも、昼寝でも、充電でもなくていい。ただネネの重みがあり、わたしの体もここにある。それだけの午後を、ちゃんと過ごしている。目を閉じてみる。レース越しの光が、まぶたの裏で薄い橙色になった。外から聞こえる葉擦れの音と、ネネの寝息。その間に、自分の息が入る。遠くで車の音がして、やがて消えた。眠るのは、少し惜しい気もした。こんなふうにネネがくっついてくる時間を、起きて覚えていたい。ずっとそう思ってきた。小さかったネネの体が、わたしの片手からはみ出すようになったときも、もっとよく見ておけばよかったと思ったから。けれど、胸の上の温かさは、目を閉じても消えない。わたしはネネを支える腕を楽な位置に直した。白い前脚が一度だけ動き、またTシャツの上に落ち着く。ネネは目を開けなかった。「ちょっとだけ、寝ようか」声に出すと、肩から力が抜けた。何かを終えてから休もうとすると、休む時間はいつも後ろへ押されてしまう。今日は、ネネが先に眠っている。わたしも、それに付き合うことにした。頬に触れていたクッションが、ゆっくり温まっていく。指の下には柔らかな毛。ネネの寝息を数えていたつもりが、どこまで数えたか分からなくなった。浅い眠りの中で、胸に重みがあることだけ、ぼんやり感じていた。次に目を開けたとき、カーテンの花の影が少し横へ移っていた。グラスの氷は小さくなり、輪切りのレモンが傾いている。ネネはまだ、わたしの上で眠っていた。そのことがうれしくて、声を出さずに笑う。起こさないようにそっと息を吸うと、ネネの耳がわずかに動いた。たぶん、わたしが眠っているあいだも、ここにいてくれた。午後は少し進み、本は同じページのままだ。それでも、胸のあたりが軽い。ネネの体はさっきと同じ重さなのに、不思議だ。わたしは目を閉じ、もう一度その寝息を聞く。今日の午後を思い出すとき、何をしたかより、この温かさを先に思い出すのだろう。「おやすみ、ネネ」返事はない。背中に添えた手の下で、静かな呼吸が続いている。わたしもそれに合わせて、ゆっくり息を吐いた。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #午後の昼寝 #AIイラスト66%OFF!【好評延長:5,990円→1,999円!!】コート ジャケット レディース アウター 羽織り 上着 長袖 エアリーナイロン キルティングジャケット ノーカラー 中綿 保温 ポケット付き 無地 【 ノーカラーキルティングジャケット 】 ダークエンジェル価格:1,999円(税込、送料無料) (2026/10/7時点)楽天で購入
2026/10/07
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ネネが、今日は目をそらさない。いつもなら、わたしが名前を呼ぶと眠そうに瞬きをして、すぐ窓のほうを向く。七歳になった今も、自分から甘えに来たことなど一度もありません、という顔をする。そのネネが、ラグの上からわたしを見つめていた。窓際のソファには午後の光が広がっている。薄いカーテンが揺れるたび、ネネの白い毛の上を木漏れ日が移動した。わたしが隣のクッションに肘をつくと、ネネは顔だけを少し上げる。「なになに?」聞いても、鳴かない。近づいたわたしの指先を、鼻でそっと確かめる。撫でようとすると一歩引くのに、手を戻せば、またこちらを見る。「そばにいて、ってこと?」ネネは答えない。けれど、離れてもいかない。今日は予定のない午後だった。朝のうちは、それがうれしかった。読みかけの本を開いてもいいし、寝転がっていてもいい。誰かに時間を合わせる必要もない。ところが、昼を過ぎたころから、何もしないことが少し気になり始めた。部屋は静かで、時計の針が進む音まで聞こえそうだ。わたしだけが一日を取り残しているような気がして、スマートフォンを手に取っては伏せた。友達の近況を見れば、誰かは出かけ、誰かは練習している。わたしだって休もうと決めたはずなのに、休むことにまで理由を探してしまう。そんなとき、ネネと目が合ったのだった。わたしはソファから降り、ラグの上に横になる。頬の下に入れたクッションは、日に温められていた。毛足の長いラグが腕に触れ、洗いたての布の匂いがする。ネネまで、ほんの腕一本分。「ここなら、いい?」ネネは前脚をそろえたまま、わたしの顔を見ている。子猫のころ、ネネはもっと素直だった。眠くなるとわたしの膝によじ登り、小さな爪で服をつかんだ。今は抱き上げれば、しばらくして「降ります」と体をひねる。でも、わたしが落ち込んでいる日に限って、同じ部屋の見える場所で眠る。近づきすぎず、いなくならない。その距離がネネらしいと思うのに、今日はもう少し近くへ行きたくなった。わたしが肘で体を寄せると、ネネの耳が動いた。まだ逃げない。もう少し近づくと、青い瞳に窓の光が小さく映った。わたしの髪の紫がかった毛先が、ネネのひげのそばに落ちる。「ねえ。何か言いたいの?」ネネが一度、ゆっくり瞬きをする。そんな目をされると、聞くばかりでは足りない気がする。わたしも何か話そうとして、言葉を探した。「今日はさ、何もしないって決めたんだ」声に出すと、少し照れくさい。「なのに、ずっと落ち着かないの」ネネはわたしの手元に目を落とし、また顔を上げた。慰めるつもりがあるのかどうか、分からない。猫に言葉の続きを期待している自分が可笑しくて、わたしは笑った。午後の光は穏やかなのに、胸の中だけ忙しい。学校にいる日は休みたいと思うくせに、休める日には、何かをしておけばよかったと思う。十七歳の一日を無駄にしたくない、なんて大げさなことまで考える。「ネネはいいね」言った途端、少し違う、と思った。ネネにもネネの一日がある。窓辺を選んだり、涼しい床へ移ったり、今はこのラグにいることを選んでいる。わたしが何もしていないと思った午後も、ネネはちゃんとここで過ごしていた。何かを残さなくても、過ごした時間は消えない。カーテンの影が、ネネの前脚からわたしの手の甲へ伸びた。わたしはスマートフォンを取ろうとしかけていた手を、そのままラグの上に置く。今日の午後を確かめるために、画面を開く必要はなかった。ネネの鼻先が近くにあって、窓からの風が頬に触れている。そのことを、もう少し覚えていたかった。わたしは指先を、ネネの前脚の近くへゆっくり滑らせた。「触ってもいい?」返事はない。ネネが顔を背けないのを見て、耳の後ろをひと撫でする。温かな毛が指に沿い、ネネの喉から小さな音が聞こえた。うれしくなってもう一度撫でると、今度は顔をそらされた。「そこまで?」わたしが手を止めると、ネネはしばらく窓を見ていた。それから、何事もなかったようにこちらへ顔を戻す。まっすぐな目が合って、わたしは声を立てずに笑った。そばにいてほしいのと、ずっと撫でてほしいのは、別らしい。わたしはクッションに頬を預ける。ネネも顎を前脚の上に置いた。同じ高さから見ると、部屋は少し違って見えた。ソファの下に落ちた細い影や、ラグの毛先に引っかかった光。いつも見ている部屋なのに、知らない場所がいくつもある。「ここからだと、窓が大きいね」ネネの耳だけがこちらを向いた。それを返事にして、わたしは窓のほうを見る。葉の影が揺れて、カーテンの裾が一度だけふくらんだ。遠くで鳥が鳴く。ネネの寝息にはまだ早い、静かな呼吸が聞こえる。何か話そうとしなくても、目が合えば、また「なになに」と聞いてしまう。ネネはそのたび、瞬きをしたり、ひげを動かしたりする。たぶん、お互いに言いたいことは少しずつ違う。それでも、ここから離れたくない気持ちは同じなのかもしれない。光がゆっくり、わたしたちの間を通り過ぎる。わたしは手を伸ばさずに、ネネを見た。ネネもこちらを見ている。どちらが先に目をそらすか、決めなくていい。何も決まっていない午後に、ちゃんと居場所ができた。「もう少し、ここにいようか」ネネは答えず、前脚をわたしの指先のほうへ伸ばした。あと少しで触れそうな、その距離のまま。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #予定のない午後 #AIイラスト[送料無料 ジョインティ J9 イラストver] キャップレス スタンプ 可愛い 印鑑 認印 ネーム印 イラストスタンプ みました キャラクター はんこ キャップレス印鑑 猫 シマエナガ 済 見ました みましたスタンプ みましたハンコ 連絡帳 確認印 別注価格:1,350円(税込、送料無料) (2026/10/4時点)楽天で購入
2026/10/04
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ネネが、わたしの膝に前脚を乗せた。それだけなら、珍しくない。けれど今朝のネネは、わたしが顎の下を撫でても目をそらさなかった。青い瞳で、じっとこちらを見上げている。「……どうしたの」返事のかわりに、前脚がもう少しだけ膝の上へ進む。窓から入る光はまだ柔らかく、薄いカーテンの向こうで葉の影が揺れていた。洗い立てのシーツがさらりと脚に触れる。わたしはベッドにもたれたまま、ネネの顎の下を指先でゆっくり撫でた。今日は何もしない、と決めていた。机の上のものも片づけない。読みかけの本も、続きを読まなくていい。せっかくの休みだから、寝転がって、気が向いたら窓の外を眺める。そんな予定だったのに、ネネはわたしの手が止まるたび、鼻先で指を押し上げる。「はいはい。今日は甘えんぼなんだ」口ではそう言って、うれしくて仕方がない。ネネは七歳の雌猫で、甘えたいときほど素知らぬ顔をする。わたしが呼んでも振り向かず、部屋を出ようとすると、ようやく足元に来る。膝に乗せればすぐ降りるくせに、わたしが本を開くと、その上に座る。だから、こんなふうにまっすぐ見つめられると、少し困る。今日は撫でてほしいのか。それとも、ただここにいてほしいのか。聞けたらいいのに、と思いながら、耳の後ろをそっと掻く。ネネは目を細め、低く喉を鳴らした。その音が手のひらに伝わってくる。「分かった。今日は全力でお相手しますよ」そう言うと、ネネが瞬きをした。笑ってしまう。言葉が分かったみたいな顔をするのは、いつものことだ。小さいころからずっと一緒にいるのだから、声の調子くらいは覚えているのかもしれない。昨夜もネネは、わたしのそばにいた。ベッドに座ってスマートフォンを見ていたとき、足元で白いしっぽが揺れた。わたしは画面から目を離さず、片手で頭を撫でた。ネネは少しして離れていった。何を見ていたのか、今はもう覚えていない。それなのに、足元から温かさが消えたことだけ覚えている。指先で毛に触れていたはずなのに、ちゃんとネネを見た記憶がなかった。「昨日、ごめんね」言ってから、何に謝ったのだろうと思う。ネネは気にしていないかもしれない。今も気持ちよさそうに目を細めている。カーテンが風を含み、部屋の明るさが一瞬変わった。ネネの白い毛が光を拾う。喉の下は少しふわふわしていて、耳の後ろはもっと柔らかい。撫でる場所を変えると、ネネはわずかに顎を上げた。ここがいいらしい。わたしは指を動かしながら、ネネの顔を見ていた。青い瞳が半分閉じて、ひげが前を向く。気に入らなければすぐ離れる子が、今日は膝に前脚を置いたままだ。相手が何を望んでいるか、いつも分かるわけじゃない。でも、目の前にいるときくらい、顔を見ていたい。そう思って、ベッドの端に置いていたスマートフォンを伏せた。ほんの小さな音がした。ネネの耳がそちらへ向き、それからまた、わたしへ戻る。わたしは両手を空けて、片方で背中を、もう片方で頬を撫でた。「今日は、何のお話をしようか」ネネは答えない。「朝のカーテン、すごくふくらんだね。あ、それは見てたか」ネネが鼻を鳴らす。わたしは可笑しくなって、少し声を落とした。「昨日さ、撫でながら別のこと考えてた」白い前脚が、わたしの膝の上でそろえられる。「今日は、ちゃんと見てるよ」ネネが顔を近づけ、わたしの指先に頬を押しつけた。柔らかな毛の下に、小さな骨の形が分かる。指を動かさずにいると、もう一度、ぐい、と押してくる。撫でて、ということだろうか。わたしはその頬から耳のつけ根まで、ゆっくり指を滑らせた。ネネは満足したように目を閉じる。今度は、手を止めても急かさなかった。レースのカーテンが窓辺で揺れ、光の筋がわたしの膝を横切る。ネネの前脚にも、同じ光が乗った。休みの日に何もしないつもりでいたのは、何かをしなければ落ち着かないからでもあった。のんびりしよう、と決めておかないと、時間をうまく使えなかった気がする。そんな自分が少し面倒だった。ネネには、そんな予定はない。ただ、気が向いたときに近づいて、気持ちのいいところに座る。今日はたまたま、それがわたしの膝だった。「ここ、好き?」聞くと、ネネは片目だけ開けた。たぶん、今は好き。そんな返事に見える。わたしはベッドに深く寄りかかり、ネネが落ちないように膝を少し寄せた。腰のあたりから、ゆっくり重みが伝わってくる。喉を鳴らす音が途切れ、また始まった。話題は、もう思いつかなかった。けれどネネは、わたしが黙っても離れない。撫でれば目を細め、ときどき青い瞳でこちらを見る。そのたび「いるよ」と声をかける。しばらくして、ネネが膝の上で体勢を変えた。前脚を折りたたみ、わたしの手に顎を乗せる。甘えるのが下手なはずの子が、今日はずいぶん上手だ。「そんなに見られたら、動けないよ」言いながら、わたしは動く気がない。ネネの目が閉じる。眠る少し前の、力が抜けていく顔。その表情を見届けられたのが、なぜだかうれしかった。今日が終われば、ネネはまた、呼んでも振り向かないかもしれない。膝の上より、窓辺を選ぶかもしれない。それでも、今ここでわたしを見上げたことは本当だ。「明日も甘えていいからね」眠りかけていた耳が、ぴくりと動く。わたしは声をひそめて笑い、もう一度だけ背中を撫でた。カーテンの向こうで風がやみ、部屋に白い光が静かに満ちる。予定を変えてよかった。わたしが空けた両手に、ネネは安心して顎を預けている。今日の残りの時間も、気が済むまでこうしていよう。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #何もしない休日 #AIイラスト【10/4 0時~新規限定クーポンで20%OFF!】 【腸活 パン】Fibee ミツカン ブレッド デニッシュ 3種6個〜 (ショコラオレンジ・2種の果実とシナモン・トマトバジル) 朝食 置き換え ダイエット 時の 発酵性食物繊維 の補給に 全粒粉パン ロングライフパン Z価格:2,760円~(税込、送料無料) (2026/10/3時点)楽天で購入
2026/10/03
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目が覚めたとき、頬の下にあるはずの柔らかさがなかった。かわりに、シーツの少しひんやりした感触がする。寝ぼけたまま手を伸ばすと、指先がふわりと温かいものに触れた。わたしの枕の真ん中で、ネネが眠っていた。白い体を小さく丸め、鼻先を前脚に埋めている。窓から入る朝の光が、背中の毛を一本ずつ透かしていた。わたしの頭はいつの間にか枕から押し出されていたらしい。「……おはよう。いつ取ったの」ネネは答えない。耳の先だけが一度、ぴくりと動く。聞こえているくせに。七歳になっても、そこは子猫のころと変わらない。呼べば知らない顔をして、わたしが別のことを始めると、いつの間にかすぐそばにいる。枕も、昨日まで足元の毛布がお気に入りだったはずだ。わたしはベッドの上で膝を抱え、しばらく寝顔を眺めた。水色の細い縞が入ったパジャマの袖口に、昨夜の洗剤の匂いが残っている。レースのカーテンが揺れるたび、白い壁に葉の影が映った。棚の上の時計は、もうすぐアラームが鳴る時刻を指している。手を伸ばせば、枕の端くらいは取り返せそうだった。ネネは真ん中を使っているけれど、端ならわたしの頬も乗る。そっと枕に触れたところで、ネネのひげが揺れた。わたしの手が止まる。少し困る。あと十分だけ眠りたかったし、このままでは首も痛くなりそうだ。でも、目を閉じたネネの顔を見ていると、起こすための声が出てこない。昨夜、わたしが寝返りを打ったときに、きっと空いた場所へ移ってきたのだろう。いつからここで眠っていたのか、わたしは知らない。昨日の放課後、音楽室で同じ小節を何度も吹き直した。音を間違えたわけではないのに、先生から「もう一度」と言われた。隣の子が吹くと、同じ音がすっと先まで届いた。わたしも、そう吹きたかった。帰ってからも気になって、譜面を鞄から出しては閉じた。ネネが部屋に入ってきたときも、「あとでね」と言った気がする。ベッドに腰掛けていたわたしの足に、ネネのしっぽが一度だけ触れた。それからどこへ行ったのか、覚えていない。棚の時計をもう一度見る。朝になっても、昨日の音をまだ考えている自分に気づいた。「わたし、しつこいよね」小さく言うと、ネネの耳がまた動いた。今度は返事に見えた。うまくいかなかったところが分かるまで、何度でも戻りたくなる。直せるかもしれないと思うと、譜面を閉じても、その小節が頭の中で鳴る。そんな自分を、昨日は少し面倒に感じていた。枕を占領したネネの寝息は、静かで規則正しい。顔を近づけると、温まった布の匂いに、ほんの少しだけネネの匂いが混じっていた。子猫のころ、雨の日に一緒に昼寝をしたときと同じ匂いだ。わたしは枕から手を離し、ネネの横に座り直した。昨日の小節は、放課後にもう一度吹いてみよう。今ここで考えても、音は出せない。そう決めると、何度も頭の中で繰り返していたメロディが、ようやく止まった。「枕、今日は貸してあげる」言い終わる前に、ネネが薄く片目を開けた。見つかった、という顔をしている。起きていたのかもしれない。わたしが指先で額を撫でると、ネネは目を閉じ、枕に頬を押しつけた。そこがいちばん気持ちいい、とでも言うように。わたしは笑って、手を引っ込める。小さいころは、ネネが膝に乗ってくると、嬉しくてすぐに抱き上げていた。すると決まって腕から抜け出して、少し離れたところに座る。今なら、あの子はただ膝の上にいたかったのだと分かる。誰かを大事にするつもりで、その人の居場所を動かしてしまうことがある。昨日、友達が「今日は先に帰るね」と言ったときも、わたしは練習に誘いかけて、やめた。聞けば付き合ってくれたかもしれない。でも、その子の帰りたい気持ちは、その子のものだ。そう思えたのに、自分のこととなると、休みたい気持ちをなかなか聞いてやれない。ネネが小さく喉を鳴らした。低い音が、朝の静けさに混じる。アラームが鳴り、わたしは急いで止めた。ネネは顔を上げない。どうやら今日は、ここから動くつもりがないらしい。「分かったよ」わたしはベッドから降りず、もう少しだけそこにいた。カーテン越しの光が、枕のふちからシーツへ伸びていく。膝の上に置いた手まで温まったころ、ネネが寝返りを打った。丸い背中が、わたしの手首に触れる。くすぐったくて、動けなくなる。そのうち起きて、顔を洗って、学校へ行く。放課後には、昨日の続きも待っている。時計の針が進んでいることは分かっていた。それでも今朝のわたしには、もう少しここにいたい理由があった。「ねえ、ネネ。そこ、寝心地いい?」今度は返事のかわりに、しっぽの先が一度だけ揺れた。わたしは枕の端にそっと頬を寄せる。ほんの少し、場所が残っていた。ネネの背中から伝わる温かさを感じながら目を閉じると、窓の向こうで鳥が鳴いた。あと一分だけ、こうしていよう。昨日できなかったことを、今日またやってみる。その前に、ネネと朝の光を分け合う一分くらい、あってもいい。#青春小説 #日菜子とネネ #猫のいる暮らし #朝のひととき #AIイラスト【15%OFFクーポン】【糖質オフ の豆粉パン】ZENB ゼンブ ブレッド グルテンフリー 8種10個~ (くるみ&レーズン・カカオ・3種の雑穀・紅茶&オレンジ ・きなこ あんぱん・金時豆・黒ごまあん・カレーパン ) ダイエット 時の 食物繊維 補給 置き換え タンパク質価格:3,980円~(税込、送料無料) (2026/10/3時点)楽天で購入
2026/10/03
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映画の始まりを知らせる音が鳴っても、わたしは時計を見なかった。いつもなら、画面の隅に表示された時刻から、眠れる時間を数えてしまう。明日は休みだ。そう思い出すまでに、少し時間がかかった。部屋の照明を落としたリビングには、小さなランプだけがついている。テレビの青い光がソファの端を照らし、窓の向こうには、いくつかの家の明かりが見えた。テーブルにはポップコーンの入った大きな器。冷たい飲み物のグラスには、まだ丸い氷が浮いている。膝の上で、ネネが身体を丸めた。「そこにするの?」七歳の白猫は、返事もせずに前脚をしまう。呼んだときには来ないのに、何かをしようとすると、いちばん動けなくなる場所を選ぶ。今夜もそうだ。背中をそっと撫でると、耳が一度だけ動いた。やめると、わたしの膝を軽く踏み直す。続けてほしいのか、触るなと言っているのか。子猫の頃から一緒にいるのに、いまだに全部は分からない。「はいはい」指をもう一度、白い毛の中へ滑らせる。ネネは目を閉じたまま、何も聞こえていないような顔をした。画面には、見覚えのある映画の最初の場面が映っている。何度か観ている作品だ。次に誰が何を言うか、ところどころ覚えている。今日は新しい映画を探す気になれず、これを選んだ。結末を知っている物語なら、安心して途中を楽しめる気がした。ポップコーンを一つ摘まむ。指先に薄く塩がついて、噛むと軽い音がした。映画の台詞に重なって、ネネの喉が小さく鳴る。昼間、友達から届いたメッセージを思い出す。「明日、暇だったら会わない?」まだ返事をしていない。誘ってくれたのは嬉しかった。最近、学校ではあまりゆっくり話せていない。会えばきっと楽しい。そう分かっているのに、すぐ「行く」と打てなかった。明日の予定は、何もない。何もないからこそ、このままにしておきたかった。会いたくないわけではない。そう書いても、断る理由になるだろうか。体調が悪いわけでも、用事があるわけでもない。ただ、朝起きて、その日の気分で過ごしたい。洗ったカップをゆっくり拭いたり、ネネが日だまりを移動するのを見たり。そんな時間が欲しかった。画面の中で、登場人物が「いつでも大丈夫」と笑う。わたしはポップコーンに伸ばした手を止めた。今日、学校でも似たことを言った気がする。ノートを見せてほしいと言われて、「いつでもいいよ」と答えた。嫌だったわけではない。ただ、今夜は何もしないでいたかったから、帰ってから写真を送るつもりだったのを、明日にしてもらえばよかった。頼られるのは嬉しい。誘われるのも嬉しい。返事に迷うたび、その嬉しさまで嘘になるようで、わたしはいつも急いで頷いてしまう。ネネの背中に置いた手が止まる。すぐに、しっぽの先がわたしの腕を一度叩いた。「ごめん」撫で直すと、ネネはまた目を細める。こんなふうに「今は撫でて」と伝えられたら、少し楽なのに。ネネだって、膝に乗らない夜がある。こちらがどんなに呼んでも、少し離れた椅子の上から見ている。それでも、来てくれたときの嬉しさが減ることはない。誰かを大切に思う気持ちと、ひとりでいたい気持ちは、一緒にあっていい。映画の音楽が静かになった。部屋には氷がグラスに触れる音と、ネネの喉の音が残る。テーブルに伏せて置いたスマートフォンを取る。画面をつけると、友達のメッセージがまだそこにあった。「誘ってくれてありがとう。明日は家でゆっくりしたいんだ。また別の日に会える?」送る前に、二度読み返した。「せっかく誘ってくれたのに」を足そうか迷う。謝らないのは冷たいだろうか。ネネが顔を上げ、スマートフォンの角に鼻先を寄せた。「ちょっと待って」そう言うと、ネネは興味をなくしたように、また膝へ顎を載せる。わたしは余計な言葉を足さず、送信を押した。画面がすぐ暗くなる。返信を待ちたくなって、もう一度つけかけたけれど、スマートフォンをテーブルに戻した。明日、友達が何と言うかは、まだ分からない。分からないままでも、今夜の映画は進んでいく。グラスを持つと、ひんやりした水滴が掌についた。ひと口飲んで、ポップコーンを摘まむ。さっきより少し、塩の味がはっきりした。映画の中では、登場人物が窓辺に立っている。このあと何が起こるか知っているのに、わたしはその背中をじっと見た。前に観たときには、気づかなかった表情があった。ネネが寝息を立て始める。膝の上の重みは温かく、立ち上がろうと思えば立ち上がれるのに、もう少しこのままでいたい。時計は見ないことにした。眠くなったら寝る。最後まで観られたら、それもいい。ポップコーンが少し残っても、映画の途中で寝てしまっても、明日の朝に困る人はいない。何もしない時間にも、わたしの好きなわたしがいる。ランプの光が、ネネの耳の縁を淡く照らしていた。わたしはその小さな輪郭を指で撫で、映画の続きを観る。窓の外の夜は、まだ静かに深くなっていく。#青春小説 #日菜子とネネ #夜更かしのごほうび #何もしない贅沢 #自分の時間【LDKベストバイ受賞!】たんぱく質 雑穀米 グルテンフリー雑穀 kokuu たんぱくプラス|プロテイン雑穀 タンパク質 グルテンフリー雑穀米 雑穀 大豆 グルテンフリー 食物繊維 プロテイン ダイエット 腸活価格:2,865円~(税込、送料無料) (2026/10/3時点)楽天で購入
2026/10/03
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音が一つ、増えていた。サックスから口を離したとき、やっと気づいた。窓を細い雨が打っている。さっきまで見えていた遠くの建物は白くかすみ、ガラスには、いくつもの水の筋ができていた。「いつから降ってたんだろう」音楽室にいるのは、わたしだけ。返事の代わりに、雨粒が窓枠を細かく叩いた。譜面台には、練習中の曲が開いてある。今日は一人で最後まで吹いてみるつもりだった。途中で止まっても、もう一度最初から。そう決めて、さっきから何度も同じページを行き来している。譜面の上では、やわらかく伸ばす音が続く。指は覚えた。音も外していない。それなのに、吹き終わるたび、何かを置き忘れたような気がする。合奏では、もう少し明るく、と言われた。その言葉が、ずっと耳に残っている。明るい音が嫌なわけではない。ただ、どう吹けばいいか分からなかった。息を強く入れると、音は大きくなる。口元を緩めると、今度は頼りなくなる。音符の並びは同じなのに、わたしの出す音だけが、目指す場所を見つけられない。もう一度、楽器を構える。首に掛けたストラップが肩に重さを伝えた。金色の管は、窓から入る青みがかった光を映している。リードを唇に当てると、少し湿った木の味がした。息を吸い、一音目を吹く。雨音を押しのけるように、強く。二音目。三音目。伸ばすはずの音が、途中でわずかに揺れた。指先に力が入っている。自分でも分かるのに、緩め方が分からない。最後まで吹かず、楽器を下ろした。「……違う」誰に聞かせるでもなく言う。雨は少し強くなっていた。窓の外の木が風で傾き、枝から落ちた水が、ほかの雨粒より遅れてガラスを伝う。教室の隅にある本棚や椅子まで、薄い青に染まって見えた。試験の答案を返されたときも、わたしは同じ顔をしていたのかもしれない。思ったより低い点数を見て、すぐに「次は頑張る」と言った。本当にそう思っていた。悔しかったから、次こそはと。でも、悔しい気持ちは、前向きな言葉を口にしただけでは消えなかった。あの帰り道、友達に「大丈夫?」と聞かれて、「平気」と答えた。友達は頷いた。それ以上は聞かれずに済んで、少しほっとしたのに、胸のどこかが寒かった。その寒さを、わたしはまだ持っている。窓際まで歩き、ガラスから少し離れたところに立つ。雨粒は上から下へ、まっすぐには落ちていない。風が吹くたび斜めに流れ、途中で別の粒と重なって、太い筋になる。空は暗いけれど、葉の緑だけが濃く見えた。「明るく、か……」雨の音を聞きながら呟くと、無理に声を弾ませていた自分が少し恥ずかしくなった。笑いたい日もある。よくできた答案を見て、嬉しくなる日もある。今日は、まだそういう日ではない。それでも、音楽室に来て、楽器を組み立てて、ここに立っている。前を向くことと、今の気持ちを置き去りにすることは、同じじゃない。窓に映ったわたしは、口を真っすぐに結んでいた。譜面台に戻る。楽譜の端が、窓からの湿気で少し波打っている。わたしはそこを指で押さえてから、最初の音符を見た。明るく吹く方法は、まだ分からない。ならば一度、この雨の日に聞こえるまま吹いてみたい。先生や先輩に聞かせる音ではない、今のわたしがどんな息をしているのか、確かめるための音を。サックスを構え直し、ゆっくり息を吸った。今度は雨音を消そうとしなかった。最初の音は、思ったより小さかった。窓を叩く粒の間を通るように、細く伸びていく。次の音へ移ると、ほんの少しだけかすれた。きれいではない。けれど止めずに、指を動かす。雨が窓枠に当たる。わたしの息が管の中を通る。二つの音は、ときどき近づき、ときどき離れた。伸ばす音の終わりで、息が足りなくなった。無理に保とうとせず、そこで音を切る。静かになった音楽室には、雨の続きが残っていた。しばらく楽器を下ろせなかった。上手に吹けた、とは思わない。合奏で同じように吹けば、きっと別のことを言われる。それでも、さっきの音には、わたしがちゃんといた。「もう一回」小さな声が、窓に向かって出た。次はどこで息を吸おう。少しかすれた音は、指の力を緩めたら変わるだろうか。雨の強さが変わる前に、もう一度吹いて確かめたくなった。譜面の余白に鉛筆で小さな印をつける。最初の音の前と、息が足りなくなった場所に。紙の上の黒い点を見ていると、さっきまで重かった肩が、ほんの少し下がった。窓の外はまだ雨だ。雲の向こうに太陽があるのかも分からない。わたしはリードを唇に当てる。雨粒がガラスを滑る音を一度聞いてから、自分の息を吸った。晴れるまで待たなくても、今日のわたしには今日の音がある。最初の一音が、雨の中へ静かに伸びていった。#青春小説 #日菜子の日常 #雨の日の音楽室 #サックス #今日だけの音3M フツロ サポーター 姿勢 サポート日常用 高通気 ブラック フリー サイズ 46832JNR(1個)【フツロ(FUTURO)】価格:3,579円(税込、送料無料) (2026/10/2時点)楽天で購入
2026/10/02
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先生が配り終えたあとも、教室は静かにならなかった。紙をめくる音。椅子の脚が床をこする音。小さなため息と、誰かの「よかった」という声。いつもの教室なのに、窓から入る光まで落ち着かないように見える。わたしの机にも、答案が一枚置かれた。今回の試験で、最初に返ってきた答案だった。表を下にしてあるわけではない。先生が渡したまま、点数の書かれた端をわたしが指で隠している。見ようと思えば、すぐ見られる。なのに、親指が動かなかった。窓の外では、風に揺れる木の葉が光っている。床に落ちた四角い日差しは、机の脚に遮られて、ところどころ欠けていた。夏の終わりに近い午後なのに、まだ少し暑い。ブラウスの襟元に、細い汗が残っている。後ろの席から、紙の擦れる音が聞こえた。「日菜子、どうだった?」振り向くと、友達が自分の答案を半分だけ丸めていた。「まだ見てない」「え、早く見なよ」「うん。見る」そう答えて、また手元に目を戻す。友達は「わたし、最後の問題、間違えた」と小さく笑った。わたしも笑おうとしたけれど、うまく口角が上がらなかった。彼女はそれ以上聞かず、自分の答案に視線を落とす。机の木目に、鉛筆の薄い跡が残っている。試験の日も、この席に座っていた。最初の問題は順調だった。途中で見慣れない問い方が出てきて、何度読んでも意味が頭に入らなかった。教室の時計が一分進むたび、胸のあたりが固くなった。空欄にはしたくなくて、覚えていたことを書いた。何度も消して、また書いた。最後の数分は、消しゴムのかすが答案の端に集まっていた。あのときの自分は、確かに頑張っていたと思う。でも、点数を見たあとにも、そう思えるだろうか。小さなため息が出た。答案の角が親指の下で少し曲がる。周りではもう、赤い印を数える声がしていた。「ここ、合ってた?」「同じ答えにした」近くの席で交わされる言葉に、顔を上げられない。わたしも早く確かめたい。自分の答えがどうなったのか、気になる。それなのに、知った瞬間に試験の日の頑張り方まで決まってしまうようで怖かった。点数を見る前のわたしにも、ちゃんと過ごした時間がある。心の中で言ってみる。少し大げさかもしれない。でも、試験の前にノートを開いた夜も、分からないところを何度も読み返したことも、ここには書かれていない。先生が採点できるのは、あの日、この紙に残した答えだけだ。わたしは答案から手を離した。赤い数字が目に入る。思っていたより、低かった。一瞬、周りの音が遠くなる。窓の外で揺れていた葉も止まったように見えた。数字をもう一度確かめる。見間違いではない。「そっか……」声になったのかどうか、自分でも分からなかった。予想していた間違いもある。正解したと思っていた問題にも、赤い斜線が引かれている。そこがいちばん悔しい。授業中に先生が説明した場面まで、ぼんやり思い出せるのに。答案を伏せたくなった。隣の席から、誰かが喜ぶ声がした。よかったね、と別の誰かが返す。その会話に悪いところは一つもない。それでも今は、わたしの耳には少し眩しすぎた。下を向くと、両手で答案の端を握っていた。紙は薄いのに、指先にはっきりと硬さが伝わる。先生は黒板の前で、次の授業の連絡をしている。チョークの粉っぽい匂いが、風に乗ってこちらまで来た。いつもと同じ午後が続いていることに、少し驚く。点数が出ても、時計は止まらないらしい。わたしは赤い斜線のひとつを、指でたどった。問題文を読み直す。試験中には、前半の条件だけを見て答えていた。後半にも、短い一文がある。そこを読めば、別の答えになる。「あ……」小さく声が漏れた。分からなかったのではなく、焦って読み飛ばしたのだと思う。それが余計に悔しくて、しばらくその一文を見つめた。でも、どこで間違えたのかが分かった。わたしはペンケースからシャープペンを出し、問題の横の余白に小さく線を引いた。見落とした一文の下にも、一本。隣の問題には、まだ理由の分からない赤い斜線がある。それも、あとで聞こう。友達がこちらを見た。「大丈夫?」「うん……ちょっと悔しい」「そっか」「でも、ここは分かった」答案の一か所を指すと、友達は「ほんとだ」と頷いた。それだけで、胸の奥に詰まっていたものが少し動いた。悔しい、と口にしたら、思ったほど苦しくなかった。大丈夫なふりをしなくても、この席に座っていていいのだと思えた。先生の声と、ページをめくる音がまた聞こえてくる。窓から差す光はさっきより少し傾き、答案の白い余白を照らしていた。わたしはそこに、もう一つだけ印をつけた。できなかった問題の横に、次に確かめたいことを書くための、小さな丸。全部を今すぐ分かるようにする必要はない。まずは、この一問から。答案を両手で持ち直す。紙の角には、わたしの親指がつけた浅い折り目が残っていた。怖くて開けなかった数分も、見て悔しくなった今も、同じ一枚の上にある。今日の点数は、今日までの答えだ。明日のわたしの答えは、まだ書いていない。窓の外で風が吹き、床の日差しがかすかに揺れた。わたしは答案を伏せずに、机の上に置く。見落とした一文が、さっきよりもはっきり読めた。#青春小説 #日菜子の日常 #答案返却 #十七歳の気持ち #次の一歩電熱ベスト 「日本製26枚ヒーター」 40000mAhバッテリー付き 2種接続口 USB/DC MAX約70℃ 日本製 ヒーター ヒーターベスト 加熱ベスト usb給電 4つボタンで独立制御 電熱ジャケット 防寒ベスト 速暖 電熱ウェア 作業服 2025価格:3,580円~(税込、送料無料) (2026/10/2時点)楽天で購入
2026/10/02
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朝なのに、自販機の影がずいぶん短かった。いつもなら通り過ぎてしまう住宅街の角で、わたしは足を止めた。白い機械の側面に、木の葉の影が細かく揺れている。見上げると、空は青く、雲は眩しいほど白い。まだ午前中のはずなのに、制服のブラウスが背中に貼りついていた。「暑い……」言ってみたところで涼しくなるわけではない。でも、黙っていると、暑さまで我慢しなければいけない気がした。校門までは、ここからもう少し。歩けない距離ではない。そう思って、自販機を通り過ぎかけた。けれど足の裏が地面から離れず、わたしはまた戻った。道路の向こうには低い屋根の家が並び、電線が夏の空を横切っている。車はまだ少なくて、遠くから聞こえる蝉の声ばかりが大きい。木陰にいるのに、空気はぬるいままだった。自販機のガラス越しに、冷たい飲み物が並んでいる。青いラベルの水。お茶。炭酸。どれにするか考えるだけのことなのに、頭の中がぼんやりして、選ぶのに時間がかかった。昨日の部活でも、わたしはそんなふうに立ち止まった。合奏で、短いフレーズを受け取るタイミングを何度か逃した。先輩は責めずに「もう一度」と言ってくれた。なのに、その優しさにまで焦ってしまった。家で練習してきたのに。指も覚えたのに。できるはず、と思えば思うほど、最初の音を出すのが怖くなった。だから今朝は、少し早めに家を出た。音楽室で、みんなが来る前に吹いてみようと思ったのだ。それなのに、こんなところで休んでいる。黒い学生バッグの持ち手が、汗ばんだ肩に食い込む。赤いネクタイが風に揺れた。昨夜、楽譜の端に小さく書いた「焦らない」の文字を思い出す。今のわたしには、歩くことについて書かれた言葉みたいだった。バッグを足元に置き、財布から硬貨を取り出した。指先が少し湿っていて、一枚が掌に貼りつく。投入口に入れると、ちゃりん、と乾いた音がした。青いラベルのボタンを押す。がたん。静かな道では、その音が思ったより大きく響いた。取り出し口からボトルを引き上げると、指の間にひやりとした感触が広がる。表面には細かな水滴がついていた。わたしはキャップを開ける前に、ボトルを頬へ当てた。「……生き返る」思わず出た声が、自分でも少しおかしい。頬の熱がゆっくり逃げていく。髪の先が風に触れ、汗の残る首筋だけが急に涼しくなった。葉の隙間から落ちる光が、ローファーのつま先を行ったり来たりする。昨日のことが、頭から消えたわけではない。むしろ足を止めたせいで、練習中の音がはっきり戻ってきた。わたしの音が遅れた、その一瞬。吹き直そうとして、また息が足りなくなったこと。あのとき、先輩に聞けばよかったのかもしれない。どこで息を吸うのか。どうやって次の音を待っているのか。でも、聞けなかった。自分でできるところを見せたかったから。何度も練習してきたのに分からないなんて、悔しかったから。キャップを回し、水をひと口飲んだ。喉を通る冷たさに、思わず目を閉じる。もうひと口、今度はゆっくり飲む。自販機の低い機械音が、蝉の声の下で続いていた。少し前まで、自分が何を急いでいるのかも考えずに歩いていた気がする。早く学校へ着いて、早く吹けるようになって、昨日の失敗を早くなかったことにしたい。そんなふうに、いくつもの「早く」を抱えていた。立ち止まる時間まで、遅れと呼ばなくていい。ボトルを見つめながら、そう思った。暑さを感じて、足を止めて、水を飲む。それだけのことで、さっきより自分の呼吸が分かる。今なら昨日の二小節も、最初からゆっくり確かめられるかもしれない。だとしても、今日は先輩に聞いてみよう。「ここ、息を吸う場所を教えてください」頭の中で言ってみると、まだ少し照れくさい。先輩は「うん」と答えるかもしれないし、わたしが予想していなかったことを教えてくれるかもしれない。そんなことを考えられるくらいには、胸の詰まりがほどけていた。風が吹いて、木の葉が一斉に鳴った。白い自販機の上を、影が水面みたいに流れる。足元には、開きかけた小さな花が咲いていた。さっきまで、そこにあることにも気づかなかった。ボトルをもう一度、頬に当てる。冷たさに笑ってしまう。夏の日差しは相変わらず強いし、学校までの道が短くなったわけでもない。昨日できなかったところも、今日すぐにできるとは限らない。それでも、行ってみようと思えた。バッグを肩に掛け直す。ネクタイを指で整えると、汗を含んだ襟が少しだけ肌から離れた。最後に水をひと口飲んで、キャップをしっかり閉める。歩き出す前に、もう一度だけ自販機の影を見た。短い影の中にも、わたしが休めるだけの場所があった。頑張る日のわたしにこそ、休んでいい場所を残しておきたい。そう思いながら、ボトルをバッグの脇にしまう。冷たさが指先に残っていた。蝉の声の向こうへ、わたしは自分の歩幅で一歩踏み出した。#青春小説 #日菜子の日常 #夏の朝 #自分のペースで #小さな休憩【楽天1位】[coco-eririkoさんROOMコラボ]ジャケット レディース 秋 冬 アウター 白 ブラウン キャメル M L テーラード コーデュロイ 羽織 長袖 ドロップショルダー ライトアウター 裏地付き ポケット 大きいサイズ オシャレウォーカー【メール便不可】【40】価格:8,980円(税込、送料別) (2026/10/1時点)楽天で購入
2026/10/01
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目が覚めたとき、いつも聞こえる音がしなかった。窓際の棚から床へ、ネネが降りる音。朝になると決まって、ことん、と小さく響く。今朝はそれがない。代わりに聞こえるのは、風に揺れたカーテンが窓枠を撫でる音だけだった。薄く目を開ける。白いカーテンの向こうに朝日があって、部屋の輪郭がまだ少しぼやけている。枕元の時計を見るには、身体を起こさなければならない。わたしはもう一度目を閉じた。昨日、吹奏楽部の練習で、何度吹いても入れなかった箇所がある。たった二小節。みんなの音がふっと細くなるところで、わたしのサックスが旋律を受け取る。楽譜には何も難しいことは書いていない。それなのに、合奏になると一拍目が怖くなる。音を出す直前に息をためらって、ほんの少し遅れる。「もう一回、そこから」先輩はいつもどおりの声で言った。わたしも「はい」と、いつもどおりに答えた。けれど三度目に同じところで止まったとき、譜面台の金属が夕日に光っていることばかり気になった。先輩の目を見たら、何か言われる気がした。何も言われなくても、困らせているのが分かってしまう気がした。帰ってから楽譜を開いた。鉛筆で書いた丸や矢印を指でなぞって、指の動きも確かめた。分からないところは、もうないはずだった。「明日は、ちゃんとやる」声に出してみたら、急に心細くなった。「ちゃんと」の中身を、わたしはまだ知らない。布団の上で寝返りを打つと、すぐそばに白い背中があった。ネネは窓際へ行っていなかった。わたしの膝の横で丸くなっている。眠っているのかと思ったら、片方の耳だけがこちらを向いた。「おはよう」返事はない。いつものことだ。七歳のネネは、甘えたいときほど平気な顔をする。膝に乗ってきても、撫でようとすると視線をそらす。わたしが落ち込んでいるときは、近くにいるくせに、こちらを見ない。今朝もそうやって、隣にいたらしい。わたしは両腕を頭の上に伸ばした。寝間着の袖が手首までずり落ちる。背中が伸びるにつれて、眠っていた身体のあちこちが少しずつ起きていく。ひんやりした空気を吸うと、胸の奥まで朝が入ってきた。そこでネネが、むくりと立ち上がった。前脚を布団に長く滑らせ、背中をゆっくり反らす。白いしっぽが、窓から差す光の中で弧を描いた。目を細めた顔は、なんだか満足そうだった。「一緒だね」ネネは伸びを終えると、何事もなかったように前脚を揃えて座った。その落ち着き方が少しうらやましい。わたしは伸びをしても、昨日の二小節が消えたわけではない。今日の練習でも、きっと同じ場所が来る。みんなの音が細くなって、わたしの番になる。カーテンの裾がふわりと持ち上がった。外から、葉の揺れる音がする。ベッド脇の小さな花瓶からは、昨日替えた水の冷たい匂いと、白い花の淡い香りが届いた。ネネが布団を一歩、二歩と踏んで、わたしの足元へ移動する。そこはちょうど朝日の当たる場所だった。丸くなろうとして、また顔を上げる。「もう寝るの?」今度は短く、にゃ、と鳴いた。わたしは思わず笑った。都合のいい返事だ。でも、起きたばかりの身体で日の当たる場所を見つけるネネは、昨日うまく歩けなかった道を気にしたりしないのだろう。昨日つまずいた場所も、今日の最初の一歩を決める場所にはしなくていい。そう思った途端、昨日のわたしに少しだけ申し訳なくなった。練習が終わっても帰りのバスでも、ずっと二小節のことを考えていたのに。あの時間ごと、なかったことにするようで。違う。忘れなくてもいいのかもしれない。遅れた一拍目を覚えているから、今日は先輩に聞ける。「どこで息を吸っていますか」と。ひとりで楽譜を見つめていた昨日の夜には、思いつかなかった質問だ。聞いたら、こんなことも分からないのかと思われるだろうか。考え始めると、胸の奥がまた狭くなる。ネネは日だまりの上で、もう一度前脚を伸ばした。さっき伸びたばかりなのに、気持ちよさそうに爪先まで広げている。やり直した、という顔ではない。ただ、今そうしたかったから伸びている。わたしは布団の端を握っていた手を開いた。今日、先輩に聞いてみよう。そう決めても、急に勇気が湧くわけではなかった。喉の奥には小さな緊張が残っている。それでも、質問の言葉を心の中で一度だけ並べてみる。「あの二小節の前、息を吸うところを教えてください」。ちゃんと声にできるかは分からない。でも、昨日の「ちゃんとやる」より、ずっとはっきりしていた。窓の外で鳥が鳴いた。少し遅れて、遠くを車が通り過ぎる音がする。朝はわたしの気持ちが整うのを待たずに進んでいく。そのことに、今日は少しほっとした。ネネの背中に手を伸ばす。白い毛は朝日で温まっていた。指先を一度だけ滑らせると、ネネは顔を上げずに、しっぽの先でわたしの手首に触れた。「ありがと」小さく言うと、しっぽはもう動かなかった。わたしはベッドの上で、もう一度腕を伸ばした。最初より少し大きく、指先まで。肩の力を抜いて、ゆっくり息を吸う。うまく吹ける朝が来るのを待っていたら、ずっと布団から出られないかもしれない。できるようになる前のわたしにも、今日を始める資格はある。光が膝の上まで届いていた。ネネは目を閉じ、わたしの隣で静かに呼吸をしている。「行ってくるね」は、まだ早い。今はただ、布団の外へ足を下ろす。床は思ったより冷たくて、わたしは少し笑った。ネネが片目だけ開ける。「うん。おはよう」今度の挨拶は、ちゃんと朝に届いた気がした。#青春小説 #日菜子とネネ #朝のひととき #小さな一歩 #今日も自分のペースでクーポン配布中!楽天1位!!殿堂入り【壁紙ガード!貼るだけ猫の爪とぎ防止】キャットブリーダー監修 猫 壁紙保護シート フィルム 選べる6サイズ 高評価 はがせる 賃貸OK 撥水加工 目盛り 半透明 目立たない 爪とぎ防止 傷防止 壁紙 お試し 大容量価格:2,180円~(税込、送料無料) (2026/10/1時点)楽天で購入
2026/10/01
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ネネが、いつもより早くベッドに来た。わたしが布団に入るころには、たいてい枕の端を占領している。今夜はまだパジャマのボタンを留めているうちから、白い体をわたしの膝に預けてきた。「どうしたの。眠い?」聞いても、返事はない。ネネは目を細め、わたしの手が来るのを待っている。撫でようとすると逃げる日もあるのに、今夜は頭をこちらへ差し出した。指の下で、耳の付け根の毛がやわらかく倒れる。窓の外には細い月が浮かんでいた。カーテンの向こうの空は深い青で、ガラスに映る部屋の明かりも、昼間のものよりずっと静かに見える。ベッド脇のランプが、ネネの白い背中を淡い蜂蜜色に染めていた。わたしは膝の上の温かさを抱えたまま、枕元のノートを見る。表紙の端から、一枚の付箋がはみ出している。今日の部活で言われたことを、寝る前に整理するつもりで挟んだ。帰ってからずっと気になっていたのに、開かないまま夜になった。その一枚が、やけに目につく。「ちょっとだけ書こうかな」ネネの耳が動く。わたしは動かず、付箋を見つめた。今日は、うまくいかないことがいくつかあった。練習してきたフレーズを合奏で外した。友達が話しかけてくれたとき、疲れていて気の利いた返事ができなかった。帰ってからやろうと思っていた宿題も、思ったほど進まなかった。ひとつずつなら、小さなことだ。けれど夜になると、それらは順番を守らずに浮かんでくる。サックスのかすれた音を思い出したかと思えば、友達の「また明日ね」が聞こえる。ノートを開けば何か片づく気がして、でも、開いたら明日の不安まで書き始めてしまいそうだった。ネネが、わたしの手のひらに額を押しつける。「今、考えてたんだけど」思わず言い訳すると、彼女は知らない顔で喉を鳴らした。小さく、途切れずに続く音。その振動が、パジャマ越しに膝へ伝わってくる。部屋にはラベンダーの花を挿した小さな瓶がある。窓から入り込む夜の空気に、ほのかな香りが混じった。どこか遠くで車が一台走り去り、また静かになる。わたしはノートを手に取った。ページを開くと、今日の日付の下に、部活へ行く前のわたしが書いた文字があった。『最後の四小節を、落ち着いて吹く』その下は空白だ。目標にしたことができなかった、と書こうとして、ペン先を止める。本当は、全部だめだったわけではない。最初の音は気持ちよく出た。途中で隣の子と目が合って、拍を合わせられたところもある。なのに夜のわたしは、外した一音ばかりを何度も再生している。できなかったことは、もう十分に覚えている。一日を振り返るたび、最後に転んだ場所だけを「今日」と呼びたくはない。ペンを持ったまま、ネネを見下ろす。ネネは七歳で、子猫のころからわたしのそばにいる。わたしが少しずつ背を伸ばし、制服が変わり、悩みごとの名前を増やしていく間に、彼女は甘えるのが上手になったようには見えない。むしろ、年々すました顔が上手になっている。それでも今夜みたいに、自分から膝に乗ってくる。わたしが何に失敗したかなんて聞かない。ただ、撫でる手が止まると、ほんの少し頭を持ち上げる。「はいはい」もう一度、額から背中へ手を滑らせた。ノートの空白に、短く書く。『最初の音は、好きだった』書き終えると、意外なくらい指の力が抜けた。すぐ下に「明日はここを練習する」と付け加えかけて、やめる。明日考えればいいことまで、今夜のページに詰め込まなくてもいい。でも、何もしないまま眠るのは落ち着かない。わたしは付箋を一枚取り、今日気になった箇所の小節番号だけを書いた。ノートの次のページに挟む。明日のわたしが見れば、どこから始めるかは分かるはずだ。そこまでして、ペンを置いた。「今日は、ここまで」ネネに言ったつもりが、自分の声として返ってきた。膝からそっとネネを抱き上げ、隣の布団へ降ろす。いつもなら抱っこを嫌がって前足を突っ張るのに、今夜は丸くなり、わたしが横になるのを待った。ランプを消す前に、もう一度ノートを見る。空白は、まだたくさんある。それが少し怖くて、少しだけ安心する。書けなかったことも、書きたくなったことも、明日になってから置ける場所が残っている。スイッチを押すと、部屋の隅が暗くなった。窓の外の月は変わらず細い。ネネが布団の上を歩く、ほとんど音のしない足取りが近づいてくる。わたしの腕のそばで止まり、白い体が静かに沈んだ。「寝ましょうね……おやすみなさい」ネネの背中に手を添えると、一度だけしっぽが動く。それきり彼女は目を閉じた。眠ろうとすると、今日の音がまた少し浮かぶ。うまく吹けなかったところ。でも、その前には好きだと思えた音もあった。ノートに書いた数文字のおかげで、そちらも思い出せる。明日、友達に何を話そう。あの小節をどう吹こう。考え始めたところで、隣からネネの寝息が聞こえた。わたしは続きの答えを探す代わりに、ゆっくり息を吐く。明日のわたしに渡せるものは、反省だけじゃない。今夜ちゃんと休んだ、この体も渡せる。布団の中は少しずつ温まり、夜の空気は頬に涼しい。腕のそばにある小さな重みを確かめながら、わたしも目を閉じた。#青春小説 #日菜子とネネ #白猫のいる暮らし #おやすみなさい #明日への一歩ランキング1位│ieneko 公式 猫 ケージ 3段 2段 木製 キャスター スライドドア 横幅96cm 多頭飼い ハンモック ステップ 掃除簡単 猫砂飛散防止フェンス いえねこ イエネコ価格:49,800円~(税込、送料別) (2026/10/1時点)楽天で購入
2026/10/01
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